旧あとりの本棚
〜 SFブックレヴュー 〜
TOP はじめに 著者別 INDEX 新着  

はてなダイアリー
ギャラリー




















旧あとりの本棚
〜 SFブックレヴュー 〜
Copyright(C)2001-2004 Atori

連絡先
ICQ#24078473







2003年08月31日(日)
■『瞳の中の大河』 ★★★★★

著者:沢村凛  出版:新潮社  ISBN:4-10-384104-4  [EX]  bk1
【内容と感想】
 信念を持って生きる一人の英雄アマヨク・テミズ大佐の生涯を描いた大河物語。祖国に平和をもたらそうと一生を捧げる一人の男の物語だが、その一方で波乱に満ちた熱い恋の物語でもある。また、戦争を通して人間のさまざまなあり方が浮き彫りにされている。人の強さ、弱さ、愚かさ、嫌らしさ、愛、思いやりなど、いろいろな形で織り込まれているが、多くの人物の生き方が絡み合っていて、全体として人間はたくましいという印象が私には一番強かった。


 どことも知れない国、いつともわからない時代の物語である。黒い髪、緑の瞳を持つ、小柄だが頑健な人々が暮らす、険しい山に囲まれ中央に大河が流れている国がその舞台。お飾りのような国王がいて、政治は貴族で構成された評議員が牛耳っている。銃はあるがまだ珍しく、交通は徒歩か馬車が主流の時代である。この国は戦いが絶えず、人々は険しい山にしがみつくように細々と貧しく生きていた。

 アマヨクは南域将軍オルタディシャルの甥だったが、彼の母親は嫡出の上に縁を切られていたため、平民の身分だった。叔父の庇護で軍事教育を受け、少尉として従軍する。そのころ国では軍の素行や領主の横暴ぶりが目にあまり、反乱軍を名乗る野賊が名乗りを上げていた。アマヨクは野賊の六頭領の一人オーマを捕らえる任務を与えられるが取り逃がす。アマヨクはただ一人オーマの顔を見、オーマの一味の中核をなす女性カーミラに命を助けられる。アマヨクの軍隊生活はこうして始まり、野賊との終わりの無い戦いが始まった。

 カーミラは人々の貧しい暮らしを良くするために、野賊に属して腐りきった国軍と戦っていた。一方アマヨクは、今ある秩序を毀してして新しい秩序を築くのでは犠牲と危険が大きすぎる、現体制で内戦を終わらせてその上で悪いところを修正していくのが最善と信念を持っていて、野賊討伐のために戦っていく。しかし複雑な政治情勢も絡んでいて、内戦はなかなか終わらない。軍でめきめきと頭角を現していくアマヨクだったが、自分の国で戦争が耐えたことが無いことに気付き、これでは人々の暮らしはいつまでたっても楽にならないと悟る。

 目標は同じだがたどる道筋の異なるアマヨクとカーミラは、強く惹かれあいながらも、お互いの信念に従って別々の道を歩んで行く。あるときは離れ、あるときは密接に絡まり、お互い命を狙いあう、二人の運命はドラマティックである。


 現行体制が良い時代に体制を護って戦う話や、逆に現行体制が悪い時代に反乱を起こして世の中を良くしていく話というのは多いように思うが、現行体制が悪い時代にその体制を護って戦い、さらに世の中を良くしていこうとする物語はあまり無いのではと、なかなか新鮮だった。

 アマヨクは信念に従って行動していて、思いやり深く正義感にあふれていて好感が持てる。その一方で激しい恋をしたり、叔父の制止も振り切って突っ走ったり、引き取った子供の良い父であろうと努力したりと、人間くさい一面もある。魅力的な人物像でストーリーも波乱万丈で面白い。アマヨクに敵対する領主オンアルカがいかにもという悪役ぶりで印象に残った。悪役にも憎めない悪役というのもいるが、こんなにひどい悪役というのも珍しい。

 個人的には政略結婚させられたアマヨクの妻が不憫だった。人としての度量が違いすぎ、幸せな家庭生活を望むのが無理な相手と結婚してしまったのが間違いだったとしか言いようが無い。
 また、強いアマヨクに対して弱い人間の哀しさが非常に印象的だった。人は自分で自分を何とか変えていくしかないのであって、いつまでも逃げていては幸せになりえないのだろう。

 ラストが少しはしょられすぎていて、もう少し詳しく書いて欲しかった。それでなくてもかなり分厚い一冊だったのでこれも仕方ないのだろう。駆け足で終わっていてもこの一冊が面白いことに変わりは無い。



2003年08月24日(日)
■『くらのかみ』 ★★★★☆

著者:小野不由美  出版:講談社  ISBN4-06-270564-8  [MY]  bk1

【あらすじ】
「四人ゲーム」。まっくらな部屋の四隅に四人の人間が立ち、肩を順番に叩きながら部屋をぐるぐる回るゲームだ。とうぜん四人では成立しないはずのゲームを始めたところ、忽然と五人目が出現した!でもみんな最初からいたとしか思えない顔ぶればかり。――行者に祟られ座敷童子に守られているという古い豪壮な屋敷に、後継者選びのため親族一同が呼び集められたのだが、跡継ぎの資格をもつ者の食事にのみ毒が入れられる事件や、さまざまな怪異が続出。謎を解くべく急遽、少年探偵団が結成された。もちろんメンバーの中には座敷童子も紛れ込んでいるのだが…
【内容と感想】
 子供の頃、『コロボックルシリーズ』をはじめとする佐藤さとる氏の童話がとても好きだった。彼の作品の挿し絵は、いつも村上勉氏で、作品のイメージとも合っていて、とても好きだった。童話を読む機会もなくなり、しばらくこの独特の絵にもお目にかかっていなかったが、久々に本屋で懐かしい彼の絵の表紙の本を見つけた。「かつて子供だったあなたと少年少女のための“ミステリーランド”」とうたって新創刊されたシリーズの、第一回目の配本である。シリーズに予定されている作家陣はいずれも著名なミステリー作家で、童話とはいえなかなか本格的なミステリーシリーズとなりそうだ。かつて子供だった私が図書館で見かけたら大喜びしそうなシリーズだ。また装丁も凝っていて、なかなかよくできている。


 4人の子供が遊んでいると、いつの間にか一人増えていた。誰がそれまでいなかった子供なのかわからない。子供達はいとこどうしで、本家の跡取りを決める家族会議で集まった大人に連れられて、田舎の古い家に泊まりこんでいた。そんな中、ちょっとした事故が相次いで起こる。子供達は誰かが悪意を持ってやったことかもしれないと、捜査を開始する。

 田舎の旧家はだだっぴろくて薄暗く、また跡取りを決めるための慣わしや、それにもかかわらず成り立たないたたりの言い伝えなどがあり、薄気味悪さを盛り上げている。

 子供向けのせいか、名前などもあだ名で処理するなど無理なくわかりやすくなっている。ファンタジーの部分とミステリーの部分もうまく融合出来ていて、バランスが良い。



2003年08月18日(月)
■『しあわせの理由』★★★★☆

著者:グレッグ・イーガン  出版:早川書房  ISBN4-15-011451-X  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
12歳の誕生日を過ぎてまもなく、ぼくはいつもしあわせな気分でいるようになった……脳内の化学物質によって感情を左右されてしまうことの意味を探る表題作をはじめ、仮想ボールを使って量子サッカーに興じる人々と未来社会を描く、ローカス賞受賞作「ボーダー・ガード」、事故に遭遇して脳だけが助かった夫を復活させようと妻が必死で努力する「適切な愛」など、本邦初訳三篇を含む九編を収録する日本版オリジナル短篇集
【内容と感想】
 グレッグ・イーガンは、ハードSF作家という印象が強い。しかしこの短編集に収録されている作品は、がちがちの科学的な説明は主題ではなく、どちらかというと心情とか人間とは何かといった哲学的なことがテーマとなっていて、日常からそれほどかけ離れていないので読みやすいと思う。

 だが、何がどうなったということがあまり明確に書かれているわけではないので、ちょっと読んだだけでは意味がよくわからない。例えば冒頭の作品の『適切な愛』だが、結末で主人公の女性は夫に今までと同じような感情が抱けないと悩んでるというか悟っちゃうのだが、何をどう悩んでいるかということが具体的には書かれていない。私の解釈では、夫を自分の子供のように愛してしまっている身体と、そうではないと分かっている理性のはざまで揺れ動いているように思えるのだが、どうだろうか。

 彼の作品は、個人個人の人生観によって捕らえ方が異なってくるのだろう。構成する要素はハードSFであるが、人間とは何か、死とは何か、魂とは何かということが描かれていて、考えさせられる。短編集としての作品の選び方も、なかなか粒が揃っていて良いと思う。


『適切な愛』
カーラの夫クリスは事故に合い、脳をクローンの身体に移植することになる。新しい身体が生育するための2年間、カーラは生物学的生命維持と呼ばれる開発されたばかりの方法で、クリスの脳を保存することになる。献身的な犠牲を払ったカーラの愛と心情を描いた物語。この生命維持方法は倫理的に問題があり、かなりグロテスクに思える。

『闇の中へ』
原因不明なまま地上に突如出現するワームホール。それは10年に渡って、自然災害のようにいきなり現れてはその途中にあるものを飲み込み、大勢の人の命を奪っていた。いつ消滅するかわからないワームホールに進入して内部に閉じ込められた人を救うランナーの、救助活動を描く。18分ごとに増す死の確率を計算しながら、時間と戦い一人でも多くの人を救おうとするジョンの活躍が描かれている。

『愛撫』
頭は人間の女性、身体は豹のキメラが、犯罪現場から発見された。発見した警察官のダンは捜査を進め、見つかったキメラがクノップフの描いた名作『愛撫』の絵画にそっくりなことに気づく。美の一瞬の実現を追い求め、芸術を現実世界で実在させることに執着する芸術家と、それに翻弄される警官の物語。(クノップフの解説と『愛撫』はこちら

『道徳的ウィルス学者』
同性愛者を憎むショウクロスが神の名の元に作り上げた、生物学的時限爆弾となるウィルスの話。同性愛者や不倫した人にのみ害を及ぼすメカニズムをもったウィルスとは。

『移相夢』
意識をロボットにコピーし、不死となる。その意識をデータとして移動させる時、移相夢と呼ばれる夢を見るという。移相夢と現実の境界の危うい物語。

『チェルノブイリの聖母』
紛失したイコンを探すよう大富豪マシーニから依頼された探偵。このイコンには特別の価値があり、マシーニはじめ、これを捜し求め殺人をも行う人達がいた。捜索方法などがなかなか近未来的で面白い。

『ボーダーガード』
量子サッカーの選手ジャミル。敵方のチームの女性、マルジットは、7594歳だった。精神と肉体を切り離すことが可能となり、死を知らない<新世界>に生きる人々と、死の存在した過去を経験した人物の物語。死生観が仏教の色濃い日本人の目で見ると、ここで描かれている死に対する感覚はキリスト教的すぎて違和感がある。

『血をわけた姉妹』
ウィルスに侵された一卵生双生児、ポーラとカレンの物語。遺伝子的に同じで同じ処方箋の治療を受けたにもかかわらず、二人の運命は異なる結果となってしまう。それぞれが歩む人生は、遺伝子が同じだとしても別々の人生である。

『しあわせの理由』
幸せを感じさせる脳内分泌物、ロイエンケファリン。病気とその治療のため、脳内のこの物質の分泌に異常が起きた青年の物語。ダニエル・キース作の名作『アルジャーノンに花束を』に少し印象が似ている。『アルジャーノン〜』は知性に焦点が当てられていたが、こちらは感情に焦点が当てられている。これもなかなかの名作だと思う。好き、嫌いという感情が自然に発生して感じられるのでなく、自分で操作してコントロールしなければならなくなったとき、それは感情と言えるのだろうか。



2003年08月09日(土)
■『第六大陸』1 ★★★☆☆

著者:小川一水  出版:早川書房  ISBN:4-15-030727-X  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
西暦2025年。サハラ、南極、ヒマラヤ―極限環境下での建設事業で、類例のない実績を誇る後鳥羽総合建設は、新たな計画を受注した。依頼主は巨大レジャー企業会長・桃園寺閃之助、工期は10年、予算1500億、そして建設地は月。機動建設部の青峰は、桃園寺の孫娘・妙を伴い、月面の中国基地へ現場調査に赴く。だが彼が目にしたのは、想像を絶する苛酷な環境だった―民間企業による月面開発計画「第六大陸」全2巻着工!
【内容と感想】
 私の読む本は翻訳ものが多い。SFも、読むのはほとんどが海外の作品の翻訳だ。海外ものの方が硬質な感じがあって好きなのだが、文化や習慣、宗教観などの面では違和感がある時もたまにある。

 『第六大陸』は日本を舞台に日本人が月を開拓する話で、作者も日本人だ。だから非常に親近感があり、共感しやすい。また綿密な取材を元に現在の技術の延長線上に描かれているので、月への移住もすでに夢物語などではなく、近く実現可能なことなのだと思えて来る。

 少し都合良すぎたり登場人物が優秀すぎたりするきらいはあるが、たぶん作者はとても肯定的なものの見方をされる方なのだろう。不可能な未来を描くより、可能な未来を描き、ビジョンを示したいという姿勢が感じられて好感が持てる。ちなみにカバーと口絵のイラストは、『プラネテス』を描いた漫画家の幸村誠氏。『プラネテス』も宇宙での生活をリアルに描いた漫画である。宇宙に暮らす未来をリアルに提示する点で両者は共通していて、この作品のイラストにふさわしく思える。


 ずば抜けて頭が良く桃園寺グループの創業者桃園寺閃乃助を祖父に持つ少女桃園寺妙は、月に夢を託していた。桃園寺グループはレジャー施設の運営などを主管事業とする財閥で、その中核をなすエデン・レジャーエンターテイメント社の事業の一環として、妙と閃乃助はある施設を月に建設することを計画する。

 建設は、建築条件の極めて悪い地域での建築に実績を持つ御鳥羽総合建設が選ばれた。青峰走也はここの若手社員で、現地の視察のために月の中国基地へと出張する。また資材の輸送は、次世代ロケットエンジンを極秘開発中の天竜ギャラクシートランス社が抜擢された。彼らの努力で、次第に月への建築が具体的になっていく。


 この作品では、民間人の力で月の開発が進められていく。たぶんアメリカ人の書いた話であったなら、そういう展開にはならなかっただろう。どうしてもNASAが主導権を握ってしまいそうである。リアルな火星開拓のSFとして印象に残っている『レッド・マーズ』でも、初期の移住者達は大きくはアメリカ陣営とロシア陣営に別れていて、かなり政治色が強かった。もちろんこの『第六大陸』にもNASAは出て来るのだが、日本人作者ならではの展開や位置付けとなっていると思う。

 技術的には現在の技術でも移住は可能なようである。問題はコストと、何のために行くのかという動機のようである。1960年代にはアメリカとソ連の軍事的な動機があった。しかしその争いが一段落した今、宇宙への進出はあまり目覚ましい発展を遂げてはいない。ビジョンを示すことで月開拓への夢の掛け橋にならないかというのが作者の意図のようである。


 1巻目で、月への資材の運び出しが何とか起動に乗り始めた。また、妙の動機も少しづつ見え始めて来た。今後の展開が楽しみである。


TOPはじめに著者別 INDEX新着