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| 2002年05月19日(日) ■ |
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| 杜の都の解放区(前編) |
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今日は、朝イチののぞみに飛び乗って、一路仙台へ向かった。今まで東京までなら何度か来ているのだが、さすがに東北新幹線に乗り換えるときは、さすがに興奮した。
当日は、夏を思わせる陽気だったので、あまり東北に来たという時間はなかった。駅で伊達政宗像を写メールで友人に送ろうと思ったが、らしきものを見つけることが出来なかった。
今日、観戦したのは、仙台第一高校と仙台第二高校の野球定期戦。毎年この時期に行われるもので、地元では野球のメインイベントの一つであるようだ。“杜の都の早慶戦”とも呼ばれている。3戦行われて、先に2勝した方が勝ち。今日は、2戦目が雨で流れたあとの3戦目だった。
試合会場の宮城球場は、JR仙石線(地下鉄です)の「宮城野」駅を下車して、徒歩5分程度。宮城野総合運動公園の中にある。駅を降りるとすぐそばに仙台育英高校の校舎が建っている。
球場入り口には「仙台第一高校・仙台第二高校野球定期戦」と書かれた看板がたててあり、受付で入場料500円(高校生100円・中学生以下は無料)を払うと、メンバー表をもらって、観客席へ。
よく宮城球場のボロさが嘆かれているが、なんてことない普通の球場だった。ネット裏最上段、フィールド全体を見渡せる場所を探して腰掛けた。
試合開始一時間前、早くも両校スタンドの応援が加熱気味。ノック練習のときも、打球が飛ぶと「レフト〜」とか言って声を張り上げていた。
一塁側は、仙台第一高校。赤くてバカに長くて大きいメガフォンが目立つ。三塁側は、仙台第二高校。白い学ランを着た応援団員を中心に手を叩いたり、いろいろなポーズを取ったりしていた。
外野にはOB応援団が陣取る。ネット裏には、地元ファンや父兄さんらしき方が陣取る。練習試合の一部として位置づけられている他校の定期戦とは違うのは、ここの観客層でよくわかる。
顕著な特徴は、女性の1人観戦者がわりといたこと。実際私の隣にいた女性も30代か40代くらいの女性で、スコアをつけておられた。
今年は、両校とも投手を中心とした守備の堅実なチームとのことで、好ゲームが期待できた。
先制は、仙台第二高校。単打をつなげたり、積極的な走塁をしたり、相手のエラーに助けてもらったりとこつこつ積み重ねて、3点をリードした。
しかし、中盤、仙台第一高校に同点3ランホームランが飛び出した。場内はおおいに沸いたが、三塁側スタンドはただ呆然。攻撃守備お構いなくひたすら応援を続けていた彼らの動きがこの一瞬だけ止まった。しかし、その後すぐ、それまでと変わらない応援を続けた、そう、まだ負けたわけじゃない。
それでも、流れが変わったのは間違いなく、仙台第二のナインに疲れや集中力のなさを見受けることができた。ピッチャーの球が大きくずれ、キャッチャーが追いついた。幸いそれほどはずれていなかったため、セカンドにいたランナーはそのまままだったが、キャッチャーは肩で息をし、一瞬足を止めてしまった。
すると、仙台第一のセカンドランナーは多少躊躇しながらの三塁へ。キャッチャーはあわてて送球。タイミング的にはアウト。しかし、あわてていたため、送球が上の逸れ、判定はセーフ。結局、得点には至らなかったが、もったいないプレーだなと思った。
結局、3−5で仙台第一が勝利し、1戦目の勝利も併せて、定期戦優勝を決めた。9回裏、仙台第二も二死二三塁まで攻めたてる粘りを見せた。久しぶりに高校野球を見て、ドキドキした。
勝利の瞬間。仙台第一ナインは一斉にマウンドに駆け寄り。まるで甲子園行きを決めたかのごとく抱き合って喜んだ。応援団のテンションはもっとすごかった。負けた仙台第二のスタンドはただ立ちつくし、その光景を見守っていた。
続いて閉会式が行われ、勝った仙台第一高校にトロフィーやカップが送られた。閉会式が済むと、部員はそれをスタンドの応援団に見せつけ、喜びを分かち合った。
そのあと、応援団による応援合戦は約1時間ほど延々と続いた。一部の熱心な観客はいつまでも席を立つことなく、そんな光景を見守っていた。
ベンチ入りしていない部員は、白いゴミ袋を持って、球場内の隅から隅までのごみを拾って回っていた。「ごくろうさん」などと悠長なことを思っていたが、実は私、シートにお弁当のバックを置きっぱなしにしていたのに後で気づきました。ごめんなさい!
ちなみに試合終了後の両校部員は、「学校に戻り、焼き肉を食べるんです。毎年というわけではないのですが、親がしてあげようという年はたいていやっていますよ」(仙台二高父兄さん談)、「解散です」(仙台一高野球部員談)、とのこと。
応援についてなど、もう少し書きたいことがあるので、明日の日記を後編とします。
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