野生の森
高瀬志穂



 いちごの日

 今は1月。時計に表示された日にちは15。
 朝も夜も夏も冬もないこの場所は朝から甘い香りに包まれていた。

「キラの唇はこの苺のように赤くて甘酸っぱいな。」
「は?」

 目の前にいた男から発せられた言葉にキラは思わずそう返した。

「どうしたのアスラン。頭でも打った?」

 いつもおかしなことをいうアスランだが、今日はいつも以上におかしかった。

「至って正常だよ。…いや、キラのその可愛らしい姿を見ていたら目眩がしてきたけどな。」
「殴って元に目を覚まさせようか?」

 そう言ってキラが握りこぶしを見せると、アスランは苦笑いした。

「キラは聞いてないのか?ラクスから。」
「ラクス?何を?」

 つい先日ラクスと会ったけれど他愛ない話をした記憶しかない。

「今日は苺の日だそうですわ。」

 するとそこに一人の少女が現れた。
 今日は赤いドレスを身に纏っており人目をひいていた。

「苺って食べるあれ?」
「えぇもちろん。だから今日は苺祭りを開催してみましたの。」

 そう言って彼女は手を広げる。そこには戦艦の中とは思えない光景が広がっていた。
 今いる休憩室の中は苺の飾り付けがされ、苺やそれを使ったお菓子が多々並べられていたのだ。

「苺って春の果物のイメージがあるんだけど。」
「旬と言われる時期はそうですわね。けれどここは宇宙の真ん中。季節などないこの場所ではそんなことは些細な問題ですわ。」

 十分問題がある気はするのだが、キラは否定は出来なかった。
 ラクスの言うようにここの外はいつも宇宙。中は完全なる空調管理。季節も時間も肌で感じることは出来ない。
 唯一の時間確認は時計に表示される文字だけだが、太陽が昇って朝を迎えるわけではない。

「それでさっきのアスランのセリフは?」

 素面でよく言えたなと呆れを通り越して感心してしまったあの言葉は一体なんだったのだろう。

「そうですわ、アスラン。なんですかさっきのセリフは。」
「苺というから甘いセリフをと思いまして。」

 あれが甘いセリフ?とキラは呆れてしまう。確かに甘いと言えばそうかもしれないが、それをとっくに通りすぎている気がする。

「甘いだけが苺ではありませんっ!酸っぱさもなければ。デレもいいですけどやはりツンデレでしょう。ささ、キラ。」

 しかしラクスはキラとは違うところが気になったらしい。この元婚約者同士は本当に不思議な二人だと思ってしまう。

「さぁ、って言われても。」

 突然そんなことを言われてもなにを言ってよいのか分からない。
 けれど何かを期待するようにラクスに見つめられたらなにもしないわけにもいかない。

「……アスラン。」
「何?」

 キラは目の前にいるアスランに声を掛けた。そして思案して

「その苺、食べさせたいなら食べてあげても構わないよ……。」

 そう呟いた。

「70点です。」

 ラクスからの評価は普通、というものだった。けれどなにをどうすれば高得点になるのかまったくわからない。
 すると、アスランは笑みを溢した。

「いや、100点だよ。」

 アスランはキラの口の前に苺を寄せる。
 そのまま口を開くと苺が口の中に入れられ、一噛みすれば甘酸っぱさが口の中に広がった。

「どう?」
「美味しい…。」

 小さく口を開いて素直に感想を述べる。
 すると肩を捕まれ、そのまま口を塞がれた。

「ん…っ!」

 突然のことを口を閉じられず、アスランの舌がキラの口内に入る。歯列を軽く舐められ、そのまま舌に絡まる。
 ようやくその状況を理解してキラは抵抗しようとするが、アスランの手はキラの頬と腰に回され、身動きがとれなくなっていた。

「んーーっ。ふぁ、ぁ。」

 アスランが唇を動かすと、キラの声が外へと漏れる。それは挨拶のキスなんかではない。恋人が二人きりの時にする深いものだ。溶けていくように甘い吐息を漏らしながら、キラは頬を赤く染めていった。
 無意識にキラの手はアスランの服を掴む。まるですがりつくように。
 そのままアスランの好きに舌を絡められ、足に力が入らなくなりそうになるとようやく解放された。

「……っ、いきなり何するのさ!」
「味見。キラが美味しいって言うから。」

 悪びれた様子などアスランにはない。
 涙目でアスランを睨み付けてもまったく効果はなかった。
 そしてようやく至近距離でよく知る人物に見られていることに気付いた。

「ら、ラク……。」

 アスランとのキスで顔が赤くなったのは気付いていた。しかしさらに体温は上昇した。ここがどこだかも、自分たち以外にもたくさんの人がいるのも知っていた。しかし、絡め合う舌に意識を取られ、それを一瞬頭の中から飛ばしていたのだ。
 頭の中が完全にクリアになる。もう甘美な空気はそこにはなかった。

「あ、あ、アスランのばかーー!だいっきらいだーーーー!!!!!」

 そう叫んでキラは二人の元から走り去った。

「100点……っ、と言いたいですが90点にしておきます。」

 少しだけ辛口の評価。けれどそれにはちゃんとした理由があった。

「そうですか?かわいかったと思いますよ。ツン要素もデレ要素もあったと思いますし。」
「えぇそれはもう。けれどそれはあなたにしか見せない顔でしょう?」

 にっこりと、決して柔らかくはない表情で笑った。

「いや、二人きりだともっとかわいいですよ。」

 そんな二人の会話を知るよしもなく、キラは自室の隅でシーツを被りしばらく丸くなっていた。


2010年04月25日(日)



 昨日より、今日より、明日より

 いつもの場所に座りいつものように昼食を取る。ただいつもと違うのは、誰かとこの時間を共有していないということだ。
 いつもは誰かしらいる食堂だが、どうやら今日は他の人とは時間がずれたらしい。
 それが寂しいわけではない。気の知れた人ならともかく、知らない人ばかりのところで昼食を取ってもつまらないだけだ。なら、静かに過ごせる一人の空間の方がよっぽども有意義だ。
 自分にそんな下らない言い訳を聞かせていると、食堂に近付く音がした。そのまま過ぎ去ってくれれば良いと思ったのだが、その考えとは逆にその足音は食堂の前で一度止まり、そうして中へと入ってきた。
 足音は一つ。なら一人の空間を邪魔されるわけではない。そう思い食事を続けていると、それほど狭くはない食堂なのに、なぜか目の前にその人物は座った。辺りは誰もおらず、どこにでも座りたい放題なのになぜわざわざと思ったが、顔を上げてその意味を直ぐに悟った。

「どうしたんだ?アスランは一緒じゃないのか?」

 目の前にいたのはザフトエースパイロット様の恋人であるキラだった。

「ディアッカこそ一人?」
「あぁ、誰とも時間が合わなかったらしい。」

 そうして食事を続ける。ふぅん、とそのことには大して興味のなさそうに答えるキラはそれ以上に気になることがあるらしかった。
 なにやら落ち着かない素振り。それを見た後は大抵なにかの相談をされる。それほど長い付き合いがあるわけではないのに、ディアッカはそれを直ぐに悟った。

「それで、なんだ?」

 キラの相談事は大抵アスランのことだ。そしてその相談事は早めに片付けておいた方がよいと経験上わかっていた。これ以上周り、そして自分への被害を大きくしないためだ。
 放っておいてそのまま終わったこともある。
 大きくなったこともある。

「ねぇ、ディアッカ。側にいるのが当たり前ってどう思う?」
「…なんだ、のろけか。」
「違うよ。…怖いんだ。この気持ちがいつか当たり前になってお互いが空気のように感心が持てなくなることが。」

 人から羨ましがられるほどに仲のよい二人。時折喧嘩もするがそれでもいつもラブラブだ。
 そんなキラがなぜそんなことを思うのか。
 戦争を体験した自分だからこそ思うのか、人はたくさんの可能性を考えられるから思うのか。幸せは未来永劫決まっているわけではない。
 だから今日の幸せが明日の幸せとは限らない。しかしそんなことただの妄想だ。明日も幸せと思っていれば幸せになるし、明日は不幸だと思っていればそうなる可能性だってある。

「空気になったとしても、無くなれば生きられなくなるんだろう?ならそれは無意識にでも必要としているということさ。それじゃ駄目なのか?」
「そうなんだろうけどさ…。」

 キラの表情は晴れることはない。ディアッカとすれば、キラが幸せすぎてそう思うのもわからなくはない。けれどこの二人は離れることはないだろうと、根拠のない確信があった。
 それはアスランのキラへ対する愛と、それを受け入れているキラを見ているからであろう。

「確かに人は生きているから感情だって日に日に変わっていく。今日も明日も何十年先も同じ考えでいられることなんてない。だから今よりずっと好きっていう気持ちが増える可能性だってあるわけだろ。」

 ディアッカの言葉を聞いて、キラは目を丸くしてディアッカを見つめた。

「増えるの?だってもうこれ以上ないくらい好きって思ってるよ。」

 その言葉がキラは気になったのか、ディアッカをじっと見つめた。一方のディアッカはといえば、キラがさらりと述べた言葉の方が気になった。いつもアスランからの恋心だけが強いように見えるこの二人の関係だが、どうやらそうではないらしい。

「例えば、キラがアスランの全てを知るのにはどれくらいかかると思う?」
「えーっと…………1……3年?」

 その言葉にディアッカは首を横に振る。

「いや、多分100年一緒でも無理なんじゃないのか?」
「そんなにかからないと思うけどなぁ。」

 ディアッカの言葉を否定するようにキラは言う。しかしディアッカは言葉を続けた。

「人は生きているから考えていることなんてすぐに変わる。キラがアスランの考えていることを知ったって、それはその時点でのことだろう?だから昨日のアスランを知っていても明日のアスランは知らない。そう思えば100年経っても何年経ってもすべて理解することは出来ないだろう?確かに明日のアスランを知ったら好きっていう気持ちが減るかもしれないけれど、増えるかもしれない。そう思えば昨日のアスランも今日のアスランも明日のアスランもずっと気になるだろう?」

 強ばっていたキラの表情がだんだんと柔らかくなって、頬がほんのりと赤くなる。そして、よくアスランに見せているように柔らかく笑った。

「そっか、そうだね。ありがとうディアッカ。すごいね、ディアッカってそんなこと考えているんだ。」
「いや、あんまり考えてないな。今日の俺はそう思っただけの話だし。」
「そうだね。明日のディアッカは何をしているかわからないしね。」
「いや、一つだけはっきり言えることがあるぞ。」

 そう言って食べ終わった食器を片付けるために立ち上がる。キラはその言葉の続きを聞き返さなかった。多分なんて答えるかだなんてわかっているのだろう。
 アスランやキラだけではない。自分も十分に馬鹿だとわかっている。

「そうだね。僕も一つだけ。……明日も、明後日も。」

 そう言って、キラもディアッカに続くように立ち上がった。

2010年04月23日(金)



 好き、好き、大好きだからこそ。

 いつになればこの身体に飽きるのだろう。いや、いつ彼はこの身体に飽きてしまうのだろう。
 ふとそんなことをぼんやりと考える。
 柔らかみのない身体。平らな胸。下半身にあるのは彼と同じもの。
 彼を引き留める要素なんて全くない。けれども彼は愛を囁き、この身体を蹂躙する。

「キラ。」

 与えられる快楽に身を任せ浅い呼吸を繰り返していると名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開けると、瞼の裏側の暗い世界からエメラルドの瞳をもつ少年の顔がいっぱいに広がった視界へと変化する。

「やめる?」

 この行為以外のところに意識があったことをすぐに悟られ、キラは首を横に数度振った。
 嫌いではない。彼のことも、この行為も。むしろ幸せなのだ。切羽詰まったような彼の声とか表情とか、この身体を感じてくれていることとか。
 幸せで、だからふと頭によぎってしまう。一度頭に浮かぶと残ってしまう。今だけの関係なら、今を一番信じなくてはいけないのに。

「じゃあどうかしたのか?」

 前髪を避けられ、額に軽くキスをされる。嫌いではない。むしろ好き。彼のしてくれる行動はそんなものばかりだ。
 素直に言ってよいものか思案していると、アスランはキラの手をぎゅっと握りしめ、キラをじっと見下ろした。
 きっとキラの言葉を待っているのであろう。それ以上動く気配はない。
 何度か口を開いては閉じて、それを繰り返した後、喉を震わせて言葉を出した。

「幸せ、なんだ。」

 その言葉に、アスランはゆっくりと顔を緩ませる。

「だけど、だからこそ怖い。この手が離れていくことが。」

 キラは握られていた手を握り返す。

「離れてなんていかないよ。」
「…うん。けど怖い。」
「それはキラが俺のことを信用してないってことか?」
「信じているよ。けど……こんな面白味のない身体をアスランが飽きないとは限らない。」

 その言葉に驚いたようにアスランは目を丸くした。
 それから一呼吸置くとアスランは口を開いた。

「それなら俺の方が不安だ。キラは男だから、男に抱かれるよりも女を抱きたいと思うだろう?」

 確かに男が好きだからアスランを足を開いているわけではない。可愛い女の子や魅力的な女性に目を奪われることもある。
 しかし、素肌で抱き合うのは彼一人。

「キラは俺の身体に飽きない?」

 飽きることなんてない。だって身体が欲しくて身体を重ねているわけじゃないんだから。確かに気持ちいいと思う。けどそれだけじゃない。
 答えを返していないのに、アスランはキラがなにを考えているのかわかっているように嬉しそうに笑う。しかし、唇をゆっくりなぞられる。ちゃんと言葉にしろというように。

「アスランの一番近くになれるのが嬉しい。」

 腕を伸ばしてアスランの首の後ろに回して、その身体を引き寄せる。

「それに、こんな近くで誰かを見つめさせることなんてさせてくれないんでしょ。」

 他の誰かを見つめることを許さない、だけじゃない。他の誰かに目がいかないくらいアスランに夢中にさせられている。

「当たり前だろ。それに俺だってキラしか見えてない。」

 お前だって嫉妬深いだろ?
 そう耳元で囁かれる。
 あぁなんて馬鹿な二人だろう。これ以上ないくらい馬鹿だ。

「もちろん、許さないよ。君が他の誰かを見るなんて。」

 さっきまでもやもやとしていた胸の中がすっきり晴れる。
 言葉に出しただけなのに。知っているはずの言葉を聞いただけなのに。

「この距離は僕だけのものだから。」

 そう言って腕に力を込めて、アスランの頭を自分へとさらに引き寄せて、唇を重ね合わせた。


2010年04月22日(木)



 ここが、一番の場所

 明け方にふと目を覚ますと、よく知った温もりの中にいた。

「腕とか痺れないのかなぁ。」

 自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟き、隣に眠る人物を起こさないようにそっと身体を起こした。
 片方の腕は伸ばされ枕に、そうしてもう片方の腕は抱き締めるように腰に回されていた。
 いつもの光景なのにどこかくすぐったくて思わず笑みをこぼしてしまう。
 そして、起きる気配のない人物の髪をそっと撫でた。
 起きている時は英雄と呼ばれる彼も、こうしているとただの少年だ。
 二度の対戦を戦い抜いたほどの実力の持ち主なのだが、今は普通の少年の寝顔をキラに見せていた。

「……まぁ僕も人のこと言えないか。」

 フリーダムのパイロットだと伝えた時、信じて貰えたことは一度もなかった気がする。向かうところ敵無しのその強さから、屈強の軍人だと思われていたようだ。
 確かにキラは同い年の軍人であるアスランに比べて少しだけ小さく、筋肉もそれほどついてはいなかった。信じてもらえなくても頷ける。
 寝ているアスランの額を撫で、それから頬を優しく撫でる。
 不思議と愛おしさしか生まれてこない。
 殺したい程に憎んでいたころもあったというのにも関わらず、今はこうして触れられることに喜びだけを感じていた。
 手で触れるだけではあきたらず、今度は唇で額、頬、そしていつも優しく名前を読んでくれる唇に触れるだけのキスを落とした。
 すると固く閉じられていた瞳がゆっくりと開き、キラの姿を捉えた。

「おはよ、アスラン。」

 そうして再度唇にキスを落とすと腕と腰を引き寄せられ、数分前と同じようにアスランの腕の中に捕えられた。

「…まだ朝じゃないだろ。もう少し寝てろ。」

 まだ少し寝ぼけたような声がキラの耳に届く。

「けどもったいなくない?せっかく久々に一緒にいるのに。」

 お互いに忙しくて、こうして会えたのはいつぶりだろうと思う。それなのに会話よりも見つめ合うよりも寄り添って寝ている時間が何より長いのはなんだかもったいない気がする。
 するとキラの額に軽くアスランの唇が当てられた。

「けどお前、最近寝てないんだろ。」
「なんで知ってるのさ。」
「昨日会った時から顔色が悪かったしな。こうしていればよく寝れるだろ?」

 そうして身体に回された腕に力が入り、さらに身体が密着する。

「寝れなかったのは君も同じだろ。」

 まるで抱き枕を抱き締めるようにアスランはキラを抱え込む。するとすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
 アスランの言うことは真実だ。最近は忙しくてろくに睡眠もとれてなかった。なにより、ソファーやら椅子やらでのうたた寝ばかりでベッドの上で寝るのも久々だった。
 それはアスランも同じことだろう。いつもならしつこいくらいにべたべたしてくるアスランが安眠を求めるようにキラを抱き締めているのだから。
 そっと目を閉じるとアスランの温もりと心音がキラに伝わる。それがなにより心地よくすぐに睡魔に襲われる。
 あぁ確かにここなら安眠出来る。そう思って眠りについた。


2010年04月21日(水)
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