ちむたんのつぶやき
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2008年03月13日(木) 勲章

亡くなった父が叙位・叙勲の対象になっているので、遺族が受け取りにくるようにと連絡があり、今日私が行ってきました。

父は法曹関係の仕事をしていた国家公務員でしたが、大学は出ておらず、最終的な職に就くまでにちょっとイレギュラーな道を辿りました。もちろん父はたいへんな努力をしてその地位を得たのですが、東大その他あまたの有名国立大学出身の同僚たちの中で、商業学校卒であることが父にとって誇りであり、コンプレックスでもあったように思います。
父が就いていた職は、70歳になると叙位・叙勲をうけられるはずなのですが、父の場合在職年数が不足ということで、対象外でした。

春と秋の叙勲のとき、新聞にずらっと名前が載りますよね。新聞をひろげて、同期のかたがたの名前が載っているのを(そして自分の名前はないのを)確かめ、さびしそうにしていた様子をよく覚えています。
しきたりとかならわしとか、そういう感じの堅いことはどちらかというと煩わしがるほうだと思っていたので、けっこう意外でした。

うすうす予測しており、決まりとして当然のこととわかってもいたでしょうが、実際にそうなってみると、年数が短いとはいえ同じ職にあって一生懸命働いてきたのに…と複雑な気持ちにならずにはいられなかったのでしょう。
もしかしたら、長年抱いてきた学歴コンプレックスに整理をつける最後のチャンスだったのかもしれません。


それから13年。
父は、亡くなったことによってようやく勲章を受ける資格を得たのですね。この世にもういないということ以外、父の身の上にはなんの変化もないのに。
簡単に調べた限りでは、もし88歳まで生きていたらその時点でもらえたようですが。
つくづく不思議な制度です。

正直なところ生きてるうちにもらえたらよかったよね、と兄たちとも話しました。
次兄によると「俺が死んだらもらえるはずだよ」と父は言っていたそうです。


冗談で「“これを生前に頂けていたら、父がどんなに喜んだことか…!”とか言って泣き伏してこようかな」と言いながら出かけました。
応接室に通され、伝達式の次第の説明を受けてしばらく待つあいだ、机の上に置かれていた父の略歴を眺めていたら、在職当時仕事が大変そうで悩んでいた様子や、退職後に聞かせてくれた思い出話などがたくさんよみがえり、目頭が熱くなってきて困りました。
式に臨んだ私の目はおそらく真っ赤だったと思います。花粉症とでも思ってもらえていればいいのですが。


位記と勲章を受け取り、挨拶をして外に出ました。

おとうさん、勲章がもらえたよ。よかったね。
うれしい?

必死にこらえていた涙があふれ、しばらく止められませんでした。


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