嗚呼!米国駐在員。
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2005年03月31日(木) 送料請求 / 洗濯機

昨日今日と、かなり気温が上がった。
今日は5ヶ月ぶりに暖房無しで車が運転できた。いよいよ春の到来か、いや、油断してはいかんいかん。どっかでまた寒くなるはずだ…。


中国に行った際に1枚70セントのDVDをたっぷり買って、中国の取引先に仕事の資料と一緒に郵送してもらったのだけど、今日宅配便会社から送料の請求書が来た。
くう〜、アイツら受取人払いにしやがった。ちゃっかりしているよなあ。請求額は220ドル。これじゃ何のために安いDVD買ったのか分からんよ。


営業のおばちゃんが昼で帰るという。
何かあったのかと聞いたら、よくぞ聞いてくれましたっていう感じで、「洗濯機を買いに行くのよ。もう15年も使っているから。」とうれしそうに話す。それから如何に最新の洗濯機が素晴らしいかを延々と語りだした。
実に幸せである。先週は4日間旅行で休んだばっかだろが。主婦業の傍らに仕事をやってもらっては困るよなあ、そのくせ権利の主張だけはご立派だから。

そもそもアメリカの洗濯機なんて、デカイだけで音はうるさいし汚れも取れないし、日本の上品で賢い洗濯機に比べれば粗悪品といってもいいけど、そんな事を言っても無駄か。



2005年03月30日(水) メジャーリーグの薬物騒動 / 男 Kiyohara

メジャーリーガーの薬物騒動が連日メディアを賑わしている。先日は、米政府が数人のMLB関係者に公聴会の召喚状を送付したと発表した。リストにはジェイソン・ジアンビを筆頭に、大物メジャーがズラリ。”疑惑者”とされたジアンビもボンズも、まさに犯罪者級の扱いをされている。

しかし、何でプロスポーツ選手の薬物がこんなに問題になっているのかがさっぱり分からない。

筋力を増強することで、選手寿命が短くなってもホームランを望む選手がいる。いいじゃないか、プロなんだから。そして、アメリカという国では、観客はホームランを望む。強いアメリカの象徴がホームランである。よってホームラン見たさに観客は増えるし選手も頑張る。

薬物が騒動になっているのは、政府の一部が民意を気にしているだけであるような気がしてならない。

本音はどうだっていいんじゃないか。だって誰も被害を被った訳ではないし、法律で禁止されているものでもない。マクガイアとソーサのホームラン競争、全米中が沸きに沸いた。たとえ彼らが筋力増強していたとしても、これだけ米国民が盛り上がればいいんじゃないか、と思う。「俺は筋肉増強していないから不公平だ。」そんなしょぼい事言う男はメジャーリーガーではない。

バリーボンズが言った。
「メジャーはオリンピックとは違うんだ。」

その通りである。


話は違うが、下の写真はナベツネにピアスを批判されて睨みつける清原。
迫力あってカッコいいよなあ。実績出してクサレオヤジを見返してやれ!





2005年03月29日(火) ゴルフに職場の関係を持ち込むな

昨日は気温50F(約10℃)を越えた。ようやく春の訪れか。

誘われるままに近所のゴルフ場へ初打ちに出かける。18ホールも久しぶりに歩いて最後はバテバテ。おまけにイースターで、レストランも閉店、いつもはうるさいほどくるゴルフ場の移動販売車も来なかったので腹ペコ。でも、家でこもるしかない冬の時代がようやく終わって、気分が良かった。

海外駐在員というものは、嫌でも会社の日本人駐在員と職場以外でも顔をあわさなくてはならない。気の合う人ならば何でもないが、そうでないとこれは苦痛だ。
昨日のゴルフがそうであった。このお方は、プライベートな場でも職場の関係をそのまま持ち込むので、部下にとっては最悪である。つまり、我がままに何でも1人で決めてしまう。おまけにあれこれレッスンをしたがる。

こちらも、せっかくの休日に自分のお金を払ってゴルフして、あれこれと気を使いたくない。よって、もうこのオヤジとは今後ゴルフに行かない事に決めた。本人はおそらく何の他意もないのだろう。ただ、いつも事務所で小山の大将、そんな体質が染み付いてしまったのだろう。

まあ、ゴルフを断れば断ったで、「アイツは付き合いが悪い」になるのだけど。

駐在員はこんな時に爆発をしても何のメリットもない。
ただ、こんな異国の狭い社会では、流されぬように自分というものを見失わずに精進していくしかない。

これも経験。


2005年03月28日(月) リベート(Mail In Rebate)の落とし穴

アメリカではメイルイン・リベート(Mail-in rebate)というシステムがある。
主に電気製品などを買いに行くと、価格の横にこの宣伝文句が目につく。

アメリカに来てまもなく、BEST BUYという何のサービスも期待できない全米チェーンの大手家電ショップに向かいテレビを買った。

定価700ドルのSONYのテレビ。価格表には US$650.- (Rebate US$50.-)と書いてある。
リベート? まあ、メーカー値引きってやつか、と思い、てっきり650ドルと思ってレジに向かった。ところが請求は700ドル+taxであり、レジの兄ちゃんに文句を言った。

「価格表に650ドルって書いてあったぞ。」
「あれはリベート後の値段。郵便で必要書類を送ればチェックがもらえますから」

兄ちゃんは丁寧だったけど、このシステムそのものの意味がさっぱり分からなかった。そんな面倒くさい事させるなら、最初から値引きしろや。
確かに日本なら、「○%ディスカウント」とか表示されるのだが、アメリカではこのように面倒くさい表示をする事で、客は安い買い物をしたと思ってしまう。

つまり店頭だけでは値引きは受けられないのだ。

領収書と必要書類をもらって、その中にメイルイン・リベートに関係する必要事項を記入し、指定された住所に期限内に送らなければならない。テレビの時は、箱のバーコード(それもいくつもある中の1つ)も、所定の場所にはりつけて領収書と共に送れ、と書いてあった。これを怠ると何ももらえず、結果的に高い買い物をしたことになってしまう。(ちなみに箱のバーコードを切り取りさせるのは、返品をさせない為だ)

非常に落とし穴の多いシステムだ。アメリカでは何故かこんなシステムが一般化している。

さて、そのようにして送っておくと、(うまくいけば)忘れた頃、約3〜4ヵ月後に小切手が送られてくるという訳だ。何でこんなややこしい方法をしてるかと言うと、ややこしくすることでメーカやお店がお金を返さなくて済むから。
消費者にとっては実に面倒なので、必ず一定割合の客は用紙を送ってこないし、送ってきても書類不備でチェックを払わなくても済む。
もちろんメーカーは、「あなたはこの書類とこの書類が不足していましたのでリベートは支払いできません。再申請してください。」などという返信の手紙は絶対に絶対に出さない。単に黙って何も送らないだけだ。

確かに日本のように店頭ディスカウントをすれば、確実にその場で値引きになるが、このシステムは顧客が用紙を送ってこなければその分は販売者の利益になるという訳。当然、顧客が米国在住していなければリベートは得られない。旅行者は駄目。更に、販売者は郵送された書類から顧客情報も入手する事ができるのだ。


アメリカで生活するには、だまされないで賢く立ち回らないと、結局高い買い物をすることになってしまうから気が抜けない。

自分は日本人だからこんなシステムをややこしく感じているかと思っていたが、今日の新聞では「顧客はリベートシステムに疲れきっている」という記事が出ていたのでなんとなく一安心。

ついでに新聞に載っていた「リベートゲームの勝ち方」を抜粋。

1.商品を買う前に、まずはリベート期限以内かどうか確認せよ。
2.必要事項を丁寧に記入せよ。
3.リベート申請用の書類、レシート等、要求された書類が全て揃っているか。(リベートの書類は店で言わないと貰えないこともある)
4.郵送前に全ての書類をコピーせよ。
メーカーに、書類が届いていない、といわれた時の場合に備えよ。
5.あとはひたすら、チェックが送られてくるのを、待て、待て、待て。


ちなみに、テレビのリベート50ドルはチェックが無事に送られてきた。その他、携帯電話は送ってこなかったので、しつこく電話をしたら送ってきた。嘘か本当か分からないけど、「郵便が届いていませんよ」といわれるケースが多いので、コピーは必須である。

ゲームに「勝った」時は、結構うれしかった。


2005年03月27日(日) バーゲン / DVD

なんだか天気も含めてパッとしない土曜日。

未だにだらだらと続くバーゲンセールでセーターとシャツを購入。
大好きな HUGO BOSS ブランドのスーツが半額以下の380ドル!になっていたのを発見してしまった。何度も試着を繰り返したのだが、上着はぴったりだけどパンツがぶかぶか。ウェストだけ詰めてもらったとしても、太もものシルエットが合わなくなるので泣く泣く断念。いつもアメリカでスーツを買おうとするとこうなる。うまくいかないものだ。


「OCEANS 12」「CASINO」と立て続けに、海賊版DVDを見た。
どちらも、最後の30分くらいで画像がうまく再生出来ずにフラストレーションたっぷり。まあ、1枚70セントじゃ文句も出ない。同じく中国で気まぐれで買ってみた田村正和のドラマ「さよなら小津先生」のDVDがなかなか面白かった。でも全11話、全て見るのはしんどいなあ。


2005年03月26日(土) 3連休初日

3連休初日。雪混じり雨。

昨日は午後9時半まで仕事をしてから、会社に残っている駐在員で食事に出たのだが、どこも午後10時までしか営業しておらず。いくつか回って入った韓国料理は10時30分まで営業しているのだが、店に入った時点で午後10時、既に最終オーダー。慌てて焼肉とビールとキムチスープを頼む。韓国人店員は慌てて料理を一気に出し、しかも我々のテーブルに張り付いて焼肉を焼いてどんどん皿に乗せてくる。

閉店間際といっても何もそこまでしなくても。焼肉のわんこそば状態。おかげで落ち着いて話も出来ずに、何かに追われるように店を撤退。慌しい焼肉屋というのもいただけない。というか、午後10時過ぎたら外食も出来ないのが辛い。


この3連休は、たまったDVDと本をゆっくり堪能し、中国語の勉強をし、PGAツアーをゆっくりTV観戦する予定。ただ、案の定あっという間に初日が過ぎたので少しあせる。

ジムにいった後は、本日オープンのラーメン屋「山頭火」でしょうゆラーメンを。聞いた事あるラーメン屋だけど、日本でチェーン展開しているのだろうか。ラーメン屋といってもフードコートの一角だけに、ちょっと雰囲気が出ない。
「Fifty Five! Fifty Six!」なんて、整理券の番号を呼ばれてとりに行くラーメンもちょっとなあ。でもうまかった。贅沢は敵。

家に戻ってクラフトナビスコ選手権の生中継を観戦。
日本で話題の宮里藍が出場しているけど、アメリカでは当然注目なんてされていない。ただ、アマチュア15歳のミッシェル・ウィーと同じ組だったので、ESPNの中継で少し写っていた。アナウンサーにも、昨年日本で5勝の19歳、などと簡単に紹介されていた。
小柄なのに思ったよりがっしりとした体型、スイングの美しさ、堂々とした態度。日本で人気があるのも分かる気がした。日本人がこうしてメジャースポーツの中継に出てくると、やはりうれしいものだ。


2005年03月25日(金) 潮時

いくら周りの人間関係に恵まれていても、どんなに幸せというものを十分に感じていても、岐路とか潮時ってヤツがある。それを自分で分かっていながら、そのままやり過ごすのは楽だ。でも、自分に嘘をつく人生などクソ食らえだ。


2005年03月24日(木) アメリカ旦那の愛情表現

朝から雪。
ほんまに3月23日かいな!ああ、早くコート無しで通勤したい。

今日は米人とインディアナまで車で日帰り出張。
この米人、片道3時間の道中に嫁さんと電話で他愛もない話をしていた。それも何度も何度も電話をかけたり相手からかかってきたり。別に出張中だけでなくて普段事務所にいるときもだが。
雪が溶けそうだとか、昼は何食べるのとか、そんなくだらない話題だ。電話を切る前にはいつも「Love you、ハニ〜。」と、クソデカイ図体からは想像もつかない猫なで声を出す。

冷やかそうにもいい言葉が見つからず、たまらずこういった。

「俺、お前の事、ほんまに尊敬するよ。真似しろったって、嫁さんにそんなしょっちゅうしょっちゅうたいした用事もないのに電話するなんて絶対出来ないよ。付き合い始めの女性ならまだしも、相手は嫁さんだろ。数時間後に嫌でも顔をあわせるじゃないか。それも毎日。」

いかにもコテコテの日本人男児らしい(?)発言をした。

そしたら、
「常に隠し事無し!それが夫婦ってもんだよ。大事なのはいかにマメにお互いコミュニケーション取るかだよ。まあ、お前達日本人はどうかしらないけど、俺なんてしょっちゅう、カードを買ってきてラブレターを書いて嫁さんの化粧台にこっそり置いておくんだ。朝、嫁さんがそれを見て感激するってわけさ。嫁さんの機嫌がいいと、俺もうれしくなるって訳。カードなんてわずか2ドル。それだけで2人がこんなに幸せになれるんだから。それから花を買って帰るなんて日常茶飯事だよ。」

完璧である。そしてもっともである。
でも、こんな旦那はどうだろうか。男からみてこんな男は嫌だなあ、と思ったりする。

まあ、アメリカ人の離婚率が異様に高いのも、こんな夫婦生活を当たり前の姿だと考えているからだ、と勝手に思って納得した。


2005年03月23日(水) 出張についてくる上司

上司が、「来週の君の出張、一緒に連れてけ」と突然のたまった。

最悪である。

ワガママな上司と行く出張ほど苦痛なものはない。おまけに、上司って奴はいい所見せようとしてミーティングでも常に主導権をとろうとしてしまうから、現場レベルでどろどろ細かい話がしたい担当からすれば、下手に上司が来ると話がぼやけてしまうのである。

それより何より、せっかくの出張なのに上が一緒だと要はウザイのだ。たまには出
張くらい出ておかないとなあ、オッ、部下のアイツについて行くだけならばアイツに段取りさせればいいだけだから楽チンだなあ、というくらいの気まぐれでやってくるだけなのだ。

余程、先方に対して政治力があるだとか、話が抜群にうまいとか、つまりは尊敬出来るような上司であれば別だろうが、何となく年功序列で上にたっただけのオッサンとは、一緒に取引先に行ってもこちらが恥ずかしいだけなのだ。それでいて、後で得意げにあれこれと説教しやがるからなあ。

これまで何度か、先方の都合が悪くなったとか何とかいってごまかして回避してきたけど、今回はどうやって切り抜けるかなあ〜。

教訓:部下が計画した出張の相乗りはやめましょう。いや、やめて下さい(!)
たいていの部下は「お前が来るこたねえや」と思うはずですが、そんな事をまともに上司に伝える訳もなく、割とあっさりと了解してしまうはずです。
それをまともに受けている時点でお前なんか上司失格だあっ!


2005年03月22日(火) インターネットで薬を予約

今日も気温は氷点下。
昨日は日本が休みだったが、出張から戻ったボスに業務報告や、米人スタッフとあれこれ打ち合わせをしているとあっというまに1日が終わった。


しばらく前から、蕁麻疹のようなものがたまに出るようになった。痒いだけで特に大した被害ではない。念のために医者にも見せたが、「環境の変化とストレスでしょう、薬飲んでりゃ直ります」という。
確かに薬を飲むとピタッと症状が止まる。

この薬がなくなったので再度薬局で薬を追加してもらう(REFILL)のに、インターネットを使ってみた。薬は、近所の「TARGET」のPHARMACYコーナーで処方してもらっている。

TARGETとは、WALMART,K-MARTと並んでアメリカを代表する量販チェーン店。TIGER WOODSがCMに出ていた。この店、ホームセンターとスーパーマーケットが合体したようなもの。衣類からおもちゃ、家電、化粧品、食料品(加工食品・スナック菓子中心)まで、大抵の日用品がディスカウント価格で売られていて、アメリカ人の生活が垣間見れる場所といえよう。TARGETは、WALMARTよりも上品で値段も少々お高めだが、清潔感があって良い。

薬局は夜遅くまでやっているので便利だけど、対応する人がチンタラチンタラ処方するので、いつも30分近く待たされる。「毎回ここで待ってなきゃいけないの?」と一度聞いたら、「インターネットで予約しとけば準備しておくわよ」と言われて、初めて今日利用してみた。

質問されるままに必要事項をインプットしておくと、‘本日午後6時半以降、いつでも来てください。薬を準備しています。’という、何とも心強いメッセージが出てきた。早速明日取りに行こう。

それにしても、こんな便利な方法があったのか。
もっと前から利用しておけば良かった。日本は、薬をインターネットで予約する、なんて認められているのだろうかね。


2005年03月21日(月) 目標管理制度なんかやめてしまえ

3月中旬だというのに、気温は連日35F(1.6℃)をいったりきたり。
とても外に出ようという積極的な気分にならない。ジムに行った後は、韓国スーパーのモールでユッケジャンを食べて、その後は家でゴロゴロ。

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「成果と評価の判定が難しい」「本当に個人の成果を引き出しているか疑問」。民間調査機関の労務行政研究所(猪股靖理事長)が成果主義人事・賃金制度について、大手企業の労使にアンケートした結果、経営側の88%、労働側の94%が「問題がある」と回答したことが20日、分かった。
1990年代後半から急速に導入が進んだ米国型成果主義だが、日本型の人事処遇制度やチームプレー重視に必ずしもなじまずに各企業が悩んでおり、運用面で修正の方向に進んでいることが分かる。
調査は昨年12月から今年1月にかけて、大手企業の労使を対象に実施し、219人から回答を得た。労務担当役員の回答で「問題がある」(複数回答)とした項目のトップは「評価・目標管理制度」(93%)で、次いで「社員のモチベーション」(46%)だった。(共同通信) - 3月20日16時1分更新
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この目標管理制度、わが社の人事もブームに乗って採用したのだが、全く機能していない! やらされている立場からすれば、かなりいい迷惑である。

最も大きな問題は、目標だけが評価・査定の対象となる事。
2005年4月からの目標管理を現在作成中なのだけど、この流れが速い今の世の中で、1年間に渡りある目標だけに固執する事が会社にとっていい事なのだろうか。

例えば、来週は2004年度の目標管理査定面接があるのだけど、たてた目標は1年前のものだ。先週、面接に備えて久しぶりに1年前作成の目標を見直したのだけど、当時斬新だと思ったものでも、わずか半年ばかりで古いものになってしまった事が分かる。

普通ならば、時代の変化、環境の変化に合わせて自分の仕事も変えていかねばならないと思うのだけど、自分の仕事を変える=目標管理に沿わない、という事で、周りの変化が分かりつつも、目標管理に記載した以外の事はやろうとしない社員が多いのである。
極端な事をいえば、時代の変化を敏感に先取りして会社に大きな貢献をもたらした社員よりも、1年前の目標に固執し続けた社員の方が評価が高いのである。


また、数ヵ月後に必ず大きな売上げになる事が分かっている案件を社内ではひた隠しにして、これをひとつの目標に設定し、いわば出来レースで目標達成=高評価という1つのテクニックはもはや常識化している。

まさに正直モノがバカを見るシステムなのである。

この制度、発祥は米国の軍隊で使われたと本で読んだ事がある。
膨大な隊員を評価するのに年齢や人種で差別がなされないように、査定表には目標と結果だけを記入して正当に第三者が判断する為の制度だったようだ。一定の仕事をこなすだけの軍隊であるならばこうした評価方法は機能するかもしれない。

でも、利益追求の一般企業では機能しないのは明らかである。


2005年03月20日(日) 最も死亡率が高かった車は?

昨日の新聞に、最も死亡率が高い車のランクが(ひっそりと)発表されていた。

この不名誉なランキングトップはBlazer。

100万台の登録台数のうち、308人の運転者が死亡した。この車、転倒死のランクでも205人とトップであった。Brazerは確か日本でも販売していたのではないかな。




1. Chevrolet Brazer 2dr2WD 308
2. Mitsubishi Mirage 2dr 209
3. Pontiac Firebird 2dr 205
4. Kia Rio 4dr 200
5. Kia Sportage 4dr 197
6. Chevrolet Brazer 4dr2WD 190
7. Ford Explorer 2dr 187
8. Chevrolet Camaro 186
9. Mazda B series 2WD 185
10. Chevrolet Tracker 4WD 183
(Source : Insurance Institute for Highway Safety)

ただこのデータ、2000年から2003年の事故記録であって昨年の記録さえ含まれていない、と新聞記事では注意している。
しかも、Brazerは2002年のTrail Brazerの発売以来限定生産になったし、2位のMirage,3位のFirebirdは現在発売されていない。よって、中古車を買う際の参考程度、と。

また、「データでは、事故の際に運転者がどんな状態だったか、泥酔していたのか、シートベルトをしていなかったのか、スピード違反していたのか、そういった事も分からない。」とあり、この調査結果は絶対ではない、と釘をさしている。

要は、この記事を書いた自動車ジャーナリスト、不名誉なランクに入った自動車メーカーからのパッシングを恐れているのだと思う。そして、2003年までのデータしか発表しないこの機関(Insurance Instititute)も、自動車メーカーを恐れているのか。

そんな立場にない自分から見れば、「Brazerは絶対乗りたくない車、乗ってもらいたくない車」とはっきりいえる。Brazer2ドアがランク1位だけど、4ドアも6位とランクインしている。明らかに、安全じゃない車じゃないか。
確かに死亡事故というのは、車そのもの以外に問題があったかもしれないけど、こうしてデータで示されると、Brazerはイザという時に頼りにならない車なんだ、と結論づけざるを得ない。
安全性を自負しているベンツやトヨタやキャディラックは、このランクには登場していないのが何よりの証拠だ。

自動車メーカーの報復を恐れずに、こうした有効なデータはもっと大きく発表してもいいと思う。一般庶民が車を購入する際の、重要な参考資料にする事が出来るのに。


2005年03月19日(土) お前の自信はどこから来る

社内のアメリカ人スタッフのうちの1人に、際立って自信家の男がいる。
まさに言葉だけで、全く根拠がない。

お前これやってくれ、と言うと、「任せとけ」と必ず言ってくれる頼もしい奴だけど、ほとんどがそのままで何もせずに終わってしまう。なまけている訳ではなく、単に不可能な事を安請け合いしているだけだ。

先日は、ゴルフなどもほとんどやった事がないのに、俺はうまい、なんて調子のいい事ばかり言うものだから、大事な客先から今度やろう、なんて誘われて大慌て。その後、すぐに年上奥さんに電話して、「どうしよう・・?」だって。

そうそう、この男は取引先から電話で厳しい事を言われると、電話を切った後にすぐに奥さんの携帯に電話をして泣き言を言う。勘弁してくれよ。

最初は、あまりにも責任感のない自信(本人は大マジメだが)の連発に、嫌な奴だな、なんて思っていたのだが、最近は逆に面白くなってきてよく先輩とからかう。

奴はこれまで北米から出た事もないのに、「俺は日本だって中国だって1人でどこへでも行って交渉してやる。」なんてぬかすものだから、「じゃあ1人で中国行ってもらうからな。」と(もちろん冗談だが)伝えると、案の定「任せておけ。」と強気だ。

「じゃあチケット取るから、そうそう、お前ビザって知ってるか?知らない? え、それでよく中国行くなんて言えるな。」

「え、ビザって何?俺、アメリカ人だから、そんなの要らないんじゃないかな・・?」

少したって、こっそりと旅行会社に「ビザって何だ?俺も必要か?」と問い合わせしていたのを聞いてしまった。
この男、いい奴だよなあ。

ちなみに、日本人は中国に行く際に短期滞在ではビザは不要だけど、アメリカ人は必要だ。しかもビザ取得に、会社の身分照会、中国からのInvitaion letterまで必要で、予想以上に手続きがやっかいだ。

それにしても、アメリカ人は自分達は世界中どこへでもいつでも気軽に踏み込めると考えているようだが、これは奴らの大きな勘違いである。


2005年03月18日(金) 大学夜間講座 初日

昨日から、地元の大学夜間講座の中国語会話の初級クラスに通いだした。
アメリカに来てから初めての「授業」を受ける。人数は20人弱で大半がアメリカ人。

初めに簡単な自己紹介と志望動機を1人ずつ発表せよ、と言われて、突然緊張。最初のアメリカ人が、ベラベラ〜と喋りだして何を言ったか分からないままに回りは大爆笑。愛想笑いもしようがない。アメリカ人って、本当に皆の前で発表くせがついていると思う。
でも、こんな時に受けるプレッシャーは慣れたもの。落ち着いて、自分は日本から来たこと、中国との商売が多いことを伝えた。

話を聞くと、色んな動機の人がいて面白い。
やっぱり仕事関係で中国と接するといった人が多いのだけど、奥さんが中国人で会話をしてみたいというアメリカ男性や、増便される中国便担当になった国際線スチュワーデスなどなど。また、親が中国人だけどアメリカ産まれのアメリカ育ちで全く中国語が出来ないからという女性もいた。

授業が始まる。
「ニ〜ハオ」「ターミンティンライマ?」
たどたどしくリピートするアメリカ人が笑える。普段はベラベラ喋る彼らも、しだいに蚊の泣くような声になってきて、先生から檄が飛ぶ。

こんな時、やっぱり強いのがインド人。
もう間違ってもなんでもガンガン喋って質問しまくる。語学を覚えるのはこうじゃなくちゃなあ。質問がインド英語で先生も理解出来ないけど、それでも質問を続ける兄ちゃんはエライ!

クラスは初回の授業の後まではキャンセルが可能。果たして来週は何人が残っているのやら。

結論:自分にとっては英語の勉強になった。


2005年03月17日(木) サラリーマンの情報収集

昨日は珍しく社内の日本人駐在員達に誘われて就業後に食事に出た。
何のことはない、みんな日本の情報に飢えていて、先週日本出張をした自分からあれこれ聞き出そうという目的だった。

まあオッサン相手に社内の話をしだすと、人事がどうだとか、誰がどうなるとか、最後は本当につまらないゴシップの連続なので出来ればあまりお付き合いしたくないのだが、最年少の自分だけがいつも断る訳にはいかないのである。というより、酔うと自分も調子に乗って喋ってしまうから自己嫌悪に陥ると言った方が適切か。

それにしても海外駐在をしていると、本当に必要な仕事の情報が入らない時もある。これを駐在員は、「日本の本社が何も教えてくれない!」と文句を言う場合があるのだが、やっぱり情報は取りに行かないと入ってこない。
一方で、東京本社は海外駐在員を「何様のつもりだ!」と悪口を言うから、これまた質が悪い。どっちもどっちである。

日本では、居酒屋という居酒屋に仕事帰りのオヤジがたまっていて、とても違和感を感じた。その場が社内の情報収集に欠かせない大事な席だというのも、なんだか納得いかないよなあ。もうそんな生活に戻れるのだろうか。



2005年03月15日(火) 若手に期待

新聞を読んでいて、ある企業の何周年記念かのパーティでの社長の挨拶で、「若手に期待」と述べた記事が出ていた。

嫌な言葉である。

そもそも、あえて「若手に期待」なんて取り上げる会社はろくでもない。まるで、私は偉いのですがもうどうしていいか分かりません、といっているようなものだ。オッサン、責任転嫁せずに自分も働けよ、と言いたい。

すでに若手がバリバリ活躍できるような会社は、わざわざそんな言葉は出てこない。
それが特別なものであるかのように、話題に出している時点で、その会社の雰囲気も想像できる。あえてそんなシチュエーションを作ろうとすることにも無理がある。


例えば会議がある。お偉いが最初に喋る。
「今日は若手のみなさんの闊達な意見を期待して…。」

最悪である。

これで安心してお偉いの取り巻きはろくなことを話さずに、目下に話題を振りまくる。若手は最悪である。腕組みしたお偉いの中、緊張して「自由闊達な意見」を言わないといけない。こんな時は何を言ってもオッサンの餌食になる。新たな提案は出来ないオヤジも、年下の意見に対して重箱の隅をつつくような批判は得意だからである。

実は、まさにうちの会社のことだから、よく身にしみて実感しているのである.


2005年03月14日(月) 「Hide and Seek」 ロバート・デ・ニーロ

ロバート・デ・ニーロ主演のスリラー映画「Hide AND Seek」をDVD鑑賞。
ホームページはこちら。結構遊べるかも。

恐らく正式にはDVDは未発売のはず。おそろしや、中国。コピー製品をなんと1枚約70円でゲットしてきたのだった。よく、中国のコピー製品は、劇場の映画をビデオ撮影したものという噂があるけど、そんなものはこれまで1枚もない。どれも見事な出来栄え(?)で、正規品とほとんど遜色ないように思える。もちろん、日本語の字幕はないけど。

デニーロの大ファンのワタクシも、今回ばかりはダコタ・ファニングという小生意気そうな女の子の演技にすっかりやられた。というより騙された、というか。ちょっと、結論は予想外だったので、そういう意味では面白い映画。2度目を見れば、この子役のひとつひとつの台詞に納得できる。

映画のキャッチコピーは、「Come out come out whatever you are」お前が誰でも出てこい、出て来い・・。





2005年03月13日(日) 「サイン」は変わる

今日も何となくけだるい日曜日だった。
午前中にヨガに行くと、昼から睡魔が襲ってまたもやベッドに直行。これじゃ、いつまでたっても時差ボケ直らないよなあ。どうしちゃったんだろう。


東京滞在中、citibankに行き諸手続きをしようとしたのだが、「あなたのサインは登録されているサインと異なります」と言われて手続きを断られた。

citybankでは、口座を作った際に自分のサインを登録する。当時は海外赴任直前で、覚えたてのぎこちないサインで登録したのだが、アメリカに来て2年間たち、すっかりこなれた今のサインとは似ても似つかぬものになっていたようだ。

幸い、パスポートを持っていたので、「本人で間違いないでしょ」と差し出したのだが、対応した女性は、「でもサインがどうみても違いますから」といって譲らない。こちらも言われるままに、思いつく限りのサインをしてみたが、どれも違うと言う。あれこれやりあっていると、年季の入った女性が奥からやってきて、「パスポートもある事ですし、今回は私がご本人と認めます。ただ、サイン登録は変更して下さい。」と言われた。ああ、よかった。

そこで見せられた2年前の登録サイン。笑った。明らかに躊躇しながら書いたであろう、そのサインは、どう見てもやぱり今のこなれたサインとは違うものだった。同じものをもう一度書けと言われても、こりゃ無理だ。

という事で、サインを今のものに変えてきた。これで安心だろう。
ちなみに、日本のciti bankはアメリカのciti bankと全く別組織で口座互換性もない。わざわざ渡米直前に口座を作る必要もなかったのだが。


2005年03月12日(土) 時差ボケ / 堀江社長

昨晩は、食事も取らずにあえなく午後7時に爆睡、今朝は午前4時に目が覚める。猛烈な空腹感。外を見ると一面の雪景色。ああ、戻ってきたんだ。
時差ぼけはいつまで続くのだろうか。自分の場合は、アジアに行った時よりもアメリカに戻ってきた方がキツイけど、これは人にもよるようだ。早く直さなきゃと思いつつ、昼にはまた眠くなり3時間睡眠。これじゃ、元に戻らない・・。季節がよければゴルフでも行くのが一番なんだけど。


今回久しぶりの日本に触れて驚いた事の1つは、ライブドア社長の話題が多かったこと。

アメリカにいた時から、インターネットのニュースで堀江社長の活躍は知っていた。ただ、それで分かるのは単なる平面的な「知識」だけであって、それがどの程度日本の社会の中で話題性を持って大きく取り上げられているかまではわからなかった。

例えば、本屋に行けば、堀江社長の本が何冊も目立つ場所に平積みされている。電車に乗って週刊誌の中吊り広告を見れば、堀江社長の記事があちこちに見られる。新聞を読めば、ライブドアのニッポン放送株買占めの記事が紙面を割かれている。
(新聞を広げた際のインパクト感というのは、インターネットの画一的なニュース報道では感じられない)。テレビをつければ、いくつかのチャンネルで堀江社長の生い立ちとやらが特集されていた。友人と飲んだ時も、ホリエモンの話題が出た。

インターネットのニュースだけでは、日常生活の中でのこうした現象は「実感」として感じられない。ある意味ではネットだけの情報だけでは限界もあるといえる。

それにしても、フジサンケイグループは見苦しい。
ライブドアのニッポン放送株の取得方法は合法的なものであって、株式市場の当たり前の行為である。それを、あたかも敵対買収であるかのような物言い、それでいて、自らはライブドアとは正当に価格を競い合って株式を取得しなかった。そして東京地裁に差し止めされたとはいえ、新株予約権発行という卑怯な手段。おまけに焦土作戦まで検討し、なりふり構わぬ対応をしてきている。ノーネクタイの若者が気に食わない、好きにさせてたまるか、というだけの話のような。

老人は次世代を創れないのだ。閉鎖的な日本のメディアに一石を投じた堀江社長をここは支持したい。


2005年03月11日(金) 「帰国」

日本最終日。
名残惜しくもあるようなないような気持ちで、東京から成田に向かう。

成田空港では、好きな本を好きなだけ手当たり次第に買った。そして、寿司屋では、好きなネタだけを好きなだけほおばって、最後の日本を堪能した。自分も贅沢になったものだ。

そして長時間フライト。案の定、機内ではほとんど眠れず。リチャードギアの「SHALL WE DANCE?」も3度も見るとキツイ。
シカゴに着いたのは金曜の昼間の事、それは日本時間で午前3時だった。よせばいいのに会社に寄ってしまって、書類で一杯の机の上をかたずけた。そして、夕方4時に完全に電池切れの朦朧状態で会社を後にした。

いつも思うのだけど、こうして異国にある自分の日常に戻ると、つい先日までの出来事が嘘のような気になる。次に日本に行けるのはいつの事だろうか。と、いいつつ、アメリカの我が家が一番ほっとする。

そして、不思議に思う。一体、自分にとって「帰国」とは、日本を出るとき、もしくは、日本へ向かう時、どちらのことなのだろうか。


2005年03月09日(水) 中国では体調最悪

中国大連での5日間はあっという間に過ぎた。
今日は昼のフライトで、米国への乗り継ぎのために一旦東京に戻った。

この数日、毎日早朝から夜までスケジュールみっちり。外は-5℃でしかも強風。直りかけた風邪がまたまたぶり返して体調は絶不調。もしかしたら風邪ではないのかもしれないという嫌な予感。何せ体温計もないから熱があるかも分からない。

それにしても、中国国営企業との面談は疲れた。
相手は次から次へと出てくるが、一体何が何だか分からない。何でも長期戦。実にストレスがたまった。昨日は現場の立会いで身体が冷え切り、そこで出された冷たい飯を食べた後の工場見学の最中、吐いてしまった。

さすがに周りの中国人もビックリ。中国人に囲まれて昼間に吐いている日本人という図もなかなか(?)である。酒の飲みすぎ以外では初めての経験だったが、これは辛かった。余程ホテルに戻ろうかと思ったけど、遠路はるばるアメリカからやってきただけに成果を出さないわけに行かない。気合でその後の予定をこなした。Japanese サラリーマン。

東京に戻り、最後のラーメンを堪能し、本の買い込み。
明日は帰国。13時間のフライトはうんざりだなあ。体調は持つだろうか。


2005年03月06日(日) 中国へ / 「有難う」と何故言わないのか

日曜日には日本から中国、大連へ飛んだ。実に慌しい。

飛行機は初めて全日空を使用。
STAR ALLIANCEのUNITEDではPREMIER EXECTIVEの資格があったので、成田でANAのラウンジを使用する事が出来た。いつも思うのだけど、空港のラウンジで会う日本人というのは、やはり海外慣れしているからだろうか、とても礼儀がいいように感じる。係りの人がお皿やコップを下げるときも、「有難う」としっかり言う。

久しぶりにアメリカから日本に来て少し驚いたのは、「有難う」の言葉の少なさか。アメリカでは当たり前のように、いつの場合でも気軽に「THANK YOU!」と声をかけるのだけど、これが日本では滅多に聞かれない言葉だった。
何故だろうか。

でも、ラウンジの人のように、マインドを持った人はそれなりにいるようだ。恐らく、単に恥ずかしがっているだけの事だろうか?自分はいつでも「有難う」と言える人間でありたいと思う。別に難しいことではないと思うんだけど。


大連の空港からタクシーでホテルにチェックイン。
思いのほか高級ホテルで、部屋も広くて実に快適。バスルームは、日本で泊まっていたホテルの部屋くらい広い。
午後からは、温泉とマッサージを堪能したが、これが悪かった。直りかけの風邪が更にぶり返し、夜には体調は最悪。午後9時に中国の取引先が誘ってくれたが、ホテルのカフェで一緒にお茶を飲むのが精一杯。部屋に戻ってシャワーも浴びずにそのままベッドに倒れこんだ。自己管理がなっていないなあ。


2005年03月05日(土) 東京での貴重な1日

土曜日。出張の間の唯一フリーな日だけど、風邪が治らずにしんどい。

電車に乗って新宿に出る。それにしても街角には薬屋が多い。いつの間にこんなに増えたんだ?十字路の角に3店舗なんていう場所もあったが、どこもそれなりに賑わっている。適当入って風邪薬とドリンク剤購入。案の定、薬屋のくせに、問い合わせてもろくに薬の説明も出来なかったが、こちらも最初から期待していない。レジはそれこそ大忙しで、次から次へと途切れないお客にテキパキ素早い対応。よく働くよなあ、日本人。

その後、山手線で池袋に向かい、取引先へのお土産を買うために西武百貨店へ。
堤義明逮捕など全く関せず、土曜日の午後で信じられないような人ごみ。それにしてもこの百貨店は作りがややこしい。Loftに向かい、万年筆を4本購入。時節柄だろうか、万年筆売り場がかなりの賑わいであった。本屋に行きたかったが、人ごみによって疲れて断念。

昼は大島ラーメンで、ラーメンと餃子のセット。うまかった。ビールは我慢。店員がテキパキと対応するので実に気持ちがいい。こうした誰にも気を使わない食事が自分には合っている。わずか10分程度で食事終了。
アメリカじゃあ、こうはいかない。たかだかランチでも、今日の気分はどうだ?とか、まずは飲み物は何にしますか?とか、食事はうまいか?だとか、いちいち会話をしなくてはいけない。たまにはいいけど、日常になるとしんどいのだ。

夜は高校の同級生5人と銀座で。
こうして自分1人の帰国に合わせて集まってくれる友人がいる自分は幸せだ。2年前は同じく銀座で送別会を開いてくれたのだった。この2年は早かったと意見が一致。ただ、その間に転職した人あり、MBA目指すものあり。ただ、34にもなって、誰も子供がいないのはこれまた面白い。風邪もふっとびあっという間に5時間経過。おとなしく12時前で解散。


2005年03月04日(金) 何も雪降らなくても

朝から雪。
東京に来てまで雪が積もる事になるとは思わなかった。
アメリカの雪と比べれば大した事はないのだけど、飛行機が飛ばなかったりダイヤが大幅に乱れたりしていた。
朝の出勤。神田駅周辺の出社ラッシュの人ごみを久しぶりに目にして、わずか1駅の東京駅まで迷わずタクシー。う〜ん、弱くなったものだ。

久しぶりの本社出社。懐かしい面々と挨拶。
ほぼ1日、打ち合わせやらで気の張るミーティング。夜は、昔の部署の人たちが誘ってくれて食事へ。嫌な事が多い社会人生活だけど、自分は実に幸せだなあと感じた。

金曜の八重洲は、相変わらずサラリーマンでどの店も一杯だった。くたびれたオヤジ達の集まりも、こうして2年ぶりに行ってみると、中々味のある雰囲気だなと感じる。実に勝手なもんだ。

帰りも1メーターだけだけど、もちろんタクシー。久しぶりに午前帰りでクタクタ。


2005年03月03日(木) 日本上陸!

約13時間の長いフライトは、ほとんど一睡も出来なかった。映画を3本見たが眠気が来ない。2年ぶりの日本に興奮していたのだろうか。

ついにやってきた日本。

成田エクスプレスのチケット代のお釣りでもらった1000円札が小さくなっていた。
キオスクでは、何を買おうか、小さな店の前で5分位迷ってしまった。雑誌も新聞もドリンクも全部くれ、という感じだ。待っている間、おばちゃんが「いらっしゃいませ〜」と繰り返す。
電車から見える千葉の風景。昔は、田舎だなあ、広い田んぼだなあ、なんて思っていたが、今やどれも規模が小さく見えた。

東京駅。帰宅ラッシュの人ごみが混ざり合ってその中に中々入っていけない。何じゃありゃ。荷物を持って呆然とする。
エスカレータと駅のホーム。ほとんど若い人が携帯を見て何かやっている。異様だ。
ホテル。ベッド1つと少しのスペース。狭すぎる!これで1万円かいな。
本屋。どれを買おうかあまりに迷って結局何も買えず。その空間そのものが贅沢だ。「海辺のカフカ」の文庫本が山積み。客の1人が山を崩してしまい本が床にバラバラに。店員が慌ててかけより、「申し訳ありません!」 なんで謝る??
道を歩くと人がぶつかってくる。謝りもしない。何だ失礼な、なんて思ったけど、気がついたら右側を歩いていた。日本は左通行だった。失礼なのは俺だった。

夕食。これまた何を食べようか、どの店にも入りたくてなかなか決まらず30分うろうろ。結局ラーメン屋に。
さっそくカウンターで「ビールとラーメン!」う〜ん、いい響きだ。
ところがこれじゃ済まなかった。「ビールはビンと生、どうしますか?銘柄は?ラーメンは、こってりとあっさり、どうしますか?ねぎは?味噌は?ニンニクは?」
全て意味さえ分かれば、この質問攻めも心地いい。
2年ぶりの日本のビールは少し苦かった。注文してすぐに出てくるキンキンに冷えたビール、いいねえ。そしてラーメンのうまい事。店は混雑していたが、これほどの有難みを持ってラーメンを食べているのは自分くらいのものであろう、どんな思いでこのラーメンを食べているか、お前らには分かるまい、と1人で思いながらぺロリ。餃子とビールを間に、若い部下に説教している上司。そういえばいたなあ。

こんな日本もやっぱり落ち着く。やっぱり自分は日本人!


2005年03月01日(火) 油断した!

なおりかけたと思った風邪がぶり返して、昨夜は帰宅してからベッドに直行。
完全に油断した。ジムに行ったり夜更かししたのはやりすぎだった。それにのんきに米国医療費について語っている場合じゃなかったな。

この弱った身体ではとても明日の長時間フライトに耐えられないと思い、昼から医者に駆け込み、事情を話したら点滴を打ってくれた。

点滴っていうのは栄養補給ではなくて、単なる水分補給だと言われるけど、打ち終わった後は何となく気分的に楽になったからまあ良かったのだろう。身体の変化は自覚なし。本当に単に気分的な問題なのだけど、病気を治すには気分というものは大事だ。

医者は、「年に一度は風邪くらい引いたほうが良いですよ。適当に免疫とか抗体が身体に出来ますから。」なんて言っていたのだけど、そう言われればそんなものかもしれない。


2年ぶりのJAPANはもうすぐだ!


Kyosuke