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2022年08月28日(日)
『ブエノスアイレス 4K』

『ブエノスアイレス 4K』@シネマート新宿 スクリーン1


今年の春にこの4Kレストア版の公開が発表され、よし今度こそと待っておりました。いや〜やっと、やっとだよ……。その間レスリー・チャンは亡くなり、プレノン・アッシュもなくなり、香港はあのときの香港ではなくなってしまった。「やり直し」の旅にも、残り時間というものはあるのだ。ただただ呆然と彼らを見送る。

いや、しかし、観てよかった。エゴとエゴで殴り合う恋人たち。停滞する男たちに爽やかな風を吹き込む若き旅人。トニー・レオンもレスリー・チャンもチャン・チェンも瑞々しく、痛々しく、戻らない青春を体現している。トニーは還暦になり(!)ハリウッド映画にも出演。今回の特集上映で初めてウォン・カーウァイ作品と出会う若い観客もいるだろう。これをきっかけにレスリーを知るひともいるかもしれない。こうして故人は何度でも観客の前に現れ、その心に消えない傷を残す。

自分が立っている真裏へと移動する。その距離と時間を思う。そこで資金が尽き、パスポートも失ったウィンのことを思う。「会おうと思えば、会うことができる」というファイの目に映っているのは誰だろう? クリストファー・ドイルのカメラが捉える南米の夜、滝、灯台。この世の果てのようだ。

相次ぐストーリー変更、予定を大幅に超え長引く撮影(アルゼンチンで!)、追加キャスト召集(わざわざアルゼンチン迄! しかも兵役前の休暇に入ろうとしていたチャン・チェンを呼びつけて! シャーリー・クワンに至っては撮影したのに結局使われなくて!)と撮影は混乱を極めたようだが、その煮詰まりが、そっくりそのまま恋人たちの関係に重なるよう。ひとりは出発し、ひとりは留まる。動けなくなるといった方が的確か。

今観るこの映画は、当時から現在への時間をも呑みこみ、熟成を続けているようにも感じる。今彼らはどうしているだろう? 彼らが出て行き、再び帰ろうとしていた国で、こんな映画をまた撮ることが出来るだろうか。一方、彼らが目指していたイグアスの滝や、旅人が辿り着いた世界最南端の灯台は、変わらず人々に荘厳な姿を見せてくれるのではないか。あの場所は、人類が滅んでも存在し続けるような気がする。

シネマートのサウンドシステム、「クラシカルブーストサウンド」での上映。ふたりのキスの音、踊るダンスはピアソラ、中華鍋とお玉の衝突、滝の轟音、エンディングの「Happy Together」。最高でした。

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・ウォン・カーウァイ『ブエノスアイレス』。男性同士の愛を描いた重要作を3つの視点で再考┃CINRA
チャンの存在そのものは、同業者やファンを勇気づけることに貢献し、同性愛に対する香港の映画産業の意識を変えていこうとする原動力となったはずだ。


今回が初見だったので、どの部分が短くなったのかや修復された映像がどのように違っているかは分かりませんでした。暗さや粗さがあってこそ、という場合もあるし、監督が納得することがいちばんかな

・衣装、菊池武夫だったのね!

・トニー・レオン、坊主頭だとときどき三島由紀夫に見えてしまい困った。近年三島の映像見る機会が多くてね…モノクロのシーンはなおさらね……


修復前にもこのシーンはなかったと教えて頂きました。そうなのか……


以前シネマートに他の映画を観に行ったとき、ロビーの隅に置かれたちいさなテーブルで、飾り付けをせっせとカッターナイフで切り抜いていたスタッフさんを見掛けたことがありました。
コロナ禍に入ってから拍車がかかっているような(笑)。いつも楽しい場づくりを有難うございます!