
|
 |
| 2004年01月10日(土) ■ |
 |
| 常在戦場(常に戦場に有り) |
 |
この言葉を見て、 あの「米百俵」に出てきた四字熟語、と思った人はいるだろうか? 地方自治体も長引く不況からの財政難や、 平成の大合併と言われる、市町村合併で揺れている。 こんな時、まちづくりの原点にかえって「ひとづくり」に力を注ぐ、 教育に重点をおいた行政を展開したい、という考えは正しいと思う。 しかし、今さら「米百俵」の例え話も古かろう、と思ったが、 そういう私も、美談の部分しか知らないので、これはいかん、と さっそく本屋に出かけ、帰宅後、一気に読み終えた。 「米百俵」(山本有三著・新潮文庫・181頁)は、 読んだ人にしかわからない、多くのヒントが詰まっていた。 そのひとつが、気になる一言に紹介したフレーズ。 読む前の私の疑問は、山本五十六元帥など立派な人物が この米百俵の舞台、越後の長岡藩から排出されたという結果よりも、 どうやって、貧窮で困っている不満藩士たちを説得したか、 であったから、この一言は「長岡藩、小林虎三郎、米百俵」より 私の記憶に残ることになった。 小林虎三郎は「常在戦場」と書かれた掛け軸を見せただけである。 この四字熟語、文中「参州牛久保のおん壁がきの第一条」として、 300年来、とりわけ重い掟「家風」としていた考え方であった。 「戦のないおりにも、常に戦場がある心で いかなる困苦欠乏にも耐えよ」という意味の掛け軸こそが、 不平不満だらけの藩士たちに自問自答させ、賛成させた。 「戦場にあったら、つらいの、ひもじいのなどと言っておられるか、 何がないの、何がたりないの、などと不平を言っておられるか」 この「米百俵」の話を支えた家風こそが、今、一番重要であろう。 大切なことは、長期的な視点で考え成功した結果ではなく、 反対する人たちに、どうやって自分の想いを伝え理解を得るか、 である気がしてならない。
|
|