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re-invention



 部分にこだわると

気分転換に清里へ家族旅行。
直前でもネットで宿が予約できるのはうれしい。
天気もよく,
風もなく青い空に
雪景色の赤岳が美しい。
昼でも,ダイヤモンドダストが飛ぶ中,
思い切りスキーを楽しむ。



午後からは,スクールに。
カービングスキーの性能が変わり,
教える内容も昨年とは変化していて,
年度当初は,教える側も混乱しているとの話。
ポジショニングも,確かにちょっと違う。
「外足を上体と共に思い切って出すこと。なんば走りのように・・・」
というのには驚き。
内足の畳み方,引きつける動作は,
ポジショニングがしっかりしているからできること。
後傾気味の自分には難しく,
やろうとしていることはわかるが,
やろうとすると,バランスがめちゃくちゃに。
インストラクター1人に,生徒3人という
恵まれた少人数の講習でありながらも,
もっと自分のペースで学びたいと思う。
(子どもの気持ちがよくわかる!?)
部分にこだわると,全体が崩れる。
重心をどう移動するのかは,陸トレを積もうと決意。
何を教えるべきなのか,コーチングは難しい。

無料になった八ヶ岳高原道の眺めは最高。
ロイヤルホテルで温泉につかり,
予約したペンションへ。
3回目で,子どもたちも慣れた宿。
おいしい食事を挟んで息子とオセロ。
終盤の詰めを誤り,
四隅を全て押さえながらも同点というおかしな結果。
こんな時間も,もっととりたいもの。

2004年12月28日(火) 作図ツール検定!?
2003年12月28日(日) 卵を10個割ったら次は・・・


2005年12月28日(水)



 やんちゃ和尚

いつもより,少しだけゆっくり起きる。
やんちゃ和尚」を読む。
親としてきちんと子どもを見ることが今,
どこまでできているのか。
箸の使い方のきちんとできていない子どもが多いことに
すっかり慣れている自分の感覚が,何とも怖い。
時間軸で,その子を見ていくという手法はなるほどと思う。
その時の子どもの表れのみで,
物事を解決しようとしているのも,無理がある話。
とはいえ,ここまで学校の教員が踏み込めるのかというと,
それもまた難しい。
最後の章が何とも重くのしかかる。
ついでに,気になる本をネットで注文。
(こんなに読む時間があるのかな?)

昼前から妻の実家に行き,義父や姉妹に会う。
最後の最後まで,義母の看護に尽くした一家。
こういう方々に出会えたことに感謝。
「家族で支え合って・・」という義父の言葉が思い出される。
娘や息子達は,
どんな思いでこの言葉を受け止めたのだろうか。

2004年12月27日(月) 職員室で仕事納め
2003年12月27日(土) 今日も,悪戦苦闘


2005年12月27日(火)



 義母の葬儀式で

義母の葬送式へ。
昨夜の前夜の祈りもそうだが,
故人名の入ったプログラムが用意されることも,
仏式とは大きく違う。
式次第はもちろんのこと,
賛美歌や,説教のキーとなる聖書の一節が印刷されるのはいい。
仏教を多小かじった自分でも,知っているお経は限られている。
意味がわからないままに教典を聞いても,
残された家族にとって,どこまで供養になるのか。
心の整理を付ける場になるのか。
10年前,父が他界した通夜の席で和尚様に
白隠禅師坐禅和讃を読んでいただいたことを思い出した。
とはいえ,それを自分が知っていたわけではない。
 衆生本来仏なり、水と氷の如くにて、
 水を離れて氷なく、衆生のほかに仏なり

という一説があまりに印象的であったが故に,
後でお聞きし,調べることができたもの。
そうでなければ何の印象もない読経を聞き,
ただただ時間のみが流れたことだろう。
この一説だけでも,印刷・配布されていたのなら,
仏教に関心を持つ方もずいぶん増えるのではないか。
お若い牧師様から,
「昨日は,眠れましたか?」
と声を掛けていただけたの新鮮。
「死ねばみな仏」という日本的な曖昧さとは違い,
遺影や遺体には手を合わせない教義(?)には違和感を覚えるが,
人を大事にすることに関しては,学ぶべき点が多い。
こういう交流を,仏教徒こそすべきかもしれない。

忙しい中,今日も職場の方々に参列いただき有り難い限り。
姉弟にも,ずいぶん助けていただいた。

2004年12月26日(日) 富士山を見に
2003年12月26日(金) 出来るようになりたいと強く思う事


2005年12月26日(月)
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