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| 2014年09月20日(土) ■ |
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| 彼女の「書」が「絵画」に見えた。 |
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ほぼ毎日「金澤翔子」さんの書に触れた時間が、今日で終わった。 彼女が書いた、この「書」と毎日毎日向き合うことで、 なにか私の心の中で変化が起きるのか、楽しみに通い続けた13日間。 最初の4日間、実は何もわからなかった。 どうしてこの「字」が評価されるのか、素直に受け入れられなかった。 会場で観ている人たちは「凄いねぇ」と口にして帰っていくが、 私には、その凄さが何なのか、見えてこなかった。(汗) 次の4日間、どうして毎日眺めても飽きないのか、不思議だったが、 やはり、その「魂」が伝わってこなかった。(すみません・・(汗)) そして、最後の4日間。「書」なのに、近づいたり離れたり、 鑑賞の仕方が、美術館で絵画を観る動きと同じことに気がついた。 私のくだらない先入観から「字」としてその意味を考えてしまい、 彼女はこの「字」(単語・熟語)の意味が、本当にわかるだろうか、 そんな感覚で観ていたから、なにも伝わってこなかったんだ、と 気付いたとき、彼女の「書」が「絵画」に見えた。 まさしく「あっ、わかった!」という瞬間を味わうことが出来た。 白い半紙というキャンパスに、黒の墨で描かれた絵画、 いや、黒いはずなのに、かすれた部分に色を感じたのは、 私の錯覚ではない気がする。(墨絵とはちょっと違う感覚だけど・・) 「空」という字は、死んだお父さんの笑った顔、という解説をみつけ、 今回展示された迫力のある作品の中では、目立たない小さな「空」が、 私を惹き付けて離さなかった理由がわかった。 私にとっては、とても素敵な「金澤翔子絵画展」だった。
P.S. 京都・建仁寺に、彼女の描いた「風神・雷神」がある、と知った。 俵屋宗達の「風神雷神図屏風」と並んで・・。 また、京都に行きたくなってしまった、この「絵」を観るために。
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