ちむたんのつぶやき
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列挙で。
相棒がひさびさに日記書いてますので、よろしかったらご覧くださいませ。ちなみに相棒が挙げている作品群には、私も同様にハマっています。私は『天地人』では景勝様(演:北村一輝)が超お気に入り(笑)
拍手メッセージありがとうございます。
>Pさん
お返事遅くなり失礼しました。現場からのお声をありがとうございます! 「すいか」ですか…。女の子なんでしょうけど、なんとも…。 アクセントなしだと夏に美味しい西瓜になりますし、「す」に置くとJR東日本が出してるICカードになりますねえ… 「帝」「后」のごきょうだいには、恐れ多くて近寄れませんね(笑)
上の人は数字上のことしか見ませんからねえ。前に約束したことでも「事情が変わった」とか平気で言いますし。その悪巧みはとってもステキだと思います!
今日相棒の実家に伺っていただいてきたもの。 ・紅玉たくさん ・ゆずジャム2本 ・焼き芋2本 ・日本茶/砂糖たくさん(相棒の職場用) ・おにぎり/フリーズドライお味噌汁(日曜の朝食用)
いつもながら豊かです…。 帰宅してから紅玉で焼きりんごを作りました。お砂糖とバターをリッチに使った上にバニラアイスまで添えたので摂取カロリーは恐ろしいですが、すばらしく美味しかったのでガッチリと目をつぶります。 まだたくさん残っているのでジャムを作る予定。あとはさつまいもとあわせて煮てみようかと。
| 2009年01月29日(木) |
ワークシェアリングっていうのかしら |
業務の都合でめったに私のいるオフィスには来ない上司が今日はめずらしく来ていまして。 お昼前に呼ばれたので何かと思ったら、一緒に働いている派遣社員の男性の契約を終了しなきゃならないんだけど…という話。 去年11月ごろ最初にその話題があがったときは「堅実に仕事をこなしてくれていて頼りにしてる人なのでそこをなんとか」と同僚と言い立てやっと更新してもらったのですが、今度はちょっとムリそうだと。 うーん。やはりそう来たか。
上のヒトとしては、今はとりあえず切っておいて業績が上向いたらまた雇えばいいじゃないか、という考えで、それは非常にありがちな発想であり不承不承うなずきもできるのですが、そのとき新たに入ってきた人にまた一から教えるこっちの身にもなれよと。 彼はもともと社内の別部署で働いていたのですが、私の部署で退職者が立て続けに2人出て、補充で来た派遣さんが2人続けて大ハズレで困り果てていた2年前に異動してきてくれて、どれほど助かったか、といういきさつがあるのでございますよ。
私たちが所属している部門の人数が多すぎると槍玉に上がっているようなのですが、本当のところ私たちのやってる業務というのはこの部門の中ではやや異色なのでございます(もちろん関連はあるけど、経理っぽい内容もわりと多い)。実際、2年ほど前までは別部門だったのを組織変更のついでに強引に統合された感がいまだ否めず。 半分はあきらめつつも、そういう事情なのに頭数にカウントされちゃって人減らせっていうのはちょっとおかしくないですかねえ?と申し立ててみました。
すると。 午後になって再び呼ばれまして。 わたくしが経理の仕事を手伝うという前提で、私が現在持っている仕事をいくらか彼にまわすようにして、彼に引き続き働いてもらえる芽があるかも、というのですね。 まあもちろんこの先どう転ぶかは上つ方の思惑次第なので全く霧の中ですが、とりあえず言ってみるもんじゃないかー?と思っております。 現在相当人手不足の経理から、いったい何が回ってくるのかコワイですけど。(だいたい見当はつくけど、予想を上回るかも) 慣れない仕事だし当然忙しくなりますが、どうせ彼が抜ければ4人でやってたところを3人でやることになるわけで、同じことであります。今の仕事3年ほどやって、正直ちょっと飽きてきてもおりましたしね。 私ががんばって人ひとりの雇用が確保できるならいいじゃないか。(36歳男性が派遣で働きつづけるのがよいことかという議論はこの際措くとして)
こういうのもワークシェアリングっていうんでしょうか。いうよね?
| 2009年01月28日(水) |
ぽつぽつとつぶやいてみる |
このごろ考えていることなどをぽつぽつと。
だいぶ前からだと思いますが、子供さんにキテレツな名前をつける親御さんが増えてきてませんか? もちろん時代の変遷によってそのとき好まれる名前というのは変化していくのが当然です。が、それにしても…なお名前がけっこう多い。読めない、語呂合わせ、駄洒落!?ギャグ!!??と呆然とするような。その名前で八十九十になっても呼ばれるのか…お気の毒です…とうなだれてしまうこと、ありませんか? 以前にも書きましたが、考えてみりゃ名前って不思議ですよね。一生使うものなのに、絶対に自分では決められない。
そこで、相棒が主張していてなるほど!と思ったアイディア。
「むかし、武家の子供がある時期になると元服して名前を改めたように、今の子供も一定の年齢に達したときに申し出れば、自分の名前を変えられるようにしてはどうか。そしたら不幸にしてトンチキな名前をつけられてしまった場合の救済措置になる」
いいと思いません? 生まれたときもらった名前が気に入ってればそのまま使えばいいんだし、キツいなーと思ってた場合、自分好みの名前に変えられる。予め定められた期間内に一回だけ、という制限をつけといたほうがいいと思いますけど。
社会に出る前、たとえば15歳くらいだったら名前を変えることによる影響もそれほど大きくないように思うのですが。(お役所と学校の関係者は大変か…) まず中学生にアンケートとってみたいですね。「もしあなたがこれから名前を変えられるとすれば、変えますか?」と。親の機嫌を損ねるのを心配して言い出せない子がいそうな気もするけどね…。 ちなみに私は自分の名前気に入ってますので変えませんが。
今年は秋に「シルバーウィーク」なるものがあります。9月19〜23日が5連休(土日休みであれば、ですが)。 私も相棒も長い休みは取れない職場にいるので、宿泊料金は上がるにしても、ここはぜひ旅に出たいと今からもくろんでます。その前に本家ゴールデンウィークも同じ5日間あるんですけど、長めの旅行を1年に2回っていうのはちょっと贅沢だろうか…と。交通費も高いしさ。
国内で行きたいところがありすぎて海外まで手が回らないので、やはり国内で。候補としては浄土ヶ浜+十和田湖+弘前なんですけど、その場合何泊必要になるんでしょうね?2泊じゃちょっと忙しそうなので、やっぱ各地に1泊ずつ、3泊になるのかしら? 週末を使った1泊2日の弾丸ツアーを組むのは慣れてますが、日程に制約がないとかえって頭が働かない、応用のきかない私(笑)。国内で3泊ってもしかしたら初めてかもしれないです!愕然。
| 2009年01月25日(日) |
一月は気分的にはほぼ終了 |
今年は年賀状の抽選結果を調べる楽しみがありません(苦笑)
金曜日は会社の宴会でした。 最近は基本的に欠席してるのですが、社長が任期満了でアメリカに帰る送別会なのでさすがに出ないわけにもいかず。一次会でばっくれましたが疲れました。
土曜は『ゴーオンジャーvsゲキレンジャー』を観に。今日から公開だったので、なんだかすごく熱心なファンみたいでした。<違うのか これがねー、えらく面白かったんですよ。前年と今年の戦隊が共闘するという毎年おなじみのこの企画、通常はDVDで発売されるところ今年は東映さんの中で何かあったらしく劇場公開でして、大画面で観たからより面白く感じられたのもあったと思いますが…つくづく取り合わせの妙ってあるんだな、と。 観客の子供達の反応がいろいろと楽しかったです。ドラえもんの予告編が流れたとき、私(というか大人ですね)にしてみるとたいしておかしくない場面であちこちから大笑いが湧いていて、笑いのツボの違いを感じました。 本編が終わったとき、ひとりの子供が「よかったねー!」と言ったら、これまたそこらじゅうから「よかったね」「よかったね」の声が。かわいい。
映画のあとは、前日の会社宴会でのフラストレーションを払拭するためカラオケにいきました。初めて入ったお店で、機種がふだん縁のないUGAだったので珍しい曲が多く楽しかったです。 それにしても甲斐よしひろの「Rain」はどこにも入ってないなあ。名曲なのに。(『この愛の物語』というつかこうへいの小説が映画化されたときの主題歌です)
日曜は次兄の入籍お祝い。 神社で祝詞をあげていただいてからイタリアンのお店で会食でした。お店はご近所の人たちに長く愛され重宝されているという感じの落ち着いた良いところで、お料理もおいしかったです。 次兄がたいへんうれしそうで本当によかったなあと思いました。
金曜から三日間飲み続けたのでちょっと胃にきております。今週は飲むのやめておこう… お正月から一周忌、次兄の入籍とイベントが多かった一月でした。あと一週間あるけど、気分的にはほぼ終了です(笑)<月末締めがあるだろう!
1月20日までは「あー、去年の今日はお父さんと旅行に行ったんだなあ」なんて思うことができたのですが、21日以降はそれができなくなりました。 でも日々はつづく。父のいない日々がこれからもどんどん積み重なる。それは貴いことでもあり、容赦なく感じられもする。
さんざん悩んできましたが、実家を手放す決心をしました。 結論は昨年おわりごろに出ていました。実にシンプル。
あの家は、両親の家なのだ。 両親がいなくなったとき、あの家の役割も終わった。私の役目は、あの家をきちんと畳むことだ。
この考えが頭に浮かんだとき、すっと納得がいきました。 今月末、地元の不動産屋さん2社に来てもらって相談し、いよいよ動き始めます。
まず、家財道具をすべて処分して家を空にしなくてはならないでしょう(一年経つのにまだやってないのかって感じですが…)。 自分でこまめに動ければ安くあがるのでしょうが、そうも行かないので業者さんを頼んで一気にやってもらうとすると、それなりの費用がかかります。
それを済ませたとして…このご時勢、あの立地で果たして売れるのか?(同じ金額でもっと便利なところに買えそう) 売りに出す前に家は取り壊すのか? 家込みで買ってもらうなら、リフォームするのか? いずれも費用はいかほど? 壊したりリフォームしても売れなかったらどうなるんだ? ちなみに更地にしちゃうと固定資産税の特例が外れて高くなるそうですが(涙)
などなど、算段していると目の前が暗くなってきますねえ、いやまったく。 家を買うならローンを組んで支払うんでしょうけど、こういう費用でローンって聞きませんよね。 お金を借りるという選択肢は自分の中にありません。いま借りなきゃ払えない金額ならこの先も払えないのだ、というシンプルな考え方で生きております(苦笑)。 なけなしの貯金から、どうやりくりしたらいいんだ。頼むから誰か決めてよきようにとりはからってー。わらわは考えとうないぞよー<誰
とにかくプロ(不動産屋さん)に相談して意見をきいて、そこからだー。あっさり丸め込まれそうな自分がコワイですが、そもそもそれほどうまみのある物件じゃないしね!
…。
きっとこれからしばしば「家売るぞ日記」が登場するかと思いますが、どうかご容赦くださいまし。
いつも拍手をいただき、ありがとうございます。
>Aっちさん
ご心配いただきありがとうございます。 悲しみは尽きるものではありませんけれども、お互いほんとにがんばってまいりましょうね!
>Hちゃん
お父様の思い出きかせてくださってありがとう。ささやかな記憶が宝物になるよね、ほんとに。 が。
「あれは、何年前だったか・・・」
ってちょっと待って!そこは覚えておこうよ!しんみりしてたのに爆笑しちゃったじゃん!!実にあなたらしいわ〜。
父が旅立ったのは、一年前の今日でした。
朝5時、お父さんがナーバスになっているので来てあげてくださいというナースからの電話で飛び起き、病院へ向かいました。 さぞかしいろいろ言われるのだろうと覚悟して病室に入りましたが、父は私に自分の状態を問い詰めたりするようなことは全くありませんでした。
あとでナースから教えてもらいましたが、夜中に巡回した際「私は治すつもりで入院したのに、(一人でベッドから起き上がることもできない)この状況をあなたはどう思う?」と訊いてきたそうです。
そう、治るつもりでいたんだよね。治って家に帰って、またゴルフをしようって…。
相棒も来てるよ、と声をかけたらにこっと笑って「何かうまいもの食べにいこう」といいました。 三人で、いろんなところに行ったから。
体温が下がりすぎていて、何度測ってもエラーになってしまう状況でした。でも父が気にしてしょっちゅう測りたがるので、その度に平熱だと嘘をいいました。体温計が壊れているのかも、というので売店に走って新しいものを買ってきました。 手や足の先が氷のように冷たくなっていたあの感触を、今でも私の手は覚えています。
呼吸が苦しくなり、酸素マスクをつけられました。マスクが口の周りに当たって不愉快らしく外そうとするのを相棒と二人で一生懸命なだめましたが、しばらくして「ちょっとだけ外させて」と頼むので「じゃあ一分間ね。一分経ったらまたつけてね、約束ね」と言って外し、腕時計で時間をはかりました。 私が時間だよ、という前に自分でマスクに手を伸ばし、再びつけてくれたので「ありがとうね。お父さんはいつも約束守ってくれるもんね」と(われながらそれはウソっぽいなと思いつつ)言ったところ、なんだか真面目くさったような表情で首をはっきりと横に振ったので「あ、そうなの。約束守らないのね」と相棒と二人で笑ってしまいました。 事ここに及んでも、ヘンなセンチメンタリズムに酔うようなところのなかった父はなんかいいなあと思います。(そんな余裕はなかったのかもしれないけど)
私が記憶しているかぎりでは、父が口にした最後の言葉は「トイレに行きましょう」でした。 一人部屋に移され、もう手を貸しても身体を起こせる状態ではなかったので管を入れられたのですが、かえってそれが尿意を引き起こしたらしく、トイレに行きたいと言い出しました。あわてた私たちやナースが今は管が入ってるからトイレまで行かなくても大丈夫ですよ、と言っても決然と「トイレに行きましょう」と。 どうしよう…と思っていたらそれからすぐ意識がほとんどなくなってしまったので、事なきを得たのですが。 これまた、父らしいこだわりです。胃がんが肝臓まで転移していて、あと4時間後くらいに亡くなってしまう人が言ったとは思えないセリフじゃないかなあ。
娘の目から見ても、なかなか粋でカッコ良かった父でした。 写真は、2007年10月6日にコスモスを見にいったときに撮ったもの。よく撮れていたので遺影に使いたいと思いましたが、携帯のカメラだったので画像が粗く残念ながら無理でした。

いま、父が大好きでよく口ずさんでいた、Nat King Coleの“Too Young”が頭の中に流れています。
They try to tell us we're too young Too young to really be in love They say that love's a word A word we've only heard But can't begin to know the meaning of
And yet we're not too young to know This love will last though years may go And then someday they may recall We were not too young at all
And yet we're not too young to know This love will last though years may go And then someday they may recall We were not too young at all
おとうさん、おかあさん。 みんな元気よ。
先日は実家の近所の味噌カフェにいきましたが、今日はうしカフェ。
注:正式な名前はうしカフェじゃありません。 ゆめ牧場のオリジナルカフェ momom(モーマム) 最近ウシ模様のヤギの赤ちゃんが生まれてニュースになった成田ゆめ牧場直営のお店です。
私は季節メニューのストロベリーワッフル、相棒はサラダランチ。飲み物は二人ともホットミルクにしました。 ひとくち食べて「うひひひひ」みたいなヘンな笑い声をあげてしまうくらいおいしかったです。ワッフルに添えてあるホイップクリームとアイスクリームが、もう絶品!!たまらん!!! 帰りにはケーキもひとり二個買うろうぜきぶり。(実は前日も法事の帰りに近所のケーキ屋さんで買って食べている…)
都心からは離れていますが、ご近所のかたがいらっしゃったらおすすめです。
思いのほかあたたかく、よい日和になりました。この時季、雪もありうると覚悟していたのでほっとしました。富士山も浅間山も澄んだ青空に映えてとてもきれいでした。
朝、乗り換えの高崎駅で隣のホームにカメラを構えた人がたくさんいるので何かと思ったら、これのさよなら運転だったのです!(ラストランは18日)偶然にも見られてうれしかったです。 乗り換えたらこれまた車両がこれだし(笑)松本零士先生の直筆サインは残念ながら見落としましたが。
いとこが持ってきてくれた祖父の葬儀のとき撮ったという集合写真を見て、父の兄弟がみなあまりにバタくさい顔なのに正直ウケました。父も相当だったけど、真ん中のお兄さんなんてあんまり日本人に見えない… しかし子供たちには全然受け継がれていないのであった。特にうちは(笑)
今回、会食の席で親戚から聞いたなかで一番衝撃的だった話。 祖父が日露戦争の二百三高地で上官の命を救ったためにもらった勲章は、太平洋戦争で供出してしまったのだそうです…………。ああ。
ちなみになぜ勲章の話が出たかというと、父が死後にもらった勲章を会食の席に持参したからです。このいきさつが正直まだひっかかっていたので、いっそ親戚に見せびらかしちゃったらいいんじゃね?と。(父に怒られそう)
次兄はお嫁さんをみんなに紹介し、たいへん喜ばれておりました。私と相棒は「次はあなたたちね」ととばっちりを食らいましたが、これもご祝儀と思って我慢してやろう(爆)
とまあ、なごやかな雰囲気にて無事終了したのでひと安心。親戚もみんな元気でほんとによかったです。
今後のための覚え書き: ・位牌は持ち歩くものではないので、今後は持参しなくてよい。(そ、そうなんだっけか…) ・ホテルの和食はいまひとつ。去年の洋食コースのほうがおいしかった。 ・来年の三回忌は住職からお墓参りをしたいと言われてるので、実家のほうでやることになりそう。母の十七回忌を一年早めて一緒に行う予定。
明日は一周忌の法事で出かけますので、自分に言い聞かせてみます。これはもうカンペキにひとりごとです。 忘れ物厳禁。写真と位牌。お金おろしておくこと。新幹線の切符持つ。 コートにブラシをかけること。カイロ用意。
晴れそうですが、いやはや相当寒そうです。 うちの両親はどちらも一年でいちばん寒い時季に亡くなったので、法事に来てくれる親戚に申し訳ない気が。去年のお葬式の日も寒かったな…。こればかりはしょうがないですけど。
拍手ありがとうございました!
>Aっちさん
緊張しないコツ、秘訣ですか… よく昔から「観客だと思わず野菜が並んでると思え」とか言いますよね。私の感覚はあれに近いものがある気がします。大勢いる人に対しては、あんまり“人”だと思ってないような…(それもどうなのかっていう感じですが)。 その証拠に、気心の知れてない人と雑談したりするのは非常に苦手です。会社ではたぶんあまり社交性のない人だと思われてるんじゃないかな。 そこがどのように切り替わるのかが自分でもはげしく謎ですので、全然アドバイスになってないですね(涙)すみません。
>Hちゃん
いらっしゃいませ〜! そう、今度は花見してお魚食べてってちょうだいね! あと、成田ゆめ牧場が八千代緑ヶ丘にカフェをオープンさせたそうなので、今度行きましょう。Sさんにもよろしくー。
テレビ朝日系で放送してる『題名のない音楽会』という番組では「振ってみまShow!」と題する企画をときどきやります。素人のクラシック音楽ファンが、オーケストラを指揮するコンテストですね。コンテストといっても別に真剣なものではないですが。 出場者の入れ込みぶりが面白くて好きなのですが、見ているとよく「歌ってみまShow!」っていうのもやってくれないかなー、と思います。つまり同じく素人がフルオーケストラで歌えるの。どうでしょう。もう既にあるかもしれないけど。けっこう憧れてるんですよね。フルオーケストラで歌ったことは一度だけあるのですが、第九だったし…。やっぱりここは独唱でしょう。
というと相棒には信じがたいものを見るような目をされます。理由はおもに「そんなの絶対緊張するし恥ずかしい」ということですが、わしはそうではないのだよ。
それとももし実際にそういう機会が巡ってきたらあがっちゃうんでしょうか…?なんとなく私は平気な気がするんだけどなあ。現実にありえないと思ってるからかしら? もちろん、来場者からお金を取って歌えといわれたらイヤですよ。そんな自信はないですからカンベンしてほしいですが、自分が歌いたい曲を気持ちよく歌ってくればいいだけならたぶん平気。
大学4年間合唱をやって、1200人くらい入るホールの舞台にも立ちましたし(満員ではなかったけど)、社会人としてのスタートはワープロのインストラクタでしたから、人前に立って話したりするのは苦にならないのでございますよ。披露宴のスピーチとか、余裕です。※クオリティの問題はさておくとして
でも知らない人と一対一で話すのは苦手なんですよね。だって一人に向かって話しててウケなかったらいたたまれないですもん。同じ知らない人に話しかけるなら、いっそずらっと大勢並んでくれたほうがずーっと気がラク。 でもここがおかしなところですが、大人数の飲み会は不得手です。誰に向かって話していいかわからなくなるから。MAX6人くらいまでがいいです。 さらにおかしなことに、歌いたいとか言いながら、相棒や親しい友達以外とカラオケに行くのはすごくイヤです。何歌ったらいいのか困るから。(選曲がマニアックだという自覚がある模様)
人間ってフクザツだなあ。ははははは。
まあとにかく一度、大ホールで歌ってみたいな、と。(そんな予定はありませんが)
日曜から月曜にかけては近所で遊んでおりました。
日曜はベルギービールを飲みにいこうと最寄り駅まで行ったら人身事故で運転見合わせになったばかりだったので諦め、カラオケに。“個人的に痛い歌”しばりで2時間歌いました(物好きな…)。曲目はご想像にお任せします(笑)。 夕食にテキトーに作ったえびとほうれんそうのオリーブオイル炒めがえらくリッチでおいしかったです。しょっぱく出来上がってしまったためビールがすすむすすむ。シメイ レッド(ベルギービールです)おいしかったなあ…。 一緒に作ったれんこんのきんぴらもなかなか。
月曜はあらためてベルギービールを飲みに。飲んでばっかり。 お店がちょっと狭くきゅうくつだったので再訪するかどうかは微妙ですが、品揃えはすごかった。セント・ベルナルデュス トリペル(もちろんベルギービールです)おいしかったなあ…。
最近はこんなふうにだらだら遊んでるときに「景気高揚に貢献してるんだから!」とオノレを正当化するのが相棒との間で流行っています。(というほどの金額ではあるまいが)
| 2009年01月10日(土) |
友あり遠方より来たる |
17日の父の一周忌法事のため、写真と位牌を実家にとりにいきました。 お墓参りをすませて早めに東京に帰るつもりでいたんですが、ときどきこの日記に登場するH&S夫妻からメールが届き、となりの市に来ているというではありませんか。どうやら『ケータイ国盗り合戦』のための突発的訪問のようです(笑)。 せっかく近所に来てくれたので、最近お気に入りのカフェに案内してお茶することになりました。お味噌屋さんがやっている、味噌スイーツやお料理がなかなか美味で、二人にも気に入ってもらえてよかったです。
それから実家に寄ってもらったところ、ホコリをかぶっていたスーパーファミコンのFF4と6の攻略本にたいへん興味をもたれていたのでひととおり差し上げました。どう考えてももういらないし。ありがたいことです。 おまけに帰りは自宅まで送ってもらってしまい、寒い日だったのでほんとうに助かりました。
地元の美味しいお魚もぜひ食べてもらいたかったのですが、今回は行けなかったので次回、もっと暖かい時季に! 常磐道の守谷SAで食べた焼きカレーがおいしかったです。
それにしても、Hちゃんが乾燥納豆を大量に購入したそうで驚いた…そんなに好きだとはしらなかったよ。知ってたら同じ会社で働いてるとき、いつでも買ってきてあげたのに…
まだ今週は終わってないですけど強引にまとめてみます。(どうでもいいことばかりですが)
●やらかした書きまちがい
・「恭」の字の右下の点を一個多く書いた ・「龍」の字の右下の横棒を一本多く書いた 「恭」のほうは伝言メモだったのでちっ、と舌打ちしてすぐ書き直すだけですみましたが「龍」は寒中見舞いのはがきだったので一枚むだにしてしまいました、ちぇっ。ひとさまのお名前を修正テープで直すわけにもいきませんわな。
●大根をまるまる一本買ったので消費するために作っておいしかったもの
・大根を薄いいちょう切りにして、葉の部分も細かくきざんで一緒に塩もみにし、しんなりしたらレモン汁(ポッカレモンでやりました)とオリーブオイルであえる。 どこかのブログで読んで真似した(もともとは赤かぶで作られてました)のですが、さっぱりしたサラダになりました。作ってすぐより、残りを翌日に食べたほうが味がなじんでておいしかった気がします。 ・お鍋(水炊き)を食べるとき、大根おろしを大量に入れる ごくポピュラーな食べ方だとは思うのですけど、やったことがなかったので。すっごくおいしかった!
●信じられなかったこと
Wikipediaの『坂の上の雲』大河ドラマのキャスティングで、児玉源太郎が高橋英樹になっていること。 高橋英樹がキライなわけではないですが、巷間に伝わる児玉源太郎のルックスとあまりに違いすぎると思うんですけど…。大山巌のキャストが載っていないので、そっちの間違いであることを願っておきます。
あ、4日に第一回放送があった『天地人』がわりと面白かったです。阿部寛の上杉謙信のおもしろカッコよさに大爆笑<誤った見方
| 2009年01月06日(火) |
カルチャーギャップともいえませんが |
社長(ボストン生まれアメリカ人・48歳、日本語話せません)がクリスマスごろからのお里帰りを終えて今日から出社してきました。
新年初対面なのでフロアをまわってひとりひとりに挨拶しており、当然話題は年末年始何してた?楽しかった?みたいな感じになりまして。 なぜか全員に「神社やお寺に行った?」と質問する彼ですが、東京に住んでる誰もが明治神宮とか川崎大師などのメジャースポットに初詣に出かけるわけでもないですよね。
板橋区に住んでいる同僚は巣鴨に行ったそうですが、彼は残念ながら巣鴨を知らず。同僚が「お年寄りに人気のある場所だ」と説明したら「あなたはお年寄りじゃないのになぜそこに行ったの?」と(笑)。近いからだな、うん。 杉並区に住んでいる同僚はおうちの近所の神社に行ったそうで、まず杉並区と言ってもわかってもらえない。「荻窪のあたり」「吉祥寺の手前」とか必死に説明していましたが全滅であったとさ。 東京の地理にほとんど不案内なのに、なぜそう詳しく訊こうとするのだろう。話が続かなくなるじゃん(笑)。
かく申す私は喪中のため初詣には行かなかった、なんて言ったらきっと質問の嵐です。この貧弱な英語力でどう説明しろというのでしょうか。英会話学校かここは。 しょうがないので「箱根駅伝を生で見た!」という話題で押し切りました。でも駅伝自体よくわかってなかったっぽいな…。
ちなみに温泉もハコネしか知らなかったよ。誰かどっか連れてってあげてください。
拍手ありがとうございました。
>Aっちさん
写真おほめいただきありがとうございます。私の携帯、画素数がかなり多いタイプなのでわりと綺麗に撮れるんですが、デジカメとは違ってファインダーがついてないので明るいところだと何撮ってるのかわからなくなるのが困り物です(笑)
世間には9連休のかたも多かったようですが私と相棒は6連休(新年早々ひがみっぽいな)。今日が最終日でした。 ふだんバーゲンにはめったに行かないのですが、気が向いたので晴海トリトンスクエアにあるお気に入りのお店へ。アンサンブルとスカートを1点ずつ買いました。相棒もニットを2点。
休憩したセガフレード・ザネッティ(エスプレッソのチェーン店の名前なんですが、いつ聞いてもロボットアニメの必殺技に思える)で飲んだ“メッツォ・メッツォ”がいつもながら美味しかったです。近所にショップがあればいいのになあ。 ちなみに“メッツォ・メッツォ”とは「チョコレートドリンクとエスプレッソのハーフ&ハーフにフォーミングミルクでフタをして、ココアパウダーをトッピング。エスプレッソの苦みとチョコレートの甘みが、クリーミーなフォーミングミルクとやさしくとけ合った、イタリアならではのドリンクです。」というしろものです。
そのあと行きつけのマッサージ屋さんで60分もんでもらい、あまりのひどさに呆れられるといういつものパターン。大みそかから元日にかけて、旅行バッグを肩にかけたままがしがし歩き回ったため首と肩がパンパンだった次第で。
プチ断食中に鰻の蒲焼が食べたくてしょうがなかったので、夕ごはんはひつまぶしを食べに付き合ってもらいました。それなりのお値段ですがたいへん美味しく、仕事がキツかったりしたとき元気ごはん食べにこよう、と相棒と意見の一致をみました。
過ごし方が大きく変わったお正月休みでしたが、なかなかもりだくさんで楽しいものになりました。 来年からどうするかは…また一年かけて考えます(笑)。
年末年始を実家で過ごした相棒が帰ってくる日なので、上野まで迎えに…と思ったら信号故障や強風が重なりダイヤガタガタ。あわわわ。 でも運よく臨時列車に乗れたそうで結局30分ほどの遅れですみ、寒い場所で長く待つ必要もなかったとのことでひと安心。 実家でいろいろ持たされてきていて大荷物だったため、寄り道せずにうちへ帰りました。
で、待望のお餅がきたので(笑)お雑煮をつくりました。実家以外の台所でつくるのは初めて…かもしれない。 いつもなら鶏肉のほか大根、人参、かまぼこですが、今日は鶏肉と小松菜で。いまなんとなく小松菜ブームなのです、私の中で。 焼いたお餅の上に熱いおつゆを張り、三つ葉とへぎ柚子をのっけて出来上がり。おいしかったです。
そのほかにもおせち料理をいくつかいただきました。 以前から相棒のおうちのおせち写真を見せてもらうたび、ずいぶん白いきんとんだなあと思っていたのですが、ようやく謎が解けました。栗ではなく白いんげん豆のきんとんだったのでした。 黒豆はお母様が料理番組で見て初めて作ったという生姜風味。乙な味でこちらもおいしかったです。 それと相棒が年末に煮たつぶあん。ハーゲンダッツのバニラにのせていただいたら、もうたまらんかったー!!
大みそかから2日にかけてはかなりの移動距離を記録しました(笑)
31日、次兄と東横線の日吉駅前で待ち合わせて拾ってもらい、実家へ。
元日のお昼前に実家を出て、西東京の某市にあるあによめ2号の家へ。次兄がカーナビを無視して突っ走るのでいつ怒り出すかとヒヤヒヤし、少し車酔いしてしまいました。家に着いてからあによめ2号に「あの人(=次兄)すぐ怒りません?」と訊いてみたけどあまりピンと来ないふうだったので、大事な人には怒らないのだと認定(爆)猫をかぶっているのではないことを妹として心から願います。 そのあと三人で横浜に向かい、私が今晩泊まるホテルにチェックインしたのち、中華街で長兄一家と合流。昼間みなとみらいに遊びに行ったら何もかも休みだったそうで、ちょっとびっくり。観覧車も止まってたんですって。
夕食は7人で中華料理を堪能。どのお皿も非常に美味でしたが、絶食明けの私の胃がたくさんの量は受け付けてくれず、完全に周回遅れになるありさま。姪たちが若いパワーでずいぶんしっかり食べてくれて助かりました。 エビマヨ(しかも車海老)も海鮮炒めも牛ばら肉の煮物も中華おこわもたいそう美味しかった、美味しかったんですが、どうしても口が開かなくて〜(泣) デザートの杏仁豆腐が出てきてほっとしました。あとジャスミン茶(涙)
ホテルに帰ったあとはあによめ1号、姪1号と三人で夜遅くまでおしゃべりしました。高校1年の2号は日頃のハードな日々の疲れが出たか早々に夢の国へ。 4月から社会人になる1号は本当におとなになって、きれいになって、なんだかうれしかったです。(トークはあの若さで非常におばちゃんぽかったが、まあいいか…)
2日の朝はせっかく横浜にいるので箱根駅伝の選手が走るところを見よう!ということになり、駅まで歩いていったところ人が大勢並んでいるのでビックリしましたが、これは福袋を買う人の列でした。 駅伝見物の人もたくさんいて、ガードレールぎわの最前列にはさすがに立てませんでしたが、それでもランナーが駆け抜けていくところはちゃんと見えました。いやー速い速い。あんな速さで20km以上も走り続けるというのですから本当にすごいです。
姪1号も福袋を買いに走ったところで長兄一家とは別れ、鶴見へ。以前から行ってみたかった鶴見線の海芝浦駅に向かいました。 この駅は東芝の工場内にあるため、一般客は駅の外には出られません。ロケーションは海の上(運河の脇)。

こういう感じです。 横浜市内にいるのに、そんな気がまったくしませんでした。「旅に出たいけど時間のない人はここに来るといい」といわれているそうですが、まさにその通り、すごい異世界感。来てみてよかったです。
鶴見駅に戻って今度はバスに乗り、ベイブリッジへ。時間がたっぷりあるので、今までなんとなく憧れつつ行く機会がなかったところへまとめて行ってみようと思ったんですが、これまた大当たりでした。素晴らしい好天で、最高の眺望。 ベイブリッジのスカイウォーク(道路の脇の歩行者専用通路)から眺めるみなとみらい方面です。背後に富士山がどーん!!

携帯のカメラでもこれだけの写真が撮れるからすごい。 橋の反対側も房総半島と三浦半島がくっきり見えました。お正月で車が少なかったり、いろんな好条件が重なったのでしょうね。新年から縁起がいいわ!
というわけで関東エリアをぐるぐる回ってきたしだいです。 今年はこんな感じでアクティブにいきたいですな。
拍手ありがとうございました。
>Nこたさん
お帰りなさい&プチ断食おつかれさまでした。今年はお目にかかりたいです〜!
>Aっちさん
こちらこそいつも励ましのお言葉をありがとうございます!お互い今年は笑顔の多い年にしたいですね。今後ともどうぞごひいきに〜!
サイト開設まもなく10周年(マジでか)を迎え、ますます躍進する(それは違うと思う)ぽちくらを、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年は…また何があるかわからないという感じですが、だんだんといろいろなことが身軽になっていっている昨今でもあり、軽やかな心持ちをもって暮らしてゆきたいと思います。誕生日がくればなななんと!不惑ですしね。きっと大変なこともたくさんあるとは思いますが、相棒と仲良く、心身ともにすこやかに、おだやかに。
今年の初日の出はことのほかきれいでした。 例年、水平線上に雲が広がってしまい日の出の瞬間ははっきり見えないほうが多いのですが、今年はめずらしくちゃんと見えました。 この場所から初日の出を見るのはもしかしたら最後になるかもしれません。そんな思いを抱きつつ、両親に思いをはせながら、見つめてきました。
あいかわらず電線だらけですが。

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