野生の森
高瀬志穂



 昨日より、今日より、明日より

 いつもの場所に座りいつものように昼食を取る。ただいつもと違うのは、誰かとこの時間を共有していないということだ。
 いつもは誰かしらいる食堂だが、どうやら今日は他の人とは時間がずれたらしい。
 それが寂しいわけではない。気の知れた人ならともかく、知らない人ばかりのところで昼食を取ってもつまらないだけだ。なら、静かに過ごせる一人の空間の方がよっぽども有意義だ。
 自分にそんな下らない言い訳を聞かせていると、食堂に近付く音がした。そのまま過ぎ去ってくれれば良いと思ったのだが、その考えとは逆にその足音は食堂の前で一度止まり、そうして中へと入ってきた。
 足音は一つ。なら一人の空間を邪魔されるわけではない。そう思い食事を続けていると、それほど狭くはない食堂なのに、なぜか目の前にその人物は座った。辺りは誰もおらず、どこにでも座りたい放題なのになぜわざわざと思ったが、顔を上げてその意味を直ぐに悟った。

「どうしたんだ?アスランは一緒じゃないのか?」

 目の前にいたのはザフトエースパイロット様の恋人であるキラだった。

「ディアッカこそ一人?」
「あぁ、誰とも時間が合わなかったらしい。」

 そうして食事を続ける。ふぅん、とそのことには大して興味のなさそうに答えるキラはそれ以上に気になることがあるらしかった。
 なにやら落ち着かない素振り。それを見た後は大抵なにかの相談をされる。それほど長い付き合いがあるわけではないのに、ディアッカはそれを直ぐに悟った。

「それで、なんだ?」

 キラの相談事は大抵アスランのことだ。そしてその相談事は早めに片付けておいた方がよいと経験上わかっていた。これ以上周り、そして自分への被害を大きくしないためだ。
 放っておいてそのまま終わったこともある。
 大きくなったこともある。

「ねぇ、ディアッカ。側にいるのが当たり前ってどう思う?」
「…なんだ、のろけか。」
「違うよ。…怖いんだ。この気持ちがいつか当たり前になってお互いが空気のように感心が持てなくなることが。」

 人から羨ましがられるほどに仲のよい二人。時折喧嘩もするがそれでもいつもラブラブだ。
 そんなキラがなぜそんなことを思うのか。
 戦争を体験した自分だからこそ思うのか、人はたくさんの可能性を考えられるから思うのか。幸せは未来永劫決まっているわけではない。
 だから今日の幸せが明日の幸せとは限らない。しかしそんなことただの妄想だ。明日も幸せと思っていれば幸せになるし、明日は不幸だと思っていればそうなる可能性だってある。

「空気になったとしても、無くなれば生きられなくなるんだろう?ならそれは無意識にでも必要としているということさ。それじゃ駄目なのか?」
「そうなんだろうけどさ…。」

 キラの表情は晴れることはない。ディアッカとすれば、キラが幸せすぎてそう思うのもわからなくはない。けれどこの二人は離れることはないだろうと、根拠のない確信があった。
 それはアスランのキラへ対する愛と、それを受け入れているキラを見ているからであろう。

「確かに人は生きているから感情だって日に日に変わっていく。今日も明日も何十年先も同じ考えでいられることなんてない。だから今よりずっと好きっていう気持ちが増える可能性だってあるわけだろ。」

 ディアッカの言葉を聞いて、キラは目を丸くしてディアッカを見つめた。

「増えるの?だってもうこれ以上ないくらい好きって思ってるよ。」

 その言葉がキラは気になったのか、ディアッカをじっと見つめた。一方のディアッカはといえば、キラがさらりと述べた言葉の方が気になった。いつもアスランからの恋心だけが強いように見えるこの二人の関係だが、どうやらそうではないらしい。

「例えば、キラがアスランの全てを知るのにはどれくらいかかると思う?」
「えーっと…………1……3年?」

 その言葉にディアッカは首を横に振る。

「いや、多分100年一緒でも無理なんじゃないのか?」
「そんなにかからないと思うけどなぁ。」

 ディアッカの言葉を否定するようにキラは言う。しかしディアッカは言葉を続けた。

「人は生きているから考えていることなんてすぐに変わる。キラがアスランの考えていることを知ったって、それはその時点でのことだろう?だから昨日のアスランを知っていても明日のアスランは知らない。そう思えば100年経っても何年経ってもすべて理解することは出来ないだろう?確かに明日のアスランを知ったら好きっていう気持ちが減るかもしれないけれど、増えるかもしれない。そう思えば昨日のアスランも今日のアスランも明日のアスランもずっと気になるだろう?」

 強ばっていたキラの表情がだんだんと柔らかくなって、頬がほんのりと赤くなる。そして、よくアスランに見せているように柔らかく笑った。

「そっか、そうだね。ありがとうディアッカ。すごいね、ディアッカってそんなこと考えているんだ。」
「いや、あんまり考えてないな。今日の俺はそう思っただけの話だし。」
「そうだね。明日のディアッカは何をしているかわからないしね。」
「いや、一つだけはっきり言えることがあるぞ。」

 そう言って食べ終わった食器を片付けるために立ち上がる。キラはその言葉の続きを聞き返さなかった。多分なんて答えるかだなんてわかっているのだろう。
 アスランやキラだけではない。自分も十分に馬鹿だとわかっている。

「そうだね。僕も一つだけ。……明日も、明後日も。」

 そう言って、キラもディアッカに続くように立ち上がった。

2010年04月23日(金)
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