「参りました。流石はアイラ様ですね」 少年は、そんな風に言ってみせた。 その瞳は木の葉の合間から覗く空と同じ色をしている。 「是非ご褒美を戴きたかったのですが」 『残念』と表した顔が本気なのか、わからない。 フィンは両手を払い、汚れた衣服を軽く叩いて、乱れた髪を整えた。 改めて、アイラを見上げる。 「私の負けですから、何か罰を受けなければなりませんね」 「――…」 そう言う顔は言葉と裏腹、どこか楽しげでもあった。 初めのうち何度か構ってやったせいか、フィンは割合物怖じせずにアイラに寄って来る。他のほとんどの兵士達に遠巻きにされているのは自覚しているから、アイラにとっては例外的な存在でもある。 もっともそれは、誰に対しても懐こく親切な(お節介な、と置き換えたくなる事もあるが)エスリンの影響も多分にあるのだろうが。 「…私が勝ったら、という約束はしていないな」 アイラは苦笑した。 生真面目な少年だと思う。まだ年若い騎士見習いだというのに、己の立場を思うのか周囲への気遣いや目の配り方には卒がない。 一度「王女」と呼ぶのを咎めたら、それから二度と口にはしなくなった。 その声に「アイラ様」と呼ばれるのは、不思議と悪くない。 「…しかし、それでは不公平ですから」 フィンは、真顔で言い募った。 子供なりに自負するものもあるのだろう。確かに遊びの範疇とはいえ危うく負かされそうになるとは思っていなかったので、アイラは内心驚いてもいた。 次第に本気になっていたのは否めない。 「…そう気にするな」 アイラはそう言ったが、フィンは諦めそうにもなかった。 「それはいけません。勝負と仰ったのはアイラ様です」 「まあ、しかし…」 「遊びと言えども勝負は勝負。私から『ご褒美』を差し上げられるものでもありませんが、代わりに何かご命令を」 「……」 まっすぐに向けられるその視線に、アイラは弱い。 「人の目を見て話せない人間は心が弱い」と父に教わった。確かに人と対面するのが苦手な自分は、どれだけ剣技を磨こうとも弱い人間なのだろう。 フィンは怯む事なく前を見る。決して我が強い訳でもないのだが、その目には時折射るような力を感じる。 見透かされそうに思える。 自分の弱さや、無力さまでもが。 「…しかし、突然そう言われてもな…」 今もつい、アイラはその視線から逃れてしまっている。 フィンは気付かぬ様子で、にっこりと笑った。 「…そうですね。突然ではお困りでしょうから」 「ああ…」 「でしたら、何かご必要な時にいつでもお声掛け下さい。私に出来る事であれば何なりと」 すっと、従者の仕草で頭を下げる。 深い青の髪。 海の青。 「……」 知らず、見惚れてしまっていた。 その色はアイラに懐かしい景色を思い出させる。 故郷の海の色。 「…では、私はこれで」 そう言って背を返すフィンを離すのが、少し惜しい気もした。 遠くなる。 「――…」 見送る自分にはたと気付き、アイラは苦笑した。 どうにも調子が狂う。 用もなく側に来たかと思えば、あっさりと去って行く。それは邪魔にされぬようにとの彼なりの気廻しなのだろうが、そうして残された空虚の行き場に戸惑いもする。 アイラは昔から人と接するのが得意ではなかった。 それがフィンと過ごすのは不快でないのだから、おかしなものだ。 (…それともあれは人ではないのかな) 言ってみて、また一人軽く笑う。 自然と笑える。その瞳の前では、何故か。 何故だろう。
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