
|
 |
| 2003年10月12日(日) ■ |
 |
| せやから、蝋燭ぷれいはやめなはれ |
 |
実は今日、京滋大学リーグの試合を見に行こうと思ったが、朝に母が体調を崩した。別に母は「出かけるな」とは言っていなかったが、どうも家を出る気にはなれなかった。こんな事態、初めてだ。昔ファームの試合を見ているときに、おじいちゃんが死んだと電話で聞かされても普通に試合を見ていたのに。寝込む母を目の当たりにして、自分が無力なのを思い知った。やっぱり、私の年頃って結婚してるか、仕事持って自立していなければならないんだなって改めて思った。もしもお母さんは死んだらどうしよう。縁起でもないけど、そんなことを考えると、あれもこれもで気持ちがどんと沈んだ。
幸い母は夕方になると症状が楽になったみたいで、昨日から約束してたともきちとのおデーに出かけることが出来た。滋賀県内一号線を、歩く、食べる、歩く、飲む。歩行者通行禁止の小さいトンネルの路肩を通って、車に“ファンッ!”と一発かまされた。
締めは、駅前のビルの屋上にあるバー。屋外のテラスに席を取った。滋賀の夜景は、どぎついネオンがなくて上品だ。街が静かなのもいい。ライトは星のような色をしてる。視界の端に琵琶湖を捕らえながらの乾杯。初めて飲んだのだけど、ラムインコークはうまい。テーブルの真ん中にははかなげに揺れるろうそく。これが明かり代わり。メニューが見にくくて苦戦した。私たちはラムインコークをちびちびやりながら、時間をやりすごす。
私はこないだ換えた携帯のアドレス帳をいじりながら、六甲おろしは誰の着信音にしようかと迷い、ともきちは一人蝋燭ぷれいにいそしんでいた。蝋(ろう)を指先にたらし、「見て、見て〜。私の指紋模様のろうそくが出来たぁ」「うわ、指先が蝋燭になった」とか言ってた。挙げ句の果てに、「この微妙な熱さが快感やねん」だってさ。明らかのMキチじゃねえか。ま、私も高校時代はクリスマスミサ(兼二学期終業式)のとき、ヒマだからと蝋でプログラムが書かれた紙に「あほ」って書いて遊んでたけどさ。どうやら、彼女とのつきあい方を考え直さねばならない時期がきたみたい(嘘)。
でも、類友とはよく言ったもので、私も家帰ってネットでフラフラ野球系サイト見てたら凹んでしまうのに、いっつも見ているもんなあ。自分をいじめたいとしか思えへん。
|
|