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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2002年03月26日(火)
9年前の今日。


 9年前の今日、私は阪神甲子園球場にいた。

 センバツ高校野球。開幕日第三試合、日はもうすっかり落ち、すでに序盤から点灯試合になっていた。春の夜は肌寒く、盛り上がりを見せるのは両校アルプスだけ。オレンジシートもグリーンシートも外野スタンドも、悲しくなるほど閑散としていた。ああ、これも「甲子園」なのか、と思った。

 序盤、大会ナンバーワンと言われていた左腕投手が制球難で苦しんだ。大会前からある程度不調が伝えられていたので、私は別段驚かなかったが、やはりこんな大舞台ベストピッチをさせてあげたいと思った。

 結局、左腕投手は4回持たずに降板。時たま三振を奪った威力のある球にのちの活躍の布石を見せたに過ぎなかった。

 変わって(正確には「代わって」なのだが、試合の流れを変えたことや、投手としてのタイプも違うため、ここは敢えて「変わって」とさせていただく)投げたのは、2番手、いやもう一人のエース。小柄ながら、なかなか安定したピッチングをする。そして、この試合ではそれにも増して好投し、三振を次々と奪った。一時は下がったテンションも一気に上がった。

 当時は、アルプススタンド中段で、応援団を斜めに見下ろせる場所に陣取っていた。周りは私たちと同じような女子高生ファンばかり。どこのスナックの姉ちゃんやねんというようなケバケバしい子から、いかにも「女の子」しているかわいらしい子まで、身動きが取れないほど押し掛けていた。

 どの子の顔を見ても、「同じクラスになっても、絶対友達にはなれない」タイプだった。野球の応援でなければ、間違いなくそばにもよらなかった。

 しかし、2番手投手の好投で、知らない間に彼女らと一緒になって黄色い声を張り上げていた。

 2−3で迎えた終盤。ヒットで俊足のランナーがホームを突いた。タッチアウト。

 「今の、絶対セーフやって!え〜、いややで、そんなん〜」
 声を枯らしたが、本当は、心の底ではアウトだと分かっていたし、こんなスタンドの片隅で見ている私なんかより、審判の方がはるかに正確だ。

 わかってた。けれど、言いたかった「絶対セーフやって!」。試合は、私の力ではどうすることもできない。スタンドの声援は力になるとは言うけれど、確実に勝利を運び込む手だてではない。野球が、ゲームが、自分の手の届かないところにあり、自分ではどうすることもできないことを認めたくなかった…。

 試合の流れが変わった。この時は今よりも更に野球を知らなかったが、ホームタッチアウトというチャンスを逃した劇的に演出されたダメージが、セオリーではどういう結果を呼び起こすのかは知っていた。

 ずっと肩に入っていた力が一気に抜けていく。ピッチャーが打たれる。外野手はボールを追って走る。その背中が切ない。

 勝利はもうないだろう。野球は9回裏ツーアウトまでわからないというけれど、ふとそう思った。

 そして、そんな自分がイヤでイヤで必死で声を張り上げる。恥も外聞もあるか!この日、選手を下の名前で呼んだ。おそらく最初で最後だろう。それくらい興奮していた、いや興奮しようと一生懸命だった。

 1点差。終われば、トリプルスコアになっていた。
 
 おそらくあったと思われるエール交換だが、実は、まったく記憶がない。帰り、一緒に応援してた女の子と「残念やったね」「夏、またここで会おうね」と話した。それは、試合終了後、両チームがホームプレートを挟んで整列したあとに似ていた。口ではそう言ったけれど、夏のことなんて考える余裕はなかった。

 この日最後の試合だったため、慌ただしい移動はない。それでも、多くの人の移動で、通路は詰まっていた。

 ふと気付くと応援団が、スタンドのゴミを拾っていた。私たちもそれに倣った。元々ゴミがそれほど出ていなかったのか、すでにかなりの量がかたづけられたあとなのかわからなかったが、ゴミは探して見つけだす程度しかなかった。見た目には目立たない。でも、ゴミを拾いたかった。試合は負けたけれど、応援マナーでは負けていなかったぞ、と胸を張りたかった。また、ブルーのゴミ袋を持っている部員に「おつかれさま」と一言、言いたかった。これは、一緒にいたともきちも同じ思いだった。。

 ゴミを一緒に、悔しさや寂しさややるせなさを拾い上げる。このまま時が止まっていて欲しかった。

 閉門時間が迫っていた。再三の場内放送があった。応援団の部員たちはそれでもごみ拾いをやめようとしない。気持ち、わかる気がする。ここを、離れたくない。

 片手に足るほどのゴミを部員の広げる袋の中に入れた。ともきちが「おつかれさまでした」と言った。彼は小さく頷いてから、会釈した。言葉はなかった。



 あれから9年。

 昨日の開会式にの前に、過去にセンバツに出た有名選手の当時の映像が映し出されていたらしい。

 桑田、清原、水野…。壮絶なメンバーの中で、当時の岡島投手が映し出された。見ていた母は言う。

「気分よう投げた球を、カキーンと打たれて、がっくりしていた姿やったよ。やっぱり高校生の頃はかわいかったわぁ」

 もっと、いいこと映してあげてよぉ〜。