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| 2003年06月12日(木) ■ |
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| 甲子園の残像 |
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2年生ながらレギュラーメンバーとしてあこがれの球場に立つことのできた選手は、お父さんにこう言った。「甲子園はやっぱり違う。別格や。また戻ってきたいところ。常連校が強いのがなんでかよくわかった」
「ベンチからはずれるのは…」 その後に名前を呼ばれた2人の選手は、京都大会では入れたベンチに、甲子園では入れなかった。18−16=2。単純ながらなかなか辛い計算。1試合も出ていない、下級生。冷静に考えれば、可能性のもっとも大きい2人だった。1人はキャプテン、1人は内野手として、今最後の夏を迎えようとしている。今年から甲子園のベンチ入りメンバーは、18人になるという。
「監督さんに声が大きいのを気にいられて、スコアラーとしてベンチ入りした」選手もいる。当時、東山はスコアラーを固定していなかったようで。彼は今でもベンチで大きな声を出して、チームを引っ張っている。ときどき彼が試合に出るのだがそのとき、やっぱりベンチはちょっと元気に欠ける。
「息子はあのとき、ボールボーイとして球場にいたんや」。そう話してくれたお父さんがいた。甲子園のボールボーイは自チームが2人出すのだが、なぜ彼だったのかははっきりわからない。そのとき、彼は故障というかあまり状態のよくない時期だった。甲子園はどう見えたのだろう。練習用のアンダーシャツには、こう書かれている。『目指せ、夢のマウンドへ』
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