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| 2003年09月24日(水) ■ |
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| ブブスケ特別寄稿「東の県から〜2003乱入」 |
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阪神が劇的な優勝を遂げた9月15日から遡ること4日の9月11日、私は始めてあるこさんとお会いしました。
私があるこさんと知り合ったのは別の方が管理人をされていたHP(残念ながら現在は閉鎖されています)の掲示板でした。私はそのHPを直接知っていたわけではなく、いつも訪れていたHPとリンクしており、その縁で訪れるようになったに過ぎませんでしたが、あるこさんと同志ということもあってか、以来、2年以上にわたり掲示板やメールでのやりとりをさせて頂き、今日に至っていました。しかし、住んでいる所が京都と埼玉ではお会いする機会がないのも仕方がなく、「どういう方かな〜」とずっと思っていました。当然、野球日記の愛読者でもある私は、関西弁で書かれている日記を見て「典型的な関西系のネーチャン」(これを説明しろと言われるとちょっと辛いです)というイメージを持っていましたが、実際お会いするとごく普通の女性でした(「にょろ〜ん顔」かは、ちょっと…)。人間、変な先入観を持ってはいけません。その日は野球の話はもとより、以前掲示板で書かれていたこと(それこそ「○ー娘。」の話もありました)を話したりして、楽しく過ごすことができました。
さて、あるこさんと私を結び付けたのは「野球」ということになりますが、偶然にもあるこさんとお会いした9月11日というのは、ご存知の通り、アメリカで同時多発テロが起きた日でもあります。今でこそ、野球に関する本は本屋等で多数出版されており(これを書いているのが阪神優勝直後のせいか、阪神関係本のコーナーがある所もあります。関東なのに…)、また、野球をやることに関して敵国のスポーツだから禁止ということもありません。しかし、今から約60年前、我が国では野球そのものができなかった時期もあったことを我々は忘れてはならないし、また、現在、野球に関して自由に語ることができることに感謝しなければならないと思います。
私事になりますが、私は阪神ファンであるのに対し、家族は巨人ファンであり、シーズン中は「勝った、負けた」と一喜一憂していました。そのとき、私は「本当に平和だよね〜」と言っていました。そして、私には現在2歳弱の甥がいますが、彼を見ていると今後も野球に関係なく平和であることを祈らずにはいられません。自分の子ができたら尚更でしょう。
最後に、今回特別寄稿という形で投稿させて頂きましたが、文才のなさも手伝って、苦労しました。この作業をほぼ毎日こなされているあるこさんや他の野球日記の作者の皆さんに敬意を表すると共に、あるこさんや掲示板で知り合った常連さんの方とお会いする機会があることを楽しみにしております。そして、私の拙い投稿を読んで下さいました読者の皆さん、ありがとうございました。m(_ _)m
to be continued…もとい、おわり(もう書けません)
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