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| 2012年08月24日(金) ■ |
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| 西の殿様は、必ず「三島」に宿をとった |
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今晩、三島で飲んできたから、という訳ではありませんが・・ 以前、聴講した日大国際関係学部主催、 市民公開講座「伊豆再発見」の講座から。 交通網が発達した現代では考えられないことでも、 昔は常識だったことが歴史を勉強すると見えてくる。 例えば「三島」という地。 今では、東海道新幹線の駅があり、 伊豆の玄関口というイメージをもっているが、 参勤交代などがあった江戸時代には、 「天下の険」と言われた箱根越えを控えて、 西の殿様は、必ず「三島」に宿をとった、という話。 この「必ず」というところが、まちづくりのポイントと いえる気がして、メモをした。 「必ず泊まる」ということは、三島にはそれを受け入れる 「おもてなし」の文化が生まれたことを意味する。 少し離れた伊豆市の「修善寺」には、 関西(京都)と関東の文化が、屋根に残っている、 そんな話も耳にした。 「三島女郎衆」も、そんな三島の文化の1つだろうか。(汗) 「おもてなし」に磨きをかけるまちづくりは、 「三島らしい素敵な事業」だな、と思うがいかがだろうか。 現代、新規参入者が、三島にお店を出しやすい、と言うのも、 誰でも受け入れる「三島のおもてなし文化」の影響かもしれないな。
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