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2019年03月15日(金)
『ペパーミント・キャンディー』

『ペパーミント・キャンディー』4K レストア・デジタルリマスター版@UPLINK吉祥寺 スクリーン3[RED]



原題は『박하사탕(ハッカ飴)』、英題は『Peppermint Candy』。1999年、イ・チャンドン監督作品。「製作20周年」「『バーニング 劇場版』大ヒット」記念上映とのこと。リマスター版でしたが、初見につき公開当時との違い等は判りませんでした。

1999年、川原に倒れる男が死の間際に見る光景。走る列車を横切る(おそらく)桜の花びらは、散り降ることなく枝へと吸いついていく。レールは延びる、列車は走る。三日前、十年前、そのまた十年前……。何故こうなったのか、男はどうして変わっていったのか。もう戻れない場所と時間を観客は見ていくことになる。

何故この男は落ちぶれてしまったのだろう? 何故妻に暴力を振るい、家庭を顧みないのだろう? 何故初恋の女性と続かなかったのだろう? 数々浮かぶ「何故ここ迄」が、徐々に明かされていく。事業の成功と失敗、拷問が日常的に行われる警官業務、兵役による軍隊生活。その時代に何が起こっていたか、具体的には語られない。公開当時はまだタブーの空気もあったのだろう。しかしどういう時代だったかは描かれる。時間を遡る度、男は手放してきたものを取り戻す。優しさであったり、思いやりであったり。辿り着くのは、好きな草花の写真を撮りたいと話す青年だ。甦るペパーミント・キャンディの涼やかな味と香りの記憶。

どういう順で撮ったのだろうと思う。彼は失っていったのだろうか、手にしていったのだろうか。粉々に打ち砕かれた純粋さをパズルのように組み合わせることも、その逆も、至難の業だっただろう。それでいて、彼そのひとの本質を見失わないようにしなければならない。口下手なところ、不器用なところ、食事中に新聞を読む癖。自らの頭に向ける拳銃を持つ手と草花を摘む手は、劇中指摘されるようにずっとふっくらしている優しそうな手だ。演じるソル・ギョングの輝きに圧倒される。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』で描かれた光州事件、それによって傷付いた人々を見つめた『星から来た男』、そして『1987、ある闘いの真実』で描かれた赤狩りと民主抗争。この三作品を観たあとだったので、1979〜1999年の二十年間に何があったかを了解しやすかった。個人的には今観て良かったと思えた。1980年5月、というとピンとくる。1987年にどんな弾圧があったか理解出来る。当時観たら観たで、いろいろ学ぶことも多かっただろう。保守政権下で文化人ブラックリストが作られていたのはたった二年前。リアルタイムで今作含む四作品を観てきたひとは、ここ迄来たかと思うのだろうか。今作の登場人物が過ごした二十年からの、また二十年。

時代はあらゆるひとのボタンをひとつずつ掛け違えていった。幸せな時間も確かにあった。二度と戻れない思い出を口の中で転がし続けるような、痛切な作品。ふと、2000年に発表されたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの楽曲を思い出す。なめつくした、ドロップの気持ち。

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・ペパーミント・キャンディー┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。おまけ(トリビア)にへえボタン押しまくる。
そしてそう、制作はイーストフィルムと、日本のNHKなんですねー

・「自転車の乗り方を教えて」「車の運転を教えて」。主人公の妻の「変わらないところ」にはちょっとふふっとしたのでした。彼女も辛いよね…夫の事情なんぞ知らんもんね……。今ならPTSDとして対処出来たのかも知れないがなあ……こういう、表に出てこなかった事例は膨大な数にのぼるのだろう

・UPLINK吉祥寺では2Kでの上映だった(今月末シネマート新宿にもかかるけど、こちらでは4Kで観られるのかな)のだけど、行ってみたい劇場だったので。よいわよいわ、ミニシアターのシネコン。席配置もロビー環境もとても心地よいし洗練されてる。UPLINKですから作品選びにも色があるし、長く続いてほしいわ