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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2004年11月30日(火)
あるこ心と秋の肌


 今使っている化粧水は、手に取って、肌になじませるタイプにものだ。長年、コットンで豪快にパンパン叩くケアをしていた私だから、最初は「めんどくさ〜」と思っていたけど、慣れたら液体で濡れていた手からすっかり水気が取れてしまう心地よさを覚え、今は化粧水を2回に分けてつけている。

 ところが、秋になってから調子が悪い日が幾度かある。普段なら少し時間をかければすっきりなじんでくれるのが、てんでダメ。化粧水が頬を上滑りしているだけで、いつまでも手のひらはベタベタ。また化粧水自体の手触りすら違うように思えた。オイルを塗っているような感覚。へ、こんな肌だったっけ?え、こんな液体だったっけ?
 
 これはどうしたものかと化粧品屋さんへ行った。肌チェックをしてもらうと確かに潤いのパーセンテージが前回に比べて落ちている。別にケアを怠った覚えはない。高い金払ってるのになんやねんと少し思った。で、「この頃化粧水がなじまないときがある」とうち明けた。販売のお姉さんが言った。「秋は乾燥の季節ですからね。肌に化粧水が入らないのはそのせいかもしれません。」。「これで、化粧水が肌に入っていきやすいようにしてあげてください」と別のエッセンスを勧められ、まんまと買ってしまった。

 なるほど。秋の肌、か。
 この頃、日記の更新が出来ていないのも、自分が見た野球、感じたことが肌にしみこんでいないからだろうか。秋だからなあ。

 



2004年11月29日(月)
オフィシャルとプライベート


 今日は、昼からメル友(?)でもある野球関係者と大阪で野球談義をした。取材ではなく、あくまで他の野球友達と同じスタンスでいろんな話を聞いた。技術的な話で印象に残っているのは、カットの仕方。それをわかっていれば、すごく簡単らしい。2時間でできるとか2分で出来るといわれて、「んなわけないやん。野球がそんなに簡単やったら苦労せんわ」と思ったけど、聞いて確かにそう思った。で、自分もやってみたけど、ダメだった。私、右と左がわからない。右はお箸を持つ方、左はお茶碗を持つ方。でも、持ってるのはバットやもん〜。

 でも、私はバカで。自分の悩みみたいなのを話してしまった。もったいない。その時間でもっとおもしろい話がきけるのに。人と会うたびに話してしまって、なんだか自分が情けない。今回は主にこのHPの方向性について。行き詰まってるなあと思う。きっぱり辞めるか、突き進むか。二つに一つ。今のままやってても、しんどいだけ。辞めたら楽になるだろうなと思う。でも、ここまでやってきたのに、結果が出ないのはもったいないなあとも思う。話の中で、彼は「「ここまで素振り続けたのに辞めたらもったいない」と選手が自然に思うようになったら、あとは続きますよ」と言っていた。私もちょっとその心境。自分でも何が言いたいのかわかっていない質問に、彼は丁寧に対応してくれた。当たり前なのだけど、私のHPにはプライベート感があって、でも私がしたいことをするにはもっとオフィシャル感を出すか、明確に区切って運営するのがいいと思う。話をまとめるとそんな感じだった。確かにそうかもしれない。でも、オフィシャル感を前に出したサイトにする勇気が私にはまだない。やっぱり、学校への取材依頼とかが怖くて出来ない。でも、彼からいろんな話を聞いて、自分の出来ることからしてみようかなという気にはなっている。

 昔に比べたら考えれないほど、スタートラインが近づいてきた。希望と元気が出てきたはずなんだけど、何故か帰りの電車でドンと落ち込んだ。原因不明。ヤだなあ、体が落ち込むことを覚えてしまっている。素振りを繰り返す選手のように、落ち込むのを繰り返してしまった結果だ。どうせならホームランが打てる体になりたいのになあ。



2004年11月28日(日)
独断と偏見の「心に残るゲーム5」


 23日をもって、今年の野球観戦は終了となりました。全部で87試合。思っていたより多かったです。内訳は、公式戦45,練習試合40,その他2。高校野球79(うち40が東山)、プロ野球が6,大学野球2。

 ざっと振り返って見ると、印象に残る試合の多くが練習試合でした。思えば、いろんな展開の試合を見せてもらいました。例年ここでは、公式戦の中で選んでいるので、今年も同様にしました。

 5,4/24 春季岐阜大会 長良2−3岐阜総合
 4,5/6  春季福井大会 敦賀気比2−3xー北陸(延長15回サヨナラ)
 3,9/12 秋季大会   東山10−15平安
 2,7/21 京都大会   東山3−2洛東
 1,8/14 夏の甲子園  京都外大西0−1x横浜(延長11回)




2004年11月27日(土)
父の子守


 今日は、ハンドボールの新人戦を見に、父と伏見の体育館へ行った。今日は、男女ともベスト4。勝ったら近畿大会へ行ける。負けたら、来年の6月まで試合はない。2階が競技場、3階が観客席。セパレートの椅子が両サイドに2,3列。野球場に比べると、席はダントツに少ない。観客席の前には、各校の横断幕。

 観戦経験のある父に付いていくと、すでに先輩OBが来ていた。父は私に「そこらへんで、適当に見とけや」と言ったあと、その先輩OBの隣に座って、なにやら
話していた。放置プレイかい…。そんな中、先輩OBがちらっと私を見たあと、「奥さん?」と父に聞いていた。父の反応がない。おい、否定しろ。娘や、ワシは。あとで、その先輩OBと話をさせてもらったけど、結局最後まで、私を奥さんやと思ったまんまだった。時間が経つにつれて、OB仲間たちがどんどんやってきた。年代も父と大体同世代。体育館の中で明らかに異空間を作っていたが、本人たちは至った楽しそうだった。

 競技場では、ちょうど第二試合は始まるところだった。向陽と東稜。女子のスポーツを生観戦するのは初めてだった。高い声がよく響き、髪の毛がつやつやしててきれいななあと思った。試合は、東稜が12−8で勝った。次の試合が始まった間もなく、試合を終えた東稜の選手たちがスタンドに戻ってきた。私たちが観戦していたすぐ隣を陣取っていた。後かたづけをする選手たちに、先輩OBが声をかける。「東稜、強いねえ〜」。すると、2,3人の女の子が声に反応して、振り返り、「ありがとうございますっ」。あふれんばかりの笑顔だった。歯もきれいななあと思った。「次はどことや?」という先輩OBの声に、「洛北(全国制覇数回の強豪)です」と答える女の子。「洛北、いわしたらなあかんで。勝てそうか?」先輩OBがそういうも、女の子はただ笑うだけ。おかしいのと、困っているのが混じっているように思えた。「なんや、自信持たなあかんで。「勝ちます」って堂々と言わな」。それでも、女の子は笑うだけだった。

 OBおじさんたちお目当ての第三試合が始まった。それまで、試合を見てボソボソ話していたのが、急に威勢よくなった。メガフォンで叫ぶ人もいたりで、私が思った以上に熱い応援だった。北嵯峨高校との一戦。先輩OBは、「厳しいと思います」と言っていたが、その通りの試合展開だった。前半は、なんとか追いすがっていたけど、それでもリードすることはなかった。後半は、ドンドン点差をつけられ、ボールを取りこぼすなどの前半では考えられなかったミスも出た。結局、15−25という大差で負けてしまい。みんなしょんぼり。「残念やなあ」「残念なやあ」と口にしながら、ほとんどの人が会場を後にした。

 準決勝、最後の1試合も見て帰った。負けた相手が明日の3位決定戦の対戦相手になる。向陽と洛北。第二試合開始前に、スタンドでコートの絵が描かれた紙を持ってた男性がいたので、「それは何ですか?」と聞いたのだけど、その男性が洛北のベンチにいた。おったまびっくりした。監督さんだった。野球でいうと、初めて公式戦を見に行って、ネット裏で試合を見ていた平安の原田監督にヘラヘラ声を掛けてしまったような感覚だ。実質の決勝戦とも言われる好カードで、素人の私が見ても、「違う」と思った。攻守の入れ替わりやバスなどがスピーディーだった。選手も大きな子が多かった。個々の能力が洛北が上かなと思ったし、実際前半はわりと点差をつけていたけど、後半は向陽が逆転した。最後の2分まで1点差で、応援団も多く盛り上がり、手に汗握る一戦となった。

 ハンドボールは思ったより、迫力のあるスポーツだと思った。高い角度からボールを投げ下ろすシュートや、相手にブロックされ勢いあまってこけてしまったり。また、強いチームはうまいキーパーを持っているという印象も受けた。かなり近い距離からシュートを打つので、たいていはゴールになる。そのためか、シュートを止めた瞬間、高らかにガッツポーズをするキーパーもいた。また、おもしろいパスもあった。自分の足と足の間を転がしたり、何食わぬ顔して後ろに投げたり、スカイプレイーというボールを投げたときに、別の場所にいる味方がその方向へ移動してキャッチするプレー(しかも、今回はダブルで)もあった。すでに試合を終えた選手も見ていたが、その度に湧いていた。

 帰り、「ハンドボールって思ったより、面白いなあ」と言うと、父は「そうか?別におもんないやん」。ったく、もう。



2004年11月26日(金)
新コンテンツ、スタート


 閑散期につき、今日から五連休のあるこです。
 すがすがしく第一日目を迎えるべく、PCを開くと、HP用のファイルが消ちゃっていました…。う〜ん、どうしたものか。今日は、服を着替えることすらせず、一日HP修復作業をしていました。

 最初は、「ああ、うざい」と思っていたものの、時間が経つと、コピー→ペーストという単純作業に快楽すら感じ、変にテンションが高くなりました。これを機に、リニューアルしちまえと思い、前から温めていた新コンテンツを作ってみました。目次にある「入場券」がそれです。試合を見るために、お金を払ったことを証明する紙。ただそれだけなのに、各地でいろんなことが違います。単純に、料金や大きさ、色。細かいとことでは、書いている項目。入場券の払い戻しやケガに関する責任の有無などを細かく書いているところもあれば、全く何も書いていないところもあります。また、入場券の種類ですが、「大人」と「一般」を書かれ方が二つに分かれています。どっちにせよ、対象とする人は同じなのでしょうけど、19歳の学生や社会人はどうなるんだろう?20歳の高校生はどうなるんだろう?また、「中高生」という種類がある以上、17歳の社会人や専門学校生はどうなるんでしょう?ページを作っているとそんな疑問が次々と湧いてきました。

 目指すところは、49都道府県制覇です。ここにない都道府県のチケットを持っていらっしゃる方、是非連絡をください。できれば、自分の足で49都道府県の高校野球をのぞいてみたいのですが、いつになるやらわかりません。そして、人は一人では生きていけないことは、百も承知です。特に、いつも送料&代金負担で大会プログラムを送らせてもらっている(こちらが勝手にやってんだけど)Mさん、よろしくです(笑)。



2004年11月25日(木)


 うちの職場は、喫煙者率が高い。その日も、メンバーでは私以外の3人が喫煙者。会話が繰り広げられる。「水道にフィルターが詰まって、困ってるんやってな」「みたいやね」「でも、溝があったら、つい捨ててしまうもんな」「そうですよね。穴があったら、入れたくなりますもんね」。おい、こら。朝っぱらから何を言う。

 そんな発言をした新人くんだけど、昼ご飯を食べているときに、ふと見た腕の太いこと太いこと。「何かスポーツやってたん?」と聞いたら、「剣道」という答えが返ってきた。剣道をやってた人とリアルに対面するのは初めてだ。腕の太さを見たときは、ラグビーか何かだと思った。剣道って、そんなに筋肉筋肉したイメージがなかったのだ。

 話によると、彼は16年間剣道をやっていた。全国大会にも出たことあるようだ。「剣道の選手が傷める場所ってどこ?」と聞くと、「みんながみんなじゃないけど、僕は手首でしたね」と言って、太い手首をなぜた。「やっぱり、小手とかやられるから」?と言うと、「それより、竹刀を振るでしょ。それで」。へえ、そうなんや。何とも思わず見てるけど、野球で言うとピッチャーの投球と同じようなもんやもんなあ。

 「僕もね、手首がダメになりました。辞めたときに、初めて竹刀が握れなくなっていることに気付きました。やってるときは、痛みとは全然感じないんですね」。深い言葉だなあと思った。




2004年11月24日(水)
三十路、カモンッ!


 来年の今頃は、もう30になってる。冗談みたいな話だ。子どもの頃思い描いていた30歳は、もっと大人で落ち着いていた。なんだ、こんなものなのか。げんなり。そういや昔、「25歳いい女計画」を立てていた。25歳にはいい女になってようと思ったのだ。ところが、現実は25で会社を辞め、ネットにのめり込んで昼と夜がひっくかえる引きこもり生活で、今でも人生の中で1,2位を争うほど進歩のなかった年だったと思う。「来年こそは、来年こそは」と思いながら、今ヘラヘラと29歳をやっている。多分、30もこんな感じで迎えるのだろう。

 年齢と中身のギャップには今でも不安は感じる。でも、幸運なことに私は、野球を通じて素敵な30代女性を出会っている。彼女たちは、私よりも感性が若くて、素直だ。大人になるというのは、飾ることではなく、飾りを取っていくことなんだと教えてもらったように思う。そんな女友達の一人とある日大阪で飲んでいた。その帰り、若い男の子がカラオケの呼び込みをしていた。普段なら相手にせずにすっと通り過ぎるのだが、彼女は「自分、高橋由伸に似ているなあ。タイプやわあ。1時間いくら?」と私の意志なんてまるでおかまいなく、さっさと決めてしまった。こういうノリの人はドラマの中だけの話だと思っていたので、カルチャーショックを受けた。でも、本来なら俗っぽくて下品に感じることなのに、何故か「これもアリなんや」と思った。なんかかっこよかったのだ。自分の欲求に素直というか、ノリがいいというか。二十歳やそこらではてんでサマにならないはず。その影響か、最近若い男の子に軽く話してしまう傾向がある。去年は売店の子に声を掛けたし、こないだの忘年会でも市長の友達(24歳)に、「やっぱ、若い男の子がついでくれた酒はおいしいわ」と言い、ともきちと市長に思いっきりひかれた。でも、そんな自分もアリかなと思っている。

 かつてたてた「25歳いい女計画」は失敗したけど、それにめげずに今度は「30歳解禁計画」を立てた。30やねんから、もう選手と話してもいいかなと思うのだ。今は20代の子で練習して、来年には10代の男の子とも気負いなく話せるようになれればなと思う。試合を見ていて、「あのピッチャーは誰?」と通りすがりの部員にさりげなく訊ける。そんな30歳でありたいと思う。でも、東山だけは無理だろうなあ。



2004年11月22日(月)
「おめでとう」を言いたい心境


 ここでボロっかすに書いてる市長だけど、「すごいなあ」と思うことはある。アレは、2年前の夏、東山と市長の応援校が対戦した。下馬評では、市長の応援校がダントツで有利。個々の選手能力もスケールがある。正直、負けても仕方ないかなあと思った。

 でも、蓋を開けたら勝ったのは東山だった。きわどい判定や、5回終了後に整備をしないグラウンド状況など、市長の応援校にとっては正直すっきりしない負け方だったと思う。私だったら、いつまでも愚痴ってる。

 試合終了後、すぐだった。電話がかかってきた。テレビを見てたおかんかな?画面を見ると、市長だった。どうしようと思ったけど、出るしかない。その第一声っが、「おめでとうございます」だった。びっくりした。滑らかな口調には、取り繕いを感じなかった。ひねくれものの私でも、すんなりと受け入れることができた。でも、戸惑った。立場が逆のようにおろおろした応対をしてしまった。

 なんでそんなことが出来るのだろう。自分の応援しているチームが有利だったし、多分負けるとは思っていなかったはずだ。出来た人や。すげえと思った。

 そして、翌年、私がその立場になった。私には、外大西ファン知人がいる。その年は、準々決勝で外大西に負けた。試合が終わったあと、何故か私は球場の外にいるその人の姿を探した。そして、「おめでとうございます」。彼女はびっくりしていたけど、「ありがとう。甲子園行くね」と言ってくれた。負けたことは残念だけど、それは相手が勝ったことがイヤだとはイコールではない。わかりづらいけど。そして、気持ちが楽になった。もしかしたら偽善なのかもしれないけど、私はこれで楽になった。



2004年11月21日(日)
秋のグラウンド、キャッチボール


 こういうHPをしているので、読者さんや友人に「あそこのグラウンドはいいよ。行ってみて」と言われるようになった。ありがたいことである。そんな感じで今日もグラウンドへ。

 オススメなだけにさすがにいいグラウンド。ネット裏のスタンドに腰掛けて練習試合観戦。背もたれはないけど、すごく座り心地がよかった。足を置く場所があって、姿勢が安定しているからかもしれない。近くにいた保護者の方が、「これはね、2年前の保護者が“自分たちが見やすいように”と作ったんですよ」と教えてくれた。自分たちが見やすいように、それは私たちにも見やすいということだ。

 第一試合は、2−0でホームチームが勝った。4回までノーヒット。異なるタイプのピッチャーの投げ合い。スコアをつけていたのだけど、なかなかつけがいのある試合だった。第二試合はスコアをつけないで、ゆる〜りと見ていた。経験の浅い選手が多かったのが、落球をよくみかけた。別にエラーは嫌いじゃない。終盤、風が吹くと、木の葉が舞った。紅や黄色、秋色がグラウンドにちらほら。試合はおかまいなく進んだ。

 試合が終わったあと、ベンチの後ろのごくせまいスペースで、相手チームの監督がキャッチャーに送球の指導をしていた。でも、最初それを見たとき、指導だとは思わなかった。試合後のクーリングダウンのキャッチボールで、人数が足りないから監督がつきあっているんだと思った。それも、監督の顔を知っていたからにすぎず、知らなかったらコーチだと思っていただろう。それは、いい意味で。キャッチャーの指を見た。ボールを投げるときってこんなにややこしい形で投げてるんだ。なんか、昔習っていたダンスで、手先を揃えるときの格好に似ている。キャッチャーは、手応えを感じたときは顔がはっと晴れやかになり、そうでないときは渋い顔をして首をひねった。でも、段々形になっていた。ボールはいつも監督の胸元へ。いいなあ、キャッチボールがしたいなあと思った。



2004年11月20日(土)
スコアボードの中へ


 今シーズン最後の練習試合を見るべく、相方カーで峰山球場へ突撃するも、球場には誰もいない…。面識のある保護者の方に連絡すると、「中止やって。ごめんね…」とのこと。ちーん。やるせなさを睡眠で紛らわせたあと、峰山球場のスコアボードの中に入って、3番バッターの守備位置から顔を出して遊んだ。選手名の部分が2階、得点の部分が3階だった。プレートのは思ったより大きかった。2階には洗い場のようなものがあった。何をするのだろう。プレートの文字を消すときに使うのだろうか。立っていると、思ったより高くて怖かった。

 



2004年11月18日(木)
色えんぴつ


 今、ハマッているのが、過去に書いたスコアの清書。数年前までやっていたのを再び復活させた。試合を振り返る楽しみもあるけど、単純に書き写す作業が楽しい。安らぐ。私は、ストライクボールやアウトの数などの基本は黒で書き、ヒットは赤、三振は青。盗塁を緑にしているときもある。そして、線や棒や数字。それらが不規則に並んでいるのが、なんだか素敵。絵が描けない私のこれがスケッチブック。

 以前やっていたときは、細いインクペンを使っていた。色鮮やかだし、書き心地が柔らかく、華やかな気分になれるので、当時仕事でよく使っていたのだ。ボールペンは細くて、スケッチブックにしては説得力がない。マジックは太いし、にじむ。ところが、難がある。インクが出ないときが頻発なのだ。インクがなくなりかけてきたのならともなく、普通にインクがあるのに、ある日突然出なくなるのだ。イライラして、筆圧をきつくすると、紙を傷つけてしまう。保存用なので綺麗な状態にしておきたいので、これではダメだ。当時は。それでも知恵を絞って使っていたのだが、今回スコア清書を復活させるにおいて、インク不信が真っ先に浮かんだ。それでも、早く書きたいからと一度はペンを取りだしたが、のっけから出なかった。チェンジ決定。

 じゃあ、何を使おうと考えたとき、ふと脳裏に色鉛筆が浮かんだ。細さも調整出来るし、にじまない。そして、何よりスケッチブックやもん。即、「おかあさん、色えんぴつあらへん?」。探し物のプロである母はモノの数分で「はい」と古くなったペン立てから、埃のかぶったいろえんぴつを出してきた。また都合がいいことに、鉛筆削りも入っている。テンションが上がった。今日は、1試合分を書いてみた。ペンとはまた違う味があった。なんかノスタルジーを誘うなあと思った。



2004年11月17日(水)
○○、元気で留守がいい。


 この頃父が、「西高のグラウンドはどこや?」「すばる高校はどうやって行くんや?」だの聞いてくる。確か去年、須知高校のグラウンドに行って、かなり気に入っていたけど、おとんもついに目覚めてしまったか。でも、もちろんそうではなく、目覚めたのは、ハンドボールの観戦だ。父は高校時代ハンドボールをやっていた。その母校が48年ぶりに全国大会出場を決め、それを機に現チームの試合を見に行くようになった。会場には、同じようなOBが集まっていて、ワイワイ観戦しているらしい。

 父がハンドボールをやっていたことも、ぼんやりとしか聞いていないし、現役時代の話やハンドボールの話なんてほとんど聞いたことがなかった。私も興味はなかったし。でも、全国大会出場をきっかけに、せきをきったかのように話し始めている。会社も学校も終わり、一時は魂が抜けたように毎日家でゴロゴロしていたのが、この頃勢いを取り戻してきているように思う。高校野球もそうだけど、チームが強くなって大きな大会に出ることは、人に大きな影響を与える。そのことを、私は身内に人間を見て、わかった。

 ずっと外に出ていた父親が、定年で家にいるようになって、何かとやりづらくなっているの家庭は多いと思う。別に父が嫌いなわけではないけど、長年守られていた生活サイクルが大きく狂うから、特に母は大変だろう思う。外に出て気分転換でもしてもらうと、こちらも楽。そういう意味で、“ありがとう、ハンドボール”って感じだ。

 そう考えると、球場やグラウンドにいるおじちゃんたちを送り出して、ほっとしている家族がいるんだろうな。その分、観客である私たちがうっかりしてたら、不愉快な思いをしてしまったりするのだけど(笑)。



2004年11月16日(火)
関係ない話 その11 「鼻かみの市民権」


 仕事が休みだったので、一日ぼっさーとしていた。夜、「ビューティーコロシアム」という番組を見た。容姿にコンプレックスのある女性が、整形やメイクを経て、綺麗に生まれ変わるというもの。依頼者は、容姿故に受けてきた屈辱の出来事を告白する。子どものころにあらぬあだ名をつけられたり、「ブス」とか「デブ」って言われたり、側を通ると「腐る〜」とか言って避けられたり、からかわれたり。それがトラウマになって、みな表情も暗い。テレビ用にちょっとは話が大きくなっているのかもしれないけどそれでも、「なんでそんなこと言わなあかんのや」「人間として最低や」と母と熱く語り合った。私は深刻に整形を考えなければいけないほどではなかったが、彼女らと似た経験をしている。だから余計に力が入ってしまう。人の顔が不細工だからって、あんたらになんか迷惑かけたかっちゅーねんっ!関係ない話やん。いつか天罰が下ればいいと思うのだけど、そうもいかないのは世の中。

 私は、小学校の頃から鼻炎でよく鼻をかんでいた。うるさくないようにと、音をたてず、人の目を気にしい気にしいやっていたのだけど、それを見ていたクラスに男子が、「あいつ、鼻かんどる。きったな〜」と言っていた。塾の先生にも、「あまり鼻をかんでるとアホになるぞ」と言われたことがある(ビューティーコロシアムの鼻炎版があれば、マジメに出たい)。当時は大きなからだを小さくしていたが、今にして思えば、鼻をかむよりかまないで垂れ流しておく方が汚い。1980年代は、まだ花粉症がそれほどメジャーではなく、鼻をかむ人なんて教室にはいなかった。いてもそれは風邪をひいている人で(風邪の際の鼻かみは、「風邪だから」という理由で、許される)、私のように日常的ではなかった。極端に言えば、教室で排泄行為をしているかのような扱いだった。それを思えば、今は随分鼻をかむことが市民権を得ている。花粉症のおかげか。私は生まれる時代が少し早かったようだ。

 そんなわけで、私は小学校が嫌いで一生同窓会にも行かない気でいるけど、3月4月の辺りの花粉絶好調の時期にあるなら、一度のぞいてみたい。当時、私のことを「きったな〜」と言ったヤツらが花粉症で鼻をズルズルいわせていたら痛快。「こいつ、鼻かんどる。きったな〜」とこれみよがしに言ってやる。私、根に持つタイプやからね(笑)。



2004年11月14日(日)
記録員の声


 今日は、山科グラウンドで練習試合観戦。いつも、「壊れてる試合」だの「長いのが当たり前」だの言っていたけど、今日は普通のスコアであっさり終わって、しかも勝った。いやはや、すまない。

 山科グラウンドにいい点は、主審が相手の記録員に交代したメンバーの名前を言う声がわりとはっきりと聞こえること。スタメンも同じ要領でしてもらえれれば最高なんだけど。…それはともかく。今日の相手校の記録員が、交代のたんびに、「はいっ、ありがとうございますっ!」とはきはきと明瞭な声で返事をしていて、くさい言葉だけど心が洗われた。練習試合なんて、それでなくてもメンバーの交代が激しくて、段々こんがらがってくる。前に試合をした相手校の指導者は、こちらがあまりに激しいメンバー交代をするもんだから、そのたびに交代を告げにくる主審に、「練習試合ですし、もういいですよ」と白旗を揚げていたっけ。主審は、おかまいなしだったけど。




2004年11月09日(火)
自分を置いておく作業


 私みたいに自分の中で堂々巡りをしているような人は、一旦自分を置いてみる必要があるのかもしれない。漠然とした気持ちに最近ようやくはっきりとした結論が出た。それは、日常生活にあると思う。歯磨きとか洗顔とか入浴とか掃除とか食事とか運動とか。洗顔が好きになってから、それがすごく新鮮というか、魅力のあることだと思うようになった。年を取ったのかな?でも、長年私はそういうことを軽視して、やれいい文章を書こうとか、旅に出ようとか言っていた。もちろんそれ自体が悪いわけではないけど、さほど成果があがってないところを見ると、日常をかみしめることが突破口になるのかなあと思う。まだ少しずつだけど、かみしめるようにしている。そうすると、なんだか落ち着くのだ。仏壇の前で手を合わせると落ち着く。そんな感じと似ている。こないだ読んだ本に、「自分の気持ちやエゴを簡単に変えることはできないけど、体をいい状態にすることはできる」を書いてあった。なんか目からうろこだった。私はずっと、自分の心のありようばかり考えて、悩みを解決しようとしていたからだ。今、スポーツ界でも人間が持つ身体性を見直す傾向にあるが、それはスポーツをしていない一般人の私にも当てはまるようだ。その体をいい状態にするのが、日常動作だと思う。

 野球観戦における自分をおいておく作業が、スコアをつけることだと思う。こないだ久しぶりにつけていたら、なんだか落ち着く自分がいた。一人観戦でも寂しくないし。だから、来季からスコア付けを本格的に復活させようと思った。できれば、スコアボードに名前や得点、カウントが表示される球場での公式戦が望ましいけど、人に見せるわけではないから、神経質に正確さを追求さえしなければ、大体どこでも出来る。一冊のスコアブックにいろんな試合がランダムに記録されている。それをペラペラめくるときの自分を想像するとなんだかワクワクする。早く来シーズン来ないなあ。来年はたっくさん試合を見よう。観戦史上初の100試合とか達成する勢いで。でも、ランダムや不規則がいいなと思うのなら、別に来シーズンからでなくてもいいんじゃないか?思い立ったら吉日で、次の試合からでも。でもって、その方がよりランダムで不規則だ。

 というわけで、今日、スコアブックを買ってきた。近くのスポーツ用品店で、店員さんにあれこれ商品の説明をしてもらった。そのとき、「年に何回くらい試合をされるんですか?」と聞かれた。試合をする?違和感抜群。そうなんだ。どうやら店員さんは、私を少年野球の保護者か草野球チームのマネージャーだと思っているようだ。そっか、そっか。スポーツ用品店って、スポーツをやる人がくる場所なんだ。「いえ、野球観戦用です」とも言えず、結局一番高い2,500円のバインダー式を購入。給料前やのに、バカだなあ。



2004年11月08日(月)
アズマヤマ


 相手校のグラウンドで練習試合をしていると、他クラブの部員や一般生徒が通りかかって、「試合やってるわあ」ってな具合で、歩く足を止めない程度に興味を寄せる。出てくる言葉は、たいていが「相手どこ?」だ。こないだもそんな感じで、バスケット部の女の子が2,3人で歩いていた。グラウンドにある部室から、体育館への移動の途中だったんだろう。

 「あれ、なんて読むんやろ」
 「アズマヤマ?」
 「ヒガシヤマやったら、京都って感じがするけど」
 「桃山(高校)やったら知ってるわ」
 「北山文化とかあったなあ。足利義満やったっけ?」

 冗談かと思った。
 ヒガシヤマを読み間違える人に初めて出会った。横で相方が、「ま、そんなもんです」。そういや、少し前、別の相手校のグラウンドで練習試合をしていたとき、フェンス越しののぞいていた近所のおじさんが、「なんや、トウヤマ高校か」って言ってた。確かに、ユニフォームの字、達筆ですけどねえ…。



2004年11月07日(日)
秋の兵庫遠征シリーズ


 今日も兵庫県内の高校のグランドで、練習試合。外野後方が体育館で、グラウンドの間に段差あり、そこがええ感じの観戦スポット。2試合を外野からゆらゆら見ていた。学校についたのは、第1試合の4回終わり。スコアボードを見ると、3回に「10」とある。13−1でリードしていた。滅多に使わない数字なのか、別の数字が書いてあったプレートに上書きされていた。なにや、何が起こったんや。でも、ここで油断ならないのが、今のチーム状況。相手校の保護者からもらったコーヒーとチョコレートを口にして、試合を見守っていると、相手が追い上げてくるわくるわ。終わったみたら、14−8。ヒヤヒヤ。

 近くの天一で腹ごしらえしたあと、第二試合。見事にリベンジされ、4−14。「得失点差で負け」by相方。遂にピッチャーがいなくなったのか、野手がマウンドへ。ええ、この子、ピッチャーすんの?衝撃が走って、ネット裏へかけつけたかったが、大人気ないのでやめておいた。彼以外にも野手から投手へという選手を何人か見てる。冬があけた頃には、スタメンが誰一人としてわからなくなってるかもな。

 今日は、保護者の方が早めにグラウンドを後にした。保護者すらいない試合を見ている。えらいこっちゃ(汗)。そういや、帰りしなに「来週も学校ですよ」と言われた。すっごく、意味深だなあ。



2004年11月06日(土)
スコアボードのこと


 いろんなところで、いろんなものを見るのが好き。その最もたるが野球部グラウンド巡りなのだけど、最近の注目は球場を中心とするスコアボード。みな同じようなものだと思っていたのだけど、位置から設定から、色やらいろんなところが違う。

 今日行った岐阜・長良川球場のスコアボード(電光掲示板)は、めちゃくちゃ良かった。黒くて大きめのボードに、左右に選手名が。文字は横、並びは縦。学校名と選手は白地。ポジションは緑、打順は白地。攻撃をしている学校名や選手にはわかるように赤いランプがつく。真ん中、上には時計。そしてスコア。イニングは12回まで表示でき、得点は白、ヒットとエラー数はオレンジっぽい色で表示される。その下にはカウンター表示盤。カウンタ表示盤付きのスコアボードは、得点表の横にあるので、この位置に慣れるまでに少し時間がかかった。その隣には速度や打率の表示。今日は使われていなかったけど。そして、一番下がカラーのスクリーンがあり、今日はグランド整備中のときだけ、「グランド整備中」と書かれた画面が出ていた。これがまたオツで、子どもが描いたようなどドラえもんとトンボの絵、そして「グランド整備中」の文字はマウス初心者が書いた文字のよう。こんな手作り画面初めてみた。

 何が一番良かったかって言えば、やっぱり見やすいこと!特に選手名やポジションの文字が大きくて、グッド。電光掲示板は光の加減によって、見にくい場所や時間帯があるのだけど、ここのカウンターのランプが見にくいときがあったけど、選手名などはどうもなかった。また、メンバー紹介のアナウンスの早さもゆったりめで助かった。スコアを書くとき、私は目が悪いので、アナウンスと電光掲示板を照らし合わせて書きこむのだけど、いつもはアナウンスが早くて追いつかないのだ。

 選手名、ポジション番号、チーム名、得点板、カウンター表示盤、時計。これがスコアボードにある基本的なものだと思う。でも、各球場にはそれ以外の表示も設定されている。たとえば、イニングごとのヒット数の表示や試合開始から今までの時間の表示。これをやっているもっとも有名な球場が神宮。地元では、改装された太陽が丘球場に試合所要時間の表示がある。あと、エラーをしたのがどのポジションの選手かがシビアに出る球場もある。甲子園もその一つ。また逆にスコアボードにエラーを表示する場所がない球場もあった。ひどいのはヒット数すらなかった。また、どこの球場だったか記憶が曖昧だけど、得点を入れてなお攻撃中のときと、イニングが終わったからの得点の数字のランプの色が違うところがあった。旭川だったかな?自信ない。あとは、スピードやHR、アベレージなどだけど、富山アルペン球場には風向きと風速が表示してあったし、宮津市民球場では二塁打、三塁打の表示もあった。これが助かる。たとえば、ランナー打って一気に三塁に行ったとして、それが単純に三塁打とは限らない。二塁打と送球間もあれば、二塁打とエラーっていうこときもある。それが、私にはなかなか判断できかねるのだ。

 手書きか電光かという点も注目。最近は随分電光が増えた。確か10数年前私が初めて西京極へ行ったときは、手書きだった。でも、地方にいくとまだまだある。そして、得点板に電光を使っているグラウンドにまだお目にかかったことはない。不思議だったのは、米子市民球場。ポジションも打順も電光なのに、選手名だけは何故か手書き。そういや、今度プロ野球に新規参入する楽天が今本拠地となる宮城球場の改修を進めようとしている。おそらく、電光掲示板のきれいなのになるのでしょうけど、敢えて手書きにして欲しいなかあとか思う。名前を書く職人技は次世代に伝えるべきでしょう。また、せっかく新しい球団が出来たのだから、他と同じようなことをしてたらもったないですよ。だから。スコアボードは手書き。ノスタルジーが逆に若い世代には新鮮だったりするし。



2004年11月03日(水)
第2回ウ・リーグ自主練in皇子山公園


 今日は、昼から相方とスポーツの秋を楽しんだ。皇子山公園に車を止めて、相方がいつのまにか買っていた折り畳み自転車で、いざ出発。浜大津から膳所の間の琵琶湖畔を1時間ほどサイクリング。ガラにもなくさわやか。そして、日が落ち始めるころに、第2回ウ・リーグ自主練。

 ウ・リーグ自主練の第1回は、先月半ば、伊良湖岬の海岸で始めた。ウ・リーグは、鹿児島県奄美地方で漁師が浮き球と流木でやっていた野球(浮き球ベースボール)を作家の椎名誠さんが仲間とチームを作り、試合をしている組織のこと。相方が椎名作品の愛読家で、私にもウ・リーグを教えてくれたのだ。で、伊良湖岬に行ったとき、浮き球と流木を見つけることが出来たので、二人でキャッチボールをしたり、バッティングをした。野球は見るものだと思っていたが、「やる」野球もいいものだと思った。その浮き球と流木を車の中に積んだ。名付けて、“いつでもどこでも野球セット”。

 今日はその第2回目。軽くキャッチボール(浮き球)したあと、ピッチャーとバッターに分かれてバッティング練習。公園の浅い芝生の上は、前回やった砂場と違い、打球がするどくて、怖かった。暗くてボールが見にくかったが、私には返ってそれがよかったのか、前回よりバッティングの調子がよかった。「ボールがよく見えてないのが、かえっていいのかもしれない」と言うと、相方は「わけわからん」と言った。ボールがよく見えると、見ることに集中しすぎて、体の反応が遅れるんじゃないかなんて思うのだけど。また、私は右打席に立つ。右バッターは左ピッチャーが打ちづらいというが、それは本当だろうか。確かめるために、相方に左で投げてもらった。別に抵抗はなかった。右ピッチャーが下手に内角を投げてくるより、はるかにやりやすいと思った。少なくとも、今日の私は左投げに苦手意識を感じなかった。ただし、苦手意識がないからバンバン打てたかと言えばそうではない。あくまで意識の問題。意識と結果は、必ず結びつくとは限らないことを今日実感した。

 たくさん動いたあとは、ごはんごはん♪
 地元に戻って、元天一のあった場所に出来たラーメン店「幸楽苑」へ行った。すでに経験済みのともきち曰く、「値段のわりにボリュームがあって、餃子がおいしい」。福島県が本拠地で、名古屋に進出し、滋賀京都と着実にフィールドを広げている。清潔感があり明るいけど、中華のイメージが崩していなかった。混んでいて、数分待った。天一もこれくらい繁盛しててくれたらいいんだけど。普通の中華ラーメンとこってりラーメンが税込み409円。舌が天一に慣れきっている私たちは、こってりと頼んだ。ぎょうざは2人前。こってりは、私たちのイメージよりあっさりしてた。元々がとってもあっさりしているのだろう。個人的には、麺が食べ応え(こしがあるっていうヤツかな?)があってよかった。餃子は、タレに醤油を加えた方がよかったかなあと思った。



2004年11月01日(月)
シューッといわせて投げてみたい(ちょっと加筆)


 同志社国際高校のグラウンドを見てきた。京都の南、京田辺市の郊外には、同志社大学の系列校がいくつか集まっている。駅から徒歩15分くらい。なだらかというにはちょっときつい坂を上りきり、同志社大学前を左折するとあるのが同志社国際高校。大学へ向かう坂道やグラウンドに植えてある木がいい感じで紅葉していて、ああ秋だなあと思った。

 グラウンドではすでに練習が始まっていた。公園のような雰囲気のあるグラウンドだなあというのが第一印象。横ではラグビー部が練習していて、背後を「ファイトー」と甲高いかけ声をあげて部活生の女子生徒が走っていた。私は三塁キャンパス後方にあるフェンスで作られた出入り口の前で練習を見ることにした。扉が開いていたので、視界良好。ところが、途中で指導者の人に「受験生の方ですか?」と声をかけられた。こういうことしていると、「○○ですか?」系の質問によく遭遇するが、受験生と聞かれたのはさすがに初めてだ。「はい」と答えたらどうなっていたのだろう?でも、どうがんばっても15には見えんと思うのだが。いや、保護者??結局、否定して、野球を見せてもらっているだけだと答えた。すると、彼は「珍しい人もいるもんだ」と言いたげに笑ったあと、開いていたドアを閉めた。わ、私のクリアーな視界が…。(安全のためなのは、十分に承知しています)

 練習で一番印象に残ったのが、ボール回し。普通ボール回しと言ったら、守備練習の前に軽く一回りか二回り程度してさらっと終わらせるものだけど、ここは随分長い間やっていた。学校のカラー上、野球経験者が多くないのもあるのだろうか、ポロポロとボールを落とすシーンをよく見た。指導者が体を動かしての送球や捕球のフォームを教えていた。「よし、いいぞ!」「ストライクを投げろ〜」。そして、ボール回しも段々スムーズになってきた。私はボールの軌跡を追いかけていた。見ている場所が原因なのかもしれないけど、4カ所のベース上に立っている選手を点で結ぶと、ダイアモンドが長方形に見えた。ピッチングに近いフォームで送球する部員たちを見ていると、このボール回し自体がスポーツとして成立するように思えた。競技のバレーボールは、相手に打たせないようにするものだが、友達同士で和になってするバレーボールは、地面に落とさずにより長く続けることが出来るようにみんなで力を合わせる。このボール回しは後者に似ているように思えた。なんかいいなあ。私のあそこでシューッといわせてボールを投げてみたいなあと思った。思うことくらいなら、許してもらえそうな雰囲気がした。

 そういや、私の隣で大学生の男の子が2人ほど練習を見ていた。人と待ち合わせをしていたようだったが、「あ〜あ、野球したくなってきた」とツレに話していた。ああ、同じこと考えてる!彼の言葉に驚いた。ある程度の強豪校の練習も見たことがあるが、「すごいなあ」「見てよかったなあ」と思うことはあったけど、自分自身が「野球をしたい」と思うことがなかった。でも、ここの練習を見て、私はボールを投げたいと思ったし、隣の子は野球がしたいと思った。不思議だけど、これは強豪校にはない普通校の練習観戦の魅力なのかもしれない。ここが特別なのか、それとも普通の学校に共通するものかは、今後グラウンドに足を運んで練習を見ないとわからないけど。

 そうそう。珍しいなと思ったのが、練習途中、一人の選手(か指導者か)がグラウンドをあとにしたのだが、そのとき部員たちは、口々に「サンキュー」「シーユー」と言って彼を見送った。中には手を振っている部員もいた。「ありがとうございました」に脱帽一礼のついた堅苦しいものではないそれを見たのは、初めてだ。さすが国際だけあるわなどと思った。※あとで知ったことだけど、途中で帰った選手は、フランス人の留学生。野球部に体験入部していたのだが、この日が最後の練習だった。私は初めてにして、非常に特殊な場面に出会えたことになる。これは普段の光景だとは思えない。

 この頃は日が沈むのも早い。外野後方にある少し古くなった白い壁の建物(おそらく部室や倉庫なのでは?)にあるオレンジ色の蛍光灯が辺りを照らしていたけど、ここは、夜間照明灯がないみたいだ。グラウンドの中がどんどん暗くなっていく。駅へ向かうために、グラウンドをあとにした。