浅間日記

2007年04月28日(土)

家の中をばたばたと片付けて、これから山の家へ出発。
読みたい本だけ、鞄に放り込む。
着替えもなし。むこうの野良着でよいことにする。
そして本は、鷲沢清一の「『待つ』ということ」を持参。

2005年04月28日(木) ファンファーレ
2004年04月28日(水) 奴らの足音のバラード



2007年04月27日(金)

米国産牛肉輸入問題は、現代アヘン戦争みたいになってきたな、と思いながら新聞を見る。

世界のすべての運用事項は、核やミサイルが−軍事力が−決定する。
科学的事実や市民の願いなどは、弱弱しく利用され、捨てられる。

一体、いつからこんなになってしまったのか。

2006年04月27日(木) 天国はいらない、故郷をくれ
2004年04月27日(火) よい子馬鹿



2007年04月25日(水) wilderness

神隠しの子が里へ戻るような心境で、山奥から帰宅。

道がなければ、往復で10日以上はかかったろう。
車道というのは、wildernessにとってなんと因果な人工物であることか。

2006年04月25日(火) 家なき鯉
2005年04月25日(月) 都市の影
2004年04月25日(日) 



2007年04月22日(日) 近未来の大岡裁き

合宿みたいな仕事に、これから出かけなければいけない。
帰って来た時に忘れているといけないから、メモに残す。



代理母という呼称は、今後「代理懐胎」というものに統一してゆくという、
厚生労働省の方針があるのらしい。
受精卵を宿しただけでは「母」という名詞を付すのに適当でない、という判断の元である。

さらに本日の新聞。
厚生労働省研究班(主任研究者・吉村泰典慶応大教授)が実施したアンケート調査で、回答した女性の26%が 不妊治療を行う夫婦への卵子提供に前向きな姿勢を示した、というニュース。
卵子提供に前向きな回答は、多くが「有償を期待」という条件つきである。



懐胎に母としての意味はなく、出産行為と親子の尊厳は関係ない。
代理懐胎という呼称への統一は、つまりそういうことだ。
柳沢厚生労働大臣よりも、はるかに「女性は産む機械」だと言っている。

一方で、卵子提供に関する調査の結果公表の記事。
卵子提供を受ければ、提供を受けた側の女性は、
それがたとえ治療と言えども「代理懐胎」になるのではないか?



その子の親は、誰なのか?
近未来の大岡裁きは、そう簡単にいかない。

みんな金目で動いた結果に誕生する子は、男親、女親の足がつかない。
組織が、企業が、団体が、子を儲けることができるんである。

親のない子をつくりあげ、
その子が親への慕情を求めた時に、
「あなたは天皇の赤子」「あなたは○○会社の子」などと教えたら、
つまりは、そういう親子関係ができあがるんである。

2006年04月22日(土) 情報と衆愚
2004年04月22日(木) 覚悟と決意のトレーニング



2007年04月21日(土) フィルハーモニー

春の野鳥のさえずりは、表情豊かで、生命力にあふれている。
早朝の山は、賑やかしい。

ウグイスの澄んだ声に感心して、思わず、
上手だねえと口に出す。
本当にあなたはきれいな声でさえずるね、と褒め称える。

シジュウカラのツーツーピーと鳴くのが聴こえ、
後ろの茂みのなかからまたツーツーピーと返ってくる。



鳥達は、繁殖のため、テリトリーを確保するため、群れを確認するため、
そのサインとして鳴いている。

音色やリズムは、はっきりした意味を持ち、
他者と呼応するコミュニケーション手段なのである。

それぞれがそれぞれの事情で、自分のパートを鳴いている。
田に水が入る頃には、カエルだって参加するだろう。

その、存在をかけたリズムとメロディが重なり合い、
生物が−多様性の中に−共存する、フィルハーモニーになる。

2006年04月21日(金) 
2005年04月21日(木) 魔法の鏡日記
2004年04月21日(水) 修繕・トマト・夜道



2007年04月20日(金)

近所の庭先に咲く、沈丁花の香りを楽しみ、
寺の境内で満開のシダレモモを、下から覗き込む。

川辺にはもう、ヤマブキがちらほらと姿をあらわしている。
散ってしまった桜の下には、スミレの群落が小さな花を咲かせている。

春の散歩は楽しい。
ここへ越して来てよかったなと思う。

2006年04月20日(木) 20年前の理不尽、現在の理不尽
2005年04月20日(水) クールダウン
2004年04月20日(火) 現代鬼子母神



2007年04月19日(木)

新しい契約をし、新しい緊張感が生まれ、
どっこいしょと、自分の仕事を新しい軌道の上にのせた。

はじめの一歩は、その後踏み出す100歩かそれ以上に相当する。
要領を得なくても、ひどく面倒に感じても、
もうそれはそれでいいことにして、
自分をなだめながら、よちよち歩きする。

2006年04月19日(水) 
2004年04月19日(月) 駄考の日



2007年04月18日(水) 追悼する理由

長崎市の公式ウェブサイトをみる。
トップページはグラバー亭とか大浦天主堂とか大村湾の洒落たイラストで飾られている。

そしてこの公式サイトの正面玄関に、
「市役所」「観光」「平和・原爆」の扉が据えられている。



伊藤一長市長は、そういう首長だった。

昨年の長崎平和宣言では、「核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。」と訴えた。

国が自治体に策定を義務付けた国民保護計画に、「核被害への対応が不明確で誤解させる恐れがある」と、具体的な被害想定と対応策を示すよう内閣府に二度も要請した。

そして、返答を示さない政府に対して、核攻撃による被害を想定した項目を盛り込まないまま、計画を策定した。

また被爆都市として独自に(1)原爆による被害と惨状(2)市の平和理念(3)市の平和活動と今後の取り組み‐を計画に盛り込み、恒久平和への姿勢を示す方針を打ち出した。


伊藤一長市長は、そういう政策をした首長だった。



誰かに殺されたということは、もういい。
どうして殺されたかということも、たくさんだ。
伊藤市長はかえってこない。

でも、氏が市長として取り組んだ業績は少しも損なわれたりしないし、
尊い財産として、残された者すべてで相続することができる。

とにかく、私達は、彼を追悼する明確な理由を知っている。



件の、「平和・原爆」のサイトをみる。
平和アピールを読み、原爆資料館を訪れ、長崎平和宣言を読む。

ワンクリックごとに献花するつもりで、焼香するつもりで、
すべてのページをくまなく読む。

そして思う。
市長の主張は、ちっとも間違っていない。
平和の道を探すのは、私たち国民の生命を保護する、極めて現実的な方法だ。

2006年04月18日(火) ショーの役割
2005年04月18日(月) 死者を想え、次世代を想え
2004年04月18日(日) 不在



2007年04月17日(火) 美しい国の資源ごみの日

日本タイ経済連携協定(JTEPA)のリストに、医療廃棄物や焼却灰などの有害廃棄物が含まれている。というニュース。

ラジオの解説員は、これは有害廃棄物の越境移動を規制するバーゼル条約に抵触する、という見解を示していた。
協定の日本語文書には、有害廃棄物の記述が削除されているなど、
巧妙なごまかしがあるとも指摘している。

この出来事は、グリーンピースなどの環境保護団体から、
自国のゴミをアジアの途上国へ押し付ける行為だと批判されている。





フォアグラを作らされるガチョウみたいに、
この国は、国外から持ち込んだ資源で飽和している。
水銀も鉛も、世界の貯蔵庫みたいになっている。

資源を持たず、加工貿易で飯を食ってきたから、なにしろフローが多い。
そして、製品となって国外へ出て行く分と、原材料として輸入した分がイコールではない。

自家消費分や、製造工程で出た端切れは、廃棄物というかたちで蓄積する。
一刻も早く国外へ排出しなければ、狭い国土は汚染される一方なんである。



だから、廃棄物を再資源化し、ニーズがある場所へ国際的に循環させる、というねらいは、間違ったものではない。
正々堂々とプロセスを透明にしてすすめればよい。

処理技術を開発し、再資源として恥ずかしくない状態にし、
利用ニーズがあるところへ適正に引き渡せばよい。

もっとも、そうした状態であれば、リストには「廃棄物」と表記されないだろう。



ただニーズがあるところへ渡せばよいというものではない。
町内で出す「資源ごみ」のレベルで、
「後はそっちの国で適当に処理して使ってくださいね、不要なら捨ててもらってもいいですよ」などとして
お茶を濁そうというのなら、世界中から批判されても仕方が無い。

廃棄物は発生者の自己責任で処理するのが原則だ。
そういう後始末をきちっとできるのが「美しい国」というのではないか?

そして、本当は、後始末ができないのなら国内での操業をやめるべきだと指導するのが行政府の立場のはずなのに、せっせとゴミ出しを手伝っている。

私が一番腹立たしいのは、そういう行儀の悪い連中が、
善意ある消費者や市民へ、奇妙な意識啓発−道徳まがいの−を、
したり顔でやっていることなのだ。

アンフェアである。

2006年04月17日(月) 魂込め
2005年04月17日(日) 嫌だといっているというのに
2004年04月17日(土) 不必要な不祝儀



2007年04月16日(月) 尊厳

不妊治療で生まれた二卵性の双子の中に、男女の性染色体の細胞が血液中で混在するケースが2003〜06年の4年間に8組、同性で血液型が混在する双子も1組あったことがわかった、というニュース。
国立成育医療センターの医師が日本産科婦人科学会の周産期登録データベース(01〜03年版)を調べた。



胎児が胎盤を共有する多胎妊娠は、自然発生する多胎妊娠の一形態でもある。
調査対象となった1789組のケースのうち、それが不妊治療の結果であるのは36組で、性染色体の混在が確認されたのはそのうちの3組である。

では自然妊娠ではそうした混在が確認されていないのか、
そのことについては触れられていない。



ニュースの小ささに違和感を感じ、
未熟な技術を普及した罪の大きさに腹を立て、
当たり前のように子どもを「つくる」という世間に無念を感じ、
つい先だってあった諏訪の根津医師のことを思い出しまた腹を立て、
ああするべきだこれが問題だと思いをめぐらす。

私たちは、未熟な技術の社会実験を、同意のないままさせられている。
その音頭とりをした奴は、踊った奴は誰だと、ぎらついた目で見回す。



ひとしきりそうした後で、生まれてきた子を思う。

今や、不妊治療があってこの世に生を受けたという子が沢山いる。
そうした子へ、そして8%の重い運命を背負っている子へ、
静かに思いを馳せる。

性染色体が混在している場合、
将来子を授かることができない可能性があるのらしい。
身体の中に二種類の遺伝子を抱えて生きることについて、
今わかっているのは、それだけだとも言える。

喜びの中に生を受けて、日々を健やかに生きるだろう。
父や母の優しいまなざしも受けるだろう。
そしていつかある日、その運命に対峙するだろう。眠りの姫みたいに。

そのとき私は、どういう言葉をかけ、どう寄り添っていこうか。

2006年04月16日(日) 包帯クラブのOB活動
2005年04月16日(土) 男シンデレラ
2004年04月16日(金) 記憶の花



2007年04月15日(日)

「始まりを感じられない朝は終わっているのに等しい」

ラジオから流れてきた今どきのJ-POPの歌詞なんかにびくっときて、
ノートに書いてしげしげと眺める。

今どきのJ-POPでさえ、自分の心中を指摘する。
その忌々しさを道行きの友にして、行動を起こす。

2006年04月15日(土) 



2007年04月11日(水) 改心日記

サダム政権が制圧され4年になるのらしい。

イラクはちっとも平和と安定を取り戻していないし、
それどころか、「殺し合いで争う」ことが世界中でブームとなり、
日本に至っては、そのことが国の制度と絡めて語られるようになった。

この日記を書き始めたのは2004年だから、
そうした世の中の流れと歩みを同じくしていることになる。
そして、気味の悪い世界の動きに対する違和感を、
私も時々であるが、自分なりの文にした。

そして、納得のいかない出来事の積み重ねにとらわれて、
知らず知らずのうち「筆を尽くすことにもう意味はない」という絶望を、
身中においてしまった。そんな気がする。

だから、
書くべきと思うことに思いが至らず、
書く必要のないことをつづり、
書くべきではないことまで筆がはしってしまう。

世の中がどうあれ、他の人がどうあれ、
自分がこんな風なのは嫌だなと思う。

私は、知恵を絞って善へのベクトルを示すと決めたのだから、
それができないのならウェブ日記などしないほうがましだ。

2005年04月11日(月) 不売運動



2007年04月10日(火)

朝方の寒さはもう冬のものではなく、
初夏の山の朝にある、すがすがしい肌寒さになっている。



若さというコーティングのあちこちが剥れてきて、
もう面倒くさいからバリバリはがそうとしている自分がいる。

大体、自分をもてあます若さというものが、
私はもとからそんなに好きではなかったのだ。

ちゃんと自己管理できるもので新たに被覆されるのなら、
おばさんと呼ばれようがなんだろうが歓迎だ。

2006年04月10日(月) TGF-βとの嫌な出会い
2005年04月10日(日) 団塊の国
2004年04月10日(土) 



2007年04月08日(日) 放棄狂

山の家で朝を迎える。

畑をやめた父が、朝からビールを飲もうというので驚いた。
やめたからには徹底的に正月にするぞという所信表明のつもりだろうか。

この山の家も自分はもう数年で手放すと宣言し、
長い間よく遊んだと、晴れやかな顔をしている。



何しろ過去に未練を残さない人である。

業務終了と判断したものを、恐ろしいスピードでもって、
ばっさばっさと放棄していく。
物事に執着しないということに執着している。

そうして、まわりを困惑させるだけさせておいて、
自分はちゃっかりと、ライフステージに相応しい新しいプロジェクトをみつけ、
わくわくしながら着手している。

2006年04月08日(土) 
2004年04月08日(木) 無言の圧力



2007年04月07日(土) ここには神様がいたほうがいい

山の家へ。

風呂の焚き口に「火の用心」とあるのをながめながら、
ヒューマンエラーや不可知のあるところに、
日本人は神を配したのだろうなと思う。

家の中で火を使う場所には秋葉神社の札が張ってあり、
危ない山仕事では山の神を祭り、田には水神があり、
お産の時は、塩竃神社で安産を祈る。
受験前はもちろん天満宮で絵馬を奉納し、学業成就のお守りを買う。

連続する工程のなかで一呼吸おいて手を合わせ、無事や安全を祈る所作に、
管理のセルフチェックや気持ちの引き締めが織り込まれている。
マニュアルとかメソッドのように明文化された規律とは違う方法で、安全や成功を担保する。



こういうふうに納得してしまうのは、神々が実に無駄なく配置されているからなのである。
神を信じるのが人ならば、その神を配するのも人間の所業なのである。不思議なことだ。

何かの理由のもと、ここに神様がいたほうがいいという合意形成ができ、
御神体が配置され、祠や社が築かれる。


そうだとすれば、
ヒューマンエラーの最前線である、航空業界とかIT業界へ、
飛行機の神様やら情報セキュリティの神様を配して悪いということはない。
明文化された規律で上手くいかないのだから、試す価値がある。


そして、蛇足ながら、疑問に思うことがあるのでそれを書く。
九段下の靖国神社や、全国に沢山ある護国神社は、誰によって、どういう理由で、
「ここには神様がいたほうがいい」と判断されたのだろうか。

軍神を信仰するというのは、一体どういう心もちで、内面の何をセルフチェックするためにあるのか。

どうして平和の鳩みたいなのでは、駄目なのだろうか。

2004年04月07日(水) 愚民ちゃん



2007年04月06日(金) 溶脱

朝のラジオで、アメリカの住宅ローン破綻のニュース。

アメリカでは、住宅ローンの破綻現象が、ここ数年増加している。
ローンが払えず家を追われる人が増えているのだそうだ。

サラリーだけでは生活できない人達が投機目的で家を買ったが、
住宅価格の暴落で、このようなことになっているのらしい。

こうした住宅ローン破綻は富裕層と貧困層の二極分化の行き着くところともいえる現象で、
アメリカ以外でもヨーロッパ、そして日本でもいくらか見られる。

アメリカの住宅ローン破綻は第二次世界大戦前にも社会問題となったことがある。
住宅の問題に留まらず、このことはアメリカ経済・金融システム全体の破綻を示している。



Hと二人、両手に持った茶碗と箸を中に浮かせたまま聴く。
だが悲しいかな、聞き取りの歩留まりは、3割程度だろう。

だから理解の間違いかもしれない。
でも私には、アメリカから国力というものが溶脱し、
その向こうから、二極化をベースにした新しい枠組み−あまり望ましくない−が出番を待っていると、そんなふうな話に聞こえた。

ぼんやりしたまま、なんだか今のはとてもこわい話だった気がするね、と二人して確認する。

2004年04月06日(火) 上野公園のアコーディオン弾き



2007年04月05日(木) ローソクと絵札

25日発表された、環境影響評価(環境アセスメント)の新指針案から、発電所が除外されたというニュース。

戦略アセスとも言われているこの新しい環境影響評価は、事業の計画段階から実施される点が新しい。

これまで「ショートケーキの上にのせるイチゴの置き場所はここでよいか」を評価していたとすれば、
これからは、「ケーキを焼く必要があるかどうか」についても評価すると言うわけである。

そんな絵札を環境省にやれるかと経済産業省や国土交通省が反発する中で、どうにか発表にこぎつけたのらしい。
しかし、問題となっていた発電所についてはやはり除外となっていた。

発電所施設は環境に優先するという理由は明らかになっていない。
もっとも、このことはマスコミでほとんど取り上げられていない。



環境問題を市民の道徳感に押し付けていて、こういうアンフェアがある。
ローソクや風呂敷はやりたい人がやればよいけれど、
何かよいことをと思うのなら、もう少し利口にならなければいけない。

環境問題の第一は、何といっても企業が利益追求と環境負荷を一つのテーブルにのせて、しっかり向き合うことだ。

そして、「手を抜いたりズルをしたらリスクを負うよ」と目をかけ声をかけることこそ、消費者の役目だと思っている。

2006年04月05日(水) 時差ぼけ
2004年04月05日(月) 病名告知



2007年04月03日(火)

さて今年度をどうしようかと、一人経営会議。

抱えている問題は多い。
設備投資も必要だが、先々を考えると内部留保も大切だ。
何よりもまず、劣悪な労働条件だけは−自分の性根も含めて−改善したい。

つまり、この先も自営を続ける気ならば、
もう、事業拡大するつもりがないとやっていけない、ということだ。

できるだろうか。
屋号さえまともにつけていない現状から、たった一人で。

夕飯時だが、会議は延長される。
いわしを素揚げしながら、デザートのイチゴゼリーを作りながら、
税理士を頼まなければいけないなとか、いっそ会社にするかとか、
無い知恵をかき回している。

2006年04月03日(月) テーブルマナー
2005年04月03日(日) 潜在職能
2004年04月03日(土) 第一声



2007年04月01日(日) 悪い方向

憔悴したまま新年度を迎える。
東京の桜は花見のタイミングだが、外に出る気がしない。

内閣府が3月31日発表した、社会意識に関する世論調査結果。
現在の日本の状況について「悪い方向に向かっている」と思う分野を複数回答で聞いたところ、教育が前回(06年)から12.3ポイント増え36.1%となり、98年にこの質問を盛り込んで以来最高で、初のトップとなった、というニュース。



何が原因で悪い方向に向かっていると皆が判断するのか、
それを併記しなければ、中途半端な世論調査はいいように政争の具とされる。

いじめや自殺の問題は、今回以前から問題だったから、
今回増加の原因とは考えにくい。

今回の回答結果について、「子ども達に反社会的な問題があるから」と、
そういう因縁をつけて解釈するのは、適当でないと思う。



教育基本法はじめ、諸々の制度が気味悪く動き、
今後も加速しそうな、そういう不吉な兆候を、
−道徳を教科に取り入れるとか、集団自決の強要に関する記述が突然教科書から消えるとか−
国民は「悪い方向」と評しているのではないか。
少なくとも、私はそう思っている。

2006年04月01日(土) すすめボート
2005年04月01日(金) fool
2004年04月01日(木) 


 < 過去   INDEX  未来 >


ipa [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加