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2015年09月19日(土)
KERA・MAP #006『グッドバイ』

KERA・MAP #006『グッドバイ』@世田谷パブリックシアター

太宰治の『グッドバイ』が原作。未読なんですが、太宰と言うよりケラさんだ〜と言う趣で観ました。いやはや皮肉の利いたコメディ、暖かくなる心と裏腹に首筋が寒くなる幕切れ。ケラ作品て何がどう出るか判らないスリル満点ブラックボックス方式と、そうだこういうのが観たかったと膝打ちまくりのウェルメイド方式がありますが、今回は後者。常に高品質な作品を届けてくれるチームだけにブラックボックスな部分もちょっとほしかったと思ってしまったのは贅沢か。贅沢です。

出演者が形作り彩る登場人物のキャラクター、小野寺修二による振付、美術、衣裳、全てがスタイリッシュで眼福でした。登場人物の回想を後方の奥の層で表現したりとレイヤー使いの装置も機能的な分、「転換や衣装替えに時間がかかるからこうしてるのかな」と思ってしまう場面も。しかしそうだったとしても、女優たちがポーズをとる場面には見とれてしまいます。主人公の愛人たちがずらりと並ぶ図は壮観。そこに小池栄子を配さないところがまた贅沢。

それにしてもケラさんの舞台はつくづくリズムがだいじよなと思う。台詞の間合い、テンポがコメディとシリアスのガイドにもなる。ちょっとしたズレでだいじな要素が失われてしまいそうな繊細な組み立て。このリズムを体得している役者は多くないし、だからこそキャストもだいじ。

(元)妻と愛人たちのマウンティング合戦には笑い乍らもヒーとなり、その滑稽さを抽出させる演出に唸る。愛情と人情、無償と契約、意識無意識に関わらずお互いがお互いを利用してしまうひとの業等、人間の標本を見ている気分にもなる。ひとは常に誰のものでもない。しかし、その人生のどこで誰と出会い、誰と過ごすかは自分たちだけでは決められない。思えば前述の「ブラックボックス」はここにあるのかもしれない。男に入れ込み精神的に不安定になる女、表向きは明るく振舞うが情念の深い女、ドライな関係を装い実は優位に立っておきたい女、独占欲の強さと裏腹に自分の価値を知っている女。彼女たちは最後、笑顔で彼らを祝福し乍ら「厄介払いが出来た」と思っているかもしれない。「彼にお似合いなのはこれくらいの女だ」と思っているかもしれない。しかし女たちは皆、男に惹かれていたのは間違いない。

そんな厄介な男を仲村トオルが素敵に演じる。素敵だわ。これは憎めないわ。同時にこういう男に縁があったらたいへんよなあとも思ったわ、縁がなくてよかった(笑)。先日古田新太が結婚前付き合ってた女全員と手を切ったエピソード、これが出来てしまう男の愛嬌な! って話してたんですけどそれを思い出しましたね…遺恨が残らなかったかとか刺す刺さないは別としてね……。

小池栄子、水野美紀、夏帆、門脇麦、町田マリー、緒川たまき。舞台を華やかに飾る女優たち。それにしても小池さんのゴージャスっぷり…容姿だけでなく人間の大きさと言おうか、演じる人物を輝かせるその生命力、こりゃ何演じても惹きつけられるわと思わされてしまう安定感、惚れる。そして輝くと言えば池谷のぶえ! ある意味男の命運を握っていたのは彼女が演じていた人物たちではないか。その変幻自在なキャラクターと虹色の声、後ろの席の男のひとがすっかり彼女(彼のときもあったが)の魅力にあてられてしまったようで、登場する度に嬉しそうな笑い声をあげていてこちら迄なんだか嬉しくなりましたよね……。

女たちとは裏腹にちょっとみじめな男たち。主人公に嫉妬し、主人公を羨み、自分を責め、その自分に酔う。個人的には山崎一のさびしさに惹かれた。

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・『さらばあぶない刑事』仕様の『グッドバイ』フライヤー
『グッドバイ』上演劇場でだけ配布されてるのかな、粋なことしますねえ。裏面は『さらばあぶない刑事』仕様になってます