初日 最新 目次 MAIL HOME


I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME

2004年11月07日(日)
『The Pillowman ―ピローマン』

『The Pillowman ―ピローマン』@PARCO劇場

血がびしゃーっとか内臓がどばーって言う内容を予想しつつ、今日3列目だし血のり飛んだらどうしよう、タオルとか持って行こうか等とびくびくもんで行ったら全く違いました。私はマクドナーに何を期待していたのか。それともこの作品が異色作なのかな?ウワサのマーティン・マクドナー作品初体験。血や内臓は飛び散りませんでしたが重量級、上演時間は195分。以下バリバリネタバレしてます、未見の方はご注意を。

+++++

作家のカトゥリアンが、取調室で机を挟んでふたりの刑事と向き合っている。机の上には箱に入れられた紙の束。カトゥリアンは何故ここに連れて来られたのか判らない。紙の束は自分が今迄書きためてきた童話。作家と言っても、実際に出版されたものは雑誌に載ったわずかばかり、普段は清掃の仕事をしている。

自分の作品に何か問題があり、検閲されるのかと怯えつつも、「物書きの唯一の義務はものを書くことだ」と毅然とした態度を示すカトゥリアン。刑事たちの目的は検閲ではなく、カトゥリアンの書いた童話の内容をなぞったような事件が起きていることに関する取り調べだった。口のきけないこどもが2人殺されている。カトゥリアンの童話と同じ殺され方で。そしてひとりが今行方不明になっている。その子をどこにやった?まだ生きているのか?

身に憶えのないカトゥリアンは当惑する。彼にはひとり、両親の“実験”によって心に傷を受けた兄がいる。その実験により兄はああなり、自分は物語をうまく書けるようになったと話す。別室で取り調べを受けていた兄のところへ行ったカトゥリアンは、その兄ミハイルから、こどもたちを殺したのは自分だと打ち明けられる。カトゥリアンの書いた『ピローマン』のように、こどもたちがこれから成長してつらい思いをしないように、大人になる前に自殺させてあげたんだ。

登場人物4人は、全員過去に家族に関する傷がある。刑事のアリエルは父親から性的虐待を受けていたようだ。もうひとりの刑事トゥポルスキはどうやら子供を亡くしているらしい。アリエルはこどもを虐待する大人が許せない。暴力的な取り調べをする。そんな彼を側で見ているトゥポルスキは、冷静に場を進めようとする。取り調べが進み、ふたりは兄弟の恐ろしい過去を知る。「本当のことを話したら、おまえの作品を焼いたりしない」と言う言葉に望みをかけて、カトゥリアンはミハイルとともにこどもたちを殺したと話すが、供述がちぐはぐなことを追求され、兄が単独でやったことだろうと追い詰められる。

自分は処刑されてもいいが、作品は残してくれ。そう哀願するカトゥリアンを前に、トゥポルスキは言い放つ。「本当のことを話したらと言う条件だった。お前は嘘をついていたじゃないか」。絶望の中でカトゥリアンは射殺される。黒い頭巾を被せられてから10秒待つ、とトゥポルスキは言う。その10秒間にカトゥリアンは何を考えたか?

新作の構想を練っていた。

10秒の約束は守られず、6秒とちょっとのカウント後カトゥリアンは頭に銃弾を撃ち込まれる。新作の構想は途中迄しか出来なかった。アリエルは紙の束に火をつけようとするが、しばし考えて、火を消し、紙の束を大事そうに箱に入れ、蓋をして持ち去る。カトゥリアンの作品は残ったのだ。

+++++

やりきれない話ではあった。こどもは本当に無力なのだ。しかしマクドナーは問題提起をしている訳ではないと思う。「物書きの唯一の義務はものを書くことだ」。自分が物書きだと自覚しているひとは、告発や糾弾のために書くのではなく、書かずにはいられないから書くのだと思う。

役者陣は全く無駄のない素晴らしい仕事っぷりでした。膨大な台詞、しかも“おはなしを聞かせる”ためのモノローグも多い。高橋克実さんは本当にすごかった。善良そのもののようなカトゥリアン。しかし彼は確かに“物書き”だった。舞台で観られることが嬉しいひとです。近藤芳正さんも、山崎一さんも。にゃきゃやま祐一朗さんもがんばってましたよー。終盤の「…俺に訊いてるのか?」の間はこのひとならでは。

あくまでストイックな舞台で、ストーリーをしっかり伝えた長塚くんの演出もお見事でした。兄弟の過去を描くシーンや、童話の再現シーンの寓話性も面白かった。緑のペンキまみれのこどもが出てきた時は、本当にホッとしてため息が漏れました。オープニングの映像やプログラムに使われたイラストも効果的でした。

作家はどこまでも自由でなければ。作家を遮る権利は誰にもない。だが?

カトゥリアンが「うまく書ける」ようになったのは、両親の“実験”によるものだ。それはカトゥリアン本人も認めている。作家はひとりではないとも言える、繋がっているとも。そこを考えると何とも気が重くなる。カトゥリアンが義務と思って書き続けていたものは、本当に彼が書きたかったことだったのだろうか?両親の実験がなければ?兄が実験の初期段階で死んでしまっていたら?彼は違うものを書いていたかも知れない。もしくは、書き続けることもなかったかも知れない。

宗教的な側面も匂いましたが、それについては割愛。いいもん観ました。

****************

■劇場の仕様だった
先月『夜叉ヶ池』でPARCO劇場へ来た時に、トイレの壁面が蛍光色だったのは今回限りかな?と気になったと書いたのを確認してきました。蛍光色のままだった。てことは元からか…『夜叉ヶ池』以前にも何度も来ているのに何故気付かなかったんだろう。それにしても派手なトイレだよね(笑)