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| 2003年06月05日(木) ■ |
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| “話を聞く”責任 |
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私もこの日記にときどき書いている。「話を聞いてみたい」。つまり取材とかインタビューとか。でも、未だにできずにいて、自分には向いていないということがようやくわかり始めてきた。
塾の先生がこんなことを言っていた。 選手や関係者など、自分が話を聞きたい人からただ話を聞く。それはすごく自己中心的な行為なのではないか。わざわざ時間をさいて、話してもらうからにはその人にとってもメリットのあるものでないといけないんじゃないか、と。
すっごく説得力のある言葉だった。私が話を聞けずにいる一因はそこにもあるんじゃないかと思った。私は選手やチームや関係者や、自分が話を聞きたいと思う人のためにできる“何か”がない。確かに、誰だって始めから話を聞く相手のためになる文章が書けたり、話すことによって相手がメリットを得る話し方ができるわけではない。塾の先生は、私たち生徒が生きてきた分くらいライターとして生きている。重さが違う。
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