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| 2015年03月15日(日) ■ |
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| その1割に、プロかアマチュアかの違いが出る |
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親友が後援会長をしているので、一緒に応援している 沼津市出身の落語家「三遊亭橘也」の会報「みかん」から。 (噺家って呼び捨てでいいのかな?) この会報の一部、橘也本人が執筆しているのだろう、 師匠(三遊亭圓橘)との会話を楽しく、判りやすく紹介している。 その中で「落語は、聴くものか、観るものか?」と訊かれた話が 印象に残っている。 テレビっ子で育った私たちは、落語家の顔・容姿をはじめ、 寄席などにも「落語を見に行く」と言ってしまうが、 2人の会話から知ったことは、(圓橘師匠曰く) 「落語は9割は聴く、あとの1割が観る。 1割は、扇子や手拭の使い方、仕草や表情などであるが、 その1割を、ちゃんとやるかどうかで、 プロかアマチュアかの違いが出る」ということ。 基本的には落語は聴くもの、と言いつつ、耳にする声以外の部分を 大切にすることが出来るかできないか、にプロ意識を求めるところは 思わず、頷くしかなかった。 ラジオやテープなど、声しか聞こえない媒体でも、 高座に上がる時と同じように、扇子や手拭の使い方、仕草や表情まで、 しっかりやっていることが理解できた。 名人と呼ばれる人たちの落語は、雰囲気が違うんだな、きっと。
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