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| 2003年01月04日(土) ■ |
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| それでも餅を食べずにいられない… |
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毎日新聞の記事より。
【年末年始に東京都内で餅をのどに詰まらせ救急車で運ばれる人が急増し、東京消防庁が注意を呼びかけている。昨年12月26日〜2日午後10時の間に31人が運ばれ、このうち6人(男5人、女1人)が死亡、12人が意識不明の重体になった。東京消防庁は「過去3年で最悪のペース。高齢者は、餅を小さく切って汁物といっしょに食べてほしい」と訴えている。
同庁によると、救急車で運ばれた31人は全員が50歳以上で、特に70歳以上が26人と大半を占めている。死亡したのはいずれも80〜90代。】
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もう、年末年始恒例のニュースとなりつつある「餅をのどに詰まらせて亡くなる高齢者」の話題。僕も毎年、「どうしてそんなに危険な『餅』を食べるんだろう?」という疑問を抱いていました。そんなに餅にこだわる必要はないのではないか、と思いませんか? 僕自身がそんなに餅好きではないこともあり、かねがね疑問だったのですが、最近になって、ようやくその理由がわかってきたような気がするのです。 まずひとつは、高齢者にとって「餅」というのは、正月を象徴する御馳走であったということ。今のように食べ物が豊富でなかった時代では、餅というのはほんとうに正月しか食べられなかったもののようです。 たとえば、僕の親の世代(ちょうど今還暦前後)に、「バナナを一本まるごと食べるのが子供のころの夢だった」と耳にタコができるくらい聞かされるのと同じですね。 そして、もうひとつの原因として、高齢者が置かれた環境の変化というのがあるのではないでしょうか。 高齢化、核家族化がすすんだ現代では、高齢者のひとり暮らしが多くなっていますし、そういう状況での高齢者の「正月らしいこと」って、テレビの正月番組と餅くらいしかないんですよね。 たとえば、おじいちゃんがいて、お父さんがいて、孫がいて、という家庭では、餅がなくても充分正月気分を味わうことだってできるでしょうし、仮に餅を喉につまらせても、蘇生のための処置は可能な場合が多いと思うのです。 でも、現実は、ひとりぼっちで、せめて正月気分だけでも味わいたいという人ばかりが増えてきているのです。 「餅を食べないと正月が来た気がしない」というのは、正月にすら置いてけぼりにされた高齢者のささやかな抵抗なのかもしれません。 別の意味で満たされていれば、そんなに餅にこだわる必要はないのかもしれないのにね。
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