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2004年02月18日(水)
■『九年目の魔法』 ★★★★★

著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ  出版:東京創元社  ISBN:4-488-57202-2  [FT]  bk1

【あらすじ】(扉より)
ため息をつき、本をベッドに伏せる。前に読んだはずだけど、こんな題名だったろうか?壁にかかった写真の額を見上げる。これもこんな写真じゃなかったはず。この九年間で本当にあったことと、今おぼえていることが喰い違っている。まるで過去が変えられてしまったかのよう。大学生のポーリィは、十歳のころの思い出をたぐり寄せた。そうだ、近くの屋敷でお葬式が!そこで、あの人、リンさんと出会って、ずっと歳上の男の人なのに仲良しになって、それから……それから、とても恐ろしい何かが起こりはじめた……失われた時を求める少女の、愛と成長と闘いをつづる現代魔法譚!

【内容と感想】
 記憶の中のことが実際のものと違っている。ポーリィは自分の記憶がある時期から二重になっていることに気が付いた。記憶が二重になる以前を振り返ってみたポーリィは、それが九年前、祖母の家の近くにあるハドソン屋敷でのお葬式から始まっていることを思い出した。ハロウィーンの日、十歳だった彼女はそのお葬式にたまたま紛れ込んでしまった。そこでトーマス・リンに出会い、彼が形見分けとしてもらう絵を選ぶのを手伝った。封印されていたポーリィの記憶をたどったのがこの物語だ。

 この作品はファンタジーだ。しかし、巧妙に現実世界に落とし込まれていて、現実場慣れしたところはあまりない。タイトルには『九年目の魔法』とあるが、大っぴらに魔法が出て来るわけでもない。むしろ、あまりに現実のことばかり書いてあるので、いつになったらファンタジーになるのかと思ったほどだった。

 しかし、一見ありきたりに見える世界にオーバーラップして、ファンタジーの世界が広がっている。その重なり方は、この作品に登場する一対の花瓶に似ている。二つの花瓶の側面には両方とも「NOWHERE」と書かれている。しかしひと目で全ての文字は見えない。片方が「NOW」で片方が「HERE」に見える時もあれば、角度次第で「NO」と「WHERE」に見える時もある。「今、ここ」と、「どこでもない」だ。二つの花瓶を合わせた文字が、組み合わせ次第で違う意味に変わる。こんなふうにして、普通の世界とファンタジーの世界が重なって描かれている。

 ある意味ではそれは、空想好きの少女とその空想を一緒になって楽しむ大人との交流の物語だ。台風の目のようなポーリィの友達ニーナが引き起こす騒動、その場しのぎの調子の良い父親と疑い深い母親とのいさかいや離婚、勇ましくて曲がったことの嫌いな祖母のなぐさめ、学校での出来事、ボーイフレンドのセブが積極的過ぎること。主にはそういった普通の少女の日常が描かれている。トーマス・リンは葬儀のあった日の直前に、ハドソン屋敷の遺産相続人ローレルと離婚していた。また、チェロ奏者に転向したばかりでもあった。やがて四重奏団として独立し、公演旅行であちこちにでかける。その先からポーリィにたくさんの本を贈り、手紙を書く。二人の心暖まる交流が描かれている。

 また、別の意味ではそれは、英雄タン・クールと英雄見習い助手ヒーローが、謎のオパー・シフトを求めて冒険する物語だ。タン・クールは普段は雑貨屋で働き、妹エドナにガミガミ言われている。しかしひとたび事が起こると、巨人をやっつけ、暴れ馬を乗りこなす。3人の仲間も一緒だ。悪者に姿を変えられた仲間を、間違って攻撃してしまったこともあった。そしてついには絶体絶命になる。英雄見習い助手ヒーローは、タン・クールを救えるのか。

 そして、本当の意味ではそれは、真に愛するとはどういうことかという愛の物語だ。困難な冒険の中で、これがもっとも難しい。

 各章の頭には、あるバラードの引用が載せられている。トム・リンと詩人トーマスがそこに登場するのだが、これが実は、後に大きく物語全体にかかってきて、謎を解く手がかりとなっている。こういった仕掛けもたいへんうまくできていて、一度読んだ後にもう一度読み直してしまった。あらためて細部まで読み返すと、さまざまなヒントやはっきりとは書かれていない物語が見え隠れしていて、楽しめる。

【おまけ】
 作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズは、よく見ると、宮崎駿監督の次回作『ハウルの動く城』の原作者だった。徳間書店から『魔法使いハウルと火の悪魔(ハウルの動く城1)』(bk1)、『アブダラと空飛ぶ絨毯(ハウルの動く城2)』(bk1)の2冊が出されている(未読)。アニメの公開により、この作者は今後注目されるかもしれない。ちなみに『ハウルの動く城』という題名を聞いて私が連想したのは『逆転世界』(クリストファー・プリースト作/東京創元社刊)。これは軌道を敷設しながら常に進まざるをえない動く都市を描いたSFで、なかなか面白かった。



2004年02月07日(土)
□『アンダー』(1・2) ★★★★☆

著者:森脇真末味 出版:小学館 ISBN:4-09-172141-9(1)/4-09-172142-7(2)  [SF]  (出版:早川書房  ISBN:4-15-030680-X  bk1

【あらすじ】 (カバー折り返しより)
*義理の兄・サラエを愛してしまったノヴァは、ある日、サラエによく似た謎の男・ドギーと知り合う。ところが…!? 異次元の国『アンダー』を舞台に、ハイ・テンションなストーリーが展開する話題の人気SF―ファン待望の第1集!?(1巻より)
*流刑地へ送られ抹殺寸前のサラエ。ドギーなら助けてくれると信じるノヴァは、彼のあとを追う。一方、中央の高官にのし上がった圭だが…!? 極ジャンプ後の地球を舞台に展開する、話題のハイ・テンションSF。注目の完結・第2集。(2巻より)
(ハイ・テンションSFっていったい…(笑))

【内容と感想】
 ハヤカワJAコミックについて書いたついでに、同じくJAコミックから出された『アンダー』の感想も。ただし私が持っているのは小学館PFコミックスの方だ。こちらはすでに絶版になっているようなので、ハヤカワ版の方が手に入りやすいだろう。


 森脇真末味の描く漫画は、少女漫画にしては骨太のデッサンだ。また、キャラクターの性格付けがとても独特だ。目立つのは性格の悪いキャラが多いことだ。一癖も二癖もありそうな人物や変わった境遇の人物や犯罪者、利己的だったり、辛らつだったり、こずるかったり、ひねてたり、あまり他の少女漫画で描かれそうもない(少なくとも描かれた当時では)人物像が活き活きと描かれている。これがなかなか味があり、魅力的なのだ。

 彼女のそれまでの作品は、それまではSFでないものばかりだった。せいぜいが現実をベースとしたファンタジーくらい。『アンダー』は初めて描かれたSFだった。しかし本格的なSFとしての骨格を持ち、きちんとした世界観の元にしあがっている。もっとも説明されずにそれきりの部分もあるにはあるのだが。


 ここで描かれている地球の様子は、現在とはかなり様変わりしている。かつて起きた極ジャンプで地球の地軸が大きくずれ、居住可能な大陸は、氷河の溶けた南極大陸のみだ。大気は放射能で汚染され、人間の住んでいる地域だけなんとか汚染を除去できている。人口は極端に減り、居住可能な地域が少ないため厳しい産児制限による人口管理が行われている。

 15歳の少女ノヴァは、父親の再婚相手の子供サラエを愛している。しかしサラエはノヴァを傷つけるような言動ばかり。ある日ノヴァは公園で、サラエとそっくりな顔のサブ・ヒューマンが高熱で弱っているのを見つけた。彼は鋭い犬歯と爪を持ち、うまくしゃべれず犬に似ていたため、ノヴァはドギーと呼び、手当てをする。

 圭・マキナリーは天才児プログラムの失敗作だった。しかしある日をきっかけにめきめき天才ぶりを発揮し、中央政府に引き抜かれた。彼には予知能力があり、やがて不動のNo.2へとのし上がる。政治を動かすトップは次々と変わってゆくが、ケイの地位は80年間そのままだった。しかし彼の支払った代償は大きかった。

 やがてノヴァの兄サラエの奇妙な生い立ちが明かされていく。見かけを普通の人間に近付けるためにさまざまに手を加えられ、本来の自分を否定し続けられたサラエ。彼が母親から受けた愛情は、過保護に溺愛する類のものだった。反して、自分自身を否定されることなく、ありのままの状態で、ただただ愛情を持って育てられたドギー。同じ遺伝子でも、二人は大きく違ってしまっていた。
 
「人間らしく しなくちゃな」(2巻P182より)
と身なりを整えるサラエ。
「おまえはけだものだ」「俺は違う… ―「人間」さ」(2巻P191より)
と、あらゆるものを憎み、自分自身すら憎みながらサラエは言う。心はすでに人間ではなくなってしまっているのが自業自得ながら哀れだ。


 残念ながら、森脇真末味の作品は、これが発表されて以降くらいからあまり見かけなくなってしまった。あの味わい深いキャラクター達に出会えないのは、とても残念だ。

【印象に残ったフレーズ】
「年をとると いうことは 大切ですな マキナニー」
「たとえば わたし」
あなたに初めて 会ったのは17歳のとき 有名人に会うと いうので 胸は どきどき まいあがり 微笑み かけられれば 顔は真っ赤 挨拶は しどろもどろ ウブでしたね (天才といわれた17才当時)
「それが 今じゃめったな ことでは動じない じじいです」(40年後)
「これが 年をとると いうことです」(2巻P105より)


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