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2011年01月28日(金)
『その街のこども 劇場版』

『その街のこども 劇場版』@東京都写真美術館ホール

理不尽な出来事にどう向かい合うか。そしてそれをどう乗り越えるか。あるいはその出来事を、自分の心の中のどの部分に置いておくか。ふたりの“その街のこども”の、ふたつの向き合い方。昨年オンエアされたドラマが劇場版として公開されました。ドラマよりちょっと長くなってた。

15年振りに故郷神戸にやってきた美夏。広島への出張途中、衝動的に新神戸駅で新幹線を降りてしまった勇治。いろいろなやりとりの後、ふたりは夜通し神戸の街を歩く。美夏は親友を震災で亡くし、勇治は父親が震災を利用した商売で大儲けしたことで“ハミゴ”にされ故郷を離れる。美夏は今年こそは追悼のつどいに出るのだとやってきた。勇治は別に思い入れはないと言いつつも、何かがひっかかっていて神戸で降りた。

渡辺あやさんの脚本が繊細。過剰な説明はない。主役のふたり(森山未來、佐藤江梨子)と勇治の上司(津田寛治)が、限られた言葉の裏にさまざまな思いを忍ばせる。上司のポジションもよかった。実際に震災に遭っていないひとの代表でもある。あんな大地震は起こらないと言ってしまう、しかし部下がどんな思いで設計の仕事をしているかを考えていない訳ではない。それを津田さんが絶妙に演じている。

実際に震災を経験している森山くんと佐藤さんの、アドリブかと思うようなやりとりを手持ちカメラがここぞと言う距離で捉える。ちょっと離れる、ギリギリ迄近付く。ボソッとボケてボソッとつっこむ、関西人同士の言葉の応酬も、起こった出来事の重さを思い出すと言うつらい作業を緩和させる。逆に、そうでもしないとつらさに押しつぶされてしまうのかも知れない。あの街のことばつかいは、こういうときに優しく感じる。

メインの3人以外のキャストは、殆どが役者ではない神戸でくらすひとたちだったそうだ。ラストシーンの追悼イヴェントは、昨年の1月17日当日に撮影された。そしてその夜このドラマはオンエアされた。

実際に震災を体験していないひとがあれこれ言うのも失礼だし、当事者が「わかる訳がない」と思うのも当然だと思う。この作品は、その溝に丁寧に置かれたもののように思う。溝は埋まりはしない。しかし橋を渡すことは出来る。そしてこんなことがあった、と言うことを忘れないようにすることは出来る。

自然災害は、いちばん諦めがつきやすく、いちばん納得がいかない。ひとに酷い目に遭わされたりしたときは、その対象を追及し、あるいは憎むことにエネルギーを費やすことは出来る。しかし自然が相手では……。あんなにいい子だったのに、あんなに仲がよかったのに、どうしてあの子が死ななければならなかったの?何を責めればいいの?その答えは永遠に出ない。世界は理不尽なことで溢れている。こどもたちは理不尽な世界でおおきくなる。このドラマは、そのこどもたちを見守る目線で描かれている。台詞のやりとりにも出て来たけど、「学校が休みになって嬉しかった」とか、多分あると思うのこどもには。こどもはそれだけタフで呑気。そしてこどもたちがタフで呑気でいられるように、おとなが守ってやらなければならないと思うの。かつて“その街のこども”だったおとなたちが。

うーん、気持ちはパンパンなのに言葉ではうまく説明出来ないや。脚本よかったー、役者よかったー、演出よかったー、そして音楽よかった!大友さんと阿部さんのタッグは『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』でもよかったけど、こちらも素晴らしかったです。

そんで個人的なあれで言うと、今ウチの田舎(都城)がたいへんなことになってるんで、とにかくおさまってくれと祈るばかりです。

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よだん:サッカー日本代表の長友選手はFC東京時代都城にキャンプに来ていたり、おじいさまが都城のひとで親戚が都城に沢山いるとか、名前の佑都はその縁のある都城から一文字とられたとか言う話(『長友選手に都城市特派大使委嘱』)を知ってますます好感度アップだよ!クルテク(似てるから)とか呼んでますけど。アジアカップ決勝のアシストすごかったね!

そんでスポーツとか芸術って、何の役にもたたないからと社会情勢が傾くとすぐ規制されるけど、ひとの気持ちを元気にしたり心にポッと灯りをともすことが出来るし、そういうのってとても大事なことだと思う。目先のことに惑わされて、イージーに無駄だと切り捨ててはいけないと思う。そんでクリエイターは、そんな周囲に振り回されないで活動出来るといいなと思う。