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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2004年08月31日(火)
旅の前日と高校野球の6月


 明日から北海道。あわただしい準備が今ようやく終わった。明日の今頃は稚内のホテルにいるだろう。まだ実感が湧かない。

 旅の前日はすっごく気持ちが落ち込む。2日ほど前までずっと楽しみにしていたのに、何故か前日になるとマイナス思考がどっと押し寄せてくる。不安とか怖さとかむなしさとか。それは、旅先でのケガやアクシデントに対して抱いているのではない。心に残ることが何もなかったらどうしようというところから来ている。そのときのことを想像すると、この旅を今、お金や時間のリスクを背負ってまでする必要があるのだろうか?普通に仕事をしてた方がいいんじゃないだろうか?私はなんてことをしたんだ。取りやめにならないかなあと赤の他人のように思う自分がいる。へタレなんですよ。いざ行ってしまえばどうってことないってわかってるのにね。

 春に初めて一人で長旅をした。長崎から沖縄へ行く飛行機の待ち時間、たまらなく孤独だった。ああ、一人なんだなって思った。ホームシックみたいなのにかかった。あのとき、楽しいだらけだと思ってた長旅の怖さを知った。今、そのときの状況を思い出している。

 高校野球では、夏の本番に向けて、6月ごろに意図的にチームの調子を落とすような調整がなされているという。実際、最近の東山を見ていて、そうかもなと思う。私の脳細胞のどこかが自然とそんな風に作用しているのかもしれない。そうだといいなと思う。



2004年08月30日(月)
青空


 今日、姉が録っておいてくれた『第2回MBS新世代漫才アワード』のビデオを見た。なかなか面白かった。優勝は笑い飯。決勝に持ってきたネタはもう2,3回見ているけど、それでも面白かった。ダブルボケって言われているけど、ツッコミ方も面白い。第二位のNONSTYLEは、私の中で二番目に好きなコンビ。思ってた以上にウケていたので嬉しかった。でも、一番印象に残ったのは、やっぱり青空。

 青空は、baseよしもとの女性コンビ。ボケの子が、高校時代ソフトボールをやっていて、草野球をやっている師匠にバッティングの技術指導をしたというエピソードもある。相当な野球好き。ネタの中にも、ちょくちょく野球が出てくる。野球をネタにする漫才師は少なくない。同じbaseよしもとのストリークもそうだ。衣装からして野球のユニフォームだし。でも、青空はネタの中心に野球を据えておらず、関係ないのにいきなりでてくる。ボケの子の自己満足みたいな感じが私個人は好きだ。その上、言うこともちょっとマニアック。そのちょっとがポイント。ま、女性が言っているという斬新さも否定できないけど。私の一番のお気にいりは、「川藤幸三にもぶたれたことないのに」。

 これまで青空のネタはテレビで何回か見ている。去年のオールザッツ漫才、今年のABCお笑い新人グランプリ。そのときは、おもしろい要素はあるけど、それがなんかこもっているような感じだった。過去に見てきた若手の女性芸人と同じような印象。でも、この舞台での彼女らにそのこもったようなものは感じなかった。つっこみの子の使う言葉は、ヒートアップすると完全に男言葉だけど、下品さを感じなかった。女性コンビ初のMー1決勝進出を期待したいコンビ。どんなコアな野球ネタが出てくるのか、これからも注目したい。



2004年08月29日(日)
桜宮高校へ


 前から行こう行こうと思っていて、なかなか行けなかった桜宮高校へようやく行くことができた。昼下がり、相方と大阪で待ち合わせ。天六で御飯を食べたあと、都島区の淀川沿いのある桜宮高校に向かった歩いた。盛夏が戻ってきたかと思うような熱さのなか、郊外の住宅街を延々と歩く。大阪市内は、繁華街とビジネス街のイメージしかない私をあざ笑うような風景が続いていた。こういう機会でもなければ、知ることのできなかった大阪の姿だ。

 どれくらい歩いただろう。ようやく到着。河川敷の道路から、グラウンドを見下ろした。十分見ることができる。テレビで見ていたよりも小さく感じた。形はちょっと変形で、60°の扇形を思い浮かべた。グラウンドでは所狭しと部員たちが練習していた。この夏、初めて見ることのできた練習だ。内野と外野に分かれてノック。一つのポジションに5,6人はいる。「めっちゃ、部員おるなあ。うじゃうじゃしてる」とは相方。ときどき指導者の声が聞こえる。「野球に人間が出るんじゃ」。

 グラウンドの隣は淀川。河川敷には、公園や野球場がある。そのためか、カキ氷屋の車が止まっていたり、ユニフォームを着た野球少年の姿もあった。後ろには、淡いパステルカラーの壁の新興マンションが立ち並んでいた。グランドにそって、遊歩道のような道があった。なだらかな坂。途中、腰掛けてもいいような石垣があり、その上にのってグラウンドを見ることもできた。同じグラウンドだけど、坂の傾斜によって、違って見えた。

 帰りは、赤バスに乗った。学校の前に停留所があったからだ。その停留所の傍の壁には、各部の成績が書かれた新聞のようなものが張られていた。間もなくバスがきた。全区間100円とリーズナブル。車は小さくて、観光バスのようなシックなデザイン。結構楽しかった。



2004年08月28日(土)
こんにちわ@奄美空港

こんにちは。チャバが暴れています。雨風の中、大島紬村で染め物体験をした後、奄美空港へ。空港内のレストランで、高波を見ながら、黒砂糖ムースを食べてます。出発15分前。依然、天候調整中。果たして私は、帰れるのでしょうか。つづく…


2004年08月27日(金)
こんばんは@喜界島→奄美大島

あるこです。天気はなんとかもちました。朝から島内ドライブ。途中で空港に寄り、台風接近のための航空券変更の手続きをしました。その後、喜界高校のグラウンドを見て、胡麻の出荷を見て、同行者の友人のおじいさんのお墓参りへ行きました。夕方、飛行機で奄美大島へ移動。近所の店で、名物の鶏飯を食べました。台風情報とにらめっこしながら、今後の予定を決めていくつもりです。


2004年08月26日(木)
台風と離島と私たち 聞事中)


 喜界島に行くことになった。喜界島は、鹿児島県奄美大島の側にある一周32kmの平らで小さな島。ここに、友人・ごだいご氏(女・もちろんHN)の両親が暮らしている。ごだいご氏を含めた3人の子どもが自立したのを機に、長年過ごしていた兵庫の地を後にして、故郷である島に移り住むことにしたという。今回は、ごだいご氏の初めての帰郷についていった。でも、ここで生まれ育ったわけではないので、本人は完全な旅行気分だ。長年、「喜界高校見たい。喜界高校見たい」と念仏にようにささやいたためか、ようやくお呼びがかかった。

 台風にぶつかりそうだ。行きの飛行機すら飛ぶか不安だったけど、どうにか出発することが出来、まずは奄美空港に到着。ロビーには地元の子ども達が飾り付けた大きな笹があった。ここでは、旧暦で行事が行われるようで、今がちょうど七夕の時期になる。シマ七夕という。

 奄美空港から、冗談みたいな飛行時間で喜界空港に到着。無人駅の待合室のような小さなロビー内に帰省客と出迎える家族がごった返していた。そして、ごだいご母とおばさんが迎えにきてくれていた。ごだいご母は日に焼けていて、地元で見るおばちゃんとは趣が違った。空港ロビーで荷物待ちをしているときに、『喜高通心』というもの見つけたので手に取ってみた。喜界高校が出している会報のようなものだった。各種クラブに大会の結果も書かれていた。野球部に例に漏れず。



2004年08月25日(水)
姉、買い物を頼まれる


 今度、姉がジャニーズJr.のCDを買いに行くことになった。厳密に言うと、関西ジャニーズJr.のCDなのだが、関西限定発売。無論、姉にそんな趣味はない。他地方に住む友人に頼まれたのだ。「イヤやなあ。自分がファンやと思われるやん」と憂鬱そうだった。

 そして、姉は素朴な疑問を口にした。「でも、なんでやろ。あの子の好きな子はここに入ってへんのに」。彼女の趣味はジャニーズの中でも相当マニア系だと思われる。名前を聞いてもわからない。でも、その疑問の答えはよくわかった。姉に言った。「私かて東山好きやけど、甲子園見に行くやん。そんな感じちゃう?」。姉は、「なるほど。なるほど」と手を叩いて納得していた。



2004年08月24日(火)
忘れ物


 ある日、空港行きのバスの中で見た冊子に忘れ物特集があった。一番多いのが、携帯だったかな?あと、傘とか。そんな中、番外編に「プロ野球選手の色紙」と書いてあった。びっくりした。色紙を忘れるか?大事なんちゃうん。そして、あの得体の知れないペン綴りを、プロ野球選手のサインだとわかった空港の人もすごいな。ま、野球好きならわかるかもしれんけど、空港の中でセキュリティーとかしている人の顔を見ていると、どうも野球に関心があるというイメージがわかない。

 そういや、相方くんはこないだの津山の旅で、電車の中に傘を忘れた。当日、「雨が降るから」と傘を持ってきていたのだが、ずっと降らないままだったのだが、そんなときに限って降ってきた。パカです(と、自分で言ってた)。ちなみに、相方くんが忘れ物をしたその駅は岡山駅。西日本一忘れ物の多い駅だそうだ。



2004年08月23日(月)
ふたたび


 この頃、学生時代バイトをしていたコンビニに買い物に来ていた常連さんである制服姿の警備員のおじさんをよく見かける。主に通勤帰宅の電車の中だが、たまに道ですれ違ったり、自販機で酒を買っているときもある。

 しっかし、この関係は中途半端だ。友達や会社の人など面識のある人なら、声をかける事も出来るが、彼の場合はそうではない。私は覚えていても、彼はおそらくそうではないだろう。もう7年も経つ。再会でもないし、遭遇でもない。こういうときに使う何かいい言葉はないだろうか。

 そういや、これと似た経験を野球でもしている。ある日。相方とのドライブで8号線を走っていると、部活帰りにユニフォーム姿の高校生らしき少年が自転車を走らせていた。よく見ると、ユニフォームは、つい数日前に練習試合をした対戦相手校。しかも、彼はファーストを守っていた。太股ががっちりしていて、腹がブクッ。そのチームでそこまで体格のいい子を他に見ていなかった。

 なんてファンタスチック!
 練習試合をした対戦相手校の選手を関係ないときにもう一度見るなんて。その場に居合わせるのもすごいけど、私のような人音痴が、本人を断定できてしまうほどはっきりわかったこともびっくりだ。

 そういや、昔、甲子園に出て上位に進んだ、エースが野球部引退後の秋に、雑誌に載っていた。10代の女性をターゲットにしたもので、街にいる男の子にアンケートを採り。写真と本人の簡単なプロフィール、アンケートの答えが書かれていた。質問内容に、かなりディープなのがありまして。もちろん、シモ系で。そうなんだ、週に何回なんやと思うと、げんなりしてしまった。若い男の子の健康の証なのかもしれないけど、何も雑誌で名前付きで公表せんでも…。こういう“ふたたび”はちっともファンタスチックじゃない。ちなみに、プロフィールには、甲子園球児だったことは書かれていなかった。



2004年08月22日(日)
ご挨拶&更新予定


 こんばんは。あるこです。今日は、相方と2人で岡山は津山市へ日帰り旅行へ行ってきました。車窓から鹿を見たり、津山ラーメン食べたり、自主練している球児くんを見たり、城跡をウロウロしたり、動物園の売店でラムネを飲んだりしました。明日が早いので、もう寝ます。旅での出来事は、また改めて書きたいと思います。それでは、お休みなさい。

 <更新予定>

8/22 18切符の旅 2004夏 〜岡山県津山市編〜



2004年08月21日(土)
北海道対決 / お金の行方


『北海道対決』

 10年ほど前だったか。夏の甲子園大会で、北海道同士の対戦があった。片方が砂川北、もう一方は忘れてしまったけど。その年の夏の終わり、北海道の短大に通っていた友人が帰省して地元にいたので、飲みに行った。待ち合わせた駅前で、こんな話をしてくれた。

 友人は、フェリーで帰ってきた。その日は、甲子園で北海道同士の対戦があった日。大広間で皆テレビに見入っていた。フェリーがそろそろ終点の敦賀港に到着するので、降りる準備をするようにアナウンスが促していたが、みんな、テレビの前から離れず、試合を見守っていた。彼女自身も野球にはそれほど興味がないが、やっぱり見入ってしまったという。

 駒大苫小牧が決勝進出を決めたのを見て、ふと思い出した。勝てば、北海道勢初の全国制覇。明日もフェリーの中では同じ光景が繰り広げられるのだろうか。


『お金の行方』

 私はこのHPを更新しているPCがある部屋は、父の書斎でもある。今、机の上においてあった紙を見てみると、『OBカンパ賛同者名簿』と書いてあった。こないだ母校のハンドボール部が全国大会出場を決めたときのものだ。名前が書いてあるのはいいけど、金額まで書かれているのはどうよと思った。

 大会に出るにはそこまでして集めないといけないほど、大量のお金がかかるようだ。ふと思ったのが、甲子園でよく売っている校名入りのペナントや携帯ストラップなどのグッズ。あの収益ってどこに行くんだろ。また、製造会社や販売店はどこにどういう手続きでもって許可が下りているのだろう。だって、地元の店ではバーゲンすらしたらいけないのに、ああいう商売を高野連は認めてるの?グッズがあることは、ファンとしてはありがたいけど、その基準がイマイチわからない。お金の行き先によっては、今後買うのを差し控えたくなる。もし、あれがOBカンパのように直接応援校の諸経費になるのなら、喜んで払うけど。でも、お金の行き先なんてわかんないからね。いくらでもごまかせるし。



2004年08月20日(金)
棚卸を野球みたいにしたら


 今日は、夕方出勤。昼間は、うだうだテレビを見て過ごした。久しぶりに見たチュートリアルのネタが面白かった。♪になになになにな…。姉と2人でバカ受け。「おもろいなあ」「やっぱ徳井は男前やなあ」。ん?

 ネタは夏にちなんだ怖い話で、今の季節、なんでも怖い風にしたらいいのではという妄想で構成されていた。料理番組を怖くする、英語の教科書を怖くする、算数も問題を怖くする…ってな感じ。漫才ではわりとよくあるパターンだ。ということは、「それやったら、棚卸しを野球みたいにしたらええねん」っていうノリでネタが出来そうだ。

 棚卸しの選手には、ベテランもルーキーもいる。得意分野や苦手分野もある。最近入ってきた新人くんはよく、エンド(テーブルの先頭)を数え忘れる。先輩の男性はスキャナーを使う仕事が苦手だ。ベテランの女性は、ゴンドラの下から二段目にカウント終了のシールを貼るのをよく忘れる。それも何故か下から二番目の可能性が高い。また、使う機械で早さが違ったり、雑誌を数えるのがやたら速かったり…。また、店の種類によって、よく仕事をする店と全然縁のない店がある。難しい店はベテランさんが出るのだが、中には新人さんが何回も行っている店でも私は一度に行ったことがなかったり、私が何度も行っている店でもベテランさんは一度も入ってなかったりする。もしかしたら、それも個人の適性や会社の事情で振り分けられているのかもしれない。野球選手にそれぞれ特徴があるように、私たちにもそれぞれ違った特徴や環境、積み重ねた経験を持っている。ちなみに私は珍味のコーナーが苦手。精度にうるさい店より、在庫の多い店での仕事が多いような。これは、野球でたとえると、インコースが苦手とか、速球に滅法強いっていう感じかな。

 そういう風に考えると、「棚卸し小僧」なんていう雑誌があって、注目の選手を紹介していたりする。「変則的な指運び」とか、「混合を見分けるることに関しては超一流」とか、「マックス8000個/h」とか。そして、「棚卸し小僧テクニカル」では、ブラインドタッチ特集や、精度をあげる方法、正しい商品整理の仕方などを各会社や注目の棚卸し選手(?)にインタビューしたり、実際カウントを体験したりする。そして、作るは選手名鑑。こんな感じになるのかな?

○あるこ 1975.8.25生 28歳=京都
龍谷大学→ドラフト外 初棚卸:2002,8,1(滋賀県某スーパー)  誤差率0.04%(04,8現在)入社して3年目。大雑把なところがあるが、それも当初に比べると、マシになってきたため、少しずつだが難しい店でも仕事を入れてもらえるようになる。夏と冬、忙しい時期に長期休暇を取るのが難点か。

 こないだ、カウント箇所について、新人リーダーに、「私があそこがしたい」「僕、ここはイヤです」とみんなで注文をつけたことがある。すると、彼は「結果出してください」と一言。結果を出したら、オッケーか。なんかかっこいいね。少し前のプロ野球選手みたいな気分だ。ま、そんな会社だから、仕事の出来る人が遅刻を繰り返しても、文句は出るが、「しゃあないなあ」とうやむやになっている。出来ない人の場合は、「もう(来なくて)結構です」でジ・エンドだ。



2004年08月19日(木)
♪泣かないで〜苫小牧〜


 苫小牧と言えば、ペナルティー・ワッキーの及川ホタル。そのコントを思い出すので、苫小牧と聞くと笑えてしまう。今夏も南北海道の代表が駒大苫小牧ということで、姉とそういう話になると、♪とまこまぁ〜い〜と歌ってしまった。

 そんな苫小牧がサイクルヒット達成。夜中に来た姉からのメール(家ん中やのに)で知った。しかも、対戦相手が横浜。それも勝ったという。すごい、すごい。こうなったら、優勝したら面白いなあ。白河の関を越える前に津軽海峡越え、か。

 これで、苫小牧のイメージにサイクルヒットが加わった。



2004年08月18日(水)
グラウンド整備をするように、商品整理をする。


 私のやってきた商品整理は、なんとぬるかったことかと思った。

 少し前、グラウンドキーパーの仕事を紹介する番組を見た。若い女性だったのだが、5回の裏が終わってから6回が始まるまでの短時間で、ベース周りの土を綺麗にする。ランナーや野手のスパイクでボコボコになった地面。上に土をかぶせて、平らにしておけばいいんじゃない?と思っていたが、それではダメだという。土を少しずつ入れ、固めて、平らにして、また土を入れる…。そうしないと、地面が安定しない。なるほどなと思った。ずっとある土と間に合わせでかぶせた土とでは硬さが違う。踏みしめたときに、グニュとめり込むような感覚になれば、選手もやりにくいだろう。日頃、練習や試合後のグラウンド整備を見ていて、「なんであんなに時間がかかるんだろう」と思っていたけど、こういうことを知ると、納得が出来る。

 仕事のあとにやる商品整理にもこれがあてはまるんじゃないかと思った。今までは、並んでいる商品の一番前のそれをきれいにしていた。商品整理はそんなもんだと思っていた。ところが今日、自分が商品整理をしたあとに、ベテランさんがきて、やり直していた。袋菓子だったのだが、見ると、手前だけではなく奥の商品のしわも丁寧に伸ばしている。そしてできあがった列は、やはりきれい。

 そっか。やればいいんだ。そう思って、私は次の店の商品整理に燃えた。普段はめんどくさいと思うのだけど、今日はそんなことなかった。商品を全部取り出し、一つづつ袋のしわを伸ばして並べていった。今までよりも、気持ちきれいになった気がした。誰も褒めてくれないから、少し離れた場所から眺めて、1人悦に浸っていた。

 ま、めんどくさがりの私のこと。その志がいつまで続くかわからないけど(トホホ)。



2004年08月17日(火)
私がサイレンを聞いた場所


 今日は、早朝棚卸。珍しい。朝7時頃から取りかかって、開店時までに終えなければならなかった。眠いのに、単価が高いので、慎重に数えないいけない。どれくらい経ったか、奥から、♪あ〜あ〜栄冠は君に輝く〜。同じ敷地に入っている飲食店の従業員がテレビをつけていたみたいだ。

 ま、そんなこともあるわなとたいして気にもとめず、仕事を続けていたら、アアア〜〜〜〜。けたたましい音。あ、8時半や。

 周りの作業音が静まったときに、ふとアナウンサーの実況が聞こえてきた。仕事中に高校野球を聴くなんてオツなもんやなあと思ってたら、そこのカウントが終わってしまい、場所移動。テレビの音はすっかり届かなかった。

 そんな作業も10時過ぎに終え、帰宅。棚卸第二部は18:30から。このごろ、こんなんばっかりや。ちっとも儲からへん。ビール飲んでやった。18時までには酔いも覚めるでしょ。



2004年08月16日(月)
声援の理由


 二転三転した試合も、1点のビハインドで最終回を迎えた。夏のある日の練習試合。最終回、ワンアウトながら一三塁のチャンス。ネット裏には試合に出ていない選手が集まって、展開を見守っていた。「よっしゃ、ファウルオッケー」「しっかりなあ、打てる打てるー」。一球ごとにバッターに声をかける。みんな、前のめり。こんなシーンは、珍しいなと思った。私が見た限り、ベンチ外にいる選手は試合展開にも意外とクールなのだ。なんだろう。そんだけまとまったチームなんだろうか。
 
 ところが。

 打球は、ボテボテのショートゴロ。6−4−3のダブルプレー。試合終了。ネット裏の選手から、「最悪やぁ」というちょっととがった声が聞こえた。あれ?と思った。

 出場選手がホームベースをはさんで整列。彼らもそれに合わせて、立ち上がって脱帽。一礼して、周囲がざわめき始めたとき、選手の一人が言った。「最悪。また走るの」。後ろにいた保護者がどっと笑った。 



2004年08月15日(日)
富商→金本→五輪→天六


 今日は、昼から相方と大阪で遊んだ。午後1時前、JR大阪駅に着くと、券売機前に富山商業の応援団がいた。富商と書かれたブルーのシャツを着た一般生徒に間に背番号のないユニフォーム姿の部員が数名。私は日程を知らなかったので、彼らの試合が終わったのか、始まるのか知らなかった。「試合は?」と聞くと、「終わりました」という答えが返ってきた。これは勝ったチームの答え方じゃないな。私は何を言っていいかわからず、その場を後にした。礼くらい言えよて。そういや、富山商業の応援団をこういう形で見かけたことは、何も今回だけではない。過去2,3回記憶がある。

 夕方、金本選手のドキュメンタリーと五輪の野球、イタリア戦を見た。金本選手のドキュメンタリーで、観客だった相方とその仲間たちが映っていたようだ。「うわ、もろ映ってるわ、オレら」って言ってた。五輪は、圧勝。というか、イタリアのレベルにビックリ。プロリーグがあるってテレビの人は言ってたけど、裏でやってた高校野球の方がまだ…。というか、サッカーが盛んなイタリアで野球が普及していることにびっくりした。レベルが低いのは私の頭の中のほうか。イタリアのユニフォームは夏色ブルー&さわやかな白。薄手で涼しそう。日本のユニフォームが冬服ちゃうかって思うくらい分厚く見えた。

 晩は、天一へ。道中、天神橋商店街を通ったが、六丁目が熱かった。アーケードの天井から、色あせたような赤色のストライプ地に、熊のキャラクターがバットを持っている。上には、「てんろく〜いつでもホームラン〜」と書いてあった。がんばれ、商店街。
 



2004年08月14日(土)
今日くらいは「野球好き」の称号をあげよう


 おはようございます。甲子園にいます。遠方から観戦に来る友人のための席取りで、4時起床。始発電車に乗りました。球場に着いたら、6時半。中央特別自由席の列は甲子園の駅前までつながっていました。日本は野球きちがいや…(ぢゃ、うちは?)。7時、サイレンの音と共に開門。ファンによる席取りプレーボール。本日の第0.5試合の開始でございます…。今は、どうにか席を確保。お疲レーション、私。寝よう。zzz…

 なんていうことを携帯で書いていたら、兄ちゃんから買ったビールからすっかり泡が消え、黄金色に液体になっていた。チビチビ飲む。でも、寝るに寝れず、朦朧としたなか第一試合が始まった。

 第一試合 東海大翔洋3−0岡山理大付属

 外野手による好捕が多い試合だったと思った。後ろに、横に、前…もあったかなあ?でも、わりと頻繁だったから、段々すごさがわからなくなり、ありがたみの薄くなってきた。ファインプレー麻痺と言いますか。後ろのボールの大丈夫だから前で守っていたんだろうか。やっぱり。全国に出るチームだわ。

 途中で、友人が球場に到着。取っておいた席にも合格点が出た。よかった。続く第二試合。私は京都、友人は神奈川の人間。「横浜ってどう?」と私が聞くと、「嫌いじゃない。どちからというと好き。神奈川の代表はどこでも応援する」と言った。そして、「愛情たっぷりだよ」と付け加えた。野望を抱いてそうな鋭い目とは結びつかない言葉、そのギャップに失礼ながら笑ってしまった。本人はいたってマジメだったと思うけど。試合前、お互いが知っていることを情報交換するような会話が続いた。(当然、その比率は私の方が圧倒的に少なかった…)

 第二試合 横浜1x−0京都外大西(延長11回)

 まさか、あんな試合になるなんて思ってなかった。すごかったね。試合が終わって、うなだれている西高の選手を見てたら、なんかゾクゾクと寒気がした。蒸し暑いネット裏だったというのに。

 横浜のピッチャーの球、速いというか距離感がないというか。なんか、キャッチャーミットにボールが入ったとき、パタンという音がした。マウンドとホームベースの間の18.なんぼかが現実感を失っていた感じ。何回だったか、横浜のバッターが三塁に滑り込んだときにケガをした。治療中、友人がこんなことを言っていた。「サード前にセーフティーバントしたどうだろう」。作戦としてはアリかもしれないけど、鬼や。おまけに、西高の先頭打者はぶつかった相手である三塁手。そんなんしたら、「二度と横浜に行けなくなるね」だ。

 観戦の視野について考えさせられたシーンがあった。いつだったか、西高がノーアウト一二塁のチャンスで、バッターが送りバント失敗。私は、「あっちゃー、ダメだったかあ」と思ったが、横の友人は、「セカンドに投げろよ」。ぼそっとつぶいやた。どうやら、二塁ランナーのリードが大きかったようだ。彼の声で私がセカンドキャンパスに目をやると、ランナーが慌てて塁に戻るところが見えた。アレだったら、刺せたかもな。ああ、視野が広いってそういうことなんだと思った。彼には野球経験がある。そういう要素もあるのかもしれないけど、私にそこまでの広さが出来るのはいつのことやら。
 
 友人は第二試合からスコアをつけていた。ときどき、応援席も音楽につられて、ペンでトントンとリズムをとっていた。スコアをつけていないと試合を見なくなるのだという。そうか。きちんとつけるというより、試合に集中するためにつけるというものアリかもと思った。

 第三試合に出る明徳義塾の背番号のない選手が、教員らしき男性と第一試合開始前に後ろの席で試合を観戦していた。そのとき初めて、あの縦縞の線が真っ黒ではなく、青みがかっていることを知った。そして、背番号のない複数の選手がレギュラー選手に帯同して、仕事をしていることも知った。試合後に、あのベンチ入れ変えの早さも、選手がスタンドで礼をしている間に、道具をすばやく片づける部員があるからこそだ。

 結局、今日は第一試合から第四試合まで観戦した。12時間甲子園球場にいたことになる。実は、観戦人生初の快挙だった。結構、疲れるね。でも、今日はいい試合が多かったので、まだ恵まれてたかな?帰り、友人が用事があるというので、球場外でしばらく待っていた。たくさんの人が行き来していたが、2人の若い女の子が目に付いた。おそろいの白いシャツを着ていたのだが、背中に何か書いてある。見てみると、「抱流美っ主」。何のことかなと思ったが、後になってわかった。肩には「有」、胸には「東北」と書いてあったからだ。これでは高野連も文句を言えない。痛快だった。

 すっかり夜。大阪の地下街で一緒にラーメンを食べた。
 「何かについて書くとき、それはその日、自分が見たものしか書けないんだなと思う。私の場合だったら、グラウンドだったり、試合だったり。それが、全体だとしたら、自分が書いてるそれは点みたいなものやんやなあって。残念やけど、それが限界やわ」。何故かそんなことを口にした。すると、友人は、「自分の書いていることが点だとわかって書いてるんならいいよ。点なのに、それをすべてだと思って書くと、怒られる」。わかってくれる人がいて、嬉しかった。



2004年08月13日(金)
ファンとファンで練習試合観戦。


 東海遠征。Wで2勝。1試合目は、10−9。スコアボードには0,1,2,3の4つの数字がランダムにちりばめられていた。両校とも、四死球、送球ミス、ワイルドピッチが多かった。この時期はこんな感じなんだと、ここ数年の観戦で漠然とわかっていた。そのため、試合も長かった。9回表までしかやっていないのに、所要時間は3時間強。3時のおやつの時間に昼ご飯を食べた。食後、時間があったので、本屋へ行った。母から頼まれたずっと探していた本があっさり見つかった。さすがは宮脇書店。スポーツコーナーでウロウロしていると、前に紹介した「スポーツジャーナリストとして成功する方法」を発見。手にとって、自分のダメさと直面。30分迷って、結局購入。なんか負けた気分。人からもらった図書券で買ったからと自分を慰める。そんなことしてたら、第二試合開始に間に合わなかった。でも、打線がよく打った。時間が遅いこともあってか、7回コールド。試合後、相手の監督が東山の監督に、「ひどい試合になって、すみませんでした。ホント、申し訳ない」と頭を下げていた。

 今日は、第一試合だけ、対戦相手校のファンの男性と観戦していた。ネットを通じて知り合ったのが、今年の夏前。そして、偶然にも練習試合で対戦することに。ファンタスチックやなと思った。彼は私と違って、とにかく詳しい。聞くこと聞くこと、きちんと答えてくれる。一方の私はそれほど突っ込んだことを聞かれなかったにもかかわらず、「さあ」「わかんないです」「そう思います、多分…」の繰り返し。この役立たず。そして、ファンとしての姿勢も逆。彼は近くにいる部員とバンバン話をする。「今日、誰が投げるの?」とかそういう簡単な会話だけど。私は、部員と目を合わせないようにするのに必死。話すなんてあり得ない。でも、彼にお世話になった。道の複雑な駅から学校までの地図やナビが涙が出るくらい丁寧で、方向音痴の女王が迷うことなくスムーズにグラウンドまで行くことが出来た(自分宛にきた丁寧な案内やレシピは、読んでたらどんどん気持ちよくなる。マッサージを受けているときのような。なんだろ、この感覚)。また観戦中も、いろんなエピソードを話してくれたので、充実した時間を過ごすことができた。

 そうそう、忘れてた今日のベンチの声大賞。今日はベンチではなく、ネット裏のお母さん。息子がランナーで走塁しているときに、「おそい、おそい、おそい」。結局、タイムリーを打ったものの、サードでフォースアウト。



2004年08月12日(木)
シリーズ「本が出来るまで」◆〃戚鷭餤入 〜閻魔さまに舌を抜かれる予定です〜


 こないだもらった契約書の書類の記入を長らく放置。もういい加減に手をつけなければ。

 というわけで、私が書くべき書類は次の通り。
 ○契約書
 ○出版申込書
 ○増刷保証書
 ○著者プロフィール(編集部用)
 ○同上(公開用)
(本の奥付にある著者紹介で使われるヤツです)
 ○書店オーダーシード
(本を置いて欲しい書店を記入)

 しんどかったのは、住所、氏名、著作物名(タイトル)を何度も書かなければならなかったこと。特にタイトルなんて、罰ゲームかと思った。頭を悩ませたのは、やはり公開用プロフィール。前に肩書きで悩んでるということを日記で書いたら、読者が考えてくれたのが、“さすらいのグランドウォッチャー”。ナイスだと思ったか、よくよくかみしめると、時期早尚な気がしたので、もう少し力がついてからにすることにした(せっかく考えてくださったのに、ごめんなさい)。結果、肩書きは決まったのだが、書くのも恥ずかしいくらい詐欺なものになってしまった。許してください。

 次なる壁はプロフィール。自己紹介ですな。これといった経歴のない私は、野球や旅をするきっかけを書いておいた。あとは編集部マジックに託すことに。

 最後の難関は、書店オーダーシード。自分の本、どこに置いたら売れるのだろう。野球系か旅系か。どちらの充実度で判断したらいいのだろう。野球本があるところは知っているが、旅の本がたくさんあるところを知らない。仕方ない。私の希望としては、旭屋書店や紀伊国屋など大きな書店に置いて欲しいと思っている。図々しい?でも、読む人を選ぶマイナー系なので、そういうものは大きな書店にある方が売れると思う。客は、大きな店にはいろんな本があることを期待して、足を運ぶんだろうし、実際自分がそうだ。

 最後に、一気に印鑑を押して終了。疲れた。



2004年08月11日(水)
クロカンまであと一歩


 仕事。朝昼晩コース。時間が余ったので、古本屋の駐車場に車を止めて休憩した。暇つぶしに店に入ってみた。身長の倍ほどある高い棚が所狭しと置かれてきて、取り出せないくらいびっちり本が詰まっている。床にも商品が積まれていた。

 「クロカンないかなあ」と何げなく探してみると、いとも簡単に見つかった。クロカンは、昔読者に勧められた高校野球マンガ。おもしろそうだと思って本屋で探していたのだけど、なかなか見つけられず、そのうち日常に流されて葬られてしまった。今日ふと思い出したのだが、やっと出会うことができた。

 1巻をパラパラめくっていると、ハマッてしまった。2巻の途中で出発時間。続きを今すぐ読みたい。全巻、大人買いしたい。そう思ったけど、値段が書かれていない上、さわってて、ザラザラするくらい汚い。それに今月は財布をしめていなかいといけない。断念した。でも、いつか必ず読破しようと思う。それがマンガ喫茶になるのか、新書を大人買いするかはわからないけど。

 そうそう、本といえば、話題の「バッテリー」(あさのあつこ著)をようやく読み終えた。おもしろかった。主人公の底知れぬ自信からくる言動が痛快で仕方ない。そして、彼が感じているイライラが文中に行動として書かれていたけれど、なんかわかる感覚だった。残念ながら、私は何かの才能に秀でているわけではないのだが。



2004年08月10日(火)
仕事あがりの練習試合観戦。

 
 今日は半日仕事。変則Wの練習試合の最終戦に間に合った。初回の攻撃がなかなか終わらなかった。相手校のピッチャーは、遠くから来て、ワンナウトくらいしかとれないで降板した。苦いなと思った。そのあとは、1点2点という単位でちょっとずつ加点。初回のスコアがなければ、普通の試合内容。今日のベンチの声大賞は、代打がストライクを取られたときの、「ボールをよく見る」by監督。

 1点取られたけど、ピッチャーが良かった。低めに威力のある球が決まっているって感じ。後ろにいた人は、「素直そうな顔をしている」と言ったけど、私は「勝ち気そうな顔だな」と思った。

 いつだったか、バッターボックスに入る前の選手が、バットを両手で持って頭の上に掲げたまま、背伸びをしたり、膝を曲げたりする動作をしていた。平安高校の選手がよくやっていて、最近広がりつつあるアレだ。でも、東山ではほとんど見かけることがなかった。ついに導入か?!と思ったら、ベンチの中の選手が冷やかしたからか、動作の途中で照れ笑い。すぐやめてしまい。ホームベースの先をポンポンとバットで叩いてから構えに入った。アレは何のためにするのだろう。割り箸を割ったあと両方をこすりあわせるくらいの意味はあるのだろうか?

 試合が終わったあと、眼科へ行って使い捨てコンタクトを買ったり、切らしていた洗顔料を買ったり、18切符も買った。旅行の下準備。今日が給料日だというのにもうしんどい。



2004年08月09日(月)
スコアボードの名前


 朝と晩。仕事と仕事の間が7時間ある。せっかくなので、府内で行われている練習試合観戦でもしようかと思ったが、体がついていかなかった。家に帰って、PCをいらうも、すぐ眠くなり、zzz…。目覚めたら、東北vs北大津戦の最中だった。すでに7−0と東北が大量リード。のろのろと起きあがって、テレビを見た。北大津の背番号「7」のピッチャーがなんかよかった。バッターの背中からくるようなボール。西日に当たって半分が陰になって映る顔。マウンドが似合うなあと思った。私に絵を描く才能があったら、描いてみたい。そう思った。試合終了前に家を出たので、結果は知らない。スコアビードにはどんな数字が刻まれたのだろう。

 スコアボードと言えば、昔、甲子園で試合を見ていたときのこと。場内アナウンスが代打の登場を告げた。「バッターは、○○くんに変わりまして、三宅くん」。そして、側にいた野球少年らしき子ども達の一人が、「見て見て、オレ、代打で出るねん。三宅って書いてある」。興奮を抑えきれずに、隣の子の肩をパンパンたたいて、スコアボードを見るように促した。へえ、子どもってこんなに無邪気なんやと思った記憶がある。

 昨日は、スコアボードに刻まれている名前を見ながら、相方くんと、「和夫」「飛雄馬」「マイケル」とか言って遊んでいた。レベル低いなあ。



2004年08月08日(日)
補欠でも泣くんや…


 今日は、尼崎で練習試合観戦後、甲子園で西高の試合を見た。練習試合の方は1勝1敗。兵庫県の全体的なレベルの高さを感じた。前半がネット裏で投手の球威を感じ、後半は校舎の最上階の階段踊り場からグラウンドを見下ろしていた。野手のグラブにボールがおさまる音が聞こえてきた。

 甲子園では、レフトスタンドから西高の試合を見た。そういや、最後に西高が夏の甲子園に出た11年前も甲子園で試合を見てた。そして、次の横浜戦も観戦することになっている。ファンみたいで、なんだか照れる。実は西高には母校(中学)出身の選手がいる。面識はないが、やはり応援してしまう。今日は2安打、だったかな?6−1くらいのもう少し一方的な試合になると思ったが、2−1。終盤にどうにか点数を取ったって感じ。それにしても、あの(打たれた)バックスクリーン直撃のホームランはすごかったなあ。あのバッターもやっぱり左だった。そういや、今日は西高シフトは1回しかなかったなあ。事前に同行者の相方と、「今日は長くなるでえ」「何回交代するんやろ」なんて言ってたのだけど。

 第四試合とあって、スタンドのお客さんはそれほど多くなかったが、熱心というか面白い人たちがいた。三塁側アルプスの側のフェンス際の席に腰掛け、試合の興味も示さずひたすら球場の絵を描いている人、西高の応援曲に合わせてタオル踊りをする子ども達、オリックスの旗やなんかわからんポスターを振っていたおじさん、ポンポンと段ボールで書かれたボードを持って立ち上がって応援していた女の子、横の中学生らしき少年たちは、試合に熱くなっていた。終盤、西のピッチャーが、三振をたくさん取っていた。何回だったか三者連続三振があって、スリーアウトの瞬間、「うぉー!三者連続三振やぁー!」と興奮を抑えきれずに叫んでいた。「高校野球には変な(おもろいという意味の)客が多いな」とは相方くん。

 相手校の応援に、今では珍しい「○○倒せー」があった。でも、7回には「フレ、フレ、西高」って言ってるし。どっちやねん。○○倒せに、反対の唱える気はない。相手を倒さないと勝てないし、負けてもいいと思ってやっているのではないのだろうし。でも、束になって、「西高倒せー」なんていう声が聞こえてくると、“なんとしてでも勝つんだ、西高!”なんて思ってしまった。嫌いなわけじゃないけど。

 そんな相手校だったけど、帰り、球場のやや一塁側寄りの出口側で、しゃくりあげながら泣いている応援の部員達を見た。やがて、彼らは肩が触れるほどの距離までやってきた。そして、そこで輪になって立ち止まった。中でも、裾の長いブルーのはちまきをした部員は、チームメートか先輩かに支えられていたが、腰が抜けたかのようにすとんと尻餅をついてしまった。それでも、涙が止まらないのか、しゃくりあげていた。涙や嗚咽がこんなに側にあることに動揺してしまった。「補欠(試合に出れないという意味で使ったんだと思う)でも泣くんや…」相方がつぶやいた。



2004年08月07日(土)
東山活動14年目、始動の日


 長い一週間がようやく終わり、今日は新チームの練習試合を初観戦。お休みということもあり、観客も多い中での試合。前半はなかなか点数が取れなかったけど、終盤に加点。いい感じの試合。ホームランも出た。今日のベンチの声大賞は、終盤ファインプレーをしたライトに対する、「背ぇ高いよー」。何のこっちゃ(笑)。

 ネット裏ではこの夏引退したばかりの3年生が、彼女とおぼしき女性と観戦。彼女は、「すご〜い」とか「あ〜あ、残念」とか言いながら試合を見ていて、時々カメラを手にしていた。選手の彼女として見る野球は、格段違うんだろうな。それがいいか悪いかはわからないけど、こういう光景を見ていると、一度でいいから球児の彼女を経験したかったなあと思う。選手の方も試合は熱心に見ていた。ときどき、「ここ、勝負して欲しいな」とか、「当たったらどこまで飛ぶか見てみたいなあ」という声が聞こえてきた。ああ、そういうこと言うんだと思った。あのグラウンドの中にいた選手が、私と同じネット裏で観客として見ていて、コメントしているなんてちょっと不思議な感じ。

 今年のキャプテンは、キャッチャーの御牧くん(“ゴマキ”と呼ぶのはやめましょう。>相方くん)。実は、私が見た限りの話だけど、東山のキャプテンがキャッチャーというのは意外と少ない。多いのはセンターかな。

 練習試合の日程も教えてもらった。今年はバンバン試合をするみたい。ああ、あれも行きたい。これも行きたい。日程表を見ながら社会人である自分を嘆く。

 今日は、あっさりと日記の更新完了。やっぱ、東山が不足していたんやな。ビタミンC,B1、カロチン、東山。
 



2004年08月06日(金)
シリーズ「本が出来るまで」 〃戚鵝 塑Fから私はライター?〜


 金を出して、本を作ることにしました。出版方式は共同出版というもので、資金を著者と出版社が出し合うものです。いわゆる作家が出す企画出版と社史などの自費出版の間を考えていただければと思います。

 先日、大阪市内にあるオフィスに行って出版にあたっての話を聞いていました。いろんな書類があったのですが、その中に著者プロフィールというものがありました。肩書きを考えてくださいと言われました。応募当初、私は“フリーター”と書いていたらしく、それでは本が売れないそうです。確かにそうだな。野球愛好家とか何か文章と関係するものがいいみたいで。で、出版社の人が一言。「単純にライターとか…」。いいのか?!

 オフィスは小さく、ギャラリーのような雰囲気。壁側にはここから出版した本が並べられ、窓は全面ガラス張り。昼下がりの陽射しが漏れていました。当日は、私の他には2人の女性が出版に関する打ち合わせをしていました。大きな声で自分の半生を語ったりしていました。帰り、机の上を見ると、広辞苑並に分厚い原稿が積み上げられていました。バイタリティーやなあと思いました。

 契約書等の書類を記入し、東京にある本社に郵送後、担当の編集者に引き継がれ、本作りが始まります。来年の4月。野球シーズンがスタートする頃に発売される予定。その過程を随時ここに書いていきます。



2004年08月05日(木)
しっかりしなくちゃ、な。


 ある日、練習試合を見ていたが、どうも気分が滅入って、観戦に集中できなかった。じっと下を向いて、憂鬱な気持ちと戦っていた。試合が終わったとき、少し落ち着いていたのだけど、それでもすっきりとはしていなかった。

 そんなとき、その当時よく話をしていた保護者さんが、「どうしたの?元気ないようだけど、しんどいの?」。びっくりした。その人は、私の前にいたけど、こちらを見ていた様子が全くなかった。私は答えに困った。昼はダメなんですぅとなんか要領を得ない答え方をしてしまった。

 後で、「びっくりしたわあ」と同行者だった相方に言うと、「見てる人は見てるもんやで」と言われた。だからか、翌週の練習試合で、私がからかって相方のほっぺたをつねろうとしたら、「いちゃついてはるわ、とか言われるやろ」とピシャリ。ハハハ。おもろい、おもろい。

 それはともかく。
 そんな配慮をされるとは思わなかった。戸惑ったけど、なんか自分の存在を認めてもらっているようで嬉しくもあった。でも、やっぱりこういう心配のされ方をするのはダメだな。甘えちゃダメだ。もういい年だし。



2004年08月04日(水)
夏休み、子ども地獄


 ガキが嫌いだ。この仕事を始めて、日増しにその想いが強くなる。私は開店時に仕事をするグループにいるので、店内に湧いてるガギの量が増える夏休みは嫌いだ。バックルームも暑いし、アイスはすぐ溶けかける。そんなイライラを更にかきたててくれるのだ。

 カウント中、基本的に客が来たら中断し、どかなければいけない。でも、私はポケ菓子や本の前にガギがいても、どかないようにしている。13歳未満の子どもの人権は認めない主義。話してわかる相手じゃない。傾向としては、買う気さらさらない場合が多い。買うときは側に親がいる。たいていはそこで商品をいじくりまわして終わりだ。待ってたら仕事がはかどらない。

 こないだは本屋で回転什器の商品をカウントしてたら、気配もなくガキがやってきて、いきなりぐいっと什器を回し始めた。手首から下が飛ぶかと思った。いくら図々しい客でも私の存在を気にして商品を取ったり、声をかけたりする。買い物をしないガギですらそうだ。こんな形で存在否定されたことはかつてなかった。その子は什器回しに飽きたのか、すぐにどっかに行ってしまった。それからすぐ別の子どもが来た。手首が飛ぶのはイヤなので、今度はどいた。すると、その子が「ウ〜ウ〜」と低い奇声を発しながら、ひたすら什器を回していた。ヤバすぎる。私は3,4分ほど廊下に立たされた子どものようにその場で彼の欲求が満たされるのを待った。仕事場でガギがイヤだと思ったのは、何も今だけではない。呉服問屋にいたときも、客が連れてきたガキに振り回された。ジュースをほったらかしで、客とともに他の部屋に行ったので、片づけたら、勝手に戻ってきて、「ジュースがない〜」と泣きわめいた。ワシが悪いんか。ラーメン屋のバイトをしていたときは、子どもが食べたあとのテーブルに苦戦した。パン屋でバイトしていたときは、焼きたてのパンに指をつっこむガキがいて、殺したくなった。

 でも、こないだ新人の子がこんなことを言っていた。「子どもがそばにいたので、何をするかと思ったら、商品をなめてたんですよ。スナック菓子の袋を。ゾ〜っとしました。カウントし終わった商品だから良かったんですが。コンビニってや、思ったより汚いんですね」。壮絶や。私は今日で今の職場に2年いるけど、そんな場面に遭遇したことはない。どうでもいいけど、2年って、今までで一番長く働いていることになる。まさかここでその日を迎えるとはね。

 そんな夏休み。いいことと言えば、野球少年をよく見ることかな?今までそんなにたくさん見なかったのに、今夏の遭遇率は抜群だ。移動中の車から見える坂道を上ってどこかへ向かうユニフォーム姿や、カウント中にジュースを買いに店に入ってくるユニフォーム姿。子どもがかわいいと思うのは、そんなときくらいかな?早く終わりやがれ、夏休み。




2004年08月02日(月)
地図のこと


 今日の現場は年に1回しか行かない場所な上、わかりにくいところにあるので、地図を見ながらに移動となった。助手席にいる人がナビをしていた。最新地図でカラー。あっさり目的地へ…と思いきや、あっちで行きどまり、こっちで通行規制と時間のロス。この道通れると思って行ったら、階段つきの地下歩道だったり。ワゴン車では通れない道があちこちにあった。地図ではそれがわからなかった。ただ道が書いてあるだけ。その道が平坦なのか、坂なのかもわからないし、やはり2次元のものと3次元のものでは捉えるイメージが違う。地図が読めないから方向音痴という発想は、安易なんじゃないかと思った。

 学校のグラウンドへ行くとき、ホームページなどに書かれている地図を印刷して持っていくのだが、詳しい地図ほど意外に役に立たなかったりする。まずやめて欲しいのは、目印としてお店を書くこと。このご時世、店が出来たり、つぶれたりするサイクルは非常に早い。あと、書くなら店名をきちんと書いて欲しい。前に困ったのは、ビデオ屋と書かれていたので、一生懸命ビデオ屋を探していたら、結局見つかなかった。後でわかったが、それはTSUTAYAのことだった。私の中でTSUTAYAはレンタルCD屋さんだ。地図の作者はビデオ屋というイメージなんだろう。きちんとTSUTAYAと書いていれば、こんなトラブルはなかったはずだ。

 その学校へは結局行くことは出来たのだが、その目安となったのはバス停だ。もしそれは書いてなかったら、本気で迷ってた。バス停や市役所、交差点の名前は店ほど変わらない。中でも一番ありがたいのは交差点かもしれない。バス停は車では見逃す可能性があるし、歩いていても上りと下りで2つあるので、向かっている方向を間違えていると…ということになりかねない。ま、そんなにカッカせんと、逆にそのギャップを楽しむくらいの気持ちに切り替えればいいのだけど。



2004年08月01日(日)
自画自賛


 ある日の昼、「そじ坊」というそば屋さんでご飯を食べた。もう2時前。昼の営業も終わりがけで、客もまばらだった。カレー南蛮そばを頼んだ。しばらくして、色が白くほっぺたの赤いちょっとぽっちゃりした女の子が、テーブルに持ってきてくれた。そのとき、「これ、調理した者が、“絶対うまいはず。よくできた!”って自画自賛してたんですよぁ。オレが食べたいくらいやって言ってました」と教えてくれた。若い女性店員には珍しいフレンドリーさんに戸惑ったが、悪い気はしなかった。食べてみると、やっぱりおいしく、ゆずの味が上品な仕上がりだった。支払いのためにレジへ行くと、さっきの女の子がにこにこして立っていた。「どうでしたか?」と聞いてきたので、「ゆずの味がきいてて、おいしかった」と答えた。料理も物を作ることなんだあと思った。なんかアーチストみたいな調理人だ。

 自画自賛と言えば、ある日の練習試合後、グラウンドに来ていた先輩に、「オレのヒット見ました?アレは芸術的な当たりでしたよ。見ていて欲しかったなあ」と話していた声を聞いた。彼は、人なつこい顔でニコニコしていた。でも、私はその試合での彼のヒットに格別な印象を抱かなかった。試合展開に大きな影響を与えなかったからかもしれない。技術的なことがわからないせいもあって、どうしても展開というストーリー性でゲームを見てしまう。むろんそれが悪いこととは言わないけど、試合展開と切り離した一つの投球、一本のヒット、一個の打球処理に敏感になると、いいものをもっと見つけられるんだろうなあと思った。