
|
 |
| 2014年07月05日(土) ■ |
 |
| 「戦争反対」・・「だから、賛成」「だから、反対」 |
 |
「集団的自衛権の行使」について、日本国内が揺れている。 気になっているのは「戦争反対」という想いは同じなのに、 「だから、賛成」という人と「だから、反対」という人がいること。 昨日紹介した「軍師 勘兵衛」の決め台詞「道は一つではありません」、 富士登山道も、幾つかの方向から頂上を目指すのと似ている。 誤解ないように前置きすると、私が心配しているのは、 多くの国民の一方的な「賛成・反対」の主張ではなく、 マスコミ各社の論評がほとんど「だから、反対」ということ。 どこかのマスコミが「だから、賛成」という主張をするのであれば、 論議の対象となるが、一方的な偏った報道は、情報操作を疑いたくなる。 へそ曲がりとはいえ、元来、議論とはそういうものだと認識している。 そんな考えを前提に、私は「だから、賛成」派。 判断の基準は、2014年04月24日(木) の日記に書いた 「アメリカ抜きに『戦後日本』は成立し得なかった」に基づく。 書籍「『永遠の0』と日本人」(小川榮太郎著・幻冬舎新書刊・259頁)で 著者が「我々日本人は『平和憲法』のおかげで、平和が続いたという フィクションを信じ込んでいる」と主張する考え方に近いからだ。 さらにこう続く。「平和を守っているのは、その平和主義とは全く関係のない アメリカの核兵器だ。そして、アメリカの軍事力に信用を与えているのは、 アメリカが世界中で保安官の役割を担い、アメリカの若者が絶えず、 外地で死に続けている事実だ。つまり、邪悪な兵器であるはずの核と、 アメリカの若者の血が、日本に平和を与えている、これが現実なのである」 この解説が、今の私の気持ちに近い気がする。 今の時点で「戦争反対。だから、賛成」という立場に一票を投じたい。
P.S. 「語る」ということは、人の意見をそのまま「言」うにするのではなく、 一度、自分で呑み込んで「吾」の考えを加えるから、漢字が示すように、 「語」という字が出来上がっている。是非、自分の意見を語って欲しい。
|
|