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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■認知症でも運転できますという医師へ



 75歳以上の高齢者が運転免許の更新時や違反時に「認知症の恐れあり」と判定されれば医師の診断が必要となり、そこで「認知症である」と判定されれば免許が剥奪されるというルールがこの3月から始まった。ところがこの動きに対して医師の中に「認知症でも運転できている人はいる」と反論して、「即免許停止は乱暴」「危険運転との因果関係は証明できていない」という批判が当事者団体や学会から生まれている。

 しかし、実際に認知症ドライバーの暴走によって若い命が失われているのである。登校中の児童の列に突っ込んでなぎ倒すなどという重大事故を起こしておきながら、事故を起こした老人は「何が起きたか全く覚えていない」などと答えるのである。こんな理不尽なことがあるだろうか。危険運転の可能性がある認知症ドライバーの「他者に迷惑をかけながら運転する権利」と、突然命を奪われてしまった若者の「生きる権利」を比較した場合どちらが優先されるべきか。こんな自明の理屈を前にしてあくまで「高齢者の運転する権利」などという主張をする人たちは、高齢者の事故の責任を一緒にとってもらいたい。賠償金を代わりに払ってもらいたい。殺された若い命を元に戻してもらいたい。

 それができないのならば、くだらない感情論で「認知症の方にも運転する権利」などと主張しないことだ。運転というのはさまざまな場面でとっさの判断が要求されるのである。認知症になった人がそういう場合に正常な判断を下せる可能性はきわめて低い。追突を避けるためにわざわざ人間をなぎ倒すなどという判断を下すのが認知症特有の行動なのである。

 オレは自分が認知症の恐れがあると言うことになれば即座に運転をやめる。認知症にならなくても著しく衰えてもはや運転することが危険な状態になればやはり運転をやめるつもりである。絶対に人に迷惑を掛けたくないからである。

 今年四月、東京都内で80代の女性が駐車場で車を暴走させ、フェンスを突き破って4メートル下の駐在所に転落するという事故があった。幸い運転していた女性も軽傷で、他に巻き込まれた怪我人もなかった。なんとその女性はまもなく車を買って再び運転しているという。どうしてそんな事故を起こす人にまた運転させているのか。その事故で巻き込まれた人がたまたまいなかっただけで、もしもその場に人がいれば死亡していたかもしれないのである。どうして強制的にやめさせる制度を作らないのか。

 オレは認知症だけではなくて運転の下手くそなヤツ、性格が危険なヤツ、覚醒剤中毒のヤツなどもみんな免許を剥奪すべきだと思っている。事故を起こして人を死なせるような可能性は完全に排除しておいて欲しいのだ。てんかんなどの病気で運転中に意識を失う可能性がある人は必ず事故を防止するために運転前に薬を飲むことが義務づけられているのはなぜか。

 もっとも今は自動車の側が発達してきて、さまざまな事故防止システムが標準装備されるようになった。それは大変好ましいことだと思うのである。できれば60歳以上のドライバーはそうした安全装備を義務づけるとか、70歳以上の免許は限定免許にして、安全装備のないクルマは運転できないというふうにしてもらいたい。オレは今はホンダS660を運転しているが、次は衝突安全装置が標準装備されたダイハツのミライースでも買おうかなと思っている。きっと数年後にはさらに自動運転技術も進歩しているだろう。

 技術の進歩によって交通事故は防げるとオレは思っている。その一方で、故意に暴走するような馬鹿は地上から撲滅してもらいたいと切に願うのである。認知症者の権利を擁護する医師たちも、どうすれば悲惨な事故をなくせるのかという前向きな視点で議論してもらいたいのである。

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07月23日(日)
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