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2022年04月09日(土)
『スパークス・ブラザーズ』

『スパークス・ブラザーズ』@シネクイント スクリーン1


フリーの「ポップミュージックで戸惑うのは、ユーモアに対する受容性の欠如。だからスパークスはビッグになれない。面白すぎるから」って言葉がズバリで膝を打ちまくった……あと誰だったかな、「新しくファンになったひとに、自分が昔から知っていることを自慢したりしない。『過去を知らなくてもこれから彼らの音楽を聴けることが素晴らしいんだよ』っていう」ってなことをいってた方がいて、こちらも正にスパークス! って感じで涙。

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「あなたのスパークスはどこから? 私はここから!」。これ程ひとによって出会いが多彩で幅広いユニットもなかなかない。なにせ「ここ」が半世紀にもわたるのだから。グラム、パンク、ニューウェイヴ……ジャンル分けなど出来ない、強いていうなら「スパークス」がジャンル。ちなみに私の第一印象はご多分に漏れずヨーロッパのバンド、そのオペラティックな歌唱スタイルから「クラウス・ノミだ!」だったのだが、ノミのデビューからして1981年だ。映画本編でも証言されているように、「デペッシュ・モードだ!」とか「ペット・ショップ・ボーイズだ!」(クリスの扱いウケた)といった「○○の影響を受けている or ○○のオリジナル」といった印象は全てリスナーの聴いた順番によるものでしかない。こういうところ、大友克洋が切り拓いたスタイルを若い世代が「ありふれた手法」といってしまう現象に通じるものがある。歴史を俯瞰で見るってだいじだな……。ちなみに『Balls』は2000年発表だが、一周回って「プロディジーだ!」なんて思ってしまった(笑)。

1971年にデビュー(前身のハーフネルソン結成は1968年)し、ポピュラーミュージックを奏で続けて50年。ライトが撮影した2年間と、過去の膨大なアーカイヴ映像をどう組み合わせるのか。当時を振り返る兄弟や関係者の証言と過去をどう繋げるのか? ライトはポップカルチャーを総動員してきた。歴代作品のアートワーク、インタヴュー映像といった実写に加え、その周辺情報、残されていない映像や逸話(噂話=伝説)、当人たちの心象風景をタイポグラフィ、パペットアニメとイラストレーションで交通整理する。これが非常に効果的で、インタヴューイが話している内容から、その作品、時代背景が鮮やかに展開/再現されていく。正に全てのデザインは編集である、“映画もまた編集である”。

その編集というのが見事で、非常にリズミカルでスピーディ。観ていて快楽すら感じる程。ライト本人が“Big Fan”としてしれっとインタヴュー映像に登場していたところ、ライトの盟友、ニック・フロストとサイモン・ペッグが声で出演(ジョン・レノンがリンゴ・スターに「おい、マーク・ボランがヒトラーと共演しているぞ!」と電話したシーン)しているところにも洒落っ気が効いてて最高。

それにしても、プライベートのこと迄そんなに深掘りしていなかったので、初めて知る(見る)ことの多いこと。兄弟揃ってアメフトの選手だったとかさ……『アネット』のハイパーボウルスタジアムのシーンはアメリカエンタメの象徴という印象だったが、ふたりの思い入れもあったのかも知れない。そして幼少期の映画体験。さまざまな国からさまざまなジャンルの映画が輸入されるアメリカで、兄弟は多様なカルチャーを吸収していったのだということが理解出来た。

着々と変化するミュージックシーン、度重なるメンバーチェンジ、数年ごとに変わる活動拠点。常に自分たちのつくりたいものを第一に、兄弟は激しい浮き沈みを乗り切った。映画のハイライトともいえる6年の空白は、彼らの音楽への情熱と勤勉さを語る上でも貴重なパート。契約を切られ、作品を発表する場を失い、収入もない。それでも創作意欲の衰えない彼らは、ラッセルが自宅に構えたスタジオに毎日通い続けた。このスタジオ設立もそうだが、「セックス、ドラッグ、ロックンロール」と無縁で、ふたりに浪費癖がなかったことが吉と出た。というのは今だからいえることで、未来の見えない日々はさぞ苦しかっただろう。ラッセルがレコーディング・エンジニアの勉強を始めていたという証言には胸がつまる思いだった。

同様に、二度頓挫した映画の企画を経て『アネット』が完成したことも感動的だ。撮影現場にいる兄弟は、とてもいい顔をしていた。

彼らはアートに人生を捧げている。流行に迎合せず、自分たちの音楽を追求し続ける。ラッセルはジムでのトレーニング、ロンはウォーキングを欠かさない。ラッセルの美声が衰えないところにも、彼らの節制ぶりが窺える。ツアーに出ていない日は会社に通勤するようにスタジオへ通う。同じカフェで休憩する。この強さはなんだろう。兄弟だからなのか……いやいや、oasisという例があるじゃないか、ジザメリもな。ギャラガー兄弟とリード兄弟のそれはそれで魅力なのだが…いや、それが魅力という訳ではないか、彼らは彼らでああやるしかないんだよきっと……。不思議かつ興味深いのは、そんな生真面目なメイル兄弟のが生み出した作品がユーモアに溢れ、ストレンジかつファニーなところ。奇妙で不条理、ときには悪趣味とすら捉えられてしまう。制作に励めば励む程、彼らは唯一無二の道を切り拓き、数々のフォロアーを生み出し続けるのだ。

このドキュメンタリー撮影が始まったのは日本からだったそうで、ライヴだけでなく寅さんファンのふたりが柴又散策する様子もとりあげられていてうれしかった。この辺り、長年彼らをずっとサポートし続けている岸野雄一さんの力が大きいと思う。岸野さんと一緒に上野耕路さんが映ってる写真が出たのも個人的にはツボでニヤニヤ。

「今」スパークスのドキュメンタリーが撮られた意義は大きい。MIDNIGHT SONICのステージ映像、皆笑顔のなかただひとり泣きそうな顔で彼らを見つめる観客が印象的。スパークスの音楽には、喜び、悲しみ、痛み、快楽がある。それを伝えてくれる映像だった。あの瞬間を捉え、そして作品に残してくれたライトに感謝します。

しかし、スパークスはまだまだ続くのだ。彼らがいうように、医療が発達したら300枚のアルバムを残すつもりだそうだから。皆元気で、また日本に来てください! とかいってたらソニマニ決まった!!(書いてるのは12日) 無事いらしてください!!!

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・日本版予告

この予告サムネイル画像を「フェスのラインナップみたい」と評していた方がいたけど、ホントそう。この多彩で大量な証言者たち! ビョークのインタヴューが音声のみというところにも今を感じます。モリッシーがいないのが不思議っちゃあ不思議なんだけど、近年の彼の言動を受けて訣別したかららしいですね(…)

・スカート澤部渡が深堀りインタビュー!『スパークス・ブラザーズ』 エドガー・ライト監督初の音楽ドキュメンタリー┃BANGER!!!
スカート澤部渡さんによるインタヴュー。アメリカ的なるもの、そしてヒップホップへの言及を引き出してくれて有難い

・SPARKSのユーモアは取扱注意。キャリア半世紀超、アウトサイダーを貫く兄弟バンドが語る実験精神┃CINRA
「ポップミュージックにおいては、ユーモアを使うと真剣じゃない、と思われてしまう。ユーモアを使わずにシリアスでいた方が評価されがちなんだけど、ぼくらはそれが良いとは思わないし、それで無視されても平気だったんだ」(ロン)
村尾泰郎さんによるインタヴューと、キャラクターやアートワーク、歌詞、そして『アネット』へと拡がる考察。ジャンルを俯瞰した素晴らしい記事

・Anti-UK World War II era photograph featuring grimacing geisha uncovered┃SoraNews24 -Japan News-
村尾さんの記事で言及されている『Kimono My House』(1974年)のアートワークの発想源はこちらに載っている写真。第二次世界大戦中に撮られたものだそうです

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おまけ。


再掲。『スパークス・ブラザーズ』を観る前に撮りに行ったのでした。私以外にも撮ってるひとがいて、譲り合いの美しい光景が見られた。さてこの方々、『スパークス・ブラザーズ』も観てくれたかしら? いや〜もう切っても切れない二作品ですわ。劇場公開ないかもってやきもきしていたけど、『アネット』と同時期に公開してくれた配給さんに感謝だよ!


SHIBUYAのTシャツを着て「渋谷で観てね〜!」というラッセルのかわいらしさ、すかさず「全国どこでも〜!」というロン兄の機転と気配りよ…これぞメイル兄弟……


オープニングを飾る、この映画のために書かれたファンファーレの歌。音源出ないかな〜とは思うけど映画だけで聴けるってのもスペシャルだねえと呟いていたらスパークスといえばのヘイチンから即答されました。有難や

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・「あなたのスパークスはどこから? 私はここから!」(再)
ハッキリ憶えてないけど、80年代ニューウェイヴ界隈ではもはや伝説になっていた気がする。『Kimono My House』もその頃追っかけで聴いた。で、その後世間一般と同じく「消えた」……とはいいたくないけど、活動していないと思っていた

・SPARKS LIVE IN JAPAN 2006┃Out One Disc
ところが2006年に『Hello Young Lovers』が出たタイミングで岸野さんが日本に呼んでくれて、そこで初めてライヴを観た(そのときの感想はこちら)。すっかり虜になって、その後はずっと聴いている。
今サイト見返してて気付いたが、バンドメンバーにジョシュ・クリングホッファーがいたのね……RHCPに参加したのが2007年からだから、それより前に観てたんだ。キェー憶えてねえ!
この時点でもう35周年、『Hello Young Lovers』は20枚目のアルバムってんだから歴史を感じずにはいられませんね……。共演も、捏造と贋作(上野耕路×久保田真吾)にSPANK HAPPY(菊地成孔 featuring 野宮真貴)というすごいメンツであった

・といえば、2012年の恒例岸野さんのお誕生日会(Out One Discのパーティ)にメイル兄弟がR&R Brothers名義で出演したこともありましたよ(そのときの様子はこちら)。ハァ〜振り返るわ