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2011年04月16日(土)
『欲望という名の電車』

『欲望という名の電車』@PARCO劇場

こわれゆく女を描かせればピカイチの松尾スズキさんが満を持して、と言った感のある『欲望という名の電車』初演出。これまで何度も、いろんな解釈のこの作品を観てきたひとに是非観てほしいし、これが作品初見のひとは是非他の演出版も観てほしいものに仕上がっています。

松尾さんは今回翻案、潤色といったことはやっておらず、つまり書くことは翻訳者にまかせ(今回の訳は小田島恒志さん。2002年蜷川幸雄演出版から改訂したものだそうです)演出に専念。真っ向からこの戯曲に挑んでいます。しかし松尾さんならではのノイズは各所に仕込まれており、その描写が興味深いものになっています。

戯曲自体はちょこちょこカットされている部分もありましたね。オウムの話が途中迄、とか。

いちばん驚いたのは、これ迄戯曲のト書きで読んで頭に入れておき乍ら、実際に舞台で観るとパチっとはまらなかった部分が違和感なく感じられたこと、登場人物たちの言動への理解が多く感じられたこと。猫背さん演じるユーニスに顕著でしたが、例えばブランチを精神病院にぶち込むときが来たとき、「やれやれ、やっと厄介払いが出来る」と言った態度が前面に出ているのです。そしてこれに妙に納得させられてしまう。他にもブランチのことを「うわー面倒な女が来たぞ」と言う感じで扱う空気が濃厚。これはこの街の空気を如実に表しているようにも思えました。貧困、暴力がごくごく普通。酒とギャンブルが娯楽。男は横暴で女はそれを受け流す。殴って暴れて後片付けして仲直りする。ここは“そういう”街なのだ。土地に根ざしたそれは変わることなく自然にそこにあり、外からやってきた者には厳しい顔を見せる。それが残酷な滑稽さとして描写される。

実際、ブランチと天国=エリージャン・フィールドの者たちとのズレた会話には笑えるところが多い。これは他の演出でも自然に表れているものでしたが、その笑いの底に流れる残酷さの根拠が松尾演出ではしっかりと像を結んでいる。これは無理だ、この土地でブランチは生きていける訳がない。そう自然に思わされる。松尾さんだからこそ、松尾さんでなければなかなか出せるものではない演出だったと思います。これはすごい収穫。ブランチの心が崩壊していくさまを具体的に視覚化・聴覚化した場面も流石でした。かなり細かく仕込んでいますが、それが“画”として舞台にたちあがったさまはかなりすごかった。ああひとはこうやって狂っていくんだ、と思いつつ、それが妙にあたたかみを感じさせるもので、悲しく身震いがするものでした。ああなったら誰も助けてあげられない。

反面、どうしても入れずにはいられないのか(笑)戯曲に書かれていない部分での笑いの要素は、笑いつつも疑問が…いやそこも松尾さんだからこそでしたけどね。ミッチがブランチの顔に灯を当てて年齢を確かめるところとか、武闘派看護師とかはえーとそこ迄やるか?とは思いました…。そういえばミッチがつれてた鳩、顔田さんの手品用のものかしら。

秋山さんのブランチは期待通り。美しく哀れでかわいく妖艶で、おぞましいブランチ。ときどき少女のような表情を見せ、タマーリ売りをからかったりする。腺病質な感じと繊細さが紙一重のあやうさが見事でした。池内くんのスタンリーもよかった。粗暴だけどちいさなことに拘りを見せ、プライドが高いがかわいい一面もある。彼とブランチが衝突するのは避けられないと自然に思わせられる魅力溢れるスタンリーでした。てか過去自分が観たスタンリーで、屁をするスタンリーは初めて観た(笑)。しかしこれ真面目な話結構効果的でした。ひとまえで平気で屁をする男、ってそれでもう解るでしょ、いろいろと。この情報量はすごい(笑)。

個人的にステラとミッチは大好きなキャラクター。砂羽さんのステラはホントかわいかった。そのかわいさが次女らしいノホホンさと頓着のなさとして表れており、家を守り続けて敗れた長女ブランチとの対比として効果的でした。あとやっぱりすごいセクシーなんだよね、『人形の家』のノラ的な身体と言おうか。あの声もぴったり。そしてオクイさんのミッチ、すごいよかったー!後半ブランチの正体を知り「夏にやらせてもらえなかったことを」しようとやって来ますが、そのときの態度がとても不器用で悲しい。最後のポーカーのシーンも。ミッチのキャラクターって極端にマザコンにしたり、態度が豹変したとき極端に男の身勝手さを出す演出も多いけど、今回のミッチはどこ迄もひととうまくコミュニケーションがとれない人物として描かれていたことに好感を持ちました。こういうところって、オクイさんの演技もそうですが、どんなしょうもない人物をもあたたかく見詰め冷静に観察する松尾さんの手腕が光っていたように思います。

登場人物皆が愛すべきキャラクター。しかし日々を生きるひとたちは常に残酷な現実と向き合っている。「欲望という名の電車に乗って、墓場という電車に乗り換えて」、ブランチは天国にやってきた。エリージャン・フィールドは、彼女が死ぬにふさわしい場所と言うことだ。天国の住人たちは彼女に引導を渡す役目を果たす。彼女を葬り、街はまた元の平穏を取り戻す。全てを呑み込み流し去り、多くの命が生まれ消えていく海のように。

12月には青年座が鳴海四郎訳、鵜山仁演出で上演します。ブランチは高畑淳子さん(!)。こちらも楽しみ。

(追記:東京千秋楽リピートしました。そちらの感想にもちっとつっこんだこと書きます、印象が変わった箇所もあります。リピートしてよかった!)