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2017年11月30日(木)
mouse on the keys『FRACTREGION Vol.1』

mouse on the keys『FRACTREGION Vol.1』@Shibuya WWW X

久々ワンマン。Vol.1なので次回はいつかなともう待ち遠しい。しかしバンドはすぐにpattenとのライヴで大阪へ行っているし、川さんと清田さんに至ってはこの二日前にnine days wonderのライヴ、と忙しくしており余韻を噛みしめるのはもう少し先かな。ライヴ内容も映像とのコラボレーションも素晴らしかったので、写真やコメントをまとめた記事が読みたいなあ。

この日の布陣。
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Drs, Syn:川昭
Key:清田敦
Key, Syn:新留大介
G:飛田雅弘
Tp:佐々木大輔
Sx:本澤賢士(ケンジーくんが本名でクレジットされてるの今回が初めて?)
VJ:rokapenis
Lighting Design:渡辺敬之
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この日の目玉は安藤忠雄作品とのコラボレーション。『安藤忠雄展「挑戦」』のインスタレーションセクションで音楽を担当した縁で、事務所から提供された写真やドローイングをVJに組み込んでのライヴです。安藤作品を敬愛してやまない川さんの嗜好(=つまりそれはバンドの志向に直結する)から生まれたアイディア、相性が悪いわけがない。元映画館の機構がそのまま使え、スクリーンサイズで映像を投写出来るWWW Xというハコの特性もフルに発揮され、質実剛健な美しいヴィジュアルが展開されました。フルカラーがモノクロともいえるコンクリート建築と、モノクロが基調のバンドヴィジュアル。時折現れるクリムゾンレッド、ダークブルー。流麗なミニマルフレーズのピアノと、嵐のようなブレイクビーツのドラム。重厚、濃密。川さんの理想とする空間が具現化していたのではないでしょうか。いやーよかったね川さん…とかいいたくなる……それを目に、耳にすることが出来たことに感謝感謝ですよ。

展覧会に提供された「The Beginnings」からスタート。新留さんの作曲ということもあってか、キュー出しは新留さんでした。音源聴いたときティンパニ使ってるなあ、ライヴではどうするんだろう? と思っていた箇所はサンプリングパッドから出していた。他にもライヴで初めて聴いた(と思う)曲が2曲くらいあったと思うんですが、そのどちらもエレクトロ要素が強く、今後の展開を予想させるものでした。「来年はアルバム出します!」とのことだったんで楽しみだなあ。

久々ワンマン+コラボの緊張もあったか? ときおり演奏のバランスを失うところもありました。そもそもこのバンド、マス要素もある複雑な構造の楽曲をジャズのアプローチとハードコアのアティテュードで演奏するコンセプトだと個人的には思ってるんですが、そんな相反する要素を乗りこなすのはたいへんなこと。ちょっとバランス崩すと大事故です。特に清田さんは指が一度滑ってしまうと焦るだろうな。しかしそこは地力のあるバンドなのでもちなおすのも早かった。

そしてハプニングが起きたときの対応力にパンク魂が反映されてる感じがしました。「aom」の導入がガタガタになって中断、即座に川さんが「もういっかい!」とカウント入れてアタックがバチッと合ったところには鳥肌たったなあ。精巧な破壊力といおうか(なんだそれ)……今思えば演奏がバラけたの、川さん自分のドラムの音がデカすぎて他のパートが聴こえなくなってたんじゃなかろうか。イヤフォン使う楽曲もあるので耳栓はしていなかったし、モニタリングが難しそうですね。そういえばシンバルの叩きっぷりもすごい勢いで、それをミュートするのもすごい勢い。「Earache」が顕著で、この曲4小節ごとにドラムのフレーズがループするんですが、その都度バシイッ! とシンバルおさえる(つかむ)ので、いつスタンドが倒れるかシンバルで掌切るかとヒヤヒヤしていた。大丈夫でしたけど。

川さんのことばかり書いてますが、それというのも今回下手側最前列を確保出来たもので目の前が川さんだったんですね…目の前だからえらい迫力でね……。あーコンバース履いてるーとかコーラ飲んでる?! とか演奏以外のところもいろいろと楽しく見ました。パソコンのスクリーンセーバーが北極とか南極の風景で、ホッキョクグマやペンギンや映ってるのに曲間気づいて和んだりした。

その他メモ。

・川さん「しゃべるとイメージが崩れるんで」って言ってたけどいや、それがええのや…てか自覚があったんだ……
・しかし「MCで休む」といっていたので疲労回復のためにもMCは必要。いいじゃないじゃんじゃんしゃべれば〜
・海外では基本「We are mouse on the keys, from tokyo, Japan.」であとは新留さんに任せる。新留さん英語堪能だからね
・フランスでは「ジュテーム」というとお客さんが恥ずかしそうに下を向く
・飛田くんのニックネームはビッチ(トビタ→トビッチ→ビッチ?)くんなんだけど、英語圏でビッチでーすと紹介すると場が凍る
・そんなオモロMCでしたが、「soil」のことを「ロードムービーを思わせる曲」と話してたのは印象的だったな。そういうことがぽろっとでるとこもいい

・自分のなかでニヤニヤといえばずっと清宮(父)だったのに、ここ数年でニヤニヤ清田が加わりました。ニヤニヤニコニコ楽しそうに弾いてらして、座奏だから顔と指と足以外はクールでございました。弾いてるフレーズとのギャップがすごいよな。演奏してないときってなんだかふにゃ〜としてるよね

・飛田さんもほぼ目の前。足踏みというか地団駄がすごくて川さんのキックと張ってました
・飛田さん、上半身も相当エモくてよかった。ヴァイオリン弓でコード弾いてて美しいノイズだったなあ

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・Teaser - FRACTREGION Vol.1 @ WWW X on Nov 30, 2017






WWW Xのフロアには段差がないのでかぶりつきを選んだんだけど(低身長つらい)、motkのステージは退きの構図も壮観。スクリーンに光の教会が現れたときには「わあ……」と思わず声が漏れました





バンドが展覧会の内覧に行ったときのもの。いやー合うわー。喋るとイメージ崩れるわー(笑)といえば、安藤さんもそうだよね。初めて喋り聴いたときビックリした、あの建物つくったひとが! って。
ちなみに皆で写ってる画像、新留さんがルックス的にも立ち位置的にも安藤さんの助手みたいに見えて微笑ましい

・国立新美の安藤忠雄展でmouse on the keysがインスタレーションの音楽担当 - CINRA.NET

・mouse on the keys / The Beginnings / The Prophecy - OTOTOY
『The Beginnings / The Prophecy』は配信のみのリリース。Apple MusicやSpotify等のストリーミングサービスでも販売されています

・INTERVIEW / mouse on the keys|Spincoaster
安藤忠雄展について、建築について、海外におけるバンドの受け入れられ方について。川さんが語りまくっております。清田さん写真に写ってるのにひとこともコメントがありません(…)

・客入れで流れてる曲がいちいち気になるのでShazam起動。Jóhann Jóhannssonの「Rainwater」がヒット。その後『メッセージ』『博士と彼女のセオリー』『ボーダーライン』のサントラからと、全編ヨハン・ヨハンソン縛りだったっぽい……いい! 好き!



2017年11月28日(火)
『PLAY VOL.50』

『PLAY VOL.50』@Shibuya La.mama

おなじみ『PLAY』シリーズ。今回はラママ35周年のお祝いもかねてのラインナップ、nine days wonderとLITEという願ったり叶ったりの対バンですよ! 喜び勇んで入場すると、最前ポジションがまばらに空いています。先攻はLITEらしく既に楽器がセッティングされており、井澤さん前は埋まってる。武田さんの目の前が空いていたが、あまりの近さにビビッてセンター寄り二列目を選ぶ。構造さんはちょっと退いたところで演奏しますからね。機材も多いんでちょっと距離も出来て、落ちついて観られるかなと思い……。

あの、ラママ行ったことのあるひとはわかると思いますが、ステージとフロアめちゃめちゃ近いんですよ。しかもステージ自体も低いので、目線もそんな変わらん。弓道の眼付けみたいになってしまいそう……って、この練習一般的なんだろうか。ウチの中学の弓道部には集中力をつけるための訓練として、正座して向かい合い相手の目をひたすら5分間見続ける、逸らしてはダメという「眼付け」という練習があったんです。部員の子から「最初はどうしても笑ってしまってめちゃめちゃ怒られた」と聞かされていた。たとえが長いがそんな感じです。プレイヤー側もやりづらいんじゃなかろうか……なんだかお互い伏し目がちになる(笑)。

というわけで先攻LITE。東京近郊でイヴェント出演が続いていたため、全部違うセットリストでやりますと事前に告知されておりました。こういうところも考えていてすごいなあと思う。バンドを続けるうえでの知恵でもあり、毎回ライヴを観にくるファンのためでもあり。新旧の楽曲どれでもすぐに演奏出来るぜという自負も感じます。聴く側としてはレア曲があるとうれしいし、おなじみの曲は演奏のバリエーションが聴けてうれしい。ああ、この曲のこの部分にはこんな要素があったのか! と毎回のように気づかされる。

「nine days wonderと一緒に出来るなんてうれしいです。再始動するのは15年ぶりだそうですけど、僕らLITE結成して14年なんです。だから完全にすれちがいで、聴いてはいたけどライヴを観たこともなかった。ちなみにラママに出演するのも初めて、出るのも初めて」と武田さん。ちなみに井澤さんは高校生の頃出て以来だそう(ツイート参照)。それもすごいな。

メモ。
・「Bond」のギターリフサンプリングするやつ(ルーパー)よく見えた。ペダルがナンバリングされてるのね(重ねる順番を決められる)
・山本さんヘトヘトぽかった(笑)シンバルスタンドがどんどん動いてっちゃうんで何度もなおしてたなー。気合のほどが窺えた
・クリック聴いてる山本さんを誰も見ていないのに揃うアタックすばらしー
・武田さんと構造さんのリフどっちがどっちかよくわかってたのしー
・井澤さん前髪のびてティム・バージェスみたいになってた(ツアーつづきだから?)

ちなみにこの日通しで思ったが音がすごくよかった。至近距離なので地の音とアンプからの音がモロぶつかるうえにPAもあるんで相当なんだけど、各パートめっちゃクリアだった。

撤収も自分たちでやるので、演奏を終えてひっこむことなくそのまま片づけはじめる(笑)。セッティングを見ようと集まってくるファン、「最高でした!」と話しかけるファン。あー、『Past 7days』で観た光景だ。アメリカ、そしてヨーロッパ同様、年齢層も幅広い。「LITEのコピーやってるんです!」という子も。LITEとは違う編成+人数でやってて…って話から「ええ、すごいね。そんなに人数いるかな。がんばって(さわやか)」と武田さん。周囲で話を聞いていたひとたちもにっこり。ライヴ後にこういう形で交流出来るっていいですね。

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後攻nine days wonder。川さん、シンバル系のスタンドはガムテでがっちり固定してました。さっき山本さんのスタンドが動いちゃうのを見ていたので成程とか思う。短い時間での転換はたいへんだなあ。パワーヒッターで手数も多いので、本編中チューニングもよくなおしてました。

という訳で中期編成。再発された『WITH EUPHORIA +』からのナンバー中心で、編成は9月と同じ。なのですが、遅れてきたリスナー故もうひとりのギターの方の名前がわからない。ずっと気になっててどこそこ探してるんだがわからない。演奏もバキバキで格好いいしキャラもたっててオモロイのになんて呼べばいいのか。『WITH EUPHORIA +』には「nine days wonder : akira, teru, tanabe, kiyo and kensuke」ってクレジットがある。kensuke=齋藤さん、akira=川さん、kiyo=清田さんで、羽田さんは中期レコーディングには参加してないとのことなので、teruかtanabeかのどっちかが彼なんですよねきっと。どっちだ。ああ気になる。

中期はシンセが入ってマッドチェスター的な要素も。DCコアからマッドチェスターて、好きに決まっとろうが! 私が!

メモ。
・齋藤さんのエフェクターがふたつのみでびびる。潔いな!
・いちばんエフェクター多かったのは羽田さんでした。多彩な音色と効果的な歪みと、そしてなにより艶かしいグルーヴ! いーやー格好ええなー
・齋藤さん、浪人生(予備校生)みたいな佇まいで老眼がとかいう。「ライヴ中は意地でかけなかったんだけど、こないだもう見えなくて違うとこおさえちゃったりしたんであきらめた」
・もうひとりのギターの方もメガネくんなんですが、「くもるよね!(笑)」と言っていた
・川さんの顔芸がすごかった。お肌つるっとしてて松たか子のよう! 頭おかしい(自分が)
・清田さんのおちつきのなさ。あしぶみ、おどり、MacBookおとす、最後の曲でタバコとかかき集めはじめる(帰る用意)
・mouse on the keysでの演奏を見慣れていると、清田さんは立奏だとこんなにおちつきないんかと笑いがこみあげる(演奏は素晴らしかったです)
・川さんと清田さんははmotkの衣装まんま着てきてたっぽい
・川さん耳栓してた。地音がデカいし空間が狭いからね
・齋藤さん水用意してなくて途中で飲みたい…でもない……みたいになって、スタッフに伝えればいいのにごにょごにょいってて見かねたメガネGさんが自分の爽健美茶をあげてた
・その後また飲みたい様子になったら客が自分のドリンクあげようとして、それを中継しようとあたふたしてた清田さんがそのまま客のを飲んでたり(笑)
・こういう和気藹藹なとこも楽しかったですね
・齋藤さんとメガネGさんのタッピング合戦にシビレた
・オーラスは「new ways to see the world」。川さんが「3?」「3で」と確認したあと三拍子でイントロ〜本編。このイントロがインプロぽくて格好よかったなー。イントロの拍子が何パターンかあったんだろうか

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というわけでメンバー間の阿吽の呼吸に鳥肌たちっぱなしの対バンでした。ハッタリなしの技量が素晴らしい。両者を繋いだのって川さんかな? また共演してほしいな。



2017年11月25日(土)
『すべての四月のために』

『すべての四月のために』@東京芸術劇場 プレイハウス

立ち見でなんとかすべりこみ。正面側だったし前の席のひとの頭を気にしなくてよく、視界良好だったのでたまには立ち見もよいですね。しかし腰をいわしちまったっぽい…やばい……。

鄭義信の新作。日本統治下の朝鮮半島、その南西に浮かぶちいさな島。太平洋戦争が終わりに近づくなか、日本軍専用となった理髪店を営む朝鮮人一家、そこへ集うひとびとの悲喜こもごも。

この悲喜こもごもの濃いこと、激しいこと。悲劇から喜劇へ、そしてまた悲劇へといった緩急も激しい。鄭さんの作品はいつもそうで、演出も過剰に感じることも多い。しかしやがて、この過剰さはあまりにも悲しくやりきれないことが多いからこそ、それを笑い飛ばすしかないひとびとを描いているからだということが見えてくる。

他愛のないドタバタ、に思える痴話喧嘩や家族のいざこざ。しかしこの積みかさねがあることで、登場人物たちが徐々に白黒つけられない立場に追いやられていることがわかってくる。そんな彼らがどちらに属しようがどうにも出来ない事態に直面したとき、やりきれなさに説得力が増す。夫が自分の姉を思い続けていることを次女は知っている。別れた夫とのコンビで仕事を得る三女は、元夫に悪態をつき乍ら同時に世話もやく。片足のない日本人将校と片足の自由がきかない長女は愛情を育んでいく。そして呑気に呑んだくれていると思われた四女は、家族という枠組みから抹消されることになる。季節から春が消えるかのように。

積みかさねをしらない第三者は狭い島で噂を流し、家族を非難し、村八分の行為におよぶ。しかし観客は、島のひとたちの知らないことを知っている。そういう作劇だ。だから涙する。

傍らには酒と歌がある。日々のくらしのなか、うたい、おどり、なき、わらう。そして「幸福」だと思いつづける。信じる、といった方がいいかもしれない。そうやって彼らは生きてきた。喧騒が大きいからこそ、ときおり訪れる静寂が重い。日本の敗戦はいよいよ現実的なものとなり、それでも朝鮮人たちは弾圧されている。日本名を与えられ、日本語を話し、日本軍のクラブ(社交場、と何度もいいなおされる)で唄い、日本兵として徴兵される。日本人将校は、職を辞する直前に理髪店の家族を分断する決定的な仕事をしなければならなくなる。

ひとは生きていくなかで必ず過ちをおかす。罪は忘れられてはならず、背負い続けていかねばならないが、それでも生きている限りひとはやりなおすことが出来る。鄭さんは必ず、このことも描く。ゆるすという感情とはまた違う、諦めにも似た思いがそこにはある。恋心が生まれる状況と激情は誰にもとめられず、誰にも阻むことが出来ない。失われた命は戻らない。それでも所謂「元サヤ」に収まっていく夫婦や家族。彼らに日々のくらしへの帰り道を用意し、そのために必要な時間を用意し、そして不幸が二度と繰り返されないようにという祈りにも似た思いを描く。

くりかえし詠われる、春、そして全ての季節への「乾杯」の音頭と、終盤ワンシーンだけ登場する、現代の理髪店前で騒ぐ韓国の若者たちが聴いているヒップホップ。思えばあの音頭はラップのようでもあった。音楽劇の要素を交え、うたとおどりで時間を繋ぐ。観客は、静かな笑顔とともに劇場から送り出される。この後味の加減も見事でした。

理髪店のかまえには『パーマ屋スミレ』(初演再演)を思い出し、つい親しみを覚えてしまう。そこで働くひとの所作に見入る。何十年も前からそこで生きているように存在する登場人物たち。えっ、ここで笑い入れてくる? と戸惑う一歩手前でちゃんと笑わせてくれる演者のアンサンブルも絶妙。山本亨演じる理髪店主が熟練の技、一触即発のあのシーンで「日記に書くか!」といえるキャラクターは貴重(その分終盤の涙のシーンは胸に迫る)。それを受ける森田剛のすっとぼけた言動がまたいい。森田さん演じる人物、結構なダメ男なんですが、それでもどうにも憎めないように仕上がってるとこもすごいよね……。で、なんでこうも憎めないのか気になってしまうという魔の魅力(笑)。日記を残し、それが読まれたことで、彼の義母は安らぎを得ることが出来、息子は未来が明るいものなのだと信じることが出来る。そんな仕事もある。

つかれたつかれたが口癖の次女(臼田あさ美)には結構イラっとさせられるんですが、それをひとことでひっくり返す三女(村川絵梨)のあっけらかんとした強さ、衝突を避ける長女(西田尚美)のおおらかさ、末っ子らしい受け流しで場をおさめてしまう四女(伊藤沙莉)と四姉妹のコンビネーションも素晴らしかった。村川さん、気風がよくて格好よかった! 伊藤さんの声もよかったなあ。彼女の声であの「乾杯」はより心に響いた。そして母ちゃん麻実れい。何度も観ていて知っている筈なのに、あの立ち姿の美しさにははっとさせられますね……その美貌をもって肝っ玉母ちゃんのキャラクター、その肝っ玉の顔がはがれ落ちる局面の落差。通る声とゆったりとした所作で心に残りました。

個人的には近藤公園演じる日本人将校にやられました。鄭義信作品における「水の男」ですね。西田さん演じる長女に足を洗ってもらうシーン、艶がほのかに匂いたついいシーンでした。それにしても足にかかる負担は大きかろうな……それは西田さんもそうかと。しっかりケアして無事千秋楽を迎えられますように。



2017年11月22日(水)
『ローガン・ラッキー』

『ローガン・ラッキー』@新宿ピカデリー スクリーン8

テレビへと活動の場を移していたスティーヴン・ソダーバーグ、映画復帰作。友人であるレベッカ・ブラントから持ち込まれた脚本を読んだソダーバーグが「これは自分で監督したい!」と復帰を決意したとのこと。めでたい+うれしいことです。

・ソダーバーグ監督作『ローガン・ラッキー』謎の脚本家が話題に - シネマトゥデイ

ちなみにこの記事にもあるように、脚本家ブラントは謎の存在。ソダーバーグは撮影監督用に別名義をもっていたりもするし、いろいろと憶測がとびかっていたようですが……。こういうエピソードもらしくて楽しいなあ。

そう、とにかくホンが面白い。強盗計画の緻密さ、伏線回収の鮮やかさ。その構成のスマートなこと。登場人物各々の背景、関係を示す台詞の配置とタイミング。全方位に目配りがきいている。そしてコメディの皮を剥ぐと現れるアメリカの闇。闇があるから光も輝く。後味はいいし、爽快感もある。だけど哀愁がつきまとう。この国には問題が山積み、だけど嫌いになれない。そして、それを象徴するあの歌! 計画は成功するのか? というハラハララインと、それはまあどっちでもいいや、こいつらがハッピーになってくれれば。という見守りライン。頻発するトラブルにツッコミつつ、種明かしにええっとなりつつ、最後の最後迄滑らか、鮮やかに進む。無駄が一切ないとすら思わせられる気持ちよさ。そんなホンを無駄なく進行させ、無駄なく着地させる演出も隙がない。せつなさのさじ加減も絶妙。地名や場所を示すタイトルカットやシンプルにまとめられたエンドロールのテンポ、そして最後の最後に出るひとこと。見事、見事としかいいようがない。

現金強奪チームの面々はことごとく冴えないアメリカ人。犯行に使われるのは性能抜群のアメ車。スマホ、保険、日焼けスプレー。実行日がはやまったためにターゲットとなったのは、メモリアルデー(戦没者追悼記念日)につらなるレース。ローガン弟は傷痍軍人、ローガン兄は娘とはなればなれ、娘の新しい家族はうまくやっているようで不穏な空気をまとってる。娘はジョンベネちゃんのようなメイクと衣装で発表会に出る。ジョンベネちゃん事件を知らないひとも増えただろうか。こういったアメリカの影カタログのような要素だけをとりだすと暗澹たる気分になる。

しかし、だ。ローガン家の呪いはラッキーのあとにやってくる。つまり、ラッキーはアンラッキーと離れられない。それを繰り返すのが人生、それを生きぬくのがアメリカ人。現代社会に、現代アメリカに対する皮肉と自負が見え隠れ。冴えないやつらはそれぞれ得意分野を持っている。自分の持ちうる能力を、最高のタイミングでフルに発揮する。そしてミスやアクシデントを最高のタイミングで逃れる。ローガン兄は緻密にたてた計画を丁寧に遂行し、バングのアホきわまりない弟たちも持ち分をきっちりこなす。

そしてローガン兄の娘が発表会で唄ったのは、予定していたRihannaの「Umbrella」ではなく……ウェスト・ヴァージニア賛歌ともいえるあの歌だ。観覧していた父兄たちの表情、彼女を守るようにひろがる合唱。アメリカを嫌いになれない。アメリカで生きていくからには、「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」。思わず『シン・ゴジラ』のセリフを思い出してしまった……のは自分が日本を憂い乍らも日本を嫌いになれない日本に属する人間だからだろうか。

ちなみにこのシーン、『リトル・ミス・サンシャイン』(12)も思い出したなあ。やっぱりアメリカ……と思っていたら、なんと「Umbrella」の歌詞には“little Ms. Sunshine”というラインがあったのだった。なんというかもう……「Umbrella」は唄われなかった、ジョンベネちゃんの悲劇はくりかえされない、というおまじないのようにも感じて今ジワジワきてる。まあ実際のところ、「Umbrella」と『リトル・ミス・サンシャイン』、そしてジョンベネちゃんに直接の繋がりはない。それでもモチーフとして…と考えると……うーん、尾をひく。

冴えまくる脚本と冴えまくる演出のなか、水を得た魚のように嬉々として泳ぎまわる演技陣。この配役も絶妙よな……『パターソン』でもそうだったけど、アダム・ドライヴァーにあの役あてるかという。彼は怪我のためイラク戦争前に除隊になった元海兵隊員だ。チャニング・テイタムはソダーバーグの『マジック・マイク』に出演しているが、この物語はテイタムの実体験をもとにしたもの。彼が演じた主人公はかつてチャンスを逃し、そして新しいチャンスをつかまえる人物だ。ふたりは「かつてそうだった自分、そうなっていたかもしれない自分」を演じている。そんなアメリカ映画にダニエル・クレイグをああいう位置で出してるってところにもニヤニヤ。クルマのエキスパートを演じるローガン家の末妹を演じたライリー・キーオ、続編があるかもと思わせる、FBI捜査官を演じるヒラリー・スワンクも格好よかった! そしてローガン兄の娘ちゃん役、ファラ・マッケンジーが最高にキュートでした。どいつもこいつも愛さずにはいられない、皆しあわせになってくれと祈らずにはいられない。

監督作品を再びスクリーンで観られて嬉しい。好き好き大好き、ソダばぁおかえり!

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・【映画コラム】アメリカのカントリー賛歌の側面もある『ローガン・ラッキー』 - エキサイトニュース
・ローガンラッキーと、白人と田舎と - 吐き捨て系日記
使用曲について。なるほどなるほどと膝を打つ。気付いてない小ネタや要素、まだまだありそうだな


現金強奪の現場、『コカ・コーラ600』はこんなレース。アメリカの風景

・自称フォントおたくのソダーバーグですが、本編中のカットとして出る地名等の日本語訳(台詞の字幕とは別)がちゃんと映画タイトルに合わせたフォントになっているのには驚かされた。これ、どっから指示出てるんだろう

・金庫のみんなが誰から贈られたかわからんケーキを食べるところには、流石に「ねえよ〜」と笑った。こういう間が抜けてるところがあると、コメディだと安心して観られる。こういう弛緩を入れてくるタイミングも見事だったな……

・といえば、森で出会うくまにもウケた

・お金の配り方、『鼠小僧』みたいだったなあ。ニッコリ

・そうそう、携帯持たなくていいや病がますます進みました(笑)



2017年11月15日(水)
『密偵』

『密偵』@シネマート新宿 スクリーン1

2016年、キム・ジウン監督作品。原題『밀정(密偵)』、英題『The Age of Shadows』。役者は素晴らしく、美術や衣裳のプロダクションも素晴らしく、時代に抗おうとしつつも流されていくひとびとを描いて非常にエキサイティングな作品だったのですが、ところどころ素っ頓狂な場面があって迷い乍ら観た感じ。

1920年代、日本統治下の京城(ソウル)が舞台。ソン・ガンホ演じる主人公は、日本(警察)と朝鮮(義烈団。独立運動組織)どちらの密偵も務めることとなる。パートタイムラヴァーならぬかけもちパートタイム密偵、板挟みでつらいことこのうえない。

ひとつひとつのシーンの美しいこと! 鳥瞰で撮られた死体のある風景は絵画のよう。構図といい色彩といい、息を呑むほど画ヅラがキマる。列車のディテールや銃撃戦、主人公がパーティ会場に乗り込み爆弾を仕掛けていく流れ、ラストシーンで少年の乗る自転車がいく風景も素晴らしい。しかし構成がなんともいえないつんのめりぶり。義烈団の京城行きの情報を漏らした人物、主人公と義烈団リーダーが山小屋でおちあうよう罠をしかけた者と、要所要所で押し出される密偵の存在。それらがどうにもいきあたりばったりのように感じてしまう。まず撮りたいシーンのアイディアがあり、そのために無理やり流れをつくったような……編集、仕上げの段階でカットあるいは追加されたところがあるのかと邪推してしまうようなちぐはぐさがある。役者の演技により緊迫感は保たれているが……。その他にも拷問シーンが類型的だったり、あのシーンの劇伴にあの名曲を選んでいるのもド定番を通り越してベタにもほどがと苦笑、集中を削がれてしまう場面もしばしば。

そもそも主人公が密偵であり、義烈団のなかにも密偵がいる。日本警察側には主人公を見張る密偵も勿論いる。誰を信じて行動すべきかの迷い、誰にも信用されていないと感じる苦しさ。そこで提示されるのが「民族」「同胞」といったくくりで、義烈団リーダーが主人公に向かってくりかえす「ヒョンニム(兄貴)」という呼びかけだ。善悪がつけられない状況で、主人公がその呼びかけによすがを見いだすのは必然のように思える。そのゆらぎをガンホさんが見事に表現していた。「ヒョンニム」という言葉を人質のように使いつつ、主人公とおなじくそれにすがるようなコン・ユのベビーフェイスも印象的。日本からは鶴見辰吾が参加、主人公の上官を抑制の効いた演技で見せてくれました。ガンホさん日本語の発音綺麗だったなー。韓国人キャストの話す日本語には一応字幕がつくのですが、それは時代ならではの独特な言いまわしや地名、政治/軍事的な専門用語のサポートとしてで、言葉そのものは字幕なしでもそんなに問題なかったかも。

それにしてもコン・ユをちゃんと観たの初めてだったのですが(楽しみにしていた『釜山行き』…邦題使いたくない……でお初の筈が、公開時期と喘息期がまるかぶりで逃してしまった。スクリーンで観たいので機会を待ちたい)、あまりのプロポーションのよさに「背ぇ高ッ!」「顔ちっちゃッ!」「頭身ッ!」と瞠目しっぱなしであった。180cmあるガンホさんがちいさく見える。てか主人公と組む日本人警官を演じたオム・テグもモデルばりの美丈夫でしたね。そしてイ・ビョンホンが特別出演、ガンホさんとの共演シーンではちょっと和んだ(あああ『JSA』も『グッド・バッド・ウィアード』もスクリーンで観たいから未見なんだよ〜)。しかしこのシーン(酒ガンガン呑むとこ)もちょっと滑るというか、コミカルな演出にしているけどここ笑うとこか? と迷ってしまうやりとりになってしまっていた。こういうところは切り替えて素直に楽しめばよかったかな……。

『暗殺』とあわせて観ると面白いかも。てか『暗殺』ってほんとよく出来ていた。

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・輝国山人の韓国映画『密偵』
毎度お世話になっております、配役一覧に毎度助けられております……。鶴見さん以外にも日本人キャストが何人かいたのですが、つかこうへい作品でなじみだった及川以蔵(現・いぞう)の名前がエンドロールに流れてビックリ。一覧の役名を見てもどの役かわからん…どれだ……。
あとハシモトの部下、首相時代の小泉純一郎みたいな髪型の方がex. NAHT、nine days wonderの羽田さんにしか見えなくてまじまじと見てしまったよ。チョン・ドウォンってひとかな

・韓国の“国民俳優”ソン・ガンホが「私の友人」と紹介した日本人俳優とは? 映画『密偵』インタビュー | dmenu映画
ビョンホンさんとのシーンでは後輩俳優が沢山見学に…ってそりゃそうだ、いい話



2017年11月11日(土)
イキウメ『散歩する侵略者』

イキウメ『散歩する侵略者』@シアタートラム

やー、つくづく鏡のような作品でおそろしい。大好き。

前川知大作品との出会いがこの『散歩する侵略者』だった。2006年に赤堀雅秋演出版を、2011年にイキウメ版を観た。そのときどきの世相を受け、少しずつアップデートされているとのことだが、「戦争」というキーワードはずっと存在し続けている。この空気は十年以上も前から(恐らくは2005年の初演時から)頭上を覆い続けているのだ、ということに気づく。思ったより長い? いや、戦前とはこんなものなのだろう。

真治(に寄生する存在)が自分のことを指していう「はたらき」。この言葉は作品の本質をもいいあてている。

この作品に通底しているもの。「マジに」いえば「愛は地球を救うか?」ということなのだが、それをマジに受けとるひとはどのくらいいるか? という問いかけにもなっている。「愛」という言葉は「宇宙人」という言葉と同義だ。ベタだ、ダセぇと嘲笑するひとも、ふうん、よくデキた話だねと冷笑するひともいる。おまえの頭はおかしいと心配するひともいるだろう。それらが全て自分に返ってくる。ああ、おまえはそういうやつなのだという鏡になる。「信じる」ことがキーとなる。信じることは自分がそう決めるということだ。目撃した自分の目を信じることには、自分が自分を信じると決めないでどうするという思いが働いている。他者を信じるということは、このひとを信じるという自分の決意表明でもある。

愛という概念を失っても、反射で泣いているひとの頭を撫でることができる。その身体を優しく包み込むことが出来る。自他の概念がなくなっても、他者が傍にいることでそれらを学習、訓練することが出来る。天野がポツリともらした「ともだちだと思ったのに」という言葉は、彼(のなかにいるはたらき)が友情や羨望、嫉妬といった概念を獲得したからこそのものだ。奪われた者に概念はない。本能もない。身体による反射と、それに影響を与える環境があるだけだ。そうして身につけた行為や感情表現を、偽物だと断じることは出来るだろうか? これらを愛だとか憎しみだとか区別し判断するのは、受け手でしかない。

エドワード・オールビー『動物園物語』の台詞を思い出す。「人間はなんで愛なんて言葉を発明したんだろう?」。それは受け手がそう信じると決めるためだ。個人的には盛隆二演じる医師の、現実を受け入れる勇気と達観、学習し続けようとする意欲、それらに伴う悲哀あふれるユーモアにうたれた。こうありたいと思わせてくれる人物像だった。

板垣雄亮演じる警察官は、2011年の上演で安井順平が演じた役。今回安井さんは、元警官のジャーナリストを演じる。このふたりのやりとりが絶妙だった。板垣さん、おそらく舞台では初見なのだが、前川戯曲特有の説明台詞を日常会話としてスムーズに聞かせる術や切迫したシーンを笑いに転じる間が見事で驚かされる。何この馴染みっぷりは……と調べてみると、自分が観はじめる以前のイキウメ常連だったようで納得。大窪人衛は同じ役を演じていたが、中学生から高校生になっていた。ちょっとなごんだ。やー、あの声を持つ限り中学生、まだイケると思います(笑)。ジャーナリストを演じていた浜田信也が今回は真治役。2011年に真治を演じた窪田道聡の慟哭は未だに耳にこびりついている、今でも素晴らしい演技だったと思っている。浜田さんは身体で語る。体温を感じさせない前半から、色白の顔が上気で染まる終盤。身体のコントロールにより自在に操られる声のトーン、明晰な発語。前述した「はたらき」のくだりは、浜田さんの静かな語りにより、その言葉の持つ意味に気づかされた。

何度観ても得るものがあり、何度観ても心が動く。それが反射という現象だとしても、と思うことが出来る。戯曲の普遍性と柔軟性、それらを時代とともに体現する演者の力。

浜辺を思わせる抽象的な舞台美術(前川作品のおなじみ土岐研一)が印象的。音楽が叙情的なかみむら周平から、ホラー感を強調したゲイリー芦屋に変わった効果も大きい。またの上演があるとしたら、そのときはどんな時代で、どんな社会で、どんな演出になっているだろう? 楽しみでもあり怖くもある。

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・BACK STAGE REPORT〜日常と非日常が溶け合うとき〜『散歩する侵略者』赤堀雅秋×前川知大(2006年)
何度か張ってるけど、ログが残ってる限り上演の度に張っとこう

・浜田さんって前からあんなにいいガタイしてましたっけ…今回の役のためにつくったのかどうなのか

・上演記録によると、2007年再演時の真治は安井さんだったのなー。これは観てみたかった