逗子発・おさんぽ日和
  だぴょん 

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 のんびりした日々

三が日も仕事始めも過ぎてお正月気分もそろそろ抜けてくる頃だけれども、私は何だかまだのんびりした日々を送っている。

新年から溜まっていたメールをチェックして懸賞応募をしたり(今日現在まだ今年の初当たりはなし)、久しぶりに地元武蔵新城の商店街を探索したり(楽しそうなよろず屋さん?発見)、針仕事をしてみたり(お部屋のアクセントとなるクッション作りやぬいぐるみの手術など)・・・。
今日は以前からやろうと思っていたこの1年分位の観劇グッズの整理をした。とは言っても以前のようにキャスト表やチケット,チラシをきちんとスクラップする気力もないので、不要なものを捨ててクリップで留めておく位のものだけれど。

その後は整理ついでに部屋のあれこれをちょっと動かしてみた。
家にいる時間の長い私にとって部屋の中はなるべく心地良い空間にしたいので、インテリア本などを読んでいろいろ試してみているけれど(最近面白かったのは川上ユキさんの『カエテミル』という本)いまいちしっくりいかない。まだまだ試行錯誤が続きそうだな。

−−−過去の今日のこと−−−
2004年01月06日(火) 友人達と歌い初め
2003年01月06日(月) 実家へ新年のご挨拶

2005年01月06日(木)



 観劇始め 劇団四季『南十字星』

昨年9月に開幕した四季の新作ミュージカル『南十字星』。何となく観ないでいるうちにここまで来たけれど、千秋楽を前にしてようやく観劇した。よく考えたら浜松町の四季劇場に出かけたのは9ヶ月半振りのこと(最後は3月半ばの♪ワ〜ンダフル なので)。

今日は年末にキャストを確認してから予約した2階8列のC席での観劇。噂の本水を使った舞台セットはきれいに見ることが出来たけれど、夜空に光っているはずの南十字星は確認出来ず・・・という見え具合の席だった。

浅利慶太氏渾身の作であろう“昭和三部作”の最後を飾る作品でありながら、すでに観劇した友人達からはいまいち良い評判の聞こえてこないこの『南十字星』。観劇をしてみて良くも悪くも友人達の言っていたことがよくわかった。私的辛口で言ってしまえば「インドネシアの紹介舞台じゃないんだから・・・」「劇中のナンバーの印象が薄い」「盛り上がりに欠ける」「つながりが悪い」「伝えたいことがあまり伝わってこない」など。戦争という同じ主題を扱った三部作の『李香蘭』『異国の丘』ではあまり感じなかったこれらの感想なのに、『南十字星』は一体どうしてしまったんだろうって思う程。

戦争を扱った作品で史実を伝えることを主旨としているのに「盛り上がりに欠ける」と言ってしまうのは失礼だとは思うけれど、やはりミュージカル作品として上演する以上はある程度必要なことだと思う。反対にドラマティカルでなく淡々と描かれた作品でも心に響くものはたくさんあるけれど、それもちょっと弱い気がした。島村中将と保科との語らいや最後のリナのブンガワン・ソロなど心にしみる場面もあるんだけどね。
もちろん戦争によって犠牲になった方々や苦難を強いられた方々のことを忘れてはいけない、戦争は愚かなものだということは十分わかるけれども。
『南十字星』、再演された時にはたして「また観たい」と思うだろうか?

そうは言っても、「バリ島訪問歴2回のバリ好きとして観れば舞踊やケチャ,ガムランなどは懐かしく心地良かったし」「演じている役者さんは良かったし」「終演後の会員イベントではよもやま話が聞けてケチャ体験も出来たし(参加の役者さんは前田さん・藤川さん・阿久津さん・菊池さん・匡子さん)」「ついでにお香も頂けたし(メッセージカードはランダのイラスト入り−多分近石さん&渡邊さん)」ということで十分楽しんだ2005年の観劇始めでもあったかな。

−−−過去の今日のこと−−−

2005年01月03日(月)



 川崎大師へ初詣

せっかく川崎市民になったので、今年の初詣は全国有数の参拝者数をほこる川崎大師へ。

最寄りのバス停から川崎駅まで、そして京浜急行大師線に乗り換えて5分程で川崎大師駅に到着。時間は夕方の16:00過ぎ、参道に人は多いものの普通に歩ける程度だったので、「さすがに2日の夕方だとそんなに並ぶこともないんだね」などと言いながら露店をひやかし歩いていたら、その参道の中程から規制が始まり本堂に辿り着いたのは1時間45分後・・・。天下の川崎大師を甘くみてはいけないね。

今年は多めのお願いごとをしたのでお賽銭も少々奮発。合わせて護摩木祈願も行う。いつもは必ずおみくじもひくのだけれどこちらは行列が出来ていたので今年はお預け。これで今年一年平穏無事な生活が送れればいいのだけれど。
ちなみに「04年は厄年のようだった」と言う旦那の元凶は、「昨年の初詣を混雑のため断念して引き返したことにあるのでは?」と私は密かに思っている。

−−−過去の今日のこと−−−

2005年01月02日(日)

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