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2013年04月28日(日)
『ヘンリー四世』

『ヘンリー四世』@彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

4時間20分見せ切る見せ切る!座組もよかった。

二部作を一本にまとめているので上演時間は長いのですが、その割に間延びがなくスピーディに進みます。蜷川さんが近作で重要視している機動力をフルに活かしている。隊列の行進も印象的で、長い距離を移動しているのだと言うことを、舞台を斜めに横切ると言う形で見せる。一幕と二幕で違う役を演じる役者さんがまたいい。一幕で悲劇の結末を終えた人物が、二幕で違う人生を歩んでる。その逆もある。二幕冒頭は白眉、客席から登場する街のひとびとの魅力的なことと言ったら!これはカンパニーの魅力でもある。こういう、物語の中心となる人物の言動によって自分たちの生活を左右される市井のひとびとの視線を常に置いていくと言う蜷川演出の基本姿勢が、自分にとってはすごく信用出来る。

場面転換は背景幕を換えることで了解させ、それでいてその幕の下から役者が顔を出したりと言う「芝居のお約束」に自覚的な演出も。森のシーンが特によくて、幕の下からひょっこり顔を出したハルたちは、芝居のお約束――お芝居だから背景は絵なんですよ、と周知させ乍らも、緑の木々に埋もれて隠れているように見えた。彼らが鬱蒼とした森にいると言うことがより視覚化し、観客にイメージの拡がりを提案してくれた。このアイディアは役者からのものなのか、蜷川さんが指示したのかどちらかしら。ハッとさせられました。

背景幕がないときは、舞台の奥行きをフルに使い、演者の身体を信用している場をつくる。疾走するハル、跳び回るハル、追いかけるフォルスタッフ。ほぼ裸舞台でふたりの役者だけを見せる。この登場場面数十秒で、ふたりのキャラクターが把握出来る。見ている側はあっという間にふたりに魅了される。それだけに、成長し国を治める立場となったハルの成長と、彼がくだした決断によりこれ迄の呑気な生活が暗転するフォルスタッフの終幕がより胸に迫る。結末を知らないひとには衝撃を、知っているひとには感傷を。青春の季節とその終わりを痛切に伝える両シーン、素晴らしかったです。

鋼太郎さんのフォルスタッフはほんとすっごかったわー、笑わすわ泣かせるわ。これぞシェイクスピア役者!身体に相当な負荷がかかるあの衣裳、あのメイクで、台詞も動きもキレッキレ。観客を巻き込み味方につける、狡猾なのに憎めないフォルスタッフ!女にやたらモテるとこもなんか鋼太郎さんらしいわ(笑)名誉についてのモノローグシーンでは、幕間前とかでもないのに拍手が起こりました。名モノローグであり乍ら名スピーチにもなっていた。それだけにもーね、あのラストがね…(涙)わかっちゃいるけど、自業自得だけどつらすぎた。そしてこの自業自得って言葉は昨今の自己責任って言葉を連想させ、正論だけがまかり通る世の中の窮屈さを皮肉っているようにも見えた。彼のことをほら見たことか、と嘲笑出来る人物は、どれだけ聖人なのだろう。そもそも聖人は嘲笑などしない。

あれよね、イエスキリストが罪を犯したことのないひとだけ石を投げなさ〜いて言ったら誰も投げられなかったって話聖書にあるけど、今はヘーキで石投げるひとが沢山いそーよねってことですよ……。自戒を込めて。我が身を振り返る作業は忘れちゃダメ!

閑話休題。ハル役は松坂桃李くん、シェイクスピア芝居が初めてとは思えない台詞まわし。リズム感がいいのかな、「読んでる」域をちゃんと出ている。いやあよかったわあ、あの冒頭のシーンの無邪気さ。裸舞台を全力で走る。若さの魅力に溢れてる。やがて無邪気ではいられない国の指導者として成長していかねばならず、それが大人になると言うことで、その辺りの揺れを気持ちよく見せてくれました。タイトルロールのヘンリー四世、木場勝己さんもよかったなー。国を統治する荒ぶりと自身の衰えの自覚と、後継者としてのヘンリー五世と同時に息子であるハルへの愛情と。引き裂かれる複雑な感情表現に良心を感じました。『葛城事件』で声はスズナリ、本体はさい芸に同時出演中(笑)の塚本さんはなんだかかわいらしい召使や街のひとをいい笑顔で演じておりました。前述した「市井のひとびと」を演じるニナカンの役者さんは本当に魅力的なひとばかり。岡田さんは最近すっかりおかまちゃんの役が多いですね(笑)。

そして立石涼子さん、冨樫真さん、土井睦月子さんの三人の女優さんが皆素晴らしくて!特に冨樫さん。一幕では夫を戦地に送りそして喪うパーシー夫人、二幕では威勢のいい娼婦ドル。全く違うキャラクターを演じ分ける実力もすごいけど、この二役を同じひとが演じていると、夫を亡くしたパーシー夫人のその後の人生をドルに見るような錯覚が起きます。そこでまた、環境や状況により人生を激変させされる市井のひとびとのことを思う。土井さんの役もそうで、一幕では夫の国(スコットランド)の言葉も判らないまま結婚したウェールズ人(ウェールズ語も披露)、二幕では夫と街を歩く溌剌とした女性。立石さんは二幕通して同じクイックリー役ですが、やはり夫を失っている。この辺り、蜷川さんがさい芸で演出した『オセロー』のデズデモーナとエミリアのことを思い出しました。「打ち捨てられた者たちの悲しみ」。こういう視線を忘れないところも、蜷川演出の好きなとこ。