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| 2002年11月11日(月) ■ |
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| 紫の糸 |
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偶然の重なりを運命と呼ぶのかもしれない。今日の出来事は、私にとってそれくらい驚いた。
夜、ともきちとおち合って、東山の練習を見に、グランドを足を運んだ。グランドには野球のユニフォームを着た選手がいたのだが、どうも違和感がある。軟式の子かもしれない。グランドに入る前に念のために確認しておこうと、外のブロック越しにグランドを覗いた。一人二人とグランドに姿を見せた選手は、見慣れた面影ばかりで、どうやらこれから硬式の練習が始まるようだ。来て良かった。そう思って、グランドに入ろうとすると、懐かしい顔とすれ違った。目があった。
「おう、久しぶりやんけ。まだ来てんのか」。その顔に苦笑いが浮かんだが、悪い気はしていないようだ。青色のベストに薄いストライプの入ったシャツ。グランド側にある喫茶店のマスターの制服。仕事帰りのようだった。こうして話をするのは久しぶり。「まだ嫁に行ってへんのか」とか、「ここまで(追っかけを続けて)きたら、もうとことんやれや」などとからかわれはしたが、それでもこれからの東山に期待をかけているようで、明るい話が続いた。ひとしきり話した後、「また、店にもおいでぇや」と言って去っていった。
久しぶりの再会に興奮を抑えられないまま、ともきちと二人でグランドに入った。そして、どっちが言い出したかは忘れたが、「ああ、ひとまわりしたな」と一言。応援に限らず、何事も続けるということは、いい意味であれ、そうでないであれ、進んでいることとイコールだと思っていた。ところが、私たちがやってきた追っかけは、そうではなかったようだ。このとき、初めて気付いた。
ひとまわり。スタート地点はもちろん、追っかけを始めた当初である。11年前のちょうど今ごろ、近畿大会の試合に感動した私たちは、初めてグランドに足を運んだ。すでに夜で、ナイターの白い光が色鮮やか。シーンと静まりかえったグランドに、選手たちの低い声が響く。グランドの門は開いていたが、はりつめた空気が私たちをグランドには入れなかった。私たちは今日と同じように外のブロック越しに練習を見ていた。そこに声をかけてきたのが、前出の喫茶店のマスターである。それ以来、甲子園応援バスに乗せてもらったり、成人式の振り袖姿を見せに店に足を運んだり、就職の悩みを聞いてもらったり…つきあいの途切れた時期もあったが、そうして11年が過ぎた。
そして、今日、全くと言っていいほど同じようなシチュエーションで再会したのだが、今日ここにいたことは本当に偶然だった。本当なら、私は夕方まで仕事で帰宅は夜の8時か9時くらいの予定だった。ところが、会社の手違いで午後の仕事がなくなり、午前中で仕事が終わった。そんなときに、ともきちから、「久しぶりに会いたいな」というメールをもらった。で、グランドに行こうということになったのだ。もし私の仕事が夕方まであったら、メールを見ても会えなかっただろうし、マスターとも今日のあの時間だっただから会えたのだ。会う日の候補に挙がっていた明日は定休日だし、閉店時間を考えると店から出る時間というのもある。それに、グランドの中にいたら間違いなく気付いてもらえなかっただろう。こうして羅列してみると、すごくささやかな偶然が重なっている。
だからというわけでもないが、あのときからひとまわりしたと思った。あれから、たくさんの人と出会い、たくさんの試合を見、泣いて笑って怒って感動した。思うことも一杯あった。選手との距離感、父兄さんとの関わり方、東山の首脳陣の人事も、している野球も大きく変った。選手の気質もそうだろう。それに対して、はがゆかったり、無力感に襲われたり、イヤになったり、冷めたりすることもあった。そうして、甲子園行きを素直に喜ばなかった自分が形成されてしまったのだが、そのことも含めて、すべてがひとまわり。良くなったわけでも、悪くなったわけでもなく、ただ元に戻っただけ。それがなんだかすがすがしくていい。
追っかけ故に抱いていた複雑な感情がイヤだった。消してしまいたいと思った。でも、それをも受け入れることが出来るような気がする。
今日は自主練習だったらしく、選手はのびのびと各々の課題に取り組んでいた。普段以上に選手の生声が聞こえ、かなり素の言葉もあり、聞いていて楽しく、ともきちと二人で笑いっぱなしだった。(明らかに練習の邪魔だったね。ごめんなさい)
世界は何も変っていないし、自分の現状も変っていない。でも、今日は“幸せ”の2文字が身に染みた。こうして、これからもこのチームを見続けていくのだろう。ともきちが言う。「(東山から)離れようとすれは離れられるだろうし、離れてしまうのが普通。それに実際離れようとしたこともあった。でも、誰がか私たちと東山を引き合わせてくれているような気がする。今日、マスターと会ったことだってそうなんじゃないかな」。私たちと東山は赤い糸、もとい紫の糸で結ばれている。きっとそうなんだ。
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