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2004年01月31日(土)
■『ワンダフルライフ』 ★★★★☆

著者:清原なつの  出版:早川書房  ISBN:4-15-030747-4  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
漫画家の山田錦さんはある冬の夜、すっぽんぽんの酒臭い男が路上に寝ているのを発見しました。よく見ればなかなかいい男です。凍死してはたいへんと、山田さんはその男を自宅へ連れ帰ります。衝撃の出会いが奇妙な縁となって山田さんはその泥酔男、天下太平氏と結ばれるのですが、彼こそは世界平和と愛のために戦う宇宙超人だったのです。清く正しい妄想をつきつめて、ある意味、理想の家庭を描いたホームコメディ。

【内容と感想】
 清原なつのの作品は、早川書房から何冊か文庫化されている。彼女の描くSFは、ほんわかしたライトタッチで、彼女の漫画の主な発表の場だった「りぼん」や「ぶ〜け」の読者層にも受け入れやすそうである。彼女の作品はどれも哲学的な視点が色濃く、また、冷静な観察眼や距離をとったものの見方が、SFに通じるところがあるのだろう。SFでない作品も何冊か早川書房から単行本化されているが、順調に出され続けているところを見ると、早川書房の独特な読者層からも好評なのだろう。

 今回のこの『ワンダフルライフ』はSFホームコメディだ。まんが家山田錦の夫は宇宙人。寿命の尽きた故郷の星を離れて地球にやって来て、地球に住まわせてもらっているお礼に、世界平和、家内安全、天下太平のために活躍する。その名も天下太平。見た目は普通の地球人と変わらない「いい男」なのだが、宇宙人なので身体の構造が地球人とは少し違っている。ヒーローとして活躍すると体内にアルコールが合成され、へべれけになるのだ。また、誰かが助けを呼ぶ時、来ていた服を脱ぎ捨てて飛んでゆく。活躍中は制服のようなものを着ているのだが、活躍が終われば疲れ果て、へべれけにすっぽんぽんという情けない姿で、もといたところに倒れる羽目になる。

 錦が太平に初めて出会ったのは、太平がそんな状況で倒れていたときだった。おたがい一目ぼれで恋に落ち、結婚してみずほという小学生の娘もすでにいる。仕事も順調、家庭も平和。そんな錦の幸せな家庭を描いた、アットホームでちょっぴり変わった、ほのぼのどたばたホームコメディだ。

 そこに太平の父治平と自称太平の妹の楽ちゃんも加わって三世代同居となり、普通の家庭によくある問題や悩みがちょっぴり変わった状況や思い込みのもと展開されてゆく。また、突飛な授業が売り物のみずほの担任可奈子先生や、IQ200で思い込みが激しすぎて恐い担当編集者五百万石さんなど、個性的な登場人物が入り乱れて珍騒動を巻き起こす。しかしいつもいちゃいちゃしている天下太平と山田錦がとても微笑ましくて、幸せな家庭像となっている。

 作者本人がかなり楽しみながら描いたらしく、いい具合に肩の力が抜けていて、楽しめる。山田錦は作者の分身のようで、まんが家の私生活や仕事の様子がうかがえる。特にイメージを映像化する宇宙人の機械からもれ出す錦の妄想は、あまりにも少女漫画家らしくて面白かった。また清原漫画の哲学的なところも健在で、生や死や生殖のしくみなどが、小学生の素朴な好奇心として描かれていたりする。

 個人的にはみずほの担任の先生が主人公となっている番外篇「ある晴れた日に」が好きだ。普段みずほの通う小学校では、突飛な授業をして騒がせていた大場可奈子先生だが、私生活では思いのほか(?)まともで、とてもかわいらしい。見事ハッピーエンドの少女漫画らしい恋愛ものだが、好感が持てる。



2004年01月30日(金)
■【ハヤカワ文庫JAコミック】

【シリーズの紹介】
 少女漫画にはSFが少ない。そんな数少ない中から、SFの老舗早川書房では、SFやそれに近いテイストを持つ漫画を独自にピックアップして、文庫本サイズで復刊している。『イティハーサ』(水樹和佳子作)をはじめとして『アンダー』(森脇真末味作)や『時間を我らに』(坂田靖子作)など、そのラインナップはとても私好みだ。タマにキズなのは、あまりにツボにはまり過ぎていてすでに持っているため、なかなか購入できないことだ。『イティハーサ』や『アンダー』の感想は、文庫本化を機に書きたかったのだが、手持ちの現物が手許になくて読み直せなかったので見送ってしまった。

 私の場合は、もともと少女漫画の中からSFを探しているので、すでに持っているコミックが文庫化されることが多いのだが、逆に少女漫画を読みつけないSFファンの人が読んでみるには、とても良いシリーズだと思う。中にはかなり本格的なSFもある。少女漫画ならではの繊細で美しい絵柄や心理描写のこまやかさなど、少年漫画とはひと味違ったSFが楽しめると思う。

 このシリーズのように、マイナー路線のSFでも、再び取り上げられる土壌があることがたいへんありがたい。特に『イティハーサ』の文庫化は救われた思いがした。この作品は、10年以上に渡って描き続けられた力作だったにもかかわらず、連載終盤には掲載雑誌の方針転換のため、下手すると自費出版になりそうな苦境の末、結末を迎えた。それがこのシリーズで取り上げられたことで日の目を浴び、2000年の星雲賞コミック部門にも選ばれた。ファンとしても本当に嬉しいかぎりだ。文庫化をきっかけに、細々とSFを描き続けてくれた少女漫画家さん達に次のSFを描いてもらえるようになると、ますます嬉しいと思う。

【シリーズ向きのコミック】
私が自分の読んだコミックの中からハヤカワ路線で文庫化するものを選ぶとすると、以下のようになる。中にはSFでないものもある。

萩尾望都:『スター・レッド』『百億の昼と千億の夜』『A-A'』『銀の三角』『11人いる』『モザイク・ラセン』『マージナル』『ウは宇宙船のウ』『左利きのイザン』『ポーの一族』他
竹宮恵子:『私を月へ連れてって』『イズァローン伝説』『地球(テラ)へ』
佐々木淳子:『ダーク・グリーン』『ブレーメン5』『青い谷の竜』
坂田靖子:『伊平次とわらわ』『カヤンとクシ』『天花粉』『エレファントマンライフ』他なんでもOK
大島弓子:『綿の国星』
岡野玲子:『陰陽師』『妖魅変成夜話』
佐藤史生:『ワン・ゼロ』『打天楽』『夢見る惑星』
鳥図明児(ととあける):『虹神殿』『睡蓮運河』
神坂智子:『カレーズ』
樹(いつき)なつみ:『OZ(オズ)』『獣王星』
高野文子:『絶対安全剃刀』『ラッキー穣ちゃんのあたらしい仕事』『るきさん』
内田善美:『星の時計のLiddell』『草迷宮・草空間』
近藤ようこ:『水鏡綺譚』『美しの首』
道原かつみ:『JOKERシリーズ』
山田ミネコ:『ハルマゲドンシリーズ』
たむらしげる:『ファンタスマゴリア』『フープ博士の月への旅』
ますむらひろし:『アタゴオル』
柴田昌弘:『紅い牙シリーズ』
(現在早川書房から文庫化されてるものではありません)
(順不同・敬称略)



2004年01月20日(火)
■『遺伝子の使命』 ★★★☆☆

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  ISBN:4-488-69811-5  [SF]  bk1

【あらすじ】(扉より)
青年医師イーサンは、銀河の要衝たる巨大宇宙ステーションに一歩を踏み出した。彼の故郷の星アトスでは男性だけが人工子宮を使って生殖を繰り返してきたが、それを支える卵子培養基が疲弊し、新しい培養基が惑星外から取り寄せられたのだった―だがそれはどこかで廃物にすりかえられていた。この重大事に、彼は委員会の特命を受け単身送り出されたのだ。しかし田舎者の彼はステーションに着いた途端に揉め事に巻き込まれる。窮地を救ってくれたのは、マイルズの右腕たる美貌の傭兵中佐エリ・クインだった。男しか知らない彼はあたふたするばかり。さらに暴漢に拉致されて命の危険にさらされる…この一件が惑星間抗争を引き起こす一大事件につながっていようとは!

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガの番外編。マイルズの部下で恋人のエリ・クインが単独任務で活躍するが、マイルズ自身は登場していない。また主人公イーサンもこの巻に登場するのみだ。しかしシリーズでお馴染みの国や人などがところどころで言及されていて、楽しめる。シリーズにおける年代順としては、『天空の遺産』の直後くらいだそうだ。


 イーサンの故郷のアトスは、女人禁制の社会を実現するために辺境の惑星に植民した人々が築いた、男性しかいない独特の社会構造を持つ惑星。女性のいないアトスでは、卵巣が培養基で培養され、その卵子を使った人工受精が行われていた。イーサンは人工授精を行う医師として生殖センターで働いていた。しかし最初の入植者達が200年前に持ち込んだ卵巣は疲弊し始めていて、卵子の出来る数も少なく、また正常に受精しなくなってきていた。早晩アトスにある全ての培養卵巣が使えなくなるだろう。

 これを解決するために、人口調整委員会はジャクソン統一惑星から新しい卵巣を購入した。閉鎖的なアトスでは知られていなかったが、ジャクソン統一惑星のバラピュートラ商館といえば、このシリーズの中では非常に悪名高い。案の定、届いたのは役に立たない廃物だった。培養卵巣がなければアトスの人口は低下し、暴動も起こりかねない。今度こそ確実に卵巣を手に入れるために、イーサンが大使として派遣された。イーサンの使命は、事態を調査してできれば返金してもらい、代わりに別のところからきちんとした新しい卵巣を購入して持ち帰ることだった。

 最初に到着したクライン・ステーションで、イーサンは生まれて初めて女性と知り合う。それが諜報活動中のエリ・クイン。その後イーサンは次々にトラブルに巻き込まれる。セタガンダのスパイ、彼らの探しているものを調査しているクイン、また、謎の人物テレンス・シーや、バラピュートラ商館からの追っ手なども加わって、事態は混乱する一方である。どうやらアトスに届くはずだったものは特殊なもので、どこかで何者かによってすり替えられ、その行方を追いかけているようである。

 次から次へと事件が起こり、息をつかせない展開となっている。またクライン・ステーションの社会の仕組みなどもそれと合わせてきっちり説明されている。ただ、少しご都合主義的なところが気になる。スパイ達の追いかけているものの謎はともかく、私としては、イーサンの当初のお使いがどうなることかと気になっていたのだが、ラストの展開には少し驚かされた。

 ビジョルドは女性の作家なのだが、彼女の描く社会形態には、非常に男性優位なものがいくつかある。シリーズの他の作品に登場するバラヤーやセタガンダなどもそのひとつだし、女性が存在さえしないアトスはその最たるものかもしれない。しかし表面的には男性優位だが、実は実質的には女性によって社会が大きく方向付けられている様子が描かれたものがいくつかある。女性には女性のやり方があるのだということが、いろいろな作品から読み取れる様に思う。今回クインのしたこともまさにそうで、アトスでさえも、これほど女性に影響を与えられているのだ。しかも、女人禁制にしたそのことがさらに女性の影響を強くしてしまっていて、皮肉ですらある。



2004年01月04日(日)
■『シャドウ・オブ・ヘゲモン』(上・下) ★★★★☆

著者:オースン・スコット・カード  出版:早川書房  [SF]  ISBN:4-15-011463-3(上巻)/4-15-011464-1(下巻)  bk1bk1

【あらすじ】
(上巻カバーより)
エンダーをはじめとするバトル・スクールの子どもたちは、恐るべき異星人バガーとの戦いに勝利した。エンダーは宇宙へと旅立ち、そのほかの子どもたちはそれぞれの故郷、両親のもとへと戻り、幸せな人生を送れるはずだった。だが、戦争の天才である子どもたちを狙う魔手が迫っていたのだ。エンダーの部下だったアルメニア人のぺトラ・アーカニアンも何者かに誘拐されてしまうが…『エンダーズ・シャドウ』待望の続篇

(下巻カバーより)
エンダーを陰から助けたビーンにもまた敵の手が迫っていた。しかも、敵はビーンを家族ごと殺そうとたくらんでいた。ビーンをこの世から抹殺したいと思う人物は、ただひとり―アシルだった。かつてビーンの活躍により、異常で危険な人物として、バトル・スクールから地上の病院へ送られたアシルはロシアと協力してエンダーの部下たちを誘拐していたのだ。ぺトラたちを救いだすべく、ビーンの新たなる戦いがはじまった!
【内容と感想】
 名作『エンダーのゲーム』から派生したシリーズの最新作。

 『エンダーのゲーム』では、地球は昆虫のような外見をしたバガーと呼ばれるエイリアンから侵略されようとしていた。主人公エンダーは優秀な戦士で、バガーと戦うため、幼い頃からバトル・スクールで訓練を受けていた。ゲームのようなエンダーの訓練は次第に過酷さを増す。そしてついにバガーとの戦いは終結した。

 それとほぼ同じ出来事を、エンダーの片腕ビーンの視点から描き直したのが、『エンダーズ・シャドウ』だった。カリスマのあるエンダーに対し、生存本能に長けたビーンの裏方に徹した活躍や、ビーンの特異な幼少時代のエピソードが面白かった。

 本書『シャドウ・オブ・ヘゲモン』は『エンダーズ・シャドウ』の続編にあたり、バガーとの戦争終結後の激動の地球が描かれている。主にビーンが主人公ではあるが、エンダーと同じチームで戦ったぺトラをはじめ、各国に散らばったバトル・スクール出身者や、ビーンの最大の敵アシル、エンダーの兄ピーターなどがそれぞれ活躍していて、さまざまな人により織り成される歴史のうねりが描かれている。

 (他にも、『死者の代弁者』と『ゼノサイド』に、バガーとの戦争後地球に帰らず殖民船で外宇宙へと旅立ったエンダーの活躍が描かれ、『エンダーの子供達』に、エンダーの子孫の物語が描かれているようだ。これらの作品は未読だ。)


 『シャドウ・オブ・ヘゲモン』では、歴史を描きながらも、その背後に、人間には何が大切なのかということが描かれている。作者カードはモルモン教徒なのでその宗教観が垣間見えるところも少しあるが、そのほとんどは宗教の違いを超えた普遍的なもので、心に残る。人間と少し異なるビーンが、人間らしさとは何かを模索している物語である。

 ビーンは幼少時代を、過酷な状況をくぐりぬけて生き延びてきた。ビーンを息子のように愛するシスターカーロッタは、ビーンに道徳意識がなく、単に生き残ることを超えたもっと次元の高い本能や大儀のために生きることを理解していないと諭す。それを理解しようとするビーンの、こんなくだりが私は好きだ。

高原地帯であるアララクアラのとある丘のいただきに、日系ブラジル人一家が経営するアイスクリーム屋があった。看板には開業何百年と書いてあり、ビーンはシスターカーロッタのことばを思い出して、これを面白がると同時に感動をおぼえた。この一家にとって、コーンやカップにはいった各種の味のアイスクリームを作ることは、何年にもわたって延々と連続性を保つための大きな目標なのだ。これ以上にささいなことがあるだろうか?それでも、ビーンは繰り返しこの店をおとずれている。なぜかというと、この店のアイスクリームは、じっさい味がよかったからで、過去二百年、三百年のあいだに自分のほかにも大勢の人がここに立ち寄っては甘くておいしい香りにしばしばうっとりし、口の中でとろけるアイスクリームの食感を楽しんだことを考えると、その目標を鼻で笑う気にはなれなかった。一家はほんとうにいいものを提供し、そのおかげで人びとの人生がうるおっていたのだ。それは歴史に残るような気高い目標ではないけれども、とるに足らないと片付けていいものでもなかった。人が生涯の大半をこういう目標のために費やすのは、あながちわるいものではない。(本文より)

 また、『エンダーのゲーム』では残忍さが際立っていたピーターだったが、本書では両親の理解と声援を受け、幸福感に浸るところが印象的だ。程度の差はあれアシルと同様に野心家のピーターだが、自分の弱みを見た人間はすべて抹殺しないと気のすまないアシルとの決定的な差は、こういった家族の愛だったのだろうか。

 そのほかにも、正しいことを行うために大きな個人的苦しみを甘受するという意味の「サチャーグラハ」を実行しようとする人びと、自分に助けを求めてきたぺトラを救うために努力するビーン、アシルへの復習は神にまかすよう諭すカーロッタなど、より善く生きようとする姿勢が印象に残る。

 本書の後にさらに続編が刊行されているそうで、ビーンのその後が気にかかる。見方によっては人間ではないビーンが、人間として生きることができるのかが見所となりそうである。またアシルの行く末も気になるところだ。


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