| 2023年09月29日(金) |
国民はどこまで馬鹿なのか? |
携帯用URL
|  |
|
多くの反対署名を無視してインボイス制度が施行される。これはこれまで消費税納税の義務がなかった小規模事業者からも納税させるというひどい制度であり、貧しい人からさらに税金を取り立てるという稀代の悪法である。国は大企業にはどんどん法人税の減税を進め、NISA制度の拡大で資産のある人から取る税金は減らすのに、その一方で貧乏人から搾取して貧富の差をどんどん拡大しようとしてるのである。
もしも今総選挙が実施されればどうなるか。なぜか自民党や公明党が圧勝し、維新が議席を増やし、立憲や共産党が議席を減らすのである。消費税ゼロを掲げるれいわ新選組は少しだけ議員を増やすかも知れないが、統一教会の支援を受けた壺勢力と、公明というと言うカルト勢力が組織票で勝つのだ。それは国民が馬鹿すぎるからである。立憲はまたしても票を減らすだろう。それは泉健太が野田佳彦と同じくリベラル勢力を崩壊させるために送り込まれた工作員であり、その目的は立憲議員を減らすことだからだ。
きちんと国民が選挙に行って、消費税反対の政党に投票して過半数を与えれば即座にこのひどい税制度は廃止できる。オレのような賢明な少数派の国民はちゃんとそれを実行している。しかし、大多数の国民は途轍もなく馬鹿で、このまま放置すると自分たちの生活がどんどん苦しくなるのに投票にも行かないのである。この「投票しないとてつもない馬鹿」たちがきちんと投票に行って「消費税NO!」と言わないから、統一教会の手先である自民党、その2軍である維新の会、そしてカルト勢力の公明党といった連中の持つ組織票で国会の多数派が占められてしまうのだ。
れいわ新選組の山本太郎さんは街頭演説で消費税廃止を叫んで全国行脚している。しかしメディアは彼の活躍を全く取り上げない。大阪市廃止をもくろんだ維新の連中が仕掛けた住民投票は僅差でなんとか大阪市廃止を阻止できたが、もしも山本太郎さんの活動がなかったら維新の連中の思惑通りに大阪市はなくなっていただろう。彼らは大阪市を解体してその資産を乗っ取ることだけを考えていたのだ。そして多くの馬鹿な市民はその狙いに気付かないで何も考えずに「大阪市廃止」に賛成票を投じていたのである。
自民党に投票し続ける多くの馬鹿国民の姿と、維新に投票する多くの馬鹿府民の姿は全く同じ現象である。彼らは政府や維新の会がただの詐欺集団であるという本質が見抜けずに支持している。そしてどんどん生活が悪くなってるのにそのままゆでガエルとなって緩慢な自殺をしているのである。
消費税はさらに税率が上がるだろう。経団連というクソみたいな組織があって日本経済をどんどんダメにしてるのだが、彼らは消費税率を最終的に19%にしようとしている。国民が滅びたら自分たちの企業も困るということがわかってないのだろうか。いやそのまえに日本は台中戦争の戦場となって滅びる可能性がある。その方向に向かってせっせと防衛費を増やすことを主張するのはやはり自民党や維新の会といったカルト勢力である。
どうか国民よ目覚めてくれ。このまま自分たちの生活を破壊し続けるような連中に投票するのを止めてくれ。そして、投票にも行かない馬鹿どもからはすべての住民サービスを剥奪してくれ。生活保護の受給要件には直近の国政選挙5回ですべて投票しているという「国民要件」をつけて、投票の義務も果たさない非国民からは生活保護の権利を剥奪してくれ。「投票参加証明書」を社会のあらゆる場面で提出させ、まともに投票している立派な国民にはさまざまなサービスが優先的に受けられ、USJやディズニーランドの行列では先に入らせてくれるなどの特典を与えるべきである。オレのようなゼッタイに投票を棄権しないまっとうな国民にはそれなりの特権を付与してもらいたいと思うのである。
大阪府の吉村知事は府民に向かって「維新候補に投票して下さい」とは宣伝するが、「投票所に行って下さい」とは言わない。なぜか。投票率が上がると自分たちカルト政党の組織票の価値が下がるからである。堺市長選挙、市議選挙を見るとわかることだが、維新市長である永藤と、維新議員の得票数の合計はほぼ同じであり、投票率が下がってもこの票数は変わらないことから堺市の選挙で維新にはカルト組織票しかないということがはっきりとわかる。一般の堺市民は投票にすら行かない無責任な馬鹿が大多数なのだ。先日行われた堺市長選挙、市議選挙の投票率は34%、堺市民の1/3しか投票していないのである。堺市は大阪府下でも特に民度が低いとオレは思ってるがそれはこのような投票結果に現れているのだ。
投票率の低い馬鹿地域を国はもっと差別してもいいと思う。地方交付金の削減や、課税の強化などでペナルティを与えればいい。それを嫌ったまともな住民が出て行くことでそういう地域のDQN化は加速するだろうが、それも自業自得である。もっとも地域云々を言う前に、日本国民というのが救いようのない馬鹿国民であるとオレは思う。だって自分たちをどんどん貧しくしている自民・公明、そして最近は維新に投票し、まっとうに国民生活を守ろうとしている共産党やれいわ新選組という勢力を「変な人達」というレッテルを貼って色眼鏡で見ているのだから。
←1位を目指しています。
| 2023年09月27日(水) |
鉄道貨物を再活用せよ! |
携帯用URL
|  |
|
北海道のローカル線はどんどん廃止されて残っていない。地方の鉄道の多くが「赤字」を理由にどんどんなくなったわけだが、どうして「貨物輸送」という方向性が議論されなかったのだろうか。北海道のオホーツク海沿岸部の鉄道はほぼ消滅したわけだが、もしも鉄道が維持できていればホタテなどの海産物はそこから貨車やコンテナで運び出せたわけである。
鉄道輸送はトラック輸送に比べてはるかに多くのものを安全に運ぶことができる。もちろん最終目的地に届けるために積み替える必要はあるが、なぜかJRは旅客輸送をメインに考えていて、鉄道貨物を重視しなかった。鉄道:トラック輸送の比率は日本の場合は1:9くらいで圧倒的にトラック輸送が主流だが、欧州では鉄道が活用されていて逆の比率である。日本のように鉄道網が発達した国で、どうしてアメリカみたいに鉄道が貧弱な国のような輸送網ができてしまったのだろうか。オレは交通を体系的に考えてこなかった国土交通大臣とか国土交通省の官僚どもの(昔は運輸省)の怠慢のせいだと思うのである。なぜかこのポストは公明党にあてがわれたポストのようで、そこにはいつも交通問題にろくに関心がなさそうなボンクラがあてがわれるのだ。
上越新幹線や北陸新幹線のような輸送密度が東海道新幹線に比べてはるかに低い路線であっても、東海道新幹線と同じようにレールは複線で敷かれている。もっと多くの列車を走らせる余裕があるのに使われていないのである。どうしてそこに貨物専用新幹線を走らせないのだろうか。この貨物新幹線は別に東京駅まで乗り入れなくてもいい。大宮の手前あたりでトラックと新幹線をつなぐ物流拠点を作ってしまえばいいだけである。
一気にドライバー不足が加速する2024年問題の解決法として、自動運転トラックの導入を声高に叫ぶ人が居るが、オレは新幹線輸送こそその解決法だと思っている。船舶輸送もかなりの可能性があるだろう。そうしてトラックそのものを減らすことでドライバーの労働条件も改善されるし、トータルでのCO2排出量が減らせるわけだから地球温暖化阻止にも役立つのである。なんで鉄道大国なのにこの発想がなかったのだろうか。
青函トンネルは北海道新幹線も使うが貨物列車も通過するそうである。新幹線用のコンテナ車などを開発し、高速輸送可能な新幹線網を形成することは日本が本気でCO2排出削減に取り組んでいることを世界中に発信できるのである。JRのトップはそんなことを考えてるだろうか。JR東海が取り組むべき問題はリニアではなく。東海道新幹線に走らせる貨物のぞみである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月26日(火) |
人生は長いか短いか |
携帯用URL
|  |
|
受験生であっても授業中に豪快に寝てる生徒も居る。せっかく進学校に来ているのに、そこで落ちこぼれてしまう生徒は必ず居る。多額の授業料を負担している親御さんにすればいたたまれない話なんだが、そういう「ヘタレ」が発生することをゼロにはできない。集団というものはそういうものである。
しかし、若者にとって人生は無限である。少なくとも平均寿命を考えれば残り70年くらいはあるわけで、そのありあまる時間を思えば授業中に寝てることくらい誤差の範囲内なのかも知れない。
別に今焦って勉強しなくてもいいのだ。今やらなくても来年に予備校で学ぶことだってできるし、学ばないままで放置しても、受験勉強なしでも入れるもFランク大学に行くという選択肢だってある。誰もが入学試験の偏差値の高い大学を目指す必要はないのである。自分に見合った目標を目指せばいいし、もちろん大学に入るだけが人生ではない。
それに比べてオレはもう残り時間が少ない。かつてよく言われたことばとして「阪神の優勝を3度見たモノは死ぬ」という名言がある。ところがオレは物心ついてからすでに4回も阪神の優勝を見てしまった。もう十分かも知れない。もしかしたらオレは次の優勝までに死ぬのかも知れない。せいぜいオレに残された時間は20年かそこらだろう。その20年間の内にオレが見届けたいものと言えばやはり「維新滅亡」の瞬間である。関係者が次々と逮捕されて刑務所にぶち込まれ、カルト信者が発狂して道頓堀に次々と飛び込み、大阪に民主主義が取り戻される日をオレは待ち望んでいる。オレが生きている内に彼らの終焉を見届けたいのである。「正義が必ず勝つ!」ということを信じたいのだ。
人生は長いのかそれとも短いのか。その短い人生で何を為すべきか。長いとすればどんなことが達成できるのか。そんなことをオレは人生の終盤に来て考えてしまうのである。そして何もできないままに終わってしまう人生を空しく思うのだ。
もしも今のオレが20代ならば、オレは迷わず政治を志してれいわ新選組の議員になることを目指しただろう。大阪を破壊するあのならず者どもと正面から対決できる政党はれいわ新選組しかない。そして大阪を悪党どもから取り戻そうと必死でがんばっただろう。しかしオレはもう老人だ。オレにできることは若者をサポートして、あのならず者どもと戦える若者を育てることしかない。こうしてネットで正論を伝え、正義を訴えることしかできないのだ。
20代の頃は自分がまだそんな可能性があるのかわかっていなかった。大阪に起きることもわかっていなかった。もしも自分がタイムスリップして20代からもう一度やり直せるならば、あるいは橋下徹というモンスターが登場したときに公開の場で堂々と対決して彼の鼻っ柱をへし折って大阪の人間に「江草乗こそが真の大阪代表なんだ」ということを示せていれば、少なくとも今のようなことにはならなかったと思うのである。あのならず者どもがここまで大阪を支配してめちゃめちゃにしてしまうことはなかっただろうと思うのだ。その先に起きることに対して警鐘を鳴らすことができたはずだ。
人生は短い。オレは残された時間で大阪というこのディストピアとどう向き合えばいいのか、それをずっと考えている。どうしたらあの悪の軍団を大阪から殲滅できるのか。どうすればあいつらを地上から消滅させられるのか。
←1位を目指しています。
| 2023年09月25日(月) |
維新は災害よりも凶なり |
携帯用URL
|  |
|
<この話はフィクションです。>
定年退職後、オレは車にさまざまな災害救援物資を積み込んでは日本中を旅していた。西に集中豪雨あれば行ってスコップを手にして泥のかき出しを手伝い、北に豪雪あればタイヤをスタッドレスに履き替えて現地に向かい屋根の雪下ろしを手伝った。いつしか江草乗の名は「スーパーボランティア爺」として誰もが知るようになった。もちろんそのボランティア活動の傍ら、あちこちで見聞する維新議員の不祥事や極悪非道な行いに心を痛めていた。そして、どうしてそんな連中に投票する人が居るのだろうかといつも不思議に思っていたのである。
たまたま通りかかった街では選挙期間中なのか、緑色のブルゾンを着た一団がいて、その中のおそらく維新の候補者とおぼしき男性が馬鹿の一つ覚えみたいに「身を切る改革」「既得権益打破」などと繰り返していた。有権者はこんな嘘に簡単に騙されてしまうんだよなと思うとオレはとても悲しくなった。
少し離れた所に「カジノ反対」などというのぼりを持った年配の女性がいた。その女性はおそらくは手書きのものをコピーしたと思われるチラシを作って道行く人にせっせと配っていた。オレもそのチラシを一枚もらって、「頑張って下さい」と声をかけた。
するとそこにスキンヘッドの大男が近づいてきて「なんやこのビラは」と絡んできた。緑色のブルゾンを着ていたのでおそらく維新の運動員なんだろう。オレはその無礼な口調に驚いたが、そのスキンヘッドはオレの存在を全く気にすることもなく「ババア、迷惑なんじゃ。共産党はここに来んなよ。目障りじゃ!」と罵声を飛ばし、まるで殴りかからんばかりの勢いだった。オレはいつか役に立つこともあるかなとその一部始終を動画に撮影した。するとスキンヘッドは撮影しているオレに気付いたのか、「なんやそのスマホは!」とオレに近づいてきたのでオレは猛ダッシュで逃げた。オレは逃げ足には自信がある。大学のサイクリング部で鍛えた足腰はそこらの若者にはまだまだ負けない。
あるときオレは地震の直後に台風に襲われたという街に災害ボランティアとして出かけた。お年寄りのご夫婦の家で一日がかりで家の中の泥を掻き出し、壊れた家財道具を一緒に片付け、一段落付いてほっと一息ついてると、ご夫婦がお茶を出して下さったのでそれをいただいて少し話をした。
「わたしたち以前は大阪に住んでいたんですよ。」
「それは奇遇ですね。私も大阪出身ですよ。」
「こちらに越してきたのは定年退職してからなんですよ。主人が静かなところでのんびり過ごしたいと。」
「それはよかったですね。でもこの街は水害に襲われたりこうして津波が来たり、台風もこないだ襲ってきたし、ここに越してきてから毎年が本当に大変だったでしょ。日本は自然災害の多い国だけど、ここは特別ですよ。日本一災害の多い街じゃないですか!」
「そりゃ、災害はない方がいいですわね。でもきちんと備えれば命まで取られることはないでしょ」
「確かにそうですね。自然災害は備えさえあればかなり被害は軽減できます」
「私たち夫婦は実は息子を亡くしたんですよ」
「えっ・・・、それはいつのことですか」
「大阪で新型コロナの第六波が来た年です。息子は実家を出て大阪で一人暮らししていたんですけど、連絡がとれなくなったので息子のアパートに様子を見に行ったらそこでもう亡くなっていたんですよ。わたしたちのような高齢者がコロナで死ぬのは仕方ないと思う得るけど、なんで働き盛りの息子がと悔しくてならなくて・・・」
「あのとき、大阪では大勢の方が亡くなりましたね。私の母も危ない所だったんですけど、なんとか入院できて助かりました。亡くなった息子さんのことを思うと、なんだか申し訳ないです」
「いや、悪いのはあなたじゃない。テレビでエラそうに口だけで実績を自慢し、実際の医療現場の混乱は無視していたあのキチ村とかいう知事が悪いんですよ。亡くなった人達はみんなその犠牲者なんですよ。」
オレはこのご夫婦の話を聴いていつのまにか涙がこみ上げてきた。最後におばあさんはこう言った。
「自然災害はあっても、この街はきちんと民主主義が生きてるから幸せですよ。投票を棄権するような無責任な人はほとんどいませんし、私たち夫婦も選挙の時は老体にむち打って欠かさず投票していますよ。それが日本国民の責務ですから。それに一番嬉しいことは、この街には一人も維新議員がいないんですよ。『維新お断り』や『END維新』のステッカーがどの家にも貼ってありますしね。あんな禍禍しい連中、日本の政治を悪くする元凶じゃないですか。維新みたいに嘘しか言わない凶悪な連中が一人も居ないなんて最高の街ですよ。」
オレは帰りの車を運転しながら思った。「維新は災害よりも凶なり」
←1位を目指しています。
| 2023年09月24日(日) |
ガソリン値下げ補助金の行方 |
携帯用URL
|  |
|
高騰するガソリン代を少しでも抑制するために政府が行ったことは、ガソリン税の軽減や消費税の非課税ではなく、なんと石油元売りの会社に補助金を出すことだった。この補助金の総額は6兆円になるという。もちろんそれがすべてガソリン価格の軽減に役立ったのかというとそうではなく、ガソリンの元売り会社はそこから自社の利益分をしっかりと確保してから残りを値下げ分の原資にしたのである。
このイカサマそのもののカラクリを知ったオレが考えたことは何だったかというと、それによって必ず大きな利益が出る補助金受け入れ企業の株をがっつり買うことであった。ガソリン元売り最大手のENEOSホールディングスの株価は2023年1月5日には436円だったがその後ぐんぐん上昇した。9月22日の終値は618.8円である。なんとENEOSの株価は1月から40%以上上昇したことになる。オレは大きな含み益と、配当利回り3.56%(9月22日現在)という優良株を手に入れたのである。購入した株の一部はNISA口座の制度を利用したから非課税である。
政府の出すゼニというのはこのようにたいてい業界団体に入る。本当に困ってる国民の助けになるのはその一部である。あらゆる政府支出がそのカラクリの中にあるのだ。保育士さんの待遇を改善しようとしてゼニを出しても、そのゼニは保育士個人ではなくその保育士を雇用する園の方に入るから当然そこでかなりピンハネされる。国からの補助金が全額保育士に入るわけではないのである。明石市みたいに中抜きさせずに保育士への直接給付という形を取った地方自治体は例外である。
株式投資というのは戦略を立てて利益を得る知的ゲームである。報道される多くの情報の中から株価に影響するものを予測し、そして株価が上昇しそうな企業の株を買い、時にはこれから業績が悪くなることが確実な会社の株を空売りするのである。投資家としてオレは常にさまざまなことを予測し、それに従って投資行動を起こしているのである。もちろん予想が外れることもあるが、なんとか生き残って今に至るのである。
EV(電気自動車)が普及すればそれだけガソリンは売れなくなる。だからガソリン元売り会社がいつまでも安泰というわけではない。利益の十分に乗った状態でいつこのENEOS株を売却するか、それも考えておかないといけない。株式投資で難しいのは買い時ではなく売り時なのである。
株式投資にはいわゆるインサイダー取引というイカサマもある。残念ながら日本の株式市場には多くのこのインサイダー取引が存在する。株価の不自然な動きを見れば明らかに操作されてるなと思うことがある。ただ、それらはほとんど立件されない。特に裏で政治家や銀行が暗躍しているものは立件されない。インサイダー取引で逮捕されるのは小物だけである。たとえばここでオレがある特定の銘柄の嘘情報を流し、それによって株価が大きく上昇した時にオレがその株を売り抜けていればオレは間違いなく逮捕される。そこが「大阪ワクチンが年内に完成する」という風説を流布してアンジェス株を爆上げさせた吉村洋文との違いである。
オレは株式市場がイカサマであることを知りつつ、せこく立ち回って小金を稼ぐ程度の弱小投資家である。おそらく政府関係者や銀行の中には今回のENEOS株上昇で数十億の利益を上げた連中がいるだろう。それが世の中の仕組みというものかも知れない。
←1位を目指しています。
| 2023年09月23日(土) |
夏の終わりのつぶやき |
携帯用URL
|  |
|
やっと涼しくなった。9月ももう終わりとなって初めて「エアコンなしで過ごせる」くらいの朝になったのだが、まだまだ日中は暑いのかも知れない。子どもの頃は8月の終わりに「夏の終わり」を感じていたが、それがほぼ一ヶ月延びているという感覚である。
猛暑が5月から9月までの5ヶ月間続き、寒波が12月から2月まで続き、快適に過ごせる期間が10月・11月と3月・4月の4ヶ月くらいというのが今の日本の四季ということになる。しかし、春や秋を実感できるのだろうか。オレは以前に日本は四季から二季になったということを書いている。
ホンダ・S660を所有していた頃、キャンパズトップを外してオープンにして走れるような季節はほとんどなかった。せめて春秋の2ヶ月はそういう季節であって欲しいのだが、残念ながら外す気分にならなかったというのが事実である。
日本にはオープンカーは似合わない。北海道なら・・・と思ったこともあったがその北海道でさえもこの夏は酷暑に襲われた。もちろん冬の北海道をオープンにして走るのは常識では考えられない。マイナス20度の中をオープンカーで走るような頭おかしい人をオレは想像できないが、もしもそういう人が居るなら教えて欲しい。
やっと涼しくなったのでウォーキングや登山に適した時期となったのかも知れない。職場の健康診断で出た数値を見る限りでは運動不足は明らかである。体重もあと5キロは減量しないといけない。「夏の終わり」を実感した今、少しでもこの快適な季節を活用して身体を動かすべきである。
ふだんの生活でオレが一日に歩いてるのは5000歩くらいである。とりあえずはこれを1万歩以上にしないといけない。エレベーターではなく階段を使うとか、余暇の時間はできるだけウォーキングするとか、そうした努力なしに健康は維持できない。夏の終わりに思うことは、運動不足の夏の分をなんとか取り返すことである。
「いつまでこの暑さが続くのだろう」と少し前までは思っていたが、考えたらいつか冬が来るわけである。さすがに一年中続く猛暑はない。まあそういうわけでやっとこの夏も乗り切れそうなわけではあるが、来年はもっと暑くなるだろう。いつまでこの酷暑の中で日本人、いや人類が耐えられるのだろうかとオレは案じるのである。地球温暖化は異常気象を加速させ、最終的にはこの日本を「居住不可能地域」にしてしまうのかも知れないのである。
地球はいつまで人類にとって居住可能なのだろうか。その大切な地球を核兵器でめちゃくちゃにしてもいいと思ってる馬鹿な独裁者が世界には存在する。その独裁者を排除して真の民主主義が実現できるのか。その前に人類の終わりが来るのか。オレは夏の終わりにそんなことを考えていたのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月20日(水) |
鳥取県のドライバーは下手くそ! |
携帯用URL
|  |
|
田舎に行くと高速道路が対面通行というのによく遭遇する。センターラインにあたる部分になんかゴム製のポールが立ってるのを見ると、「もっとちゃんとブロックしてくれ」と思う。あんなものでは突っ込んでくる対向車を防げないからである。
そのセンターラインの部分がワイヤーロープになってるとオレは安堵する。これで下手くそから自分の命を守れるからである。交通事故の中でも対面通行の高速で真正面から下手くそに突っ込まれて死ぬというのがもっとも悲しいことであり、その次がアクセルとブレーキ踏み間違えの認知症老人に突っ込まれて死ぬことだ。いずれにしても自分がいくら注意しても防げないのである。
BSS山陰放送の記事にあったのだが、鳥取県内の山陰道で9月19日の午後3時ごろ、乗用車がワイヤーロープに接触する事故があったという。鳥取県ではこのような高速道路のワイヤーロープの接触事故が相次いでいて、今年すでに100件以上の接触事故が発生している箇所もあるとか。そんなところに接触するような運転が下手くそなやつからはさっさと免許を剥奪しろと思うのである、車線通りに満足に走れないような下手くそは運転なんかするなよ。迷惑そのものである。
しかも「鳥取県内だけでワイヤーロープへの接触事故が100件」なんて多すぎるじゃないか。鳥取県民はどれだけ下手くそが多いのか。おまえら迷惑だから大阪に絶対に来るなよ!とオレは言いたくなる。このワイヤーロープへの接触、基本的にほとんどが単独事故で、脇見や居眠りが原因らしい。高速道路で居眠りとかほんまに迷惑なのである。
ただ、少なくともワイヤーロープのおかげで対向車との正面衝突の発生は抑えられてるわけで、それだけでもやっぱり効果があるということなんだろうか。もしも100件の正面衝突が起きていれば怖くて鳥取に行けないのである。
しかし、考えたらまだワイヤーロープがあるだけマシだ。日本中にたくさん存在する田舎高速道路の多くは危険なゴムポールしかない状態で放置されている。そんなものでは突っ込んでくる下手くそは防げない。一刻も早く日本中のすべての対面通行路線にワイヤーロープを設置してもらいたい。そうでないとオレは安心して走れない。
ついでにオレが望むことは、ワイヤーロープが設置されてない危険な高速道路の区間をすぐに検索できるように公開してもらいたいということだ。それを事前に知ることができれば避けることが可能になる。安全に旅行できることが何より大切だからである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月18日(月) |
議員を舐めた政党 |
携帯用URL
|  |
|
日本維新の会の池下卓衆議院議員が地元市議2人を公設秘書として採用して、その結果として二人は秘書給与と議員報酬を二重に受け取っていたことがあきらかとなった。もちろんどちらも税金から報酬が出ているわけで、こいつらは報酬の二重取りをしていたのである。ゼニに貪欲な維新議員らしい行動である。彼らは「身を切る改革」を標榜するが、実態はこんなもんであり、自分たちの身を肥やすことしかできていない銭ゲバ集団である。
ただ、どうしてこのようなことが起きたのかということの背景は説明しておきたい。それは「維新の会」という統一教会関係者によって作られた外道集団の本質的な問題に関わるからである。
維新の連中ははっきり言って議員の仕事を舐めている。それは国会の議場で居眠りしていたりSACHIKOとLINEしている音喜多を見ればよくわかるわけだが、その昔吉村洋文が弁護士会で議員になりたい人を募集していたときに、「兼業でできる簡単で暇なお仕事」であるかのようにチラシに書いていたのである。まあ維新議員の多くはろくでもない連中なんだが、その背景にあるこのような価値観の存在は否めない。
元大阪市議の海老沢由紀は、大阪に住んでいないのに大阪市議としての報酬をもらっていた。彼女が東京で子育てしていたことは彼女の友人が証言している。ところが松井一郎はその問題を放置した。不在議員もしくはリモート議員という実態は問題にされないといけなかったのに、松井一郎はその件を全く問題視しなかったのである。まあセクハラ議員の笹川理も最初は松井一郎の対処は「お咎めなし」だったわけで、首長が特定の政党に所属してると、自党議員の不祥事は放置し他党議員だけを処分しようとするという大阪現象が起きるのである。
こうした議員の兼業が認められること自体はオレはよいことだと思っている。一般企業の会社員が同時に議員でもあるということが認められるなら、地方議員のなり手不足はかなり解消されるだろう。オレも「名ばかり議員」で議員報酬がもらえるならなりたいのである。
ただ、それを可能にするような「リモート議会」「週末議会」「ナイター議会」を可能にして労働時間が重複しないようにする必要がある。最初に書いた池下議員の公設秘書がどうして議員と兼業できたかというと、市会議員としての仕事なんか何もしていなかったからである。地方議会に維新議員が増えると何が起きるかというと、何もしない議員の増加である。維新議員というのは基本的に議会を舐めている。彼らは多数決にだけ参加すればそれでOKと思っているからだ。だから議会をサボって沖縄旅行するやつもいれば、有権者の市民に罵声を浴びせたり脅したりしてイキってる馬鹿も居るのだ。政党というよりはただのならず者の集団である。反社の連中が政党助成金目当てに政党ごっこをしているのが維新の会の実態だとオレは思っている。
議員もクソなら支持者もならず者の集団である。もっともタウンミーティングに潜入捜査して感じたのは、維新信者というのは霊感商法に騙されて壺を買うカルト集団レベルの惰弱集団だということだった。吉村が語る豪快な嘘演説にすっかり騙されて拍手を送っていた維新信者を見ると、こういう人達が騙されて壺とか買わされるのかとかわいそうになったのである。
維新の連中は政治を舐めている。そして有権者を舐め、選挙を舐めている。だから嘘とごまかしで選挙は勝てると思ってるし、実際にこれまでの選挙でそれで勝ってきたのである。オレは維新の連中のやりたい放題を食い止めたい。東大阪市長選挙で統一教会の手先が跳梁跋扈するのを食い止めたいのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月16日(土) |
阪神優勝のMVPは誰か? |
携帯用URL
|  |
|
阪神タイガースがリーグ優勝した。さてそこで「誰がMVPなのか?」ということが話題になるわけである。今のところ、投手では新人王の資格もあり防御率も1位の村上頌樹、打者では出塁率1位になりそうな大山悠輔、1番打者としてチームを引っ張った近本光司の名が上がる。だがオレはあえてそれ以外に、もっともチームに貢献したのは誰かと考えてみたい。オレが推すのは、2塁手の中野拓夢である。中野は最多安打のタイトルが取れる可能性がある。しかし彼の貢献度は攻撃面ではなく守備である。
岡田監督は昨年遊撃手でベストナインにも選ばれている中野拓夢を今季はセカンドにコンバートした。昨年はセカンドを糸原が守ることが多かったが、糸原の守備はお世辞にも上手いとは言えず、その守備範囲は12球団一狭かった。左右の動きが全然ダメだったのである。その糸原が代打に回り、中野がセカンドを守ることになり、ショートの定位置をゲットしたのは木浪だった。木浪は8番打者として出塁しては投手の送りバントで進塁し、それを近本、中野の一、二番が得点に結びつけるという阪神の今季の得点パターンが完成したのである。
1点差のゲームで勝敗を分けるのはやはり守りだとオレは思っている。併殺を取れるかどうか、そして打球が抜けた場合はそれがヒットになり失点につながるということとの差である。今季の阪神は1点差の試合に強かったわけだが、もしも中野が併殺にできなかった打球が抜けて相手の得点になっていた場合、勝っていた試合を10試合以上落とすことになっていたわけである。10試合の勝ちが負けに変わればもちろん優勝できていない。そういう意味でオレは今季の阪神で鍵になったのはセカンド中野だと思うのである。
MVPは記者投票で決定される。巨人ファンの記者の中にはホームラン王の岡本和真と投票する人が居るかも知れない。弱いチームで自由にホームランを打っている岡本和真の40発と、勝つために打った佐藤輝明の20発を比較した場合、どっちに価値があったかはオレが書かなくても明らかだと思うのだが。
オレが物心ついて阪神ファンとなった頃は、V9中の巨人と常に優勝争いするのが阪神タイガースだった。当時の阪神では江夏、村山の両エースが活躍していた。巨人がV9を達成した最後の年、最終戦の甲子園での阪神巨人戦で阪神は0−10で敗れた。試合終了後に阪神ファンは暴徒となってグラウンドに乱入し、ラジオで試合経過を聴いていたオレは悔しくて泣いた。コテコテの阪神ファンであり。打倒巨人に燃えるオレの原点はその悔しさから生まれたような気がする。
突出した成績を残すプレーヤーがいなくても、総合力で試合に勝てるということが今季の阪神は実践できていた。優勝決定時のスタメンに3割打者が一人もなかったことからもそれはよくわかる。
これからCSを勝ち抜き、日本シリーズでオリックス(まだ優勝が決まったわけではないけれど)を倒して阪神が日本一になることをオレは願っている。その時に中野拓夢がMVPであるとオレと同じように考える記者が何人いるだろうか。
←1位を目指しています。
| 2023年09月13日(水) |
「ARE」を流行語大賞に |
携帯用URL
|  |
|
今年もっとも流行した言葉はなんだろうか。それは紛れもなく「ARE」だと関西人のオレは勝手に思っている。多くの関西人にとって日常となった「ARE」は、東京ではどんなふうに受け止められてるのだろうか。オレはそれがとても気になるのだ。流行語大賞というのはやはり首都圏で使われた言葉の中から選ばれるのだろう。そうなると関西でのブームとなった「ARE」は候補にもならないような気がするのである。
言葉にするとそれが本当になってしまういわゆる「言霊信仰」だが、関西、特に阪神タイガースの世界では逆に「言うと実現しない」という「逆言霊信仰」が存在する。昔、阪神に新庄が在籍していた頃、ヒーローインタビューで「明日も勝つ」と言うのは厳禁だった。新庄が「明日も勝つ」と言うと必ず翌日から連敗スタートだったものである。いつしか阪神ファンの間には「余計なことは言うな」という雰囲気が醸成されていったのである。それはヒーローインタビューの時に巧妙に「明日も勝つ」と言わずに語ることからうすうす感じられるだろう。そういう微妙な空気感が阪神タイガース関係者やそのファンの中で共有されていたのである。
もちろん就任した岡田監督がそのことを知らないわけがない。そこで「優勝」という目標をどうやってその単語を使わずに意識させるか。そこで編み出された究極の言葉がこの「ARE」だったのである。オープン戦の時からひたすら「ARE」と言い続けた岡田監督の工夫がいまついに実ったのである。
18年ぶりの「ARE」は大阪に大きな経済効果をもたらすだろう。阪神百貨店の優勝セールには一日20万人の人が駆けつけるという試算がある。それは関西経済に大きなプラスの効果をもたらしてくれる。万博なんかやっても迷惑なだけだが、阪神の優勝が毎年のことになれば大阪には空前の好景気がやってくるだろう。くだらないカジノ・IRなんか全くいらないのである。
物心ついた時からの阪神ファンとして、今回の「ARE」は真に喜ばしいことだが、ここでオレが危惧するのは「にわか阪神ファン」の出現である。たとえば大阪腐知事の吉村洋文は本当は巨人ファンらしい。ところが彼はその本性を隠している。もしも彼が巨人ファンだということがバレていれば、知事選挙の244万票のうち100万票は消えてたはずである。阪神ファンにとって巨人ファンなどは不倶戴天の存在であり、そんなやつに投票するなんて考えられないからだ。オレは次の選挙で吉村洋文を落とすために「吉村洋文は巨人ファン」という説をどんどん拡散しようと思っている。
ところが維新の会の連中は、この阪神の「ARE」を党勢拡大の手段に利用しようと画策しているらしい。言語道断である。オレは愛するモノをあいつらの選挙の道具に絶対に利用されたくない。「反維新タイガース」を結成して、甲子園のライトスタンドで六甲おろしの歌詞を「反維新タイガース」と歌いたいくらいに維新が大嫌いだ。
阪神ファンの中には支持政党が「維新の会」というカルト馬鹿ももちろんいるだろうが、大多数はオレのような良識的な政治判断ができるまともな人達である。だから野球の政治利用に関しては断固抗議してもらいたい。それは阪神球団の選手にも言いたいのである。もしも優勝パレードの時に吉村洋文がしゃしゃり出てくればひとこと「巨人ファンは帰れよ!」と言ってもらいたいのである。もしも吉村洋文が「自分は阪神ファンだ」と虚偽の主張をするならば、オレの出題する「阪神ファン常識クイズ」にみごと正解してから言ってもらいたいのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月12日(火) |
金剛バスを守れ! |
携帯用URL
|  |
|
南河内地方(富田林市、千早赤阪村、河南町、太子町)でバス事業を運営している金剛自動車が12月20日に廃業するという。地域の交通手段が消滅するということで話題になってるわけだが、これが人口がほとんどいない過疎地域ではなく大阪府で起きているということが問題なのである。維新行政がまさに「地域切り捨て」「維新首長以外は市長にあらず」という状況だからこのようになってしまうのである。夢洲の泥に捨てるゼニの何百分の1かで金剛バスは守れる。それなのにカジノ・IRの方が大事だと思ってるのが吉村洋文である。彼は大阪府全体のことなど全く考えていないただの「腐知事」である。
交通手段がなくなれば地域はますます衰退する。南河内地域にはバブルの頃に開発された巨大ニュータウンが山の中にあるが、公共交通手段はバスだけである。そのニュータウンも高齢化が進むわけだが、この上バスがなくなってしまうとただの姥捨て山ということになってしまうのである。
近隣の近鉄バスや南海バスも路線を維持するのがせいいっぱいで支援する余裕はなさそうだ。維新の会お得意の「身を切る改革」というのはバスの本数を減らし、運転手を減らし、乗客も減らすという「負け戦を前提とした政策」である。「バス運転手の給料が高すぎる」とほざいた橋下徹のせいで日本中のバス運転手の給料が下げられて、今の運転手不足につながったことを思えば、金剛バスがつぶれるのもすべてあの橋下というペテン師の責任である。あいつの私財を供出させて救済すべきかも知れない。
オレは地方の公共交通機関は地方自治体が補助してでも維持すべき大事なインフラだと思っている。大阪府は夢洲みたいなところにゼニを捨てるのではなく、今生活している人達のためにゼニを使うべきなのだ。そんな当たり前のことがわかっていない馬鹿府民が244万人もいて、そいつらが吉村洋文という能なしのペテン師に投票した結果として大阪府の衰退と、金剛バスの廃業ということにつながったのだとオレは思っているが。もしもオレが知事ならこういう問題は絶対に放置せずに「万博をやめても誰も困らないが、金剛バスがなくなったら多くの人が困るのです」と言っただろう。
南河内地区は維新行政から見捨てられている。おそらく維新首長がいないとか、維新議員への投票が少ないとか、統一教会の信者が少ないとか。オレのような良識派の住民が多いとか、さまざまな理由があるのだろう。もしかしたら「反維新の旗手、江草乗が南河内に居るから金剛バスは見捨てろ!」という維新幹部からの指示があったのかも知れない。
オレは日本中の大型二種免許を持つ人達に訴えたい。どうか大阪に移住してくれ。大阪でも特に南河内に来てくれ。大阪府でありながらニュータウンは過疎化が進み、ガレージ付きの戸建て住宅でも500万円以下で買える。そして金剛バスに「働かせて下さい」と訴えて欲しい。ドライバーが確保できれば金剛バスは廃業しなくて済む。冬に豪雪になるわけでもなく、大きな水害で道路が寸断されるわけでもない。南河内地区は自然災害の少ない地域である。大阪府というディストピアにありながら、維新の連中にまだ侵略されてない正常な地域でもある。だからこそここに越してきて欲しいのだ。
バス運転手以外でもオレの日頃の主張に賛同して下さる人はどんどん来て欲しい。そうしてこの地域に「反維新ランド」を築き、維新の支配地域である大阪府からの分離独立を目指したいのだ。4市町村が「反維新」で結束して大阪府からの分離独立を目指し、吉村支持の馬鹿府民を見捨てて南河内に「まともな人の楽園」を築きたいのである。「反維新自主国家」を設立して、そこから日本に真の民主主義を取り戻す活動をスタートさせたいのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月11日(月) |
飲み物のマナーについて |
携帯用URL
|  |
|
スタバで買った飲み物にはカップに蓋が付いている。それを持ち出して路上で歩きながら飲んでいる人も多い。セブンイレブンなどで売られている蓋付きカップ飲料はそもそも店外で飲むことが前提である。そうした飲み物に関して最近感じることがある。それは飲んでるときのマナーである。
あのカップを手にしたまま、買い物とかをするのはそもそもどうなのだろうか? オレは北花田のイオンモールにある紀伊國屋書店で、スタバのカップを手にしたまま店内を徘徊している客がいたことにちょっと驚いたのだ。もしも飲み物を吹いて本を汚してしまったらどうするのか。あるいは子どもが衝突してきて手にしたカップを本の上にぶちまけてしまうようなことはないのかと。
北花田のイオンモールでは同じようにカップを手にした人がユニクロやGUに来店しているのも目撃した。オレが店員なら気になって仕方がない。もしも飲み物で服が汚されたらどうなるのかと心配してしまうのだ。そういうマナーの悪いDQNのことだから、もしも汚してもそのまま逃亡するに決まってるのである。DQNとはそういうものである。
TSUTAYAが佐賀県武雄市でカフェと図書館が併設された建物を運営すると聞いたときにオレが思ったことは「そもそも図書館って飲食禁止だ」ということであった。まだ小学生くらいの頃に公共の図書館でベビースターラーメンを食べようとして叱られたことをオレは今でも覚えている。「図書館は飲食禁止」というのは当然のマナーではないのか。だったら書店も同じだろう。
かつて日本には「歩きながら食べる」という文化はなかった。そういうことは行儀の悪いことだと思われていたわけだし、オレも母からよく注意されたのである。通学時に歩きながら飲食していることを注意する学校があるのはおかしくないと思っている。アイスの食べ歩きなど言語道断である。それが許されるのは修学旅行で北海道に出かけて休憩時にSAなどでソフトクリームを買うときだけである。
ユニクロやGU、紀伊國屋書店などは「スタバの飲み物を持ち込むな!」と店頭に大書してもいいと思う。そしてもしも店内の商品が汚された場合、その抗議は客ではなく、そういう可能性を放置したスタバに対して行ってもいいと思うのである。つまりスタバは販売時に「当店の商品で他店に損害を与えた場合、その賠償責任がお客様に発生します」という注意喚起を店に掲示すべきである。
オレはマナーの悪い人間が本当に大嫌いである。そこら中にタバコの吸い殻をまき散らすDQNや、避妊しないであちこちでSEXしまくって精子と共に悪い遺伝子をばらまくDQN男などは大嫌いである。本当に絶滅してもらいたい。
最近は電車の中にカップ麺を持ち込んで喰うようなDQNがいるという。もう最悪である。そんなやつは電車が揺れて顔面に麺がぶちまけられたらいいのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月10日(日) |
投票率を上げよう! |
携帯用URL
|  |
|
9月10日に大阪府交野市の市議会議員選挙が行われた。64144人の有権者のうち、31971人が投票して投票率は49.84%だった。維新の会の候補者は5人が立候補していて、そのうち3人が当選して二人が落選、維新候補5人の得票の合計は6464票だった。おそらく維新の連中は投票率が30%程度で、1000票あれば確実に当選できると予測し、自分たちの持つ6000票ほどの組織票で5人当選させられると見込んでいたのだろう。ところが予想を超える投票率だったので維新候補は3/5しか当選しないということになったのである。
週刊文春で報道された馬場代表の社会福祉法人ネコババ疑惑。そして万博の開催に関する絶望的な工事の遅れなど、維新の杜撰な実態がどんどん報道され、議員の資質の問題やその「第二自民党」でしかない実態が広く有権者に知られてきているのである。交野市議選はそれが如実に現れていたのかも知れない。
投票率を50%にできればかなりの維新候補を落選させられるし、投票率が70%になれば維新候補を全員落とすことも可能かも知れない。洗脳された馬鹿とカルト信者の組織票に支えられた維新は、投票率さえ上昇させれば壊滅させられるとオレは予測している。今投票に行ってない人達の浮動票が共産党やれいわ新選組に入ればさらに大阪の状況を改善できるだろう。そして「当選互助会」としての維新の役割が果たせないとなると、現職議員達も「なんで上納金をピンハネされんとあかんねん」と反発して離党し始めるだろう。そうなれば一気に組織を壊滅に追い込める。そこで党の幹部が「逮捕」ということになればもう解党しかない。
岸田首相はもしかしたらこの秋に衆議院を解散するかも知れない。維新の会は「自分たちは勢いがある」とまだ錯覚しているから大勢の候補者を立てるだろう。馬場代表のネコババ疑惑も「説明しないでごまかす」という形で乗り切れると思ってるだろう。そこでもしも「党幹部の逮捕」という事が起きれば一気に人気は剥落する。
文部科学省による「統一教会への解散請求」が出されれば自民党は一気に支持を回復できることは間違いない。同時に自民党壺派(安陪派)の有力者である松野官房長官や萩生田議員を失脚させることもできる。「統一教会解散」となれば、統一教会の別働隊であるカルト政党である維新の会の連中はどんな行動を起こすだろうか。オレはそのあたりに注目している。
解散総選挙ということになれば、どうやって国民の関心を高めて投票率を上げるかである。野党はここで「壺政治からの脱却」を掲げて協調すべきだ。統一教会を解散させても、その支援を受けてきた自民党幹部の罪は消えないと激しく攻めることが勝利につながるだろう。カルト連中は政治の世界から全員退場してもらいたい。
←1位を目指しています。
| 2023年09月09日(土) |
真のエコカーはアルト |
携帯用URL
|  |
|
通勤にクルマを使ってるとガソリン代の高騰はなかなか応える。そこで「燃費のいいクルマならよかったのに」となるわけだが、燃費のいいハイブリッドカーは元々車両本体価格が高い。購入時にガソリン車と比較してかなり高くなるわけで、その差額を取り戻すためには10万キロ近く走らないといけないのである。
そう考えると、真のエコカーとは何だろうかということになるわけだが、クルマそのものが安いことが一番経費節減となるわけだ。そういう意味で安くて燃費のいいクルマとなると、それはもうスズキ・アルトしかないということになる。ただ、オレみたいないい年をしたオッサンがアルトを通勤者にしていると「なんでそんな貧乏人の乗る車に乗ってるんだ」「もしかして離婚して養育費払わされてるのか」などと邪推されてしまうのだ。
いくらエコカーと言われても高価なテスラを買うなんてばかばかしいと思うし、そのあたりの選択肢が「人から安い車に乗ってるとは思われないけど実はエコカー」という方向性となり、そういう意味では以前に乗っていたホンダ・S660はベストだったのである。あんな趣味性が高い車を「貧乏だから」乗ってるとは誰も思わないし、しかも燃費はめちゃくちゃ安くて助かったのである。S660は普通に運転していても20�辧殖牟瓩い箸いδ競┘灰�ーだったわけである。
オレが後期高齢者になってもまだクルマを日常的に使ってるならば、スズキ・アルトとかダイハツ・ミライースのような軽自動車の廉価なものを手に入れるだろう。狭い道が多い家の近所では取り回しが楽ちんだからである。
趣味性の高いクルマとしては、以前に所有していた三菱・FTOはハイオク仕様だったのでガソリン代がかかった。もしも今そのまま乗っていれば大変な出費になっていたはずである。毎月のガソリン代は軽く3万円を超えていただろう。
プリウスはモデルチェンジしてかなりカッコよくなった。初代プリウスからモデルチェンジの度にデザインがよくなっていくのは一時の日産とは逆である。モデルチェンジの度にかっこ悪くなっていったスカイラインなどとは大違いだ。最新モデルはフロントガラスの傾斜が強くなって、まるでスーパーカーのように寝ているのである。これは運転時にどんな感覚なのだろうかと不思議に思うのだ。エコカーとしてもすぐれてるので買ってもいいのかも知れないが、車幅が広すぎる。どうしてクルマは横幅を広げたがるのだろうか。我が家のガレージの最大の欠点が「幅が狭い」ということなのだ。三菱FTOはぎりぎり駐めることができたが、日産GTRならドアが開かずに降りられないのである。
かつてクルマ好きだった人が、高齢者となって最後のクルマに何を選ぶのか。今は亡き徳大寺有恒さんなら何を選んだだろうかとオレは想像する。オレが買い換えるのはこれからあと2回くらいか。株式投資で稼いだあぶく銭で、セカンドカーにMTのダイハツ・コペンXプレイでも買おうかなと思うのである。マツダロードスターの兄弟車である124スパイダーも気になるのである。しかし、中古車で買おうとして探してもAT(CVT)ばかりなのである。
そういうことを書くと「わざわざ買わなくても乗りたいときにレンタカーを借りればいい」言われた。全くその通りなのである。岡山や高松で営業している平成レンタカーでロードスターを借りて四国旅行というのもいいかなと思ったのである。北海道をレンタカーで回るなら86やBRZを借りるのもいい。もちろんMT車である。いつのまにかエコカーの話ではなくなって趣味のクルマの話になってしまったぜ。
←1位を目指しています。
| 2023年09月08日(金) |
こんなロードレースはイヤだ・・・ |
携帯用URL
|  |
|
オレは『弱虫ペダル』というアニメが好きだ。それは自分が大学サイクリング部に所属していたこともあり、得意としたのが「100〜200キロという長距離をできるだけ速く走る」ということだったからだ。今は「ビワイチ」と呼ばれる琵琶湖一周ランなどが話題になっているが、もし現役の頃の体力で今の自分が存在したなら、ビワイチの日本記録を更新しようとチャレンジしたはずである。ちなみに京都大学サイクリング部では耐久RUNという行事が行われているが、オレは現役部員の時に優勝している。
高校生の時に大阪から諏訪湖まで2日で走ったことがある。往路は関ヶ原を越えて犬山でユースホステルに宿泊し、帰路は名古屋で一泊した後、台風の中を伊賀越えで帰った。フロントバッグに入らない荷物はリュックに詰め込んで背負っていたのだが、その時に「体重+荷物」となると通常よりもケツが痛くなるということを知った。使用したのはロードレーサーではなく、650Bというリムサイズにフランス製ウォルバー社のスーパーランドナーという軽量タイヤを履いていた普通のマシンである。
大学サイクリング部に入ってからは京都−諏訪間(約330キロ)なら一日で走れるだろうと思い、往路は京都を夜に出て夜間走行で、帰路は早朝に諏訪を出てひたすら走ってその日のうちに京都まで帰り着いた。装備は高校生の時のマシンにフロントサイドバックとフロントバッグを2個積んだ状態である。道中ではロードレーサーに乗ってる人をぶっちぎったりした。まさかロードで走っていて、自分よりも大荷物の旅行用マシンの方が速いなんて思わないだろう。
そういう自転車歴があるからこそ、オレは『弱虫ペダル』というアニメが大好きで、ロードレースをこよなく愛しているのである。それがなんということか。参加してる人が車と正面衝突するなんて・・・ オレはこのあまりに悲惨な事故に怒りを感じている。
9月8日午前11時40分ごろ、北海道・上富良野町の道路を使って開催されていた「ツール・ド・北海道」のレース中に、乗用車と20代の男性選手が乗った自転車が正面衝突した。男性選手は心肺停止の状態で、ドクターヘリで病院に搬送された。
乗用車の60代の男性に、けがはなかった。
現場は、片側1車線の乗用車側から見て緩やかな左カーブで、警察によると、自転車が前の集団を追い抜こうと対向車線にはみ出した際に衝突したとみられている。
ロードバイクが突っ込んだ衝撃で乗用車のフロントガラスには大きな穴が空いたということである。追い越しをかけようと加速して居るとき、おそらく選手は地面しか見えてないだろう。まさか対向車があるなんて予測もしない。交通規制されているはずなんだから・・・ そしてドライバーがボンクラなら、その道路でレースが行われるなんてことにも気がつかず、普通にスピードを上げてカーブに突っ込んだだろう。この事故は誰の責任なのか。レースの先導車はどうしてすれ違うクルマが居たときに全力で注意喚起しなかったのか。その後に起きる悲劇を予想できなかったのか・・・
日本ではまだまだ「自転車ロードレース」というものが認知されていない。その結果としてこのような痛ましい事故が起きてしまった。このような事故が二度と起きないように、オレはただ祈るだけである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月07日(木) |
ジャニーズと性加害 |
携帯用URL
|  |
|
ジャニーズ事務所がジャニー喜多川氏による過去の性加害の事実を記者会見で認めた。そして東山紀之が芸能界を引退し、新社長となって問題の解決にあたるという。あえて火中の栗を拾うことを決断したこの決定をオレはある程度評価しているが、そもそもこのような性加害は果たしてジャニー喜多川氏だけが少年たちに対して行っていたものだろうか。オレはそこが少し気になるのだ。
男ばかりの社会というのは異常である。それはもともと男ばかりだった自衛隊に女性隊員が入ってきたことで必然的に起きたセクハラ問題などでも推測できるのだが、「女がいない」ということは男同士の羞恥心やモラルを奪うのである。たまたまオレはそういう「男だけの世界」を知ってるからこそその雰囲気が理解できるのである。
オレが臆測するのは、ジャニーズ事務所での性加害はジャニー喜多川氏だけが行ったものではなく、メンバ−間の性加害、つまり先輩メンバーが後輩メンバーに対しても行っていたのではないかということである。男ばっかりの集団ではそういうことが起きる可能性が高いのである。
男性しかいない場所ではエロい男達は性に関する話を公然と語る。それは風俗店での武勇伝であったり、自分が100人斬りを達成したモテ男だという自慢話だったりする。男というのはそういうくだらない生き物なのである。頭の中は性(エロ)に関する妄想で埋め尽くされていることもあるのだ。ジャニーズというのもまさにそうした場所であったとオレは臆測するのだ。
そこではもしかしたら「焼き畑農業(陰毛が燃やされる)」などの宴会芸の強要や、ジャニー氏お気に入りのメンバーに対する嫉妬からそのメンバーに対する集団いじめ、恥ずかしい行為の強要などが起きていたのではないのか。あくまでこれはオレの臆測だ。しかし「男ばかりの集団」というのはそういうものなのである。かつての被害者が今度は被害者になるというのは、軍隊がそういう場所であり、大学の運動部のシゴキ問題が後輩達に受け継がれて行くことからもわかるだろう。おそらくジャニーズには「メンバー間の性加害の連鎖」が存在したとオレは思うのである。
権力を持つものがその権力で他者を理不尽な形で服従させるというのはどんな組織でも普通に起きることである。もしも大勢の女性タレントが所属する芸能事務所の頂点にいる男性社長が業界のドンで、若いタレントに性上納させていたということがあれば大変なスキャンダルだが、韓国ではそれを苦にして自殺した人もいる。オレはそこに人間の持つ醜悪さを思うのである。日本でそうした問題が過去に皆無だったかと言われれば疑わしい。実際にある有名な映画監督が出演の条件として性上納させていたということが起きているのである。
それではすべての性加害は悪なのか。たとえば自分をプロモートして欲しい若いタレントが逆に自分の性を交渉の材料に使う場合はどうなのか。自分から性加害を受け入れることで相手を利用しようとする場合もあるだろう。それはある意味性風俗産業すべての構造的な問題ではないのか。だったら性の売買は100%禁止すべきなのか。禁止すべきものが直接的な行為のみならば、デリヘルやソープはダメでもキャバクラやホストクラブはOKなのか。これはある意味現代社会の本質に関わる問題のような気がする。
これはありえない妄想なんだが、もしもオレが絶世の美女に生まれてきて男性たちがその美に誰もがひれふするようなことがあれば、きっと勘違いした人生を送ってしまうような気がするのだ。自らの性を売り物にして、それで世の中を渡っていきたいという安直なことを考えたかも知れない。しかし残念(?)なことにオレは非モテ男子高校生だったし、今はただのガラの悪そうなオッサンである。スーツにサングラスでいるとその筋の人にしか見えないらしい。だからせめてネクタイくらいはお茶目なものにして相手の警戒心を解こうと思っているのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月05日(火) |
男子校・女子校を守れ! |
携帯用URL
|  |
|
埼玉県は不思議な教育環境である。県立の男子校、女子校が存在するのだ。高校レベルでこのような男女別学の制度があるのはとても珍しいのである。埼玉県内の県立高校137校のうち、男女別学は12校あり、全体の8.8%を占めるのだ。男子校は浦和(全日制・定時制)、春日部、川越、熊谷(全日制のみ)、松山の5校。女子校は浦和第一女子(全日制・定時制)、久喜(全日制のみ)、春日部女子、川越女子、熊谷女子、鴻巣女子、松山女子の7校である。
埼玉県の県立高校の偏差値ランキング序列では次のようになる。
1 大宮高等学校理数科(共学)偏差値 75
2 浦和高等学校 (男子校)偏差値 74
3 浦和第一女子高等学校 (女子校)偏差値 73
4 大宮高等学校普通科 (共学)偏差値 72
5 春日部高等学校 (男子校)偏差値 72
6 川越高等学校 (男子校)偏差値 70
7 市立浦和高等学校 (共学)偏差値 70
8 川越女子高等学校(女子校)偏差値 69
9 越谷北高等学校理数科 (共学)偏差値 68
9 所沢北高等学校理数科 (共学)偏差値 68
9 不動岡高等学校 (共学)偏差値 68
9 蕨高等学校(共学)偏差値 68
13 浦和西高等学校(共学)偏差値 67
13 熊谷高等学校 (男子校)偏差値 67
13 越谷北高等学校(共学)偏差値 67
男女共学の高校も男子校女子校もバランス良くこのランキングには登場する。ランキング7位の市立浦和高校からも東京大学の合格者は出ているので、トップ校以外でもチャンスはあるということである。
さて、この伝統ある男子校、女子校をすべて共学化しようとする動きがあるらしい。とんでもないことである。
「公立学校における公共性を鑑みれば、性別に基づき異なった取り扱いをなすのは問題」「尊重を伴いながらも共学化を進めることは何ら不可能なことではない」
オレは女子校や男子校というのは独自の価値観に支配された聖域だと思っている。共学校には存在し得ない特殊な文化がそこには存在するのだ。もしも公立のすべての学校をそうして共学化するなら、男子校や女子校に行きたい人は私立に行くしかなくなる。
大阪では男子校や女子校に行きたい場合は「私立」しか選択肢がなかった。公立高校でそれが可能であるというのはすばらしいことではないか。
埼玉県は県立の男子校・女子校という文化を手放すべきではないのである。伝統や校風というものは一度破壊されれば二度とは元に戻らないのである。大阪では維新の会という半グレ集団が教育に介入して現場をめちゃめちゃにしている。高校生の不登校数日本一や、中退数最多というのは維新の教育行政の悪しき成果である。公教育を破壊し、民度を下げてカルト支配を強化し、最後は公共財を売り払って利権に変えて大阪を焼け野原にして去って行くのである。それに気付かない馬鹿府民が244万人も居て、知事選で吉村洋文に投票しているのだ。
大阪がこんなことになったのはある意味自業自得である。住民が馬鹿だから簡単に騙されたということである。犠牲になるのは大阪だけでいい。この被害が拡散することを食い止めるためにも、埼玉県は維新首長や議員を絶対に排除して欲しい。維新が来たら県立高校の伝統は破壊され、最後は不動産業者に叩き売られるのである。
←1位を目指しています。
| 2023年09月03日(日) |
ヤクルト許すまじ |
携帯用URL
|  |
|
9月3日の神宮球場でのヤクルト−阪神戦、阪神が7−0と大量リードした9回表の阪神の攻撃で、先頭打者の近本に対してヤクルト3番手として登板した山本の投じた2球目が近本の右脇腹を直撃した。
近本は7月にも巨人の高梨から脇腹に死球を受けて、肋骨骨折で離脱するということがあった。それだけに同じような場所への死球は阪神ファンにとって衝撃だったのである。多くの阪神ファンは「なんてことするんだ馬鹿!」と思っただろう。
ヤクルトは、今季これで58個目の与死球である。これはセ・リーグでも断トツの多さである。ちなみに阪神の与死球は40個しかない。真剣勝負の中でぶつけてしまうことがあるのは仕方ないが、それにしても多すぎると思うのである。しかも8月13日のヤクルト戦で阪神は捕手の梅野が左手首に死球を受けて骨折し、今季の出場は絶望である。主力選手へのこうした死球攻撃を繰り返すヤクルトという球団、高津監督のその姿勢に対してオレは激しい怒りを覚えるのだ。「いいかげんにしろよ!」と思うのである。
もはや優勝の可能性のないチームが、残り試合を戦う上で守って欲しいのは、優勝争いをしてるチームの主力選手にケガをさせるなということである。もしかしたらそれは故意死球ではないのか。ライバル球団が裏で画策して「〇〇をつぶせばお礼に1000万円」というふうに動いていたらどうなのか。そんな陰謀論までオレは思ってしまうのである。もちろんそんなことを思うのは、言わずと知れたあの球界きってのダーティーな某球団の存在があるからなんだが。
ヤクルトの投手が全員ノーコンで四球を出しまくりならば死球が多いことも理解できる。しかし、与四球数は他球団とそれほど変わらない。ヤクルトは与死球だけが突出して多いのである。それは全くもって許せないのである。
その昔、ヤクルトにいた相川という捕手が本塁で矢野に体当たりしてケガをさせて長期離脱に追い込んだことがあった。その時にオレは「自分が捕手ならそういうプレーがどれほど危険でかつ卑怯なことであるかはわかっていたはず」と相川に対して強い怒りを覚えたものである。
プロ野球は鍛え抜かれた高度な技術のぶつかり合いだ。しかし、その技術の足りない部分を卑怯なプレーで補おうとする選手がいる。昔は巨人の元木大介がその代表だった。横浜Denaの京田が熊谷の盗塁を阻止しようとしてベースを足でブロックするという卑怯なプレーを行って、それがビデオ再現で明らかになったにも関わらず敷田審判は一度セーフとされた判定を覆してアウトにした。卑怯なことはやったもん勝ちということになると、プロ野球はそういう卑怯なプレーが横行することになるだろう。オレはそういうことが許せないのである。
かつて阪神のエースだった江夏豊は、そのライバルである王貞治との対戦に於いて、一度も死球を投げなかったという。正々堂々と勝負しないといけないという意地が江夏にはあり、王もまたそれにフルスイングで応えたのである。江夏が三振奪取の日本記録を更新したとき、記念三振は王貞治から取っているのだ。これこそが真のプロ野球選手である。
阪神がこのまま優勝したとき、MVPに輝くのは近本光司選手だとオレは思っている。死球で骨折して欠場するという試練を乗り越えて勝利に貢献してくれた彼の功績を、長年の阪神ファンの一人として大いに称えたい。どうか「ARE」に向かって最後まで突き進んで欲しい。
←1位を目指しています。
| 2023年09月02日(土) |
黒歴史に向き合うこと |
携帯用URL
|  |
|
どうして愛国心とかを説く政治家は歴史を修正しようとするのだろうか。プーチンが「カチンの森事件」のポーランド人捕虜虐殺を認めないという報道に触れてその思いを強くした。過去の歴史の真実を知ることはとても重要である。それがたとえ自国の過去の戦争犯罪であっても、正しく知ることは戦争を繰り返さないためにも重要である。
オレが1988年にポーランドのワルシャワを訪れた時、ワルシャワ旧市街の街角で逢った若者は「 I hate Russian. We never forget Katyn. 」と語った。ゴルバチョフがカチンの森虐殺にソ連軍の関与したことを認めたのはその2年後の1990年である。スターリンからの殺害命令書も存在するという。政府が事実ではないプロパガンダをしても、歴史を書き換えることはできない。
松野官房長官が関東大震災の時の朝鮮人虐殺について「記録が残ってない」などと発言した。そうした歴史的事実を「なかったこと」にしようとする歴史修正主義者は、その理由として「そういうことを知ると愛国心がなくなる」などと語る。愛国心というのは、歴史を改ざんしようとするクソ政治家に出会うとなくなるものだとオレは思っている。「こんなクソが政治やってる国など愛せるか!」ということである。統一教会の広告塔として活躍した安倍晋三という憲政史上最悪の売国クズ野郎を信奉していたネトウヨたちは、自分たちのカリスマが実はゴミ以下だったことを知ってどう思ったのだろうか。
松野官房長官が関東大震災時の朝鮮人虐殺を「政府内に記録がない」否定するということは、ドイツの大統領がヒトラーのユダヤ人虐殺を「それはデマ」と言ってるのと同じレベルの恥ずかしいことである。韓国政府が松野官房長官の辞任を強く要求してもおかしくないレベルの発言である。
「南京大虐殺はなかった」とか「関東大震災の時の朝鮮人虐殺はなかった」とネトウヨが発言するとは、彼らの馬鹿さ加減をはかれる物差しの一つだから仕方がないのだが、政治家が公的な場でそういう発言をすれば絶対ダメだ。なぜなら与党政治家の発言というのは政府の公式見解であるのと同じだからだ。官房長官となるとなおさらである。これは日本政府の信用問題である。そんな国が「平和主義」なんてちゃんちゃらおかしいではないか。プーチンと同じレベルの歴史修正主義者が政府首脳にいるということはもはや国家反逆罪レベルである。
日本は戦前の軍国主義の黒歴史から立ち直って民主国家となった。戦争放棄の平和主義で多くの国からリスペクトされるようになった。オレがヨーロッパを放浪旅行した時にポーランドや東ドイツなどの共産圏の方から聞く日本のイメージは、優秀な工業製品を生み出す勤勉な国民性や、文化財が多く歴史や伝統を大切にしている国という肯定的なものだった。
関東大震災の時に飛び交った流言飛語によって多くの朝鮮人が「自警団」と称する人達によって一方的に虐殺された。それはまぎれもない事実だ。そして現代のネット社会に於いてもフェイクニュースが簡単に拡散されるという現象が起きている。今こそその愚行の黒歴史に向き合い、二度と繰り返さないためにも官房長官は「二度とあのようなことが起きてはならない」と言うべきではなかったか。ところが松野官房長官は真逆の発言をしてしまったのである。今すぐあのボンクラを一人で韓国に行かせて韓国人民の前で土下座させるべきだとオレは思っている。
近隣諸国と仲良くすることは戦争をしないために大切なことだ。直接その国の人間と知り合っていれば「鬼畜米英」などと誰も思わないだろう。
小学校にもろくに通えずあまり文字が読めなかった明治生まれのオレの祖母、アイばあちゃんは、歴史はNHKの大河ドラマでしか知らなかったわけだが、太平洋戦争が始まったときになんと「アメリカなんかと戦争したら負けるに決まってる」と語ったそうである。農家の一女性がそうした客観的に判断を下せるのに、どうして多くの国民は「戦争に勝つ」ということを信じたのだろうか。
狂った指導者どもは戦局が不利になると「一億玉砕」などという馬鹿げたスローガンを掲げた。もしもポツダム宣言を受諾せずに本土決戦となっていれば、日本国は地球上から消滅していたかも知れない。
オレは防衛力増強には反対だ。戦争を防ぐのは軍備拡張ではなく外交だと思っている。そういう意味で国益に反した行動をとった松野官房長官を即座に罷免して、きちんと韓国政府に謝罪できることがまともな政治家のやるべきことである。岸田みたいなボンクラにそんなことはできそうもないが。
←1位を目指しています。
| 2023年09月01日(金) |
万引きは退学です |
携帯用URL
|  |
|
公立高校は基本的に校則がゆるい。オレがその昔勤務していた公立高校では、盗んだバイクで暴走してコンビニのガラスを破壊した馬鹿がいたが、処分は停学一週間であった。万引きで補導されても停学にはならなかった。喫煙は停学一週間、二度目でも三度目でも常に停学一週間だった。
公立の中学校もゆるい。特にDQN地域の中学校は喫煙など日常なのでそれくらいでいちいち注意するどころではないのかも知れない。大阪南部は高校生の大麻常習者がいて、深夜のコンビニ駐車場で大麻やその他の薬物を売買してるほどに治安が悪いのだが。それはそのまま大人のDQN率の上昇にもつながっている。
ところが私立は校則が厳しい。アルバイト禁止であったり、喫煙は無期停学とか窃盗は一発退学とかである。もちろんそういう厳しさはオレは必要だと思うのだ。ただ問題は大阪府の教育政策である。「私立高校(授業料のみ)無償化」という政策のせいで、本来私立高校に来るべきではなかったDQN家庭で育ったDQN生徒が私立に進学してくることが問題なのだ。そこで私立高校の校則に従い、その価値観に合わせてくれればいいのだが、現実にはそうではない。DQN価値観をぶつけてくる親が居るのである。
「万引きなど誰でもやってる」
「いじめはいじめられる子にも責任がある」
「スマホは学校できちんと指導しないから悪い」
などというDQN基準を学校に押しつけてくるのである。今、大阪の多くの私立高校で中退者が多いのはそれが原因である。DQN生徒なのに校則の厳しい私立に入学してくる方が間違ってるのに、その校則にいちゃもんをつけるという馬鹿親がいるのだ。
万引きは窃盗だし、いじめは加害者がクズだし、スマホの使い方は家庭での親のしつけである。そんなことがDQN親には通用しないのである。ほんま、そんなDQNは私立高校に来るなよとオレは思うのだ。
吉村洋文は「誰でも行きたい学校にいけるように」と語るが、DQNのくせにまともな学校に行きたいという生徒の方が間違ってる。DQN家庭ならそれに合わせた学校に進めばいいということなのだ。
こういうことを書いたら、江草はDQN生徒が行く公立高校のことを見下してるのかと言われそうだがそうではない。公立高校というのは一握りの上位校以外は基本的に地域に根ざした存在であり。偏差値35でも入れるけど、偏差値50の生徒もいるという多様性の世界であるべきなのだ。だからこそDQNを受け入れるフトコロの深さがあるわけだし、そこで排除されずに過ごせるからDQNでも真人間になるチャンスがあるのだ。オレが主張するのはいわゆる「棲み分け」である。
維新の教育行政は公立高校を減らしすぎた。人口5万人規模でありながら公立高校が一つも無いという地元高校空白地域を生み出した。ある意味これは利尻島や屋久島のような離島にも劣るレベルである。徒歩や自転車で通える地域の高校がないのだ。小学校中学校と続いてきた地域コミュニティがそこで断ち切られ、高校生以上の生徒は雲散霧消してしまうのである。そんな教育行政が果たして正しいのだろうか。
万引きが退学であると言われたとき、「私の家の子は絶対に万引きなどしない」と自信がある人だけが私立高校を受験すればいいのである。そして多くの親が「万引きなど誰でもやってる」と開き直る世の中が、闇バイトに手を染める若者を生み出したのだという現実に気付いて欲しい。
教育の崩壊が、今の日本を作ったのである。その教育を主導したのは他でもいない自民党や公明党なのである。組合組織率が10%にも満たないようになって、日教組などとっくの昔に力を失ってるのである。
←1位を目指しています。
前の日記 後の日記