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2005年04月12日(火)
となり家戦争

共同通信の記事より。

【CDラジカセを大音量で鳴らし続け、隣家の女性(64)を不眠にさせたとして、奈良県警西和署は11日、傷害容疑で同県の58歳の主婦を逮捕した。

 調べでは、容疑者は2002年11月から今年3月までほぼ毎日24時間、自宅勝手口のドアに穴を開け、道をはさんで約6メートル離れた隣家にアップテンポの音楽を大音量で流し、女性に不眠や頭痛、めまいを起こさせた疑い。調べに対し、動機の供述を拒否しているという。

 西和署によると、容疑者は約9年前からこうした嫌がらせを始め、近隣住民との間にトラブルがあったという。女性が約1カ月の治療が必要と診断を受けたため、傷害容疑で捜査していた。】

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 今朝のテレビで、この容疑者の女性の映像を観たのですが、あまりにものすごい光景に、不謹慎ながら笑ってしまいました。洋楽のダンスミュージックにのせて「引っ越せ〜」というような内容のことを延々と歌い続けるわけですから、やっている側だって、かなりの体力を消耗するに違いありません。まあ、容疑者本人は一種のトランス状態ですから自分の騒がしさに無頓着なのかもしれませんが、隣人はたまったものじゃないですよね。そもそも、キッカケは「挨拶がない」とか「庭の電燈がまぶしい」とか、言いがかりに近いものだったようですし。
 でも、あの様子を観ていると、どうもこの容疑者は、強迫神経症的な印象がありますから、本来は、10年も経ってから警察に逮捕される前に、しかるべき対応を医学的にとられるべきだったのではないかなあ、という気もします。もっとも、こういう人格的な問題の「異常」の線引きというのは、非常に難しいところですよね。いや、「逮捕」までしないと、彼女に歯止めをかけられなかったというのは、「話せばわかる」というのは幻想なのだなあ、とも思うし、行政とか警察の「事なかれ主義」にも、呆れ果ててしまうのですが。
 僕は小心者なので、近所からちょっと苦情が来ただけでも、その日1日憂鬱な気分になってしまうくらいですから、いずれにしても「普通じゃない状況」だったのは確かです。しかし、いくら自分の家で、そんな状況では高く売れるわけもないとしても、よく10年間も耐えてきたものだなあ。

 それにしても、こういう話を聞くにつれ、ある程度お金があっても、家の場所は選べても、隣人は選べない、という事実について考え込んでしまうのです。僕の少し先輩くらいの年になると、ようやくマイホームを建てたばかりという人がけっこういるのですが、とくに田舎で一軒家に住んでいると、こういう「近所づきあい」というのは、なかなか大変みたいです。その家庭は共働きなので、よく「お宅は日中はほとんど家にいらっしゃらないですねえ」というようなことを言われるのだとか。隣近所に目を配るというのは、それこそ戦中戦後は常識だったのかもしれませんが、僕のように「隣はどんな人だかほとんど知らない」アパート暮らしに慣れた人間にとっては、「そんなに他人のことに詮索しなくてもいいだろ…」とも思うのです。それでも、子どもの「公園デビュー」とかのことを考えると、近所づきあいというのは、それなりにこなしておくに越したことはないんですよね…

 社会評論家という人々が「最近は近所づきあいが無くなって、人情が乏しくなった」とか「犯罪が増えた」なんて言うのですけど、僕はたぶん、人間の本性としては、そういう「近所づきあい」なんて「やらなくてよければ、やりたくないもの」であり、「本質的にはやりたくない」ところに「無関心でも生活できる空間」ができてきただけなのではないかと考えています。だから、今さら時計の針が逆回転して、「近所づきあいがどんどん盛んになっていく」なんてことは、全体の傾向としては、ありえないのではないかな、とも思うのです。

 まあ、こういう「困ったご近所」といういきものは、まだ、日本中にたくさんいるのです、たぶん。