嗚呼!米国駐在員。
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2006年02月26日(日) 日本人である事の幸せ / どこの国の社会に属すのか?

我が社にはフィリピン人の社員がいる。
フィリピン人とはいえ、幼い頃に親に連れられアメリカに移住してきたので、人生の大半はアメリカ暮らしだ。我々からすればすっかりアメリカ人に見える。

フィリピンの非常事態宣言を話題に出し、「このままアメリカに住みたい?それともやっぱりフィリピンの方がいい?」と、愚問と思いつつも少々いじわるな質問をした。

「フィリピンがいいに決まっているけど、私達(のような移民)は帰ってもあまりいい思いはしない、と聞くから・・・。」と言っていた。フィリピン人からはアメリカ在住者は自国民と見られずに、生活がうまくいかないという。



自分のように30過ぎて初めてアメリカに来て生活すると、アジア系2世などの移民という存在に驚く。彼らは顔はすっかりアジア人だが、言葉は完璧なアメリカ人である。

特に中国人の移民は多い。
アメリカ人の俗語では、中国人の移民(2世、3世)のことをABCと言うことがある。ABCは、American Born Chineseの略と言われるが、まあ蔑称であろう。また、アメリカ在住のアジアの2世、3世をBanana (皮は黄色いが中身は白い)と呼ぶこともあると言う。これは完全にバカにしている。


アメリカに山ほどいる、アジアの2世、3世の方々の心境はどんなものだろうか。

彼らは外見はアジア人だが英語しか喋れずに、ものの考え方もアメリカ流だ。しかしアメリカ人からすれば、彼らはやはりアジア人であり、逆に彼らの祖国からすれば、彼らは完全に「アメリカ人」とみなされる。

自分も日系の人を知っているが、日本語も分からず日本での生活も経験のない彼らを、なかなか日本人だとは思いがたいのが正直なところだ。

これらの人が直面するアイデンティの危機とは、どんなものだろうか。社会において自分のグループを見出せず、心理的にもよりどころがない。
アメリカの白人には白人の社会があるし、中国人には中国人の社会、日本人には日本人の社会がある。彼らはどこに属すればいいのだろうか。
戦争等、どうにもならない事情でアメリカに移民してきた人、自由な生活、豊かな生活を夢見て一大決心をして祖国を離れてきた人、それぞれ事情は様々であろう。でも、彼らは一体どの国にいるのが本当に居心地がいいのだろうか。


自分は長年日本で過ごして、どこにいってもやっぱり日本人だと思う。
日本にいるときは日本の文句ばかり言っていたのだが、海外に出て生活して日本の素晴らしさを改めて認識した。どんなにアメリカの生活が快適でも、やっぱり日本で過ごしたい、と思う。

日本では、幼少時代から英語をみっちり勉強させて出来ればアメリカ移住させたい、とまで言う親がいると聞く。

子供にどうなってもらいたいのだろうか。



2006年02月25日(土) ユナイテッドとは相性が悪い

先日の出張の帰りの飛行機の事。

天井に頭がつかえそうな片側2座席の小さな飛行機に乗り込み自分の座席にいくと、そこにはメキシカンの男が座っていた。

「そこは自分の席だ。あなたの座席番号は?」
と聞くと、2つ前の座席を指差し、そこに座れ、だと。

なんで俺はそんな目に合わなければならないのだ? 咄嗟の状況にうまく反応できずに突っ立っていたら、スチュワーデスが来て、「お席を替わってもらえますか?」と聞いてきた。どうやら、メキシカンの隣座席に知り合いがいたようだ。「No Problem !」とあっさり答えた自分も情けない。何が NoProblem だっていうんだ。

席の変更はよくある光景なのだが、席に着いてから妙に腹が立った。

席の変更そのものは全く構わないのだが、こちらが席に着く際に頼むのが礼儀というものだろう。いきなり座ってコーラ片手にナチョス食いながら、俺はこの席にしたからアンタはそっちに行け、というのはどんなものか。と思いながらも、メキシカンに説教する気持ちも勇気もないからどうしようもない。

その日は疲れており狭い座席で爆睡。

無事に飛行機は到着し、狭い機体から解放された。ゲートを抜けて駐車場へと向かう。立体パーキングはとてつもなく広いので、出張が続くと何回のどの位置に止めたか分からなくなってしまう。ウロウロと荷物を持って駐車場を回り自分の車を発見。これに乗り込むと、ようやく安心する。一本電話をかけようとして、ポケットを探る。



アレ、無い?



一息ついてもう一度探す。見つからない。車を降りて、本格的にスーツとコートのあらゆるポケットを探すが、やっぱり見つからない。

必至に記憶を振り返る。
座席についた時、いつものように電源をオフにしたのは覚えている。飛行機を降りてからは一直線に駐車場だから、その途中で落とすことは考えづらい。そうだ、座席に座っている時にポケットから落ちたに違いない。エンジンをかけた車を止めてトボトボと空港のチェックインカウンターに引き返す。サービスセンターに行くと、何人かの人だかり。相変わらずチンタラしたユナイテッドの対応でイライライライラ。早くしないと、先ほどの飛行機が飛んでいってしまうやろ!

ようやく自分の番が来て、機内に携帯を忘れた、と言ってチケットの半券を出した。

愛想のかけらもないオバチャンに、すがるような気持ちで訴えたのだが、オバチャンは何の反応もせずに無言で画面になにやら打ち込んで、「もう機体は出発したかも」とか言ってやる気無し。とはいえ、どこかに電話をかけてくれて用件を伝えてくれた。30秒後、「何も残ってないみたいだわ。」



お前はほんまに、し・ら・べ・た・ん・か・い・な・・!!



ぶちきれそうになったが、そこで自分は席を替わっていた事に気がついた。

「10Dから8Dに座席変更したんだった。8D付近を調べてもらえないですか?」

無言でオバサンは電話をして用件を伝えた。が、すぐに、「やっぱりないみたいだわ。アナタ、本当に座席に忘れたの? Are you sure?」 

ふざけやがって。ほんまに電話してるんかいな。

「1階の忘れ物カウンターに行って必要事項を記入しておけば?」

絶望的だ。

アメリカ生活1年目だったら、そう思うところだったが、3年近くも住むとそんな事ではくじけない。

そのセンターを出ると、迷わずに別の階にあるUnitedのサービスセンターに直行した。

そして同じ事を伝えた。座席を変更した事も忘れずに伝えた。今度のオバチャンは少し親切そうだ。さっきと同じようにどこかに電話をしてくれて、細かく説明をしてくれていた。




「よかったね。あったみたいよ。」




!!!!




やっぱり、である。

Securityパスのカードをもらって指示されたゲートに戻ると、自分の携帯はそこにあった。

それにしても本当に信用ならないサービス振りである。もっとも、そんな非難をする前に、飛行機に忘れ物するなよっていう話だけど。

いつもは忘れ物などしないのだが、出張帰りの飛行機は到着したら安堵感で気が抜けるのだろうか。不注意が原因だった無駄な1時間半であったけど、これだけで済んでよかった。


2006年02月23日(木) 出張/レンタカー/君が代

ミシガンに出張。
気温は35F程度だけど、体感温度が全く異なりとても温暖に感じる。やはりミシガン湖の寒風の有無は大きい。

今日は、とある企業の若手役員と面談した。
同族企業でもないのに、意外にも米系企業では若手幹部は珍しい。大きな個室を与えられており、全てがスマートである。案件毎に、電話でいちいち担当者を自分の個室まで呼び出すのだが、そこで現れるのは、はるかに彼よりも年を取ったオヤジばかりである。日本的には実にやりづらいと感じたのだけど、アメリカではそれほど気にしないのだろうか。


そうそう、空港でレンタカーを借りて車に乗り込んだ際、ガソリンが満タンではなかった。

実に不愉快だ。

黒人の係員に言うと、「Seven-Eight?」と言われた。何のことか分からなかったが、目盛り表示は8分の7くらいか?と聞いていたのだと分かった。確かに、ガソリン表示は目盛りが全部で8つある。
そして、針はゼロから数えて7番目付近を指していたので、そうだ、と答えると、契約書に、"7/8 OK! ”とボールペンで書き込んだ。これだけかよ!意味を聞いてみたら、返却時は、満タンではなく7/8(約9割)まで入れればいいから、だと。
しかし、ガソリンを入れたことがある人なら容易に想像つくと思うけど、そんな器用な事出来るわけない。でも、これ以上問答繰り返していても時間の無駄なので諦めて出発。

そして帰り。
空港近くでガソリン満タンを入れた。残り1割残す事など出来るわけない。車に乗ってガスの表示を見ると、まさに「Seven-Eight」を指していた。

なんや、車のガソリン表示が壊れていたんだ。

返却時は返却時でまた面倒臭い訳で。「満タンじゃないね。追加料金が・・・」「いや違うんだ。車の表示がおかしいんだ。」
最後は認めてくれたけど、いちいち疲れるのだ。


それにしても、なかなかまともに出張を終了させてくれない。
実は、帰りに更に激しいどたばた劇があったのだが、その話はまたいつかアップしようかと思う。



#この記事を書いている時、初めてアメリカのテレビで君が代を聞きました。異国の地にいると、君が代というのも日本人として誇らしく感じます。
圧倒的にアメリカ人中心のこちらのオリンピック中継ですが、荒川静香の堂々とした演技は見事でした。万歳!



2006年02月21日(火) 今日もまた1人辞めた・・


取引先のPurchase Managerからメールが入っていた。


Effective today, I will be leaving the company.


おいおい、また突然の退職か。

紹介してきた後任は、案の定どこの馬の骨だか分からないお方。どうせ引き継ぎなんて一切やってないだろうなあ。ああ、また人間関係も仕事もゼロからやり直しだ。どうせ、「私はそんな事知らない!」の連発だろうしなあ。少しは謙虚になれや。何で他社のガイジンに仕事を教えねばならんのか・・。

それにしても、この2年半でこんなメールを受け取ったのは何回目だろうか。
何人ものKey Personが自分の前から姿を消していく。これだけアッサリと転職していく環境が本当にうらやましい。転職していくのは日本のように20代の若手ではなく、みな働き盛り(40代中〜後半)で家族を持った役職の人ばかりである。

キャリアアップ、ヘッドハンティング、現状への不満、家族の事情、リストラ・・・・  転職の理由は色々と事情があるのだろうが、これだけ頻繁だという事はやっぱり現実問題としてアメリカでの転職環境は整っているのだろう。


日本は業界によるのだろうけど、やはり転職するメリットがどこまであるか、という疑問がある。特に伝統的産業の場合。自分次第といえばそれまでだが、日本企業は考えようによってはそれなりに刺激的でもある。数年毎に日本全国、世界各地へと勝手に飛ばされて、好む好まざるに関わらず環境も仕事内容もガラッと変わり自分のリセットが出来る。

入社当時は大阪で御堂筋線に乗って国内営業をやっていた自分からすれば、10年後にアメリカでエラそうに仕事をしているとは思いも寄らなかった訳であり、嫌な上司も同じように変わっていくから、なにかあっても「時間が解決」する事も多い。また、待遇だって毎年毎年、オイシイ状態に自動的にステップアップしていく。こうした日本企業独特の文化は、Job Descriptionが明確で勤務場所もガチガチの米企業とは異なる。


話は戻って転職していく取引先の人たち。
彼らは、ほぼ間違いなく競合他社に行く。そして、数週間して落ち着くとこちらにメールが入ってくる。転職直後は、新天地で自分の成果を出そうと必死だから、自分の事をよくしてくれた昔の取引先にコンタクトする訳である。


自分の場合、こうして在米2年半といえども業界ネットワークが自然と広がってきたのも面白い。


2006年02月20日(月) 3連休 / ジムのロッカーで

20日月曜日はプレジデントデイでわが社は休日。
のんびり過ごした3連休だったのだが、このサイトを振り返ると、去年も2年前のこの3連休はダラダラ過ごしたようだ。その理由はこの時期の天候にある。

それにしても、先週末からの寒さは厳しかった。ラジオやテレビでは Dangerous Cold ! を連発。特に金曜、土曜は、華氏0度(約マイナス20℃)近くまで気温が下がり(体感温度は−30℃)、まさに外に出るだけで体力を消耗するという状態。それでも、何だかんだと毎日ジムに通ったし、アウトレットで買い物もしたしオートショーにも出かけたという3日間。今日は針と歯医者に行った。健康的だか不健康だかよく分からないような生活だ。


なんとなく過ごしているとやっぱりネタも見つからないのだが、今日、ジムで運動を終えてロッカーに戻った時のこと。

ちなみにロッカーは、自然に黒人エリアとそうでないエリアに分かれている。これがアメリカ。自分も何となくではあるけど、自然と黒人エリアには近づかない。

自分のロッカーの横ではアメ白人が仲良く話していた。連れのようだ。


「誰か俺の靴を履いていきやがった。高かったのになあ。」

「ほんまかいな。なんてこったい。誰か間違えたんだろう。」

話を聞いていると、靴はロッカーの外にそのまま置いておいていたら、いつの間にかなくなっていたようだ。恐らく盗難にあったと思うのだが、さすがいいヒト達、「間違えて履いてかれたようだ。俺はいつもそこに置いておいたのに」などと、平和ボケしたアメ人らしいやりとりである。


そんな2人の仲良い会話を聞きながら、シャワーを浴びに行った。10分ほどしてロッカーに戻ってくると、まだその2人は喋っている。

「前は150パウンドもバーベル上がったのに、最近はサッパリだけど、何がいけないんだろう?」

ずいぶん仲がいいこった。ベラベラベラベラ。コイツら、もしかしてホモか?



その内、1人が帰ろうとして一言。

「It was nice to meeting you. What your name? 」



お前ら初対面かよ!



と突っ込みを入れたくなった平和な瞬間であった。


2006年02月15日(水) 親切アメリカ人の丁寧な道案内

以前、アメリカ人に場所を聞いたときのダラダラ説明書きの事を書いたこと(click!)があったが、まさに今回の出張の際はそんな説明をされた。



「初めて来るの?じゃあ場所の案内を送りますから。」

さすが親切なアメ人である。丁寧な申し出に感謝した。その後に届いたメール。



From airport, follow signs to Interstate XX. Get on I-XXa NORTH and go approximately 4-5 miles and take I-XXa NORTH towards S. Go approximately 12 miles and take Exit 25. (There are two exit ramps - #23 and #25. Make sure you take the second exit which is #25.) Get into the left turn lane of the exit ramp and turn left at the light. You will cross back over the interstate. Including the stop light at the top of the exit ramp, you should turn right onto West Drive at the third stop light. West Drive is only a couple of blocks off of I-XXa. When you turn right onto West Drive, I am in the third brick building on the left The entrance is actually behind the building.


なんじゃこりゃ!?

メールを読むに、この取引先はえらい辺鄙な場所にあるな、と覚悟して、かなり余裕を持って現地に向かった。

実際に行ってみた。

あれっ!?あっけなく到着。 日本語で説明するなら、「I-XXaのExit25で降りて最初の信号を左折。2つ目の信号を右折。」これだけですむがな。



道案内を頼むといつもこんな感じだ。なんだかどうでもいい事にバカ丁寧なのも、アメリカ人の特徴ではないかと思う。





2006年02月14日(火) サウスカロライナへ出張

サウスカロライナヘ出張。

10日ほど前にエアチケットの値段を確認した際は330ドルだった。翌日、顧客とアポを取り発券をお願いしたら、970ドルになっていた。毎度のことだけど、日替わりで値段がコロコロ変わるエア料金には悩まされる。逆に、待てば待つほど値段が下がる場合もあるから全く読めない。わずか2時間弱の国内線だが、日本往復と変わらない料金、ずいぶんと高くつく出張になってしまった。


北の極寒地から来てみると、さすがに気候は温暖で過ごしやすい。青空の下、Buickの頭が悪そうな四駆でハイウェイを飛ばすのは快適。


道中、聞いたこともないブランドのガソリンスタンドで給油した。
ポリタンクを片手に持った黒人がウロウロ。やばいなあ、と思ったのだが、案の定、獲物を見つけた鷲のようにこちらに向かって一直線。

「 I need a Gas. 1 doller is fine, please.  I need a gas!」

100%以上、何を言っているか分かったのだが、真昼間で危険性もなさそうだったから、俺は英語が分からない喋れない、と英語で答えた。

と、黒人さん、オーバーリアクションも交えてポリタンクを振りかざしながら単語を1語1語リピートする。あまりの迫真の演技に対して1ドル出そうかと思った所、別の車が入ってきて黒人はそちらの車へと走っていってしまった。手間のかかるアジア人は相手にされなかった。その車からは白人が出てきた。こういう場合、アメ人はどうするのかチラチラ観察したら、何か冗談を言ってすぐに1ドルを渡していた。これが正しい事なのか分からないが、実にスマートだったのは事実だ。次回はそうしようと思った。



翌日の朝食。ホテルによっては簡単なブレックファーストサービス(バフェスタイル)がついている時がある。
ゲストが自由に好きなものを手に取れるので重宝する。ただ、手に取るのはたいがいジュースとフルーツだけにしている。見ただけで甘さにとろけそうなパンやホットケーキを、誘惑に負けてたまに手を出すのだが、必ずその不味さに後悔するからだ。窓の外を見ていると、車が1台ホテルの前の駐車場に止まり、中からオッサンが1人出てきた。そして、そのまま自分がいるホテルのブレックファーストのコーナーに入ってきて、コーヒーやらシリアルやらを取り出した。コイツ、近所のオッサンちゃうか?ただ飯食いに来ただけだったりして?以前、オバチャンが外からコップを持ってきてマックのREFILLを堂々としていたのを見た事があったので、それを思い出した。


小さなホテルなのに、チェックアウトは5人待ちだった。

カウンターの向こうにはスタッフが何人もいるのに、1人のオバチャンだけが対応して、その他の奴は何か食いながら談笑。‘どんなに客に睨まれたって、それは私の仕事じゃないから知らないもんね’というオーラ丸出し。

対応しているオバチャンも、1人1人にいちいち「How was your room? Everything was fine?」なんて聞くもんだから、なかなか順番が回らない。ちんたらちんたらデレデレデレデレ。日本人はこうした対応されると参ってしまう。急いでるのに。
また、そんな形式的な問いかけに対して、アラームが鳴らないだのシャワーがどうだの、チェックアウトする客のオッサンも一々回答しやがるもんだから、本当になかなか順番が回ってこない。オバチャンは、そうなのよねえ、なんて相槌うってるけど、決してルームナンバーを書き留めたりどこかに連絡取ったりという事はしない。(部屋の管理は私の仕事じゃないもんねぇ。)

だったら最初から聞くな!



アメリカ南部の田舎の平和な光景。ギスギスしておらず皆さんイイ人。
これが駐在員の典型的な国内出張。それなりにどうでもいい小文句はあるけども、日本に戻ったら絶対に「あの頃はよかったなあ」と懐かしくなると思う。


2006年02月12日(日) 2つめのTUMI

いよいよ買ってしまいました。2つめのTUMI。

海外出張用のバッグはあったのだけど、1泊2日程度の国内出張用を探していた。候補を探して色々迷っていたが、最後にTUMIのバッグで決定。
スタイルはダサくてあまり好きではないのだが、機能性と耐久性をよく吟味して決定した。ただ、ネットで調べると日本ではどうやらあまりにも定番カバンであることが気になったが、何故かアメリカではほとんど目にすることもないからまあいいだろう。


長距離を移動するアメリカの国内出張は飛行機が必須であり、耐久性はまず大前提。

また、空港のセキュリティでは手際よくパソコンをバッグから取り出さなければならないから、アメ人御用達のキャリーつきバッグは適していない。あれは確かにそれなりに荷物は詰められるが、機内では毎回それこそスペースの争奪戦になる。普段は譲り合い精神のアメ人も、機内では容赦なく自分のバッグのスペースの取り合いになる。このバッグならば、最悪はシートの下に入れる事が出来るから、無用な争いをしなくてすむのである。


さて、購入。
このブランドは店舗値引きは一切期待出来ないので、店で覚えた型番をそのままネットで購入した。

Luggage Online は、税金も配送料も無料で、メーカーの定価額だけで購入出来る。ネットで発注して3日後に無事到着。 総額325ドル也。





2006年02月10日(金) 薬局の信用性

医者に処方してもらった薬をピックアップした。

アメリカでは、クスリの料金は例え全く同じ薬でも薬局によって(かなり)異なる。また、何故か、持ち込む時期によっても値段が変わる。全く解せない。


もらった薬は2種類で合計30ドル。保険を適用。

明細を見ると内訳が書いてある。1つは合計75ドル中、保険で65ドルがカバーされて10ドル。残りは、計145ドル中、保険で125ドルがカバーされていた。身体の湿疹を押さえるだけの大した事がなさそうな薬でも定価はこんなに高い。本当かよ?バカにしている。会社で保険に入っているからいいけど、もし保険がなければと思うとゾッとする。しかし、ここアメリカでは医療保険のない人が3割もいるのが現実。


店を出てチラッと薬を見てみたら、タブレットがいつもと違う形だ。
ケースには見慣れぬ薬の名前が書いてある。でも、自分の名前もしっかり書いてあるから、違う人の薬が間違って渡された訳ではなさそうだ。

戻って、やる気なさそうな受付のオヤジに聞く。「この薬、間違っているんじゃないの?」


「ああ、それは同じ効用だから気にしなくていいよ。指定された薬は高いだろ。この薬はあれと全く同じ効用で値段も安いから、それにしておいた。」

って、処方箋と異なる薬を勝手に出してもいいんかい!
というか、最初に説明しろや。


しかし、効用を読むと確かに自分の求めた薬で間違いがなさそうだ。
そのまま、うなずいて持ち帰ってきた。大丈夫だろうか? 何か問題あったら、医療ミスで訴えてやる、と決めたが、実はそんなに心配していない。ここは日本国が許可しない牛肉がバンバン食べれる国、アメリカだ。あれこれ気にしては生活が出来ない。


こんなんでいいんだろうか。


2006年02月09日(木) 劣悪ネット環境 / ビデオは日本に送れない?

出社するとネットが接続出来なかった。

先週もそんな日があった。こんなネット環境では全く仕事にならない。仕事は貿易、それに国内でさえ時差のある国アメリカ。今やメールがほとんど全ての情報伝達の手段となっている。今やFAXを送ることも少なくなった。経理業務だって全てネット経由だ。

そんな中でネットが接続出来ないと、本当に困ってしまう。状態は昨日退社した時と変わらない。このオフィスだけが無人島に乗り残されたような状態だ。

サーバーの管理会社に電話をした。

「今、全力で復旧作業しています。しばらくお待ち下さい。」 

さすがに日系だけあって見かけ上の対応はいい。ただ、先週は復旧したのが午後3時過ぎだった。復旧を待つ間、お怠け常連スタッフ達は、ここぞとばかりに堂々と時間をつぶす。面白かったのが、「これじゃ仕事にならないわ」なんて抜かした事。よく言うよな。で、やっぱり5時ピタで帰る。お前の仕事は1日2時間で完了かい!

今日は昼前にはラインが復旧したので助かった。
管理会社に電話する。「何があったの?毎週毎週これじゃあ仕事になりまへんで」


相手の回答に驚いた。

「どうも道路工事の際に、誤って回線まで掘り起こして切断してしまったようです。」

同じビルの他のオフィスでは、どこも問題なかったんだけどな。
というか、それが事実だとすれば簡単に復旧なんて出来ないんじゃないだろうか。日系とはいえ、実態はローカルに丸投げしているのだろうけど、アメ人のこんないい加減な説明をそのまま伝えられてもなあ。しかし、アメリカならありえる話かも、と思ってしまうのが怖い・・・。





午後、受付のポーリッシュ系オバサンが慌てて自分のデスクに駆け込んできた。

「昨日、日本に国際宅急便出したでしょ。米国通関から内容証明しろと電話があったわよ。一体何送ったの?」


そういえば取引先に頼まれて、スーパーボールの録画ビデオを送ったんだった。18禁のアダルトや残虐映像ではないから、内容証明などお安い御用だ、と思ったのだが、どうやら事はそんなに単純ではないらしい。テレビ番組といえど権利は中継したテレビ局のものであって、個人が録画して海外に送るなどはもっての他のようだ。普通便ならばチェックもされないだろうが、Over Nightの宅配便は内容物に細かなチェックをされるらしい。

話を聞いていた周りのスタッフが、このジャパニーズは何も知らないな、という感じで教えてくれた。意外にも、深刻そうな表情で様子を伺っているのが気になった。日本人からすれば、こんな事は大した事がないと思う。アメリカには、日本の番組の録画ビデオが毎週大量入荷してくる。ところが、アメリカから送るのは問題があるようだ。中には、お前はもうCourt & Jailだな、などと悪乗りする奴もいた。

いい加減大国アメリカでも、こういった権利特許の通関は意外にもかなり厳しいのである。
週末までに日本に無事に届いてくれるといいのだが・・・。




2006年02月08日(水) タイガー荒稼ぎ

相変わらずタイガーウッズの懐にカネが転がり込んでいる。

今期初戦のBUICKの優勝でまずUS$918,000.-(約1億円)。
例年のメルセデスまで欠場して12月から休養たっぷり。初日は大きく出遅れて、「Rusty」なんて言われていたのに、終わってみればプレーオフで相手を呑んで勝利。

その後、すぐさま自家用ジェットでUAE入りして、先週末には欧州ツアーDUBAI CLASSICでまた優勝してあっさり賞金40万ドルを獲得。しかも、中東の大富豪が招待(?)したこの大会には出場料があった。






優勝賞金$400,000.-の大会でタイガーに支払われた出場料はUS$3MIL(約3億5,000万円)! ここで期待通りに優勝するんだから、なんと表現していいのやら。

こうして2週間で約5億円をポケットに入れてしまった訳だが、オフに購入したフロリダの新居(40億)も、年間100億稼ぐタイガーに取っては大したものでもないのかもしれない。我々が車を買うようなものだろう。

あらゆるプロスポーツの中では世界一競技人口が多いと言われるゴルフ。
単純に考えれば、もっとも抜きん出る為には競争力が激しいスポーツでもあるといえる。その世界トップに君臨しているお方は、とにかく稼ぐわけであるが、そのモチベーションはどこからくるのだろう、と不思議になるほど貪欲だ。
 

しかし、皮肉にもタイガーの勝利は世間では慣れきってしまったのか、昔ほど騒がれなくなっている。
大活躍した2005年より、フォーム改造やらで苦しんでも苦しんでも勝てなかった2004年の方が圧倒的にメディアで取り上げられていた。

メディアといえば、アメリカで放映されるタイガーはクソ真面目だ。面白くもない顔でインタビューに答えたり、レッスンをしたり。クソマジメなゴルファーという印象がある。だから、ビデオで借りたジャンクスポーツでのタイガーは本当に驚いた。浜ちゃんとからんで本当に楽しそうな30男という感じ。私服も、典型的アメリカ人という感じでダサダサなのがいい。(この番組はバラエティのようだけど、世界のスターを呼んでうまく本音を引っ張り出しており、世界に通用するんではないかというほどよく出来ている。)

こんな素のタイガーが見れるのは日本の番組だけだろう。
多分、アメリカの番組では、タイガーのマネジメント契約か何かあって、おちゃらけたシーンは放映出来ないことになっているのかもしれない。彼のイメージとブランドを保つために。そう考えると、シーズンをフルで戦うタイガーが、クソ忙しいオフの間にも遠く海外に出て転戦している背景には、たまには羽目をはずして楽しみたい、というのが意外と本音かもしれない。



2006年02月07日(火) 確定申告

とにかく冬が長くてうんざりしてきた。
3回目の冬は新鮮さのかけらもない。
せっかくの週末は、外に出る気もおきないほど寒い。今シーズンはバケーションも取っていないし、ストレスもかなりたまってきたなあ。



2月といえばアメリカではスーパーボール。
と、同時にそれは確定申告(Final income tax return)の時期でもある。

我が社の駐在員の場合は、会計事務所が書類作成を肩代わりしてくれる。指定された日本語で丁寧な説明がしてあるのでかなり負担は減る。それでも、銀行口座(日本も含めて)から受領金利、その他もろもろを記入するのは面倒臭い作業だ。それもこれも、日本では会社が全部やってくれたから、住民の義務がそんなに苦痛だとは、日本のぬるま湯に慣れきったからでもあろう。

今年特に面倒くさかった作業が、昨年1年間365日、毎日どこで何していたかを記さねばならないこと。
もちろん通常の平日は「自分のいる州で仕事(Working Day in IL)」なのだが、それ以外、つまり、週末、バケーション、祝日、休暇(病欠)、一時帰国、出張、と、それぞれ区分けして報告しなければならない。そして、海外にいたならどの国にいたのか、を報告せねばならないのはもちろんの事、たとえ米国内にいても、「その日はどの州にいたか」を毎日(365日分)報告しなくてはならない。いくら州で法律も異なるとはいえ、ここまで報告せねばならないのはちょっと一苦労である。

手帳を片手に自分の2005年を振り返った。
365日中、米国外にいたのが47日。そうか、1ヶ月以上アメリカにはいなかったのか。
出張はトータルで年間約100日。こうしてみると、1年を振り返るにはいい作業だ。

質問は細かいけど、後でチェックされて脱税扱いになってもややこしいので、正確に記入する。いい加減な(?)アメリカ人がこれらを完璧に対応しているとは考えらないのだけど、義務としてそれはやっているのだろう。


2006年02月02日(木) 「仕事でどんな改善をしましたか?」

就業後に週に2回、大学のBUSINESS COMMUNICATIION口座を取っているのだが、先日の授業で、

「仕事上、過去にどんな改善を行ったか?」という質問があった。

周りの生徒の発表を聞いていると、それでよく改善と言えるな、というような話を堂々と説明する。


自分の番が近づいてきて色々思い巡らすのだが、具体例をあげて説明する事が難しかった。自分として、というよりも、日本人のビジネスマンなら常識だと思うのだが、日々の問題に対処し改善していく事そのものが仕事なのであって、それは特別な事でも何でもないからだ。つまり、改めて取り上げるものでもなく、改善する事が日常業務と言ってもいい。改善業務は特別な事ではないはずである。とはいえ、目標管理に書くような内容を発表するのはこの場にふさわしくない。

各国の生徒が自信を持ってこんな改善してまっせ、と主張した発表を聞いていると、日本人的にはどれも単なる普通の仕事内容であって、取り立ててわざわざ(しかも自慢げに)言うべき事でもないだろが、と思ってしまうのである。


例えば、彼らの言う「Kaizen」とは、顧客の要望が自分の担当外だったが社内の関係者に御願いしてフォローしてもらった、という程度の話だ。


(...当たり前だろ。)



自分の番が来て、結局「Kaizen」に対する自分の考えを伝えてだから具体的事例を挙げることがとても難しい、と発表した。

まあ生徒的にはよくない回答だったのだろうけど、これ以外に答えようがなかった。と思った反面、こんな風にあれこれ考えてしまって言葉に出せなくなる事が、日本人に対してよく指摘される英会話時の弊害そのものだとも思った。




結論 :質問が悪い。



Kyosuke