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2010年03月20日(土)
『石井桃子展 ―石井さんの本はみんなの宝もの』

『石井桃子展 ―石井さんの本はみんなの宝もの』@世田谷文学館

訳者と言う職業を知らない時から、無意識に石井さんの訳書は目にしている。『うさこちゃん』も、『ピーターラビットのおはなし』も、『クマのプーさん』も。石井さんが100歳になられた時、これからのお仕事について意欲的にお話しているインタヴューを新聞で読んで、ああいつ迄もお元気でいてほしいなあ、これからも沢山の訳書を読ませて頂きたいなあ、と思っていたが、一昨年亡くなられてしまった。没後初の回顧展。

最近デザイナーの祖父江慎さんが、新装『うさこちゃん』についてツイッターでいろいろお話されており(→『祖父江慎さんがつぶやく、ディック・ブルーナ「うさこちゃん」について』)、その中に「石井桃子さん、松岡享子さんは訳をするにあたって英語を底本にはしているものの、必ずオランダ語の音で読んで、リズムを大切にしている」「福音館に石井桃子さんの訂正赤字の入った昔の本があったんです。すでに10刷くらいになっているというのに訳を直し続けていたんですね。びっくりしちゃいました。完璧主義!」とつぶやかれていました。今回その『うさこちゃん』をはじめとする、さまざまな作品の訳文赤字原稿や翻訳に際しての細かいメモの展示を観ることが出来ました。

原文の意味を壊さずに、字数やリズムの制限を飛び越える。時には大胆な意訳もあります。しかしそれが、直訳よりも原文のニュアンスを伝えるものになっていたことに気付いたのは大人になってから。“うさこちゃん”や“ねこまきだんご”、“プー横丁”、“トラー”、“トオリヌケ・キンジロウ”……。知らず知らずのうちに、石井さんから翻訳の妙をに刷り込みされていたんだなあ。ちいさい頃に、石井さんの訳で絵本を読めたことに、しみじみ感謝しました。

ディック・ブルーナさんとの書簡もありました。石井さんとブルーナさんは英語でやりとりしており、ブルーナさんの手紙の字が、あの絵の隅に添えられているまるでタイポグラフィのような「Dick Bruna」の字体だったことにも感動したー。石井さんの字も綺麗。どちらも丁寧に丁寧に一字一句を書いている感じ。翻訳に関しての質問と回答、自分の本を翻訳してくれることに関しての感謝。こうしたやりとりが何度もあって、あの絵本はこどもたちに届けられていたんだなあ。だから『うさこちゃん』に親しんだこどもたちは、大人になってもうさこちゃんを大事にして、自分のこどもに同じ絵本を伝えていくんだろう。時代とともに少しずつ新訳が繰り返され、リデザインされても消費し尽くされない、名作の強靭さの秘密を垣間見られたようにも思いました。『うさこちゃん』は今年55歳。『ゴーゴーミッフィー展』も楽しみー。

そうそう、展示されていた『ピーターラビット』シリーズが、ウチにある代の装幀だったのがちょっと嬉しかったな。当時は本の大事さを知らないから、散々らくがきしたり折り曲げたりしちゃってるんだけど、今でも大事にとってあるし、時々読み返したりする。こどもの乱暴な仕打ちにも耐えうるパッケージの強靭さも絵本には必要ですね(笑)。

戦争によって中断された仕事も多々あったそうです。石井さんが『ノンちゃん雲に乗る』を上梓したのは40歳の時。人生は長い、諦めてはいけない。