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2015年07月08日(水)
『海街diary』

『海街diary』@新宿ピカデリー シアター9

鎌倉は好きな街で、少なくとも年に一度は出掛けるのが恒例。湘南新宿ラインが繋がってからは回数が増えた。盆地育ち故、海辺の近くに住むことに憧れがあるのかも知れない。そんな憧れの街の四季折々の風景、そこに棲むひとびとの営み。深く優しく沁み入る、大きな時間の話。メインロケ地は極楽寺駅周辺。

父も母も新しいつれあいを得て出ていった。古い家屋には三人の姉妹が残された。ある日父の訃報が入り、姉妹は葬儀に参列するため父の最期の地となった山形に足を運ぶ。そこには腹違いの妹(四女)がいる。妹の母は既に亡くなり、父のそのまた新しいつれあいは葬儀で泣き続ける。喪主の挨拶を、血の繋がらない娘(まだ中学生の彼女に!)に任せようとすらする。この場面には手が冷たくなった。怒りにも悲しみにも喩えようがない複雑な感情が沸く。割って入った長女が「私が代わりに。これは大人の仕事です」と言い、我に返った母が毅然とも誇示ともとれる表情で「いえ、やっぱり私がやります、妻ですから」と言い返す。

この場面を観た時点で、もうこの映画のことを好きになってしまった。親に捨てられたこども、大人になることを急がされたこども。それを守ろうとする、かつてこどもでいることを許されなかった大人。彼女たちが、長い人生のなかでしばらく時間をともにする、いつかはなくなるコミュニティの話だ。

四女とともに暮らす日々のなかで、三姉妹は少し変わる。長女はひとつの関係を終わらせ、次女はつまらないと思っていた仕事の大切さに気付く。三女は姉としての自分を発見する。「神さまが考えてくれないならこっちで考えるしかない」と言う次女の上司の言葉が思い出される。天の存在はときにいたずらのような運命を投げつける。それに抗うため、あるいは身を任せられるようにするために、姉妹は日々を過ごす。やがてそれらは父と母への許しとなり、別れとなる。

死の影が濃い。姉妹は三回喪服を着る(四女は制服)。長女は病院で日々臨終に接し、次女は遺産を巡る仕事と真摯に向き合う。三女は足の指を六本失い乍らもエベレストから帰還した店主に「また山に登りたい?」と訊く。四女は自分の存在を肯定出来ない。姉妹が暮らす家の梅の木は年々実りが細り、家屋は少しずつ傷んでいく。不在のひとびとの身体は確かにここにはないが、記憶として残る。記憶は、生活を通し共有され繋がっていく。長女が母に渡す梅酒、三女が四女と食べるちくわカレー。四女は知らない祖母の記憶を、三女は知らない父の記憶をシェアしあう。父と四女が食べたシラストーストも、いずれ三姉妹と共有することが出来るだろう。四人で作ったシーフードカレーのように。

そして次女が好きな海猫食堂のアジフライは、山猫亭の主人がレシピを受け継いでくれる。そう、コミュニティは家族のうちに留まらない。不在のひとびとの記憶は街へと出て行くのだ。誰もが持っている自分しか持ち得ない記憶を、他人が持っていない記憶と繋げる。記憶とともに登場人物は自分たちの居場所を見付ける。今はここにいていいのだ。そしていつここを出て行っても、いつ帰ってきてもいいのだ。

海猫食堂と山猫亭の主人たちと、四女と男ともだち。世代の違うふたつの愛の形を観られたこともよかった。恋愛と言ってもいい、でもやっぱりちょっと違う。彼らが同じ時間を過ごせたことを嬉しく思う。ひとにはいつか必ず別れのときがくる。最期のときが判っていても綺麗なものを綺麗だと思える。自分が死ぬときに思い出せること、この映画にはそれがつまっている。男ともだちの自転車の後ろに乗り、桜のトンネルを走り抜ける四女の額を彩ったひとひらの桜。それは居場所を見付けた彼女への祝福に思えた。

それにしても是枝裕和監督は女性を美しく撮る(撮影を手掛けた瀧本幹也の貢献も大きい)。「肢体の美しさが次女役に最適」と監督が評した長澤まさみに対するカメラは格別。生命力としての女性の身体。伊藤佐智子による三姉妹の衣装もディテールが素晴らしかった。普段着も浴衣も素敵だったがいちばん印象に残ったのはやはり喪服。三姉妹それぞれが「ああ、彼女ならこういう喪服を選ぶだろうな」と思えるものだった。フードスタイリストは飯島奈美、納得のテイスト。ストリングスを前面に出した菅野よう子の音楽を聴くのは初めてだったが、彼女と知らなくても印象に残るものだった(実際エンドロールで知った)。

原作は読んでいなかったが、これを機に読んでみようと思う。

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その他。

・どこ迄がアドリブか偶然か判らない、映画の奇跡のような瞬間があったなあ。前述の前髪に載った桜の花びらとか、サッカーのコーチが足ぶつけたところとか、それに対する周りの反応とか
・と言えばこれの鈴木亮平は極端に太っても痩せてもいなくてちょっとホッとしましたよね…身体には気を付けてね……

・それにしても豪華キャスト。そして皆、短い出演時間にも関わらずいい仕事をしてる。大竹しのぶをたしなめられるのは樹木希林くらいであろう(笑)そして風吹ジュン! もう大好き!
・堤真一、加瀬亮、リリー・フランキー、レキシこと池田貴史もいい味出してた
・リリーさん、丁度一週間前に『野火』を観たばっかりだったのでいろいろと…いいひとと巡り会えてよかったねとか思った……(混線)

・すずのともだち風太の面差しが香川選手に似ていて、まぁよく似た子を見付けてきたねえと思ってたら、まえだまえだの弟くん(前田旺志郎)だった。おおきくなって……!(近所のおばちゃんの心境)