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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2002年04月28日(日)
愛犬・シロと高校野球の月日


 今日の昼間、「家族やから」という番組を親子3人で黙々と見ていた。この番組は、家で飼っている犬の“老い”とどう向き合っていくのかを問うドキュメントだった。

 番組は、4,5匹の老犬を取り上げ、その暮らしぶりを追いかけたり、家族の話によって構成されている。

 交通事故で体が不自由になった犬、痴呆で深夜に吠え続ける犬、寝たきりになってしまった犬などが、取り上げられていた。中には取材中に亡くなってしまった犬もいた。

 犬といえば、元気に走り回っている姿を真っ先に思い浮かべるが、犬も生き物である以上、年をとる。番組を見て、その介護がいかに大変か痛感した。

 しかし、これも我が家では人ごとではない。うちには犬がいる。毛並が白いことから、つけられた名前は「シロ」。なんて安直な…。紀州犬と秋田犬の雑種で、近所の人の軒先に住み着いた野良犬が生んだ子犬だった。家の人が困って保健所に連れて行こうかと思案していたところを、親が引き取ってきたのだ。


 1991年4月5日。阪神甲子園球場では、センバツ高校野球大会の決勝戦が行われていた。対戦カードは、松商学園ー広陵。どちらも名門校だが、前評判ではV候補には全く挙がっていなかったと記憶している。

 松商学園は、緒戦で大会屈指の好投手・鈴木一朗選手擁するV候補の一角・愛工大名電を3−2という僅差で下したあと、続く、天理・大阪桐蔭・国士舘とこれまたV候補を全て完封でなぎ倒し、決勝戦に駒を進めた。

 原動力は、もちろんエース・上田佳範投手。信州っ子を思わせる白い肌に、今では考えられないほど太く濃い眉毛が端正さを引き立てていた。申し分のない投球内容で、強豪を次々と倒していく。最後のバッターを討ち取った瞬間は、オーバーなほどのガッツポーズに満面に笑顔。そのさわやかさがもてはやされ、甲子園にはたちどころに“上田フィーバー”が巻き起こった。

 私もそのフィーバーに巻き込まれたファンの一人だった。スタンドには、頭を丸刈りにして、油性のペンで「上田」と書いて応援していた気合いの入った年輩男性もいた。この日も、上田投手の完封で松商学園が勝つことを信じて疑わなかった。

 対する広陵高校は、緒戦の三田学園戦で、終盤までリードを奪われていたが、土壇場で同点に追いついた。その後、悪天候のため、引き分け再試合が決定し、それを見事にものにしている。

 それからは、するすると勝ち上がっていった。一つ特筆するとすれば、ベスト4で、2試合連続逆転サヨナラ勝ちをおさめ、“ミラクル”と称されていた市川をそつのない試合運びで、下しているミラクル止めをしている。ともすれば、この上田フィーバーをも止める可能性は十二分にあったはず。しかし、当時の私はそこまで頭が回らなかった。

 試合結果は言うに及ばす。5−5の同点で迎えた9回裏、二死一二塁から、広陵・下松選手の放った打球は、ライトへぐんぐん伸び、精一杯差し伸べたライトのグラブのすこし先をあざ笑うように抜けていき、緑の芝生に落ちた。すでにスターを切っていたセカンドランナーがホームを駆け抜けていた。ライトを守っていたのは、途中で降板したフィーバーの張本人・上田選手だった。

 あまりにも非情なドラマに放心状態になった。上田君、かわいそうと思った。事態が飲み込めず、結果をとても信じられなかった。


 シロが我が家に来たのは、そんな日の夜だった。犬の嫌いな私は「えらいことになったな」と気持ちがますます沈み込んだ。段ボールの中に入った子犬が夜泣きするのが耳障りでかなわなかった。家族に承諾なく、勝手に犬を飼う親に腹立たしさすら覚えた。人生、自分の思うようにはいかない。この日、そんなことをかすかに感じたっけ?

 月日がたち、家族はシロを抱いたりあやしたりしてかわいがったが、私は一向に関わろうとはしなかった。だから、子犬だったころのシロについてはあまり記憶がない。

 それから、2年ほど経った。姉が大学に進学するための入学準備品を買うため両親と出かける機会が多くなった。当時我が家には祖母が同居してたが、留守番を申しつけられるのは、やはり私だった。シロが一人で寂しがらないようにと、家の中に入れて、両親と姉が出かけていった。

 1階の居間には、私とシロの二人(?)きり。私は、シロに構うことなく、テレビを見たり、本を読んだりしていた。しかし、そんな日々も積み重ねてみるもので、シロは自然と私になつくようになった。私のそのころには、犬はただかみつくだけの動物ではないことがわかり、ちょっとずつだがシロと関わるようになった。

 今では、「犬ってかわいいなあ」と思う。両親や姉に比べると、まだまだ愛犬意識は希薄だが、それでも「シロがいなくると、泣くかもなあ」と思うし、いつか必ず訪れる別れの日を思うと、切なくなる。

 シロは、今11歳。人間にたとえると60歳。還暦を迎えたおじいちゃんだ。家族が過剰にえさをやるため、丸々と太ってて、成人病が心配なくらいだが、今のところは元気だ。それでも、気づいたらよく眠っているし、以前ほど部屋を駆け回らない。また、散歩でも途中で疲れてしまうみたいだと父が言い、時々訳のわからない吠え方をすると母が言う。シロにも確実に“老い”は忍び寄ってきている。


 シロが我が家に来た日、悔しい敗戦を喫した上田選手は今、日本ハムファイターズの中堅選手としてがんばっている。
 
 その年の秋、ドラフト1位で日本ハムに入団した。入団当初は投手で、会見では「200勝投手になりたい」というコメントを残している。しかし、それも叶わず入団3年目かで外野手に転向。一時はレギュラーを張っていたが、今はもっぱら代打で出る程度になってしまった。

 テレビに映るたび、当時の上田選手の姿を思う。実況アナウンサーや解説者も「“あの”上田選手」という風に口にする。

 日頃は、あちこちによだれを垂らしたり、寝ているところを「(体)さすってくれ〜」と伸びた爪でお手をしてくるので、顔がいたくてかなわない。だから、「あ〜。うっといなあ。どっか行けや!」とシロを邪険に扱ってしまったり、気分の悪いときにやはた吠えられると、思い切りしばくこともある。

 でも、テレビで上田選手の姿を見かけるたびに、「もう少し優しくしてやらなあかんなあ」と思う自分がいる。