浅間日記

2014年03月27日(木)

日帰り上京。
早朝から出立し、午前、午後、夜と3件の要件を押し込んだ。

ニコライ堂を横目に駿河台を下り、
もはや「芝浜」の気配はまるで感じられない田町駅前を走り抜け、
最後は、お堀端の二分咲きの桜を後にして、最終列車に飛び乗る。

2006年03月27日(月) のっぽさんのエスプリ
2004年03月27日(土) レッツゴー3匹



2014年03月20日(木)

3日間ものあいだ留守居をさせられた小さいHが、
身体を張って母を求めて、反乱。

39度オーバーの高熱に、激しい咳。
荒い息をする身体をさすりながらウトウトしていたら、
急に静かになった。

どうも変だ、と思って灯をつけたら、
まん丸の目を開いていて、全然動かない。

なんか変だよというと、Hが飛び起きて、
息をしていないぞ!と言う。
目玉が上の方に上がっていって、白目がちになっている。

一瞬、これでサヨウナラなのか!と思い詰めた。

慌てに慌てて、救急車を呼んで、最終的には事無きを得た。

救命士から、まあ救急車をよんでしまうのも仕方ない症状ですからね、と同情される。

熱痙攣というのは、その程度のものであるらしい。

そうだけれども、3人の乳幼児を育ててきた経験上、
これは間違いなく、最大の出来事であった。



ここでサヨウナラなのか。
自分はきっと、後で大変な悲しみを背負うかもしれないな。

大声で子どもの名をよびながら、ぐったりした子どもを毛布で包みながら、
斜め後ろには、いきもの同志の宿命みたいなものに対する、無抵抗主義の自分がいた。

いったい、あれは何だったのだろう。

まだ生まれて2年のこの子を失うのは、絶対に嫌だ。
絶対嫌に決まっている。

寝顔を見ながら、何度もなんども確認する。

2009年03月20日(金) 
2005年03月20日(日) 洋風佃煮



2014年03月14日(金)

Yを連れて出張。

上と下に挟まれて、ついおざなりになりがちな
この息子と、ちょっと二人きりでゆっくりしようという趣向。

当の本人は、嬉しそうでもあり、嬉しそうでもなし。
車窓から、雪の八ヶ岳をポカンと眺めたりしている。

まあ、私が嬉しいのだから、それでいいのだ。

2012年03月14日(水) なきがらを捜す
2011年03月14日(月) 東日本太平洋大地震 出勤する人々
2010年03月14日(日) テンとみられる小動物
2007年03月14日(水) 
2006年03月14日(火) ナヌークと扶養家族
2005年03月14日(月) 札のかけかた
2004年03月14日(日) 春風とジャムの一滴



2014年03月12日(水) 地域経済と私

確定申告。

自分は地元の仕事をしていないということに、遅まきながら気が付いた。
つまり、地域経済から、一銭も収入を得ていないのである。

中央の大きな組織、大きなシステムから、わずかばかりのお金を頂戴し、
イオングループやTSUTAYAや西友やセブンイレブンなんかを極力避け、
この街のできるだけ小さな店、小さな仲間を注意深く選んで、
生活必需品を得る対価として支払っている。

結構小気味よいではないか、と一人悦に入る。
ネズミ小僧次郎吉みたいじゃん、というのは言い過ぎだけど。

2011年03月12日(土) 
2009年03月12日(木) 日本人にとって仕事とは何か
2005年03月12日(土) 人徳ミラーサイト
2004年03月12日(金) バスクチーズ



2014年03月06日(木) インフォームド・コンセント

寒い朝、Aと腹を割って話をする。

「このままでは、長くはもたないんだ、多分。」
そう伝えると、それは自分でもわかっていると言う。

それに、この先のクオリティ・オブ・ライフを考えると、
もう処置をした方がいい。

でも、言いにくいんだけど、
成功の確率はそんなに高くないんだ。

そうなの?
うん、どうする?

このひと冬、散々着つくしたお気に入りのセーターを膝に乗せ、
裏に表にひっくり返しながら、Aは逡巡している。

縮むかも、というリスクを引き受けて、
春先の花冷えの中、この母に洗ってもらうかどうか。

2010年03月06日(土) 
2007年03月06日(火) 鏡をみがく男
2005年03月06日(日) 下山道
2004年03月06日(土) 家畜人ヤプーである状態



2014年03月04日(火)

朝5時はまだ暗い。

都内某所へ出かけ、ちょっとした研修。
帰りにひょんなことから、仕事先の知人と久しぶりに一献。

最初にお会いした時から、スマートな方だなあという
イメージだったけれど、お変わりなくスマートであった。

そればかりでなく、今回は社長の顔がすこし緩んで、
三児の父としての横顔を拝見できたので、嬉しくなった。

ビジネスシーンで、「親である大人」の瞬間が垣間見えるということは、
悪いことではない。

進行中の企画が何であれ、交渉中の見積条件が何であれ、
「−未来の大人を背負った−親である大人がそれをやっている」
ということは、人と人が何かをする時の有効な信頼関係の一つだと思うし、
そうならなければいけないと思う。

かくして、最終の列車に乗るために店を出なければいけない
ギリギリの時間まで、話に花が咲いたのだった。

2011年03月04日(金) 私の持続可能性
2009年03月04日(水) 世界で一つだけの花
2008年03月04日(火) 餃子に必要な年収は
2007年03月04日(日) 
2005年03月04日(金) 大人の時間
2004年03月04日(木) 国民給餌法



2014年03月02日(日)

「クレージーキャッツHONDARA盤」。
よくぞこうした再評価盤を出してくれたものだと
うきうきしながら台所のCDデッキで聴く。

Yが早速やってきて、デッキの前で微動だにせず耳を傾けている。
120分は優に超える全曲を、そのまま全て聴いてしまった。

そして馬鹿騒ぎの歌が終わり、部屋の中が静まると、
湧き出るように「おもしれえなあ」とつぶやいて、あっちへ行ってしまった。

2011年03月02日(水) お雛壇
2009年03月02日(月) 卵の作家と、大統領の壁
2006年03月02日(木) 高村光太郎の後ろ道
2005年03月02日(水) 危険4点セット
2004年03月02日(火) 保育士による景気動向指数


 < 過去   INDEX  未来 >


ipa [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加