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あるこのつれづれ野球日記
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2004年10月31日(日)
秋の兵庫遠征シリーズ


 今日は、兵庫県内の高校で練習試合を観戦。ここのグラウンド、アナウンスあるし、外野からの視界が抜群でかなり好き。雨がドバッと降ってきたので途中で撤収したけれど。

 Wの第二試合を見た。試合開始までしばらく時間があった。そのとき、無人のグラウンドに3歳くらいの子どもがちょこまかちょこまか走ってきて、バッターボックスの近くで、漫画のようにパタンとこけた。緑のバックネットに赤いシャツを着た子ども。写真の被写体としては、もってこい。父がいたら、喜んでシャッターを押しただろうな。まもなく、子どもの兄さんらしき選手がきて、子どもを小脇に抱えてグラウンドを出た。

 試合では、あまり見れない選手や1年生が出ていて、それはそれで観戦のしがいがあった。中盤に、送りバントの打球を処理したサードの選手の動きが、すごく反射神経的ですばらしかった。良かったではなく、すばらしいという言葉が似合う。

 試合前相方が、「このピッチャー、いいなあ」と言うので、やっと褒めてくれるのかと思ったら、「相手のピッチャー」と言って、ブルペンで投げてる相手の投手を指さした。相手かいっ。この人、わざとじゃないんだろうけど、相手の選手を褒める確率がかなり高い。チェッと思っていたけど、確かにいいピッチャーだった。投げるとき、重心が低い位置にちゃんとのっていて、相方いわく威力のあるボールを投げる。私個人は、膝が地面につくんじゃないかってくらい低い体勢から投げるピッチャーの方が好きだ。なんか鍛えてるっていう感じがするし、絵になるように思う。三振をたくさん取っていた。また見たいピッチャーだなと思った。



2004年10月30日(土)
忘年会


 今日は、甲子園球場で近畿大会を見てから、市長邸で忘年会。

 甲子園に着いたとき、立命館宇治と南部の試合が行われていた。ネット裏で見ていたのだが、中盤、南部が1点を返したとき、ベンチ前でガッツポーズする選手たちの背中を見て、なんかいいなあと思った。観戦中、他地方の友人から、「近畿大会を甲子園でするなんて…」というメールがはいる。他の地方のチームは全国大会でしかいけない場所。そう言いたくなる気持ちもわからなくはないけど。今日、甲子園へ行ったのは、本の表紙画像を頼んでいる知人から画像をもらうためである。そのとき、野球日記を書いているyossyさんを紹介してもらった。またゆっくり話す機会があればいいなあと思った。

 夜は市長邸で忘年会。秋が終われば、今年も終わりである。市長の友達の男の子と計4人で鍋をつつく。ともきち、驚異的な勢いで酒が進んでいた。市長のともだちは、元高校球児。市長と私が高校野球ファン(それもちょっといっちゃってる系の)だと知って、「追っかけや熱心なファンの人って、野球についてどんな風に話していうのか、興味がある」と言っていたのが新鮮だった。「どんな風に会話するのですか?」と聞いてきたので、「並んで壁当てをしている感じ」と答えておいた。また、私は試合が雨で中止になるとガッカリする野球ファンだけど、彼も試合が雨で中止になるのはイヤだったと言った。「雨が降っていると、試合がなくなるからほっとする」という選手の話をマスコミ越しではあるけれど、何度か聞いている。ああそうなのかと思う反面、その距離感がちょっと残念だった。だから、理由がしりたかった。「雨になると、校舎内や体育館で延々トレーニングをしなければいけなかったんです。帰らせてくれないんですよ。試合よりキツいです」。なるほどね。あとは、ともきちの華麗なトークや心と体の話を延々と。



2004年10月29日(金)
昔、福商が好きだった。


 今も昔も好きなのは東山だけど、他にも「いいな」と思うチームはあるわけで。一番最初にそう思ったチームが、福商だった。福知山商業である。

 男子校で、素朴な応援。それだけでもイメージアップなのに、いつだか大会で受け付けをしていた福商部員が当時二十歳をすでに過ぎていたともきちに、「高校生ですか?」とお茶目に聞いてきたのだ。マジでそう思ったのか、からかってたのかはよくわからないけど、「福商の球児くん、かわいいやん♪」とともきちもベタ褒め。同じ年、北部の球場で東山の公式戦を観戦していた。相手ピッチャーは、東山の4番バッターを敬遠した。ともきちが思わず、「弱虫!」と叫んだ。静かな球場にその甲高い声が響いた。すると、近くで観戦していた福商の部員たちが「そうや、弱虫や」とささやいていたのである。心強い応援団だった。風邪で声が出ない自分が悔しかった。

 そんな彼らと3年後、甲子園をかけて争うなんて思ってもいなかった。負けたときは複雑な心境だった。嫌いな学校なら存分に文句が言えたし、対戦さえしていなければ、喜ぶことができるはずだった。なんという皮肉…。その翌年、福商は福知山成美と校名を変え、共学になった。私は福知山成美になじむことができなかった。いろんな思いを消化しきれていないのに、もう付いていけなくて、なんだか腹がたった。全くをもって自分勝手である。でも、HPを通じて市長や部員の親御さんと話しをすることができ、ようやくいろんな思いを消化することができた。今だったら東山と成美が対戦して成美が勝っても、市長に「おめでとう」が言えると思う。

 嫌いなもの、腹がたつものは、そう思われている人よりそう思っている人の方が苦しいのだ。私はそう思う。



2004年10月27日(水)
ビッキーズイベント


 ようやく、うめだ花月で生のお笑いを見てきました。ずっと「行きたい」「行かねば」と思っていたのだけど、なかなかきっかけがなくて。雑誌で見て、ライブの告知を見て、興味があって、ビッキーズというコンビから考えて、私くらいの年齢でもOKだろうと踏みました。実際会場へ行くと、予想通りのファン層で、ほっとしました。会場はちっちゃい映画館のような作りで、席の傾斜がややきつく、普通なら見にくいであろう端っこでも、きちんと舞台を見ることが出来たので、さすがやなあと思いました。ツンと花粉に臭いがした。私の座った席のすぐ後ろには、花束を持ったオバちゃんが3,4人いたのだ。ビッキーズって、こんなファン層も持ってるんやと思っていたけど、後になって2人のお母さんとその知り合いであることがわかりました。

 1時間で、漫才2本。コーナー1本。最初は恒例の飴配り。一人だったので、アピールが出来ずに、飴ゲットならず。通路をはさんで隣にいたメガネ美人の姉ちゃんの足下に落ちていたけど、彼女は飴におかまいなく、ひたすらメモを取っていた。これが有名なライブレポをする人なんや。漫才は、1本はビッキーズ本人が考えたもので、もう1本は作家さんが彼らのために書き下ろしたものだった。それはいつもはツッコミの木部さんがボケになっていて、たどたどしくボケる木部さんがまたよかった♪コンビニ店員の仕事の手順がネタだったかな?でも、今日一番笑えたのは、須知さんの風俗講座。コーナーの間、会場に来ているお母さんに目を合わさず、「お母さん、コントやで。」と何度も言ってた。中には引いてた女の子もいたようだけど、私にはまだ序の口で、「あ、知ってる。知ってる」と思う自分がちょっと怖かった。

 劇場デビューの私にとって、1時間という時間もお手軽で、かの有名なアンケートも書く、次回のイベントのチケットも買ってしまった。女一人って変かなと思っていたけど、すぐ前に並んでいたお姉系の女性も「大人1人」と言っていたので、OKということで。帰り、「こうやって、はまっていくなんなあ」とあきらめたように話す女の子たちがいた。とってもわかる心境やなあと思った。のめり込むって、うれしいとか楽しいという感情だけでは成り立たない。このままでいいのかな?という不安や焦りもついてくる。自覚するかしないかは別にして。




2004年10月26日(火)
日本一セールの裏側で


 今日は、西武系列のデパートの中に入っている店で棚卸し。昨日、西武が日本一を決めたため、店員さんはライオンズのハッピや帽子をかぶって準備中。プライスカードがああだこうだ。ボードがなんたら。雰囲気もあわただしい。「ごめんなさいねえ。ライオンズの優勝が決まって、昨日の今日だから、バタバタしてて」とは、店舗側担当者。打ち合わせを始めるまでのロスタイムが30分ほどあった気がする。リーダー曰く、「棚卸しの日に日本一セールが始まるなんて、とってもbadな感じ」。なんでこんな時期にすんだよと思ったのだけど、そもそも7戦目までもつれた上、台風やなんやで日程がズレていた。店サイドは、日本一セールにしろ、応援感謝セールにせよ、おちついた時期だと考えてこの日程にしたのだろうが、そうは問屋が卸さないのが野球、か。店内ではずっとライオンズの唄。こびりつく…。

  



2004年10月22日(金)
5L


 うちの職場には制服がある。ま、制服と言えるほどのものでもないただのシャツだけど。いわゆる制服貸与ってヤツで、やめるときには返さなくてはいけない。よくあるパターンだ。今私が着ているのは、L。Sから大きくてもLLくらいは、標準サイズだが、こないだ面接に来た人のサイズが「5L」。5Lて。去年まで女性ものの3Lを着ていた私でも、「これ服とちゃうなあ。布を貼り合わせてあるヤツやわ」と思ったのに、5Lなんて、生地そのものではなかろうか。会社はさっそく5Lの制服を発注。ところが、彼はその制服が出来るまでに辞めてしまった。どうなったんだろ、5Lの服。倉庫の片隅に眠っているのだろうか。そして、出番があるのだろうか。

 野球のユニフォーム。個人が買う学校がいいのだが、中には在学中の貸与という形式をとっているチームもあるだろう。どのサイズがいくらくらいあるのか、好奇心がそそらえる。こんなとき、どうするのだろう?たとえば。それこそサイズ5Lの新入生が入ってきて、実力がズバ抜けている。春の大会から出したい。でも、そんな大きなユニフォーム、ない。いや、あるかな?今は減ったけど、昔は結構ドカベン系の選手、いたもんな。

 そして、そんなユニフォームはいつまで使い回すんだろう。うち、上着も貸与なんだけど、渡された地点でボロボロだったから、今はえらいことになってる。首元も袖のもれているし(2回ほど縫い直したけど)、名札をつける場所の穴が大きくなってしまって、ときどき落ちる。大なり小なりみんなそんな感じだから、「難民みたいや」なんてひどいことを言われた人もいる。あんまりや。好きで着ているんやない。新品とまでは言わないが、もうちょっとマシな制服が欲しい。体が5Lになればいいのか?



2004年10月21日(木)
メガネ、メガネ、メガネ


 職場に忘れものをした。メガネ。命の次の次の次くらいに大事なメガネを忘れてしまった。仕事に行く際はたいがいメガネの私だけど、今日は仕事後に化粧品屋さんに寄る予定だったので、すっぴんにメガネはまずいと朝からコンタクトをはめていたのだ。仕事場はほこりっぽいので念のためにメガネも持ち込もうと、機材が入ったカゴの中に、メガネをそっとしのばせておいた。これが仇となった。
 
 12時過ぎに仕事が終わり、事務所で作業をちょこっとして、帰りにオムライス屋さんで昼ご飯を食べ、化粧品屋さんへ行き、コンビニで振り込みをすませ、なんやかんやして5時過ぎに帰宅。目もゴロゴロしてきたし、メガネでもかけようっと。カバンを中を探るも、すぐ気付く。しまった!機材の中に忘れてきた。ゾォ〜。

 あれこれ考えたあげく、明日早出の後輩に取ってきてもらうことにしたけど、なかったらどうしよう。今もコンタクトがカピカピで視界がやばい。阪神大震災のとき、真っ先にメガネを探したほどの人間がなんでこんなに無警戒だったんだろう。使い捨てコンタクトがあるからどうにかなるけど、やっぱり明日メガネと再会するまでは気持ちがもやもやのまんまだろうなあ。

 野球選手で大事なのって、やっぱり道具だ。スパイクや帽子を忘れただけで試合に出してもらえなかったなんていう話はよく聞く。私は、そんなシリアスさとは真逆にある忘れ物を目撃したことがある。練習試合だったんだけど、なんとバットを持たずに打席に入った選手がいたのだ!長嶋さんばりや。彼は控えピッチャー。後ろで観戦していたお父さんがポツリ。「ここんとこ、ずっと打席立ってへんもんなあ」。え、そんなものなの?



2004年10月20日(水)
コーヒー


 友人に駆けだしのスポーツライターがいる。今は精力的取材をこなす毎日で、充実しているようだが、そんな彼を悩ませているのがコーヒーである。取材などで個室に通されたときや、試合観戦中に選手の父兄から出される飲み物の大半がコーヒーなのだ。彼はコーヒーが飲めないのだ。飲むと、おなかの調子が悪くなるらしい。

 一杯のコーヒーは、コミュニケーションの始まり。取材が命のライターである彼が、断るわけにはいけない。現場で、コーヒーを目の当たりして、苦戦する彼の表情が目に浮かぶ。

 そんな彼に、「コーヒーは自然と出なくなるように、がんばってビッグになってください」と言うと、「ビッグになるより、自分が克服した方が断然早いでしょう」という答え返ってきた。

 彼は自分のことをスポーツライターとは言わない。彼の中でのスポーツライターの位置づけは、スポーツライターとして生活ができ、書きたいことが書けるようになること。そこまでたどりつくまでに、あと何回コーヒーと向かいあうことになりだろう。

 がんばり屋の彼だから、きっと克服できると思う。でも、出来ればコーヒーを克服ではなく、好きになってもらいたいと、コーヒーに癒されている私は思う。どこかに、おなかの痛くならないコーヒー、ないかなあ。



2004年10月17日(日)
浜商記念試合(更新完了)&第1回ウ・リーグ自主練in伊良湖岬(工事中)


 久しぶりに浜商(浜松商業)を見ようと思って、浜松市営球場へ行った。今日は、静岡高校を招待しての創部80周年記念試合。こういう系に弱いんですよねえ。相方カーで6時半に京都を出発。9時過ぎに到着するも、入り口には「許可車以外は駐車出来ません」の文字。見張りの人もばっちりいる。ガ〜ン。うろうろしたが、駐車場らしきものもない。地方試合で駐車場に苦しんだ記憶は過去にない。困り果てた相方が私に、「入り口に人に駐車場があるか訊いてきてや」と言った。私は車から降りて、入り口に向かった。そして、穏やかな顔をした4,50代の男性に声をかけた。

 「すみません。この近くに駐車場ないですか?」
 「ない」
 「いえ、有料でもいいんです」
 「だから、ない」
 う〜ん。頭痛い。すると、「何しにきたの」の声。助かった!
 「高校野球見にきたんです」
 「浜商の応援?」
 その人が来ていたグラウンドコートをちらりと見て、「はいっ」。そして、「神戸から来たの?」。前に停まっている相方の車に気付いたようだ。「はいっ」。すると、驚いたのかあきれたのかはしらないけど、許可証をいただいた。そんなつもりはなかったのだけど、非常に助かった。

 車を止めると、球場から年輩男性の声。「浜商は、ここ数年低迷しており…」。こんな場所で、こんなこと言われちゃうんだ。名門校って、辛いなあ。開会式が始まっているようだ。入り口には、地元女子高校生の移植手術のための募金活動をしている人が数人と、浜商の部員が球場に入る人にパンフレットを配っていた。表紙が和紙調で、触ると繊維の感触。毛筆体。中には両校の選手名が書いてあり、裏面には両校の校歌。公式戦ばりに凝ったパンフレットだった。

 試合は、9−5で静岡高校の勝利。浜商は最終回に3点を入れるも及ばず。失策「6」という予想もしない事態。後ろにいた3年生らしき部員が、「エラーの数=点差なんだよ。オレたちのときもそうだったし」と言ってたのが印象に残った。選手では、静岡高校の2番手ピッチャーが印象的。「一番威力のある球を投げよる」とは相方。フォームは、ほんのちょっとだけど、岡島くんの面影がある。とにかく、暑かった。夏がもどってきたみたいな。


 昼は、静岡県内唯一の天一、浜松船越店へ。値段はそんなに高くないが、ボリュームもなかった。でも、味はOK。相方はチャーハンにスプーンがついてたのが、カルチャーショックだったみたい。時間もたんまりあるので、のんびりドライブ。車は、伊良湖岬へ向かった。

 



2004年10月16日(土)
約2ヶ月遅れの誕生会


 ホンマ久しぶりにともきちと会った。まだやっていなかった私の誕生祝いのため、シャンパンを飲める店に連れて行ってくれた。ともきちとは、たいてい居酒屋なのに。ま、これも彼女の気分の問題で、「シャンパンで乾杯がしたいねん」とのこと。

 2フロアーにまたがっていて、私たちは2階の窓際のテーブルに案内された。なかなかいい雰囲気。ちょっとよそ行きの服を着てきてよかった。恋人と来るより、粋な女友達と2人がいい。そんな感じ。コースを頼んだ。食前酒はもちろんシャンパン。細長いグラスを持つとき、ちょっと手が震えた。店員さんは、注文したあと好き嫌いを聞いてきたり、来た料理を一品一品説明してくれた。私みたいに好き嫌いの多い人間には非常にありがたいし、気遣いという言葉がよく似合うサービスだなあと思った。

 ところが、話すことに俗っぽいこと、俗っぽいこと。恋のから騒ぎの話やお笑いの話が中心だったけど、話題は何故か官能小説へ。「そんなん。実戦の方がいいにきまってるわ」。ともきちの声。すべて埋まったテーブル6席、ムーディーな雰囲気を漂うその場がシーンと静まりかえってしまった。私もフォローすることを忘れた。でも、そんなともきちが好きだ。

 食事は、見た目より量が多かったからか、ゆっくり時間をかけて食べたからか、お腹ポンポンになった。支払いは、ともきちにお任せした。高校時代同じ教室で机を並べ、一緒にくらだないことばかりしてきた子が、今サラッとカード支払いをしている。ああ、大人になるってこんな感じなのか。私は未だに銀行の窓口でお金をおろしているというのに。

 腹ごなしにと三条大橋にスタバに寄ってから、京都駅まで歩いた。道すがら、占い屋さんに寄ったり、飲み屋の入り口にかかっている黒い看板に「ともきちを励ます会」と書いているのを見たいなあという話をした。何人くらい来るんやろ?京都駅でJRに乗ったときには、もう日付が変わっていた。プレゼントは、シャネルのグロスだった。
 



2004年10月15日(金)
旅行記と野球と私。


 時々、無償に引き出しの中をいじりたくなるときがある。今日がそんな感じで、長年開けていなかった最下段に着手。古いノートが3,4冊出てきた。何かと思ってパラパラめくってみると、昔書いた旅行記だった。へえ、こんなん書いてたんや。まるで他人のように思った。中高時代の修学旅行、高校のサマーカリキュラムで行ったアメリカ、大学時代に行ったアジア旅行。何を書いてるんだろと思うと、自分の文章ながらハマってしまった。当時の旅行はまだ野球を絡めていなかったにもかかわらず、野球の話がチラホラ出てきていたのにはびっくりした。やっぱり私や…。

 1つ目は、高校1年のときに行ったアメリカ。半月のなんちゃって語学留学。同級生20人ほどで、現地の夏休み中の学校の寮で寝泊まり。2人一部屋で、同居人はともきち。朝起きるたびに自分の見た夢の話をしてくれた。本人は寝ぼけすぎて記憶にないらしかったが。英語で日記を書くことが課題だった。朝に提出して、授業が終わったら、現地人の先生がコメントをつけて返してくれるというシステム。英語で書くことも大変な上、慣れてくると新鮮さもなくなる。ネタもなくなる。そんなとき、好きなことなら書けるんやないかと思って、その前年から見始めた高校野球のことを書いた。というか、当時好きだったピッチャーのことばっかりだったんだけど。その日記の返信が、「He is MACHO!」。MACHOって何だろ?辞書を引くと、【男らしい】と載っていた。そういえば、ともきち。行きしなの飛行機で、隣になった外国人男性と英語で野球の話をしていた。で、高校野球の三国親善大会のことを言いたかったのだけど、「韓国を英語でなんというかどうしても思い出せなくて…」と残念そうだった。

 2つ目は、高校2年のときに行った九州修学旅行。初日に行った柳川で、舟下りをしたが、そんな風情ある景色など頭になく、当時甲子園で活躍した柳川高校は見えるのか。そればかり考えていた。先導のおじさんい聞くと、「あれ」と言われたので、校舎らしき壁を写真におさめたことが日記に書いてあった。それで満足してしまっているこの頃の私は、若いなあと思った。余談だけど、当時は好きな高校のアクセス方法を調べて(たいてい雑誌に書いてある)、スケジュール帳に書き込んでいた。いつでも妄想できるように。

 3つ目は、大学時代に友人と2人で行ったアジア旅行。旅先で、甲南大学の野球部の子を出会ったり、元向陽高校野球部だという人とも出会った。一緒に観光したりもした。野球を絡めていないた旅で野球関係者と出会っていたなんて、当時の私はなんて恵まれているのだろう。でも、野球に興味のない友人の手前、つっこんだ話は出来なかったし、いざとなったら何を話していいかもよくわからないのが現実だった。そういや、元向陽高校球児が言っていた。「オレは運命なんて信じない。人生は自分で切り拓くもんや」。やっぱ運動やってる人って、熱いんやなあと思った。私は運命主義者なので、しばらく運命の是非について論議をかわした。結局、彼が「運命なんて信じない。自分で切り拓くと思っているのが、オレに運命なんかもな」と言ったので。話は終わったのだけど。

 野球が絡んでいるので、コンテンツに使えるかなあ。なんて思った。思考が過去に向かっているね、私。



2004年10月14日(木)
チーム“サルヂエ”


 今日の仕事のメンバー。チーム“サルヂエ”。このメンバーが集まると、必ず車の中では『サルヂエ』大会になる。『サルヂエ』はクイズ番組。テレビを見ている1人が出題者になって、残りの3人は答えを考えるのだ。朝7時、誰もが眠いはずの移動車の中で、今日も始まった。たとえばこんな感じ。

 Q1:木の上に立って見ているのは誰?
 Q2:ヤマカンだけで試験に合格して、安心している芸能人は誰?
 Q3:消防士さんに好きな惑星のアンケートをとりました。ナンバー1になった 星はどこでしょう?

 答えは、
 A1:親。
 A2:菅野美穂。→勘のみ(で合格して)、ほっ(とした)。
 A3:地球→消防の問い合わせ番号“119”→いちいちきゅう→1位地球
 言ってみれば駄洒落系。私も過去数回この大会に参加しているのだが、頭が固いのかてんでわからない。他の人は多少時間がかかっても、ヒントで答えがわかるのだが、私は答えを言われてやっと「ああそうなのか!」と納得する有様。クイズやゲームは苦手だ。それが、私。

 ところが、今日の2問目。
 Q:動物が選手である野球チームがあります。その中で1人(一匹?)だけバッターボックスに入っても、バットを振らない選手がいます。さて、その動物は何?

 バットを振らない→打たないの連想で、答えがひらめいた。所要時間3秒。動物が選手である野球チームが…」という言葉が耳に入ってきたとき、“野球っていうだけで答えがわかったりして”なんて心の中で思ったけど、実際その通りになるなんて。自分にびっくり。ベタベタコントみたいで笑えた。「わかった!」思わず声に出してしまった。ベタベタな駄洒落だし、私でもわかったのだから、他の人もすぐわかると思ったけど、案外苦戦。ヒントの出し方にも問題があったようだけど、先に書いた「バットを振らない→打たない」という連想が野球に関心のない人には難しいようだ。

 ちなみに、答えは「オラウータン」(オラ、打たん)。



2004年10月13日(水)
誤字と私


 くされ縁ですね。今日は、私の素敵な相棒・誤字の話。
 我ながらひどい、ホンマに。ボランティアの校正さんとか欲しい。多いのは、「の」と「も」の間違えを始めとする、助詞の誤字。たとえば、「て」「に」「を」「は」「や」とか。気をつけないととは思うものの、文章って勢いで書かないと進まないから、書き終わったあとに見るようにしている。そして、見落とす。学生時代もテストの見直しとか出来なかったもんなあ。自分では、OKサイン出てても、いざ答案が返ってきたら必ずあるチョッンボ。脳みそが散漫なんだろうな。

 そんな自分を開き直っていたら、誤字がドンドンひどくなってしまった。大きく分類すると、3つのタイプに分かれる。

,海鵑併笋任盡直しの地点で、比較的気付きやすい『アルファベット残り』
私ローマ字打ちをするのだが、「けさ」と打っているつもりは、「kさ」と出たり、「あいづち」が「あいsづち」となったりするのがそれ。慌てて打って、子音を打ちそこねたり、余分なキーを触ってしまったりすることが原因。

⊇臠峇岼磴ぁ「そんなものだ」→「そんなのもだ」とか、「〜だったからだ」→「だったらかだ」とか。助詞や助動詞などが続き、ひらがなが多いときは要注意だ。ようするに、ウジウジ回りくどい文章を書きなさんなっていうことか。

そして、漢字も間違うようになった。ほら、漢字って変換するじゃないですか。だから、前に変換したのが残ってて、それに気付かずそのまま…。滅多に使わない字なら気をつけてみるけど、よく使う字は油断してしまうなあ。最近では、「時間」を「字間」にしていた。字間なんてそんな頻繁に使うことないから、ついつい。一番ひどいのが、「故人」を「個人」って書いてたのかな。5分以内に指摘メールが来ました(笑)。

 以上のことをふまえた上で。
  椨→私、よく「更新」を「甲子園」と打ってしまいます。「E」が余分なんですね。どっちもよく使う言葉ですし、指先にまで野球がしみこんでいると言えば、かっこいいのですが、他の野球関係サイトの管理人さんはどうなんだろう。万人共通のミスなのかなあ?
 ◆椨→あと、恐ろしくて過去日記を読み返せないのですが、よく「土」を「膣」と打ってしまいます。あわてて、バックスペースキーで消すんだけど、そのままスルーしてしまっているものあるかもなあ。幸か不幸か今まで誰からも指摘されていないから、多分ないのだろうけど。


 そうそう、スポーツ新聞や雑誌って誤字が多いですね。時間が勝負だから仕方ないのかもしれないけど、高校野球では「ホー○ラン」がひどいと聞いたことがある。

 脱字や言葉の引用間違いは、また別の機会に(苦笑)。←やばい、今「機会」を「喜界」のままでアップしようとしてたよ(汗)。




2004年10月12日(火)
喫茶店2連発


 1日2回、喫茶店へ行った。朝の部は本のイラストを頼む友人と地元で、昼の部は日記の読者さんと梅田で。両方とも聞き応えのある話が聞けて、楽しい時間を過ごすことができた。

 友人は、「合わなかったら、ボツにしてもいいから」という条件で、イラストを描くことをOKしてくれた。色々話していると、彼女が不安に思っていたのは、彼女の専攻である油絵と本の挿絵では、同じ絵でも使う用具から書き方からいろんな事が違う点にあった。私は絵のことを何も知らないから、「絵やし」と深く考えていなかったが、携わっている人には、細かいことでも大きな違いなんだろう。イラスト交渉はものの10分ほどで終わって。あとの1時間は旅の話とかをした。私は知らなかったのだが、彼女も一人旅が好きで、色々行っているらしい。短い時間でつめこむタイプで、昼ご飯を食べる時間もないくらいハードなプランをたててしまうのだと言った。あとは、絵や文章に優劣はあるのかとか、他人と自分の作品を比べて落ち込んだりすることはあるのかというは話をした。大学を出たあとの彼女は油絵をすることはないようだが、たまに同級生から個展の案内が来ると、「みんな、やってんのかな?やらなあかんのかなあって思ってしまう」と話してくれた。

 昼に会っていた読者さんは、元球児のお母さんで、たまたま息子さんのことが書いてある私が日記を見て、メールをくださった。息子さんの高校時代のことや、今のことも聞いた。一生懸命練習していることで、故障したり、スランプに落ちたりするという話はなんか辛い。長い人生だから、そこから本人が何かを学んで次に生かすことが出来たとしても、やっぱり切ないなあと思う。そして、話は、「メンタル」的なことが中心になった。意識の話や気持ちの持ち方の話。一番印象に残っているのは、「ケガをしないようにね」とか「事故にあわないようにね」という気遣いの言葉が逆にそれを誘発してしまうという話。よかれと思って言う言葉がそうなるもの切ないが、否定あるいはマイナスの言葉を口にするのはあまりよくないという考えにはうなづけた。「結局は、気持ち一つなんよ」。話をしている間何度かそういう言葉を聞いた。そんなつもりはなかったのに、なんかカウンセリングをしてもらったような気分になった。元気になったし、やれる気がする。ま、明日のことはわからないけど。



2004年10月11日(月)
シリーズ「本が出来るまで」ぁー命燭肇ぅ薀好箸凌聞埔況


 10月一杯までにやらねばならないこと。写真とイラストの決定。写真は、知人がすでに第1陣を送ってきてくれた。「他にもあるので、遠慮なく言ってください」という言葉に甘えて、即「もう少し見せてください」。今は第二陣を待っている。多忙な方なので、次は何時になるかわからないが、一応準備は進んでいる。

 問題はイラスト。頼む相手である友人は、今どき珍しく携帯を持っていない。だから、自宅にかけなければならず、時間帯やなんやかんやでモジモジしていたら、締め切りまで半月ほどになってしまった。いい加減にしないと、迷惑をかける。昨日、ようやく覚悟を決め、電話をした。「本を出すねんけど、イラスト書いてもらえへんかなって思って」というと、「うそー!」とそれでなくても大きい彼女の声が受話器越しに耳に突き刺さった。「で、イラストっていうのは…」と具体的な話を進めようとしたが、彼女からの反応がない。言葉を失うってこんな感じなんだろうか。しばらくして彼女は、「よかったなあ。すごいなあ」と自分のことのように喜んでくれた。「自分、中学んときに、「小説家になりたい」って言ってたもんなあ」。よくそんなことをご記憶で…。大人になってから聞く子どもの頃の夢がこんなに照れくさいとは。でも、「文章を書く人になりたい」と何のコネも知識もないまま、誰にも見せずにノートに書き留めていた頃、友達に見せていた中学のころ、そして、ネットで日記を初めてからのことを考えると、時間はかかったけど、よくここまで来たなあと思う。

 そこまで喜んでくれたので、当然OKかと思いきや、「私に出来るかなあ」と声のトーンが落ちた。出来ない人には頼まないよ。「とりあえず、文章を見せて欲しい。何を描いたらいいかを教えて欲しい」と彼女。そうや、まだ内容も何も言っていなかった。そんなんでOKをもらえるわけがない。話しあった結果、12日午前中に資料を持って、交渉することになった。今日は、その資料づくりをしている。文章と参考にしてもらう画像を数枚。デジカメ画像を光沢紙で出力。野球にあまり関心にない人だから、風景画もいくつか入れておいた。時間がないので、画像を写生してもらっていいし、文章を読んでイメージを絵にしてもらってもいい。中学時代からのつきあいだから、性格がわかる。イヤなんじゃない。多分、自信がないんだと思う。とにかく彼女が絵を描きやすい環境を前面に打ち出して、プレゼンしようと思う。



2004年10月10日(日)
世の中は理不尽に出来ている。


 久しぶりに東山の練習試合を見ました。私がグラウンドに到着したときは、4回が終了。8−2でリード。ところが、ものの2,30分であっさり同点に追いつかれた。そのまま終盤を迎え、7回に1点、8回に2点を加えて、11−8にするも、9回表に2ランホームランを打たれ、11−10。なおもフルベース。結局は、勝ったのだけど、相変わらず試合展開が壊れてる…。

 保護者が大勢来られていたので、今後の練習試合の日程を教えてもらった。熱い会場がぎょうさんある。私的には、有名校と同じくらい、他府県の無名校のグラウンドにもときめく。無名校という言葉は失礼かもしれないが、他府県の学校って、地元でどんだけ強くても、甲子園に出ていないとわからないものだから仕方ない。全く知らない学校には、当然足を運ばない。でも、それが、練習試合ともなれば、グラウンドにいる時間も長いので、書くことも定まってくる。

 今日は、10月にしては熱く、太陽がまぶしかった。選手のかぶっているヘルメットの一端が、太陽に反射して光っていたのが印象的。あと、相手校の指導者がずっとツメをやすりみたいなので磨いていたのを見た。ピッチャーがツメを保護するために、マニキュアを塗ったりするとは口では聞いていたが、実際目にするのは初めて。この指導者がピッチャーの役割をするかどうかは不明だけど、もしかしたら、ピッチャー以外でもツメを大事にする必要があるのかもしれない。

 一方、相方は今日、八木の引退試合を見に甲子園に行っている。巨人戦ということもあり、当日券確保のため、徹夜で並んでいたが、すでに、職員の兄ちゃんが、「ライト指定席売り切れます」というプラカードを持って立っていたという。仕方なく、レフトに回ったが、列がはけたあと、ライトが余っていることが発覚。何やとぉ〜!ってな具合だ。チケットの買い換えを訴えるも、職員は逃げてしまう始末。何も知らずに遅くきたファンが、「ラッキ〜♪」といともあっさりライトのチケットを手に入れたことも考えられる。徹夜で並んだオレらは何やねん。西友で安売りの靴を買っているときに、電話で愚痴られた。世の中って、そんなもんよ。



2004年10月09日(土)
審判何人制?


 定年退職し、大学院の出た父は、ついにすることがなくなったのか、家でヒマをもてあましています。5,60代のおじさんの典型なのかもしれないけど、うんちくがうるさいんですよ。ま、自分の経験をふまえたことや、足を踏み入れたことのある世界のことをああやこうあ言うのは、いいのだけど、何も知らないことまで、ああだこうだと決めつけて話して、「そう思わへんか?」と同意を求められるのは、いくら親でも辛い。特に自分の好きなことに口を挟まれるのはたまらない。野球だってそうだ。

 ある日の会話。
 父、「○○高校、強いんか?」。私「う〜ん、普通ちゃう?こないだは緒戦負けやったで」。父、「そうやろな、あそこらへんは、団地が一杯できて、子どもが多いから、いいピッチャーも出てくやろ。強いはずや」。ジジイ、人の話、聞けや!この、団地or新興住宅地の出来た地域の公立高校は強くなる説、年に1回は聞いているような…。

 また、ある日の会話。
 9回裏、ツーアウトで負けてるチームの攻撃。父、「このバッター、打っとるん?」。私、「(下に出てる成績を見て)三打数ノットやって」。父、「そうか、でも、そんなバッターがぼっか〜んって打つんや。ピッチャーも油断するやろ」。空振り三振。ゲームセット。父、「やっぱ、打てへんもんは、打てへんのや」。
 
 また、ある日の会話。
 父、「最近、野球はどうなん?」。私、「さあ?」。父、「今はサッカーの時代や。誰も野球なんてやらへん」。結論出てるなら、人に訊くな。

 せやのに、最近はメジャーリーグの中継に夢中だ。人は寝てようが、ご飯食べてようが、トイレで唸ってようが、「イチロー、打ったで、あと8本や」、「まっついくん(父は、松井選手のことをこう呼ぶ)、敬遠や」、とイチイチ、人を呼ぶ。素直にテレビのある部屋まで行ったら、またうんちくがはじまる。「このピッチャーは、打たれるわ。フォームがなんたらかんたら」。

 それだけ、エラそうにモノを言うのなら、さぞ野球の知識が豊富なんだろうと思っていたら、今日、とんでもないことを聞かれた。「なあ、二塁にも審判おるの?」。はあ〜?。私が、「いるよ、当たり前やん。高校野球でも公式戦やったらいるのに」と言ったら、「嘘やん、初耳やわ」と、私を嘘つき呼ばわりした。そんなんも知らんと、最もらしく色々語ってたのね。腹立ち半分、笑えてきた。逆襲してやろうと、「ナイターになったら、ライトとレフトに線審もつくんやで」と付け加えた。すると、「そんなようけ審判おったらウジャウジャして、やりづらいやんけ」。意地でも、自分が「知らない」ことを認めたくないらしい。

 そういえば、前に相方が、「京都の高校野球って、審判3人やねんなあ」と聞いてきたことがある。んなバカなと思って、「練習試合やろ?」と聞いても首を振る。春の大会を見て、「勝ったら、甲子園?」などと聞くヤツだから、アテにはならないと思うけど、頑固として公式戦だと言う。相方の見ている公式戦の大半がどっかのグランドだから、きっとそれも1次戦だろう。でも、いくら1次戦でも、公式戦やで。審判3人制なんて、考えれらない。そんなことって、ホンマにあるんやろか。謎はまだ解けていない。



2004年10月08日(金)
神様、ツチノコってホンマにいるんですか。


 今日は、市内の北の方で仕事。途中で、北稜高校の前を通った。もっと町中にあるイメージだったが、のどかな山の麓の風景が広がっていた。校舎の裏にグラウンドがある。多くの学校にはグラウンドの周りに高い緑の網フェンスが張られていて、数カ所に電柱のような灰色の柱が立てられているのだが、ここは全部茶色だった。珍しい。後ろの木々に紛れて一瞬わからなかったのだが、何を意図して茶色に統一されているのだろう?やっぱ、景観かな?

 ここの周辺、岩倉や上賀茂、京産大界隈は、三条や四条とはひと味違った京都の雰囲気がある。自然を多く残しているのだが、田舎臭さがない。私、ここらには縁がない。今の仕事を始めてようやくちょくちょく来るようになったので、距離感以上に遠くに来たような気分になる。京都市民やのに、旅行者みたいな気分になる。きっと、ここらの人もうちの地元には縁がないと思う。京都市と思っていない人が7割、存在自体を知らない人が3割(笑)。

 どうでもいいけど、北稜高校は、チュートリアルの母校だと聞いたことがある。ホンマやろか。タイトルは、彼らのネタから頂戴しました。



2004年10月07日(木)
旅企画「もしも私が京都の人間じゃなかったら…」の巻


 どこに行こう、あそこに行こうなどとあちこちの旅のプランをたてるのが好きな私ですが、もし自分が京都の人間じゃなかったら、京都は旅の対象となる場所です。そこで、じゃあ、私は京都をどう旅するのか考えてみました。

 行くのは春かな?でも、18切符で行ける期間に公式戦は始まっていないし、始まっててもどっかのグラウンドだから、行けるかどうかは微妙。観光地、京都のガイドブック見たことないからよくわからないけど、月並みながら嵐山や宇治には行くかな?そうなると、訪問校は、北嵯峨&立命館宇治となる。そして、私が高校野球ファンになったきっかけである平安にも行くと思う。でも、場所がわからなくて、苦戦するかも。東山はどうだろう。南禅寺に行ったついでに寄って、「あれ?ないなあ?」で終わってしまうかもしれない。そして、案外洛星高校あたりを知っていて、行くかもしれない。北野天満宮の近くやしね。北部への熱い冒険(?)をしたいなら峰山かな?福知山成美も捨てがたいけど。ごはんは何を食べるかな?名物ってないから、そこらへんでうどん食べたり、コンビニでビールと牛丼買ってホテルで食べるんだろうな。日程に余裕があったら、滋賀で八幡商業&近江。



2004年10月06日(水)
化粧談義


 洗顔が好きになりました。「これ、いい!」と思うメーカーと出会えたんですね。ソフィーナのestシリーズです。ちょっと高いんですが。そもそもは、ともきちがくれたestのファンデーション&化粧下地サンプルがきっかけでした。しばらくは放置していたのですが、当時使っていたリキッドファンデーションがなんか臭くて、使う気になれなかったんです。そのとき、ともきちからもらったサンプルのことを思い出して、使ってみました。すると、ハマッてしまいました。化粧下地もさっぱりしてつけ心地もいいし、ファンデーションの色目も気に入りました。さっそく、地元の百貨店にあるソフィーナコーナーに駆け込み、購入。今まで買っていたものに比べて値段は倍。ギョッと思いましたが、安ければいいわけでもないしなあと自分に言い聞かせました。ポンポンと軽くたたく程度でほどよくついてくれるので、不器用な私にはうってつけかな?そのときにもらったのが、洗顔料や乳液のサンプル。これを九州旅行で使って、またハマッしまいました。容器がシンプルながら、おしゃれ。それ故に、もらったパンフレットを眺めて、次は何を買おうかな?と空想するようになってしまいました。「化粧なんか!」と思ってた自分が随分変わったものです。

 その勢いで、夏のある日、アイシャドウとマスカラを買いました。過去、2,3回チャレンジしているのですが、すべて挫折。あの三色が使いこなせない。パンダって言われたこともあるし…。それに、似合わない。なんか腫れぼったく見えるし、周りの人みたいにきれいに決まらない。私はアイシャドウがダメなタイプの顔立ちなんだろう。とあきらめていました。でも、今回のはペンシルとチップで塗るシンプルなもので、「いけるかも」って思いました。まだアイシャドウに未練があったんですね。何でもそうだけど、欲しいものを買うと、家に帰ってすぐに開けたくなるじゃないですか。そんなノリで、台所前に居間で、カバンをゴソゴソしていると姉がやってきました。

 「何?化粧品買ったん?」「うん、アイシャドウとマスカラ」。「見せて、見せて〜」。そして、化粧談義が始まりました。100均のアイシャドウは堅くてチップが折れたとか、基礎化粧品にはやっぱりお金をかけないといけないとか、また姉も私と同じアイシャドウを買いたいと思っていたことを知りました。そして、マスカラ。マスカラを買ったのは、マスカラなしアイシャドウをした自分の顔に納得いかなかったから。過去アイシャドウに挫折した原因って、ここにあるんじゃないかな?と今更ながら気付いたのです。コンタクトをしているから目に入ったらイヤだと敬遠していたし、眼中にもなかったアイテムだったのですが、担当の店員さんがわかりやすくつけかたを教えてくれたのも功を奏しました。

 姉が私の買ったマスカラをしげしげと見てこう言いました。「下まつげ用もあるんや。私なんて、マスカラし始めたのは4〜5年前やけど、下まつげのマスカラに目覚めたのは最近やで。春くらいかな?なんか、負けた気がする。いや、負けたっていうわけじゃないけど、でも、負けたっていうか…。」。姉の言いたいことはよくわかります。長年、化粧の「け」の字もなくポワ〜ンと生きていた妹かある日突然下まつげ用ブラシつきのマスカラを買ってくるのですから。私としては、初めて買ったマスカラがそういうものだから、それが当たり前だと思っていたので、深く考えてはいなかったのだけど、マスカラ歴数年の末にたどりついた境地に、初めてマスカラを買った妹があっさり辿り着いたんじゃ、何のための数年間だったんだろうってなもの。気まずくなりそうだったので、「でも、大事なんは、道具やないで。それをどう使いこなすかやろ」と姉に言った。ホントにそう思う。野球でも、そうだ。いい道具を持っているからって、うまいわけじゃない。野球を始めたばかりなのに、身の丈に合わないうまい人より値の張った道具を買ってうかれている人のようでなんか恥ずかしいなと思った。姉は、そんな私の気持ちを見透かしたかのように、「下手な人、初心者だからこそ、いい化粧品を使った方がいいんちゃうかな?使いやすいもん。でも、そういうものはやっぱり高いねんけど」と言った。

 「あんたら、何グダグダしゃべってんの。ご飯はよ食べてくれんと、夏やから、腐るで」。台所から母の声がした。



2004年10月05日(火)
四国独立リーグ開始につき、コース変更


 せっかくの休みなのに、朝から雨。家で未更新日記を書いていました。でも、長時間ずっとPCの前にいるのはしんどいので、ときどき休憩。そのときにしていたことが、時刻表を使った18きっぷ旅プラン。

 冬は四国に行こうと思っていたのですが、来春に四国独立リーグが始まるとのことで、せっかくそれを見に行くことにしました。そこでこの冬の行き先として浮上したのが、信州。グラウンドは見れないと思うのですが、豊橋から辰野間の駅がやたら多い飯田線に乗りたいなあと。今数えたら駅94個!1日一便の直通便でも6時間以上かかります。時間的には、下関から岡山まで行けます。ちなみにスキーはしません。というか、出来ません(汗)。

 何日くらい行こうかな?長野から新潟に出て、富山から飛騨高山に移動して、観光して帰る小回りコースなら4〜5日で行けそう。よくばって、飯山線、只見線で福島方面に抜けてしまったらやっぱり10日ほどかかるか。でも、豪雪地帯に行ったことないので、どれほど観光が出来るかもわからない。小回りコースにするか。仕事も繁忙期だし。



2004年10月04日(月)
砂をかける


 ある日、試合を見ていたら、前にいたおっちゃんがポツリとこう言った。「ほら、ああやって、砂をかけたりするやろ。オレ、あのチームのこういうところ、大っ嫌いや」。グラウンドを見ると、セカンドランナーの足下に、それとなく砂をかけている野手が。距離はちょっと遠いけど、確かにかけてる。スパイクについた土を払ったり、足場を固めるための仕草にしては不自然だ。ああ、こういうことするんだあ。そのチームのイメージがちょっと悪くなってしまった。

 で、そのことを相方に言った。「ランナーの足に砂をかけて。どう思う?ええ気分せえへんわ」。すると、「ちゃうわ。あれは、砂をかけてるんやない。ランナーに近くに(自分が)いるように見せかけるためにやっとるんや。」。あ、そうなの。

 相方の話は続いた。土をランナーに向かって蹴ることによって、距離感を狂わせるだけではなく、集中力を削ぐ効果も狙っているのだという。でも、当のランナーは全く気にしていなかった。そういうプレーは野球において当たり前のことなんだろう。それでも、怠ってはいけないもの。万が一がある。だから、コーチャーが大事になる。いくら野球選手でも背中に目はない。コーチャーの言葉を信じて、離塁帰塁する。いつだったか、練習試合で声の出ていなかったサードコーチャーが、「大きな声を出せ!」と監督に叱られていた。いくらいい判断が出来てても、相手に伝わらなかったら意味がない。

 この話をきかなかったら、そのチームに対して、悪いイメージを持ったままだった。そういや、昔、枯れてるあじさいを見て、自然破壊を熱く語った作文を書いたが、添削の先生からあじさいはそうい植物であって、人間の自然破壊とは関係ないことを教わった。仕方ないとはいえ、「知らない」ことを思い知るのは、ちっと恥ずかしい。



2004年10月03日(日)
口→12、B→13、鉢→?


 相方と大阪の天一へ行った。町中にあるその店は、近頃増えている女性狙いのおしゃれ系。それだけに綺麗で清潔。でも、落ち着かない。さてラーメン。最近はもう慣れてしまったけど、ネギ追加が有料。それも100円。東京ならいさしらず、“安くてよいもの”の大阪でやるん?それやったら、同じネギ有料でも、水にレモンの入ってる小粋な東京の方がよろしいわ。チャーハンやってないし、土地のせいか割高やし。それでもって、“町中はまずい”方程式にはまっている。「天一は何がしたいんや。どこに向かってるんや」by相方。
 
 相方の一番の不満は、メニュー。大体の店では、「並(こってり・あっさり)」もしくは「スタミナラーメン」なのだが、ここでは「中華そば」。でもって、「鉢一面焼き豚ラーメン」ときた。チャーシュー麺じゃあかんのか。イメージアップを狙ってるのか、とにかくメニュー名がまわりくどい。ここじゃないが、「昭和の屋台ラーメン」みたいな名前で2号(こってりとあっさりの間)を売っている店もある。「こんなんはずかしくてよう言わんわ」って相方は言ってた。確かに、長いメニュー名を言うのはなんか照れる。あれもそうだ。学校のグラウンドに行く際、タクシー乗ったり、人に場所を訊くとき。たとえば、「○○(都市名)商業高校どこですか?」「あ、商業高校ね」。小さな地方都市だと商業高校はそこしかないから、わざわざ○○を言う必要がない。そんなときと似ている。

 「鉢一面焼き豚ラーメン?金本一面って読み間違えるやんけ」。相方、ボケたのか素で言ったのかはわからない。確かにメニューが横書きで字間が広かったら読めなくもない?かな。金本が活躍した日にいかがでしょうかね?チャーシューに「6」って書いて、ぼったくるの。
 



2004年10月02日(土)
杉山応援ユニフォーム企画


 星野監督が就任し、チームが強くなって、そして優勝。その過程で、球場にいる観客のユニフォーム着用率が軒並み上がった気がする。昔ヤ○キーが着てたような蛍光色の長ハッピは減ったが、下のズボンやスカートまで虎系模様だったり、着ぐるみを着ていたり。体全体のうち応援コスチュームが占める面積の割合がどんどん増えていっている。基本は、選手と同様に背番号と名前なのだが、それ以外にも応援歌詩やトラッキーがついているのもある。こないだ見たのは、後ろに応援歌が書かれたスカートをはいてる姉ちゃん。見てたら、なんか変な気分になってしまった。そんな趣味、ないからね。「パンツにまで書いてあったらホンモンや」とは相方。

 そんなわけで、ちょっとやそっとじゃ目立つことが出来なくなった今日この頃。母校のサークルでは、杉山ユニフォームを作ろうという企画が出ている。杉山は、我が母校のOB。ユニフォームに背番号と名前、そして肩には大学のマーク。背中には校歌。マニアックさで目立とうという作戦か。発注代が高そうだなあ。でも、私もよせてもらおう。

 それやったら、日ハムの木元もいけるんちゃうか。あっちの方が活躍してんで。そういや、タンスの奥に昔の日ハムユニフォームが眠ってるはずや。前に日ハムのファンクラブに入ってたときももらったもの。それで思い出した。ファンクラブって殺生なもんやで。命である通信が、私の入った年から、郵送がなくなり、東京ドームに常備することになっていた。何のためのファンクラブやねん!腹が立って、別の日ハムファンのツレに話すと、「そう?球場に行けばいいじゃん」と何を怒っているのかわからないとキョトンとしていた。彼は、中央線沿線に住んでいる。そら、ドームまでいくのに万単位の金をかけないといけない人間の気持ちなんてわからんわな。仕方ない。もう口にするのはやめた。札幌に移った今はどうなっているのだろう?阪神のファンクラブも、相方が入ってるけど、私が見た限り、あまりメリットなさろう。おいしいのはもう少し弱くなってからかな?



2004年10月01日(金)
メガフォンの厨房


 今日は、『無鉄砲』というラーメン屋でお昼ご飯を食べた。会社の人の中で、「おいしい」と「受け付けない」派に分かれており、その真相を確かめようということになった(ようだ)。とんこつラーメンと塩ラーメンがメイン、外見はログハウス風。周りは田圃と家。こんな場所でもうかるんかいなと思ったけど、混んでいてしばらく待たされた。

 注文は食券で事前に決めておく。みんなメインである(らしい)とんこつを頼んだ。とんこつの中でも、こってり、普通、あっさりを選ぶことが出来たが、いつもの癖でついこってりを頼んでしまた。ほんまにこってりだった。スープがどろっとしていて、麺も脂ぎっている。天一のこってりに比べると、和の要素が強く思えた。おいしかったが、終盤で気分が悪くなってきた。やっぱり、ごはんを頼んでおくべきだったか。

 おもしろいなあと思ったのは、オーダーを通すときに、メガフォンを使うこと。黄色いメガフォンが、厨房の入り口にぶら下げてある。店の人が阪神ファンだったら、何げなくタイガースメガフォンがおいてあったりするが、ここのメガフォンは、昔のごくシンプルな形。エプロンや調理道具にように備品としても役割がある。厨房は狭いが、店が混んでいたし、調理中の音も色々ある。王将はマイクを使っているし、私の元バイト先では、厨房の人に「聞こえへんぞ!」と怒鳴られた。マイクじゃログハウスのムードを削ぐし、忙しいから怒鳴っているヒマもない。でも、メガフォンとはナイスだ。野球を始めとするスポーツ以外で、こんな風に使われているとは。店員か誰かが元高校球児で現役時代に使っていたとか、修行時代に師匠からもらったとか、何か意味合いのあるものかもしれないと思って、そっとメガフォンに近づいてみたが、ほんとに何の変哲もないメガフォンだった。

 真相は結局、「ほう、あの人は、これを“おいしい”とみなすのか」「もう思い残すことないわ」というだけで、みんな明言を避けていた。ちなみに、私はおいしかったと思ったけど、後で先に無鉄砲ラーメンを食べた人からメールがきた。塩ラーメンがおいしいらしい(苦笑)。