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2001年07月31日(火)
惰性

なかなか寝付けずに過ごす夜は,雑念に翻弄されて疲れる。
レキソタン×2錠を眠る前に飲むのが習慣になりつつある。

目が覚めて10時。約束や目的がなければ,意欲や身体はついてこない。
休職までのカウントダウン。この1週間は惰性で流れていくだけだ。

レキソタン×2錠を流し込んで,のろのろと家を出る。
久しぶりに夏の日差し。暑さが戻ってきてる。

自分をかたち作るもの。意志。記憶。経験。本能。社会。
ひとつひとつを検証してみると,その中身の曖昧さに気付く。
意識はふと無になって,結論のなさを受け入れている。

生きることにおそらく意味はない。
生きている中で意味づけをして,自分を納得させることが生きる意味。
そうして考えていくと,すべてがうつろなものに見えてくる。
惰性に流されていく。
過去と未来が両側からココロをねじりきろうとする。

この病気が本当に脳内セロトニン分泌量の異常によるものなら,
なぜ完全に人格を破壊してくれないんだろう。
完全に壊れてしまえば,誰でも諦めてくれるだろうに。
私は空虚な人格よりも,完全な狂人になりたい。



2001年07月30日(月)
欠勤届を出した日。

夏休みを終えて1週間ぶりの出勤。
どうってことないような,ものすごくイヤなような,そんな朝。
職場に行くことに抵抗を感じてる。どっかが。
レソキタン×2錠で自宅を出る。

今日は診療の日。2週間ぶりで,かつ休みを挟んでるから久しぶりに思える。
調子が良くなった休みと,調子が悪くなった出勤。
あまりにシンプルすぎて説明するのもなんだなあと思う。

「Awakさんにとってこれからの3カ月はどういう意味を持ちますか?」
先生の質問の意図がくみ取りにくい。
これから会社に行かない3カ月間。
僕にとっては単なる時間の積み重ね。
たぶん,あまり変わらずに3カ月が過ぎるんだろう。
変わるのは僕に対する周りの見方。
どっちにしろ良い方向には転びそうもない。

診断書をもらって欠勤届を出してきた。
局長と顔を合わせ,簡単な事情説明というか雑談。
あと1週間でこのオフィスともしばらくさようなら。
そう思うとあまり苦痛も感じない。

流れに流されて何も感じなくなれば。
時間はただ過ぎ去るだけの糸になって,人生という糸車に絡むこともない。
僕が選んだのはそういう道。たぶん,失うもののほうが多いルート。



2001年07月29日(日)
ガラス祭りと不安感

昨晩は眠れなかった。目がさえて,なんとなく今後のことを考えてみたりした。
月曜日から仕事が始まる。その影響だろう。おかげで寝不足だ。

今日は母を誘ってガラス祭りへ。
選挙に朝早くに行って準備は万端である。

ガラス祭りはHOYAクリスタルの主催する即売会。
自分はあまり興味はないが,彼女が毎年行くのを楽しみにしている。
だから今回も運転手。

午前中,ぐるっと一回りして,昼過ぎに実家に帰宅。
だらだら過ごして自宅に戻る。このあたりから不安感が首をもたげ始める。

だんだんテンションが落ちていく。
友人が夕方に来たけれど,神経に障る。
今日は会わないほうがよかったかもしれないと思いながら,
それでもなんとか乗り切った。

夜にレキソタン×2を飲んでから眠りについた。



2001年07月28日(土)
実家

前日の疲れで起きられず昼。
健康診断に行った彼女が帰ってくる電話で何とか身体を起こす。
気分は悪くないけれど疲れていた。

昼過ぎに実家に顔を出した。
トウモロコシなどをいただいて談笑して帰った。



2001年07月27日(金)
夏の飲み会

今日は先輩夫妻と飲みに行く日。こんな休日は考えてみれば珍しい。
夜まではヒマなので,友達の秋葉原行きに付き合いで行った。

秋葉原は正直,いまはツラい。独特の空気に当てられて気分が悪くなってくる。
疲れてしまう。何て言うか,雑多な欲望が沈殿している感触。

夜の飲み会はその疲れもあって,ビールがすごくおいしかった。
会話もはずみ,かなり度を過ごしてしまった。
帰りの記憶があまりなく,次回からはペースを抑えようと思った。



2001年07月26日(木)
何もない休日

久しぶりに涼しい一日。ゆっくりと目を覚まして朝を迎える。
彼女は今日から仕事で,一人っきりの休日になる。

ぼんやりとゲームなどをして一日がゆっくり終わっていく。
夕方に友達から電話があり,夜にちょっと会っていた。
何事もない一日。



2001年07月25日(水)
10年ぶりの水泳

隣の市には,子供の頃によく行った市民プールがある。
近眼も直ったことだし,今年はプールで泳いでみようと思い立った。
平日の昼間でもあり,込み合っていることはないだろう。

予想通り,子供が多少いる程度で,なかなか快適な状態。
久しぶりに入る水の感触は心地いい。
大きくひんやりとしたクッションに沈み込んでいく感じ。

1時間泳いだらけっこうバテた。
ちょうどそのころに夕立が来たので,急いでプールを出て帰った。
久しぶりの夕立。気温はあっという間に下がり,涼しい夕方となった。



2001年07月24日(火)
ツーリング信州2日目

翌日も晴れていい天気。
9時半に宿をでて,クリスタルライン経由で山梨に抜けて,早々に帰途につくことにする。
このときは,その選択が苦労を呼び込むとは想像もしていなかったが…。

八ヶ岳方面へ行きと同じルートで戻る。
県道17号を途中で折れて,八ヶ岳農場方向から原村を抜ける。
鉢巻道路(107号)を下り,八ヶ岳高原道路(200円)から清里方向へ。

途中,八ヶ岳高原ラインの途中で休憩。
施設名は忘れてしまったが,山羊や羊,馬が放牧されており,
触ることもできるよいところ。
そこで長めの休憩をとっておみやげなどを物色した。

清里で給油し,クリスタルラインへ向かう。
クリスタルラインとは複数の林道の総称で,全線舗装なのでオンロードでもなんとかいける。

だがなかなか段差も多く,見通しも悪くレプリカには厳しいルートだった。
交通量が少ないのは幸いだったが…。途中で足腰に来た。

それでもなかなか楽しいルートではあった。
途中,ルートを誤り北上し,川上村方向へ抜けた。
そこは広大なレタス畑で,見渡す限りレタス。
スプリンクラーが目に気持ちよい涼しさを与えてくれた。

途中スーパーで休憩しルートを再確認。
三国峠をつっきるルートもないわけではないが,途中はいまだにダートらしく断念。
おとなしく来た道を戻る。

クリスタルラインを抜け,塩山方向へ向かう。
途中,140号とぶつかる牧の湯温泉あたりのコンビニで休憩。
この時点ですでに17時近く,早めの帰宅は断念していた。

しかも進行方向の塩山や勝沼方向は暗雲が立ちこめ,いなびかりまで見える。
これは確実に降られる,と覚悟を決めて出発する。
念のため,装備はビニール袋などで完全防護済みだ。

県道38号で勝沼IC近くに向かうと降り始めてきた。
途中コンビニの軒先でレインウエアを装着。風も強くなってきた。

国道20号に出るとかなり本降りに。
そこで給油したが,落雷による停電か,信号が消えておりパトカーが交通整理をしていた。

最初はそのまま高速に乗るつもりだったが,
風が強いことと,中野トンネル近辺が渋滞しているということで,
安全策をとり20号を行くことにする。風が強いためこの選択は正しかっただろう。

そのまましばらくは順調だったが,笹子トンネルをすぎて大月近辺になると渋滞してきた。
ただ,雨はほとんど上がり,気温も低くなってきたのは幸いだった。

大月IC近くのファミレスの駐車場でレインウエアを脱ぎ,高速に乗るかどうかを検討。
そこから見える高速はかなり渋滞しており,交通情報もそれを示していた。
しかし20号も渋滞。疲れもあり,かなり悩んだ。

結局第三の選択。20号の抜け道という県道35号で大回りし,相模湖へ抜けることにした。
この道はかなり快適なワインディングであったが,疲れていたためけっこうこたえた。

途中,道を誤って上野原に出てしまったので,そこから高速に乗った。
高速は渋滞もなく流れており,一気に八王子まで来た。
石川PAで休憩していたところ再度雨がぱらついてきた。ここはもう気にせずに行く。

調布ICで高速を降りて,無事20時に帰宅。
早く楽して帰るはずが,気が付けば300km弱走っているといういつものパターンだった。



2001年07月23日(月)
ツーリング信州1日目

結局バイクで出ることを決めた朝。
5時半に起床,中央高速を使ってさくさく目的地へ向かうことにする。
若干ゆっくりめの出発だ。気温は既に30度近くで気が滅入る。
今年の夏は雨がほとんど降らず,最高気温の記録を更新し続けている。

調布ICから中央高速へ乗り,談合坂SAまで巡航。
カウルのおかげで高速はまったく苦にならない。
ただ,タンクバックに荷物を積めすぎたら,状態を伏せるたびに邪魔で,
途中で荷物を積み替えた。レプリカに積載性を求める方が無謀か。

談合坂ではバイクが2〜3台いた程度で,交通量は多いものの比較的車もまばら。
ここで朝食にする。おにぎりなどを軽く取って,再度走り出す。

そこからは120Km巡航で少しハイペースに流してみた。
150Kmまで出してみたがまったく不安はない。カウルの威力は絶大だ。

八ヶ岳PAで再度休憩。ここはバイクのパーキングに屋根が着いており快適である。
天気は快晴,遠くの山も一望でき,なかなかよいポイントだ。
ゴールデンレトリバーとポメラニアンの2匹がかわいかった。

諏訪南ICで高速を降りる。20号へは出ずに,北東へ向かう。
そこは地図には出ていなかったが,「八ヶ岳パークライン」?という
展望が開けた良い道だった。写真を撮ったりして過ごす。

県道17号に出て,ビーナスラインへと向かう。
大門街道を使ってショートカットするルートもあったが,
雑誌に工事中で路面が悪いとあったため,
無料区間のビーナスラインを使って大回りした。

そのまま白樺湖へ抜け,大門峠から有料ビーナスライン(1990円,全線)へ入る。
天気も良い高原道路は快適そのもの。
車もそこそこいたが,平日のためどうということはない。

途中,車山高原で休憩がてらニッコウキスゲを見に高原を歩く。
ちょうど時期がよかったようで,満開に近い状態だった。
カメラと三脚を担いだ人たちで大にぎわいとなっていた。(このため駐車場は満杯)

ちょうど12時ちかかったこともあり,そこで昼食。ざるそば(750円)で食欲を満たす。

ビーナスラインを走り,途中下車するかっこうで「池のくるみ」へ向かう。
今年は雨が少ないためか,湿原の水量もやや少な目。
一周3Kmほどの湿原をタンクトップで歩いたら日焼けした。
近くの宿で合唱部が練習しているのか,コーラスが対岸まで届いてきた。
あと,昆虫採集をしていた非常識な人たちがいたので注意した。いかんよ。

再びビーナスラインへ入り,終点まで走る。
バイクもそこそこおり,特に浜松ナンバーのツーリング部隊はみなうまくてうらやましかった。

終点で休憩。車できた観光客の犬「はな」ちゃんと遊ばせてもらう。
僕はほえられただけだったが…。

15時くらいにビーナスラインを降りて,464号は工事中で走りにくかった。
そこから62号を武石村方向へ走り,大門街道(152号)経由で立科へ向かう。
ただ,前述したように大門街道は工事中で,走りにくいことこの上ない。
レプリカに振動は厳しい。再度,大門峠に出るころには胃が気持ち悪くなっていた。
その後はビーナスを逆送して立科へ。
疲れてへろへろで,東急リゾートタウンに入ってからルートを間違えるなどポカもやった。

到着して風呂に入り,食事して部屋に戻ったらそのまま爆睡してしまった。
19時半くらいから翌朝7時くらいまで,何度か目を覚ましたものの,
ほとんど眠りっぱなし。部屋でビールを飲むという計画は挫折してしまった。



2001年07月22日(日)
休息の一日

ツーリング疲れをとるために一日ゆっくり休養。
ぷらぷらと買い物。
水着を買って,今年はプールで泳ぐことを決心する。

明日は長野。身体の疲れはまだとれないけど,バイクで行こうかな。
車で行くのは楽でいいんだけど…何かバイク乗りとしては負けた気になる。



2001年07月21日(土)
ツーリング伊豆2日目

翌日は起きてみると土砂降り。
ペンションのオーナーによれば,3日に一度はこういったにわか雨があるという。
朝食を取っている間にほぼやんで,出立する9時半にはすっかりやんでしまった。

この日は特に急がず帰宅することにした。414号を北上し,沼津へ抜ける。
沼津さかなセンターに11時到着。ここで軽くお昼にして,おみやげなどを物色。

高速に乗ろうか迷ったが,そのまま246で帰途につくことにした。
道は空いていて快適。ただかなり暑くて閉口した。

秦野から北上してヤビツ峠経由で帰宅することに。
かなり狭い山道。交通量も多い。途中の展望台の眺めはなかなかだった。

ヤビツ峠を抜けると宮ヶ瀬湖に出る。
そこから412→413経由で,津久井湖の脇を抜けて帰ろうとしたら,
413が大渋滞でまったく動かない。
仕方なくUターンし,県道65から516を抜け,再度413へ出て,
橋本から野猿街道を抜けて帰宅した。

帰宅したのは17時ころ。
その日はダイエーにビールを買いに行って,
そこできしめんを買って枝豆と共に夕食にした。

疲れたけれどもなかなか充実したツーリング。
ただちょっと足腰が痛い。



2001年07月20日(金)
ツーリング伊豆1日目

夏休み最初の日。世間的には3連休の初日。
渋滞を覚悟しながらのツーリングでも待ちわびていた。

4時半に起床。目覚めはなかなか。5時半に自宅を出発する。

高速を使わずに246号をメインとして走ることにする。
鎌倉街道から多摩丘陵を抜け,市が尾から246へ乗る。
246はすでに車が増え始めていた。夏休み最初の3連休のためだ。
流れは悪くなかった。

途中,おそらく厚木近辺で事故渋滞。
トラック2台と乗用車がからむ玉突きのようで,片側1車線が止まっていた。

厚木を過ぎて271号(有料道路の測道)に入るつもりが,そのまま246を直進してしまった。
伊勢原の「市役所入り口」で,戻るつもりで左折,そのままコンビニで休憩した。
おにぎりを食べて朝食とする。この時点で7時25分。

そこから再度246に戻り,次の交差点で左折,「相模線大磯線」(県道63号)に入る。
このほうが直接海岸線まで出られるためだ。

1号線にぶつかり,橘ICから西湘バイパス(200円)に乗る。
西湘PAでいったん落ち合い,あまりに近すぎたために再度走り出す。
このまま箱根へ出て,再度1号線を走ったあと,箱根新道(200円)に入る。
なかなか快適なルート。

ただここで渋滞に遭遇。伊豆スカイラインへ抜ける料金所で渋滞が発生していた。
いったん休憩して写真を撮った後,伊豆スカイライン(560円)へ入る。
入ってしまえば渋滞もなく快適だった。

伊豆スカイラインを抜けて135号・東海岸沿いに下田へ向かう。
海水浴客でかなり混雑している。白浜海岸あたりでは渋滞していた。

下田にはほぼ12時に到着。ここでお昼にする。
下田駅前の地図を見ながらお寿司やさんを探す。
かなり離れた,港近くの「萩寿司」を見つけて入る。
昼時なのに空いていたが,良心的でおいしかった。2800円。
タカベという魚を見せてもらった。この近辺しかいないという魚。
夏場から9月ころまでがシーズンという。
えぼだいに近く,10センチ強の大きさ。味はけっこう濃く,甘みが強い。

港近辺へ食休みに。ちょっと走ると展望の良いところに出た。
そこで写真を撮りながら休憩。

そのまま海岸を回り,伊豆を一周する格好で修善寺へ向かうことにする。
途中,石廊崎へ立ち寄る。(駐車場はバイク100円)
この時点でかなり日焼けしつつあった。

山道を登り灯台へ向かう。天気も良く,人手も多い。
いったんキーを差し込みっぱなしで来てしまったために山道を降りて,
売店で飲み物を買って生き返る。

再度上ったときはけっこう楽だった。海がよく見えてきれいだった。

その時点で2時半か3時ころだったと思う。あとは一気に宿へ向かう。
5時頃に到着を予定していたが,土肥に着いた時点で4時半近く。
あとはひたすら走って,なんとか5時に踊り子についた。
風呂に入って汗を流し,食事をいただいて復活する。
ビールはよく冷えていて格別だった。

カウンターバーでは埼玉から来たという夫妻と楽しくもりあがって飲んだ。
0時半過ぎに就寝。



2001年07月19日(木)
2ミリグラムの生命線

今日は会社ではなく直接展示会場へ向かって取材。あまり期待してない展示会。
記事を書く気もないので,プレッシャーもない。

曇り空は涼しげで猛暑も一休みといったところ。
夕立が来るかもしれないけれど,暑さの一時回避はありがたい。

明日からは休日。思えば意外に早かったのか。
時間の流れはもう僕の中で整然としていないのでよくわからない。
思いだそうとしても思い出せない記憶の断片。

自分の時間の連続性に不安があると,生きていることに疑問がわく。
「自分ってどういうこと?」
同じ形を保てないパーソナリティは個人と言えるのだろうか?

たった2ミリグラムの白い薬品。
これが自分の形をなんとか作ってくれている。
たった2ミリグラムの白い薬品。
これが絡みつく不安をうつろなものにしてくれる。

…今日もレキソタン×2錠でやり過ごす,

駅のホームと白線の境界はわずか40センチ。
ここが生と死の境。
何万人もの人間が毎日生死の境を彷徨ってることに気付いてない。

100円で買える果物ナイフ。
それが命を消すものの値段。

いちど意識した境界は,もう見えなくなることはないんだろう。



2001年07月18日(水)
…下降中

夜中に雨が降ったらしく,目覚めは久しぶりに涼しげな風。
連日の強烈な日差しはなく,曇り空の一日の始まり。

けれど気分は下降中。
昨日はすんなり眠りにつくことができたけれど,
今朝は6時頃目が覚めたりして睡眠のリズムが狂いっぱなしだ。
仕事場に行くのがいやでずっとだらだらしていた。

わけもなくいらつくのは下降中の証拠。
電車に乗って気分が悪くなるのは悪化の兆し。
休みのことを考えても面倒なのは最悪。

会社に来てレキソタン×2錠を流し込む。
しだいにぼんやりしてきて,周りが曖昧になっていく。
気が付いたら少し眠っていたらしい。

少し疲れた。



2001年07月17日(火)
下降の兆し

昨晩はなかなか寝付けなかった。そのせいで今朝は起きられなかった。
身体全体がだるい。心なしか喉が痛い。

空一面にちぎれ雲。夕立を期待させてくれる白い雲の群れ。
でも雲間から照りつける太陽は容赦なく夏の日差しだ。

レキソタン×2錠で家を出る。
現実と不安との折り合いをうまくつけてくれる薬。
その代償は病人というレッテルだ。

仕事で呼び出された写真撮影は退屈。
知らない人と話すのはやはり面倒でずっとぼんやりしていた。
やることもなく座っていたら眠ってしまった。
いてもいなくてもいいなら,いたくない。

あいかわらず眠気がとれない。
少し精神状態が下降してる感触がある。
疲れが残ってる。イライラ感もある。
家に帰るのもおっくうだ。このまま消えてしまいたい。

これから僕はどこへ流れていくのだろう。
流れ着く先には何が待っているのだろう。
願わくばそこに静寂があらんことを。



2001年07月16日(月)
あと3日働けば/追記:謎の動物

今日は診療+薬チャージの日。パキシル+レキソタンの組み合わせに変えてから,
若干起き抜けが悪いということを除けば,調子はすこぶる良い。

いつもより1本早めの電車に乗って午前9時にオフィス到着。
だれもおらず,電気すら消えているフロアは静かで快適だ。

診療はいつもどおり。特に不具合がないのであまり話すこともなかった。
半分は雑談みたいなもの。3カ月の休職をいかに使うかという話など。
話題探しにちょっと疲れたところもあるが,まあいいか。

何しろあと3日で夏休み。これほど待ちこがれたのは久しぶり。
仕事はあまりしていないけれど,やはりストレスがたまっていたのかな。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

帰るときに自宅の近所で謎の動物を見た。
大きさはちょっと大きめのネコくらい。顔はアリクイのように細長い。
しっぽはふさふさしていた。その動物が目の前を横切って塀を垂直に上って
どっかへいってしまった。
…どこかでアナグマでも飼ってるんだろうか?

昨晩はなかなか寝付けず,2時間くらいうだうだしていた。
しかたなくレキソタン×2錠を飲んで寝た。
おかげで朝は寝坊した。



2001年07月15日(日)
整備

9時に目覚めて熱帯の朝。若干昨日よりマシな暑さ。雲も多く夕立が期待できそう。

今週末はツーリング。その前に整備しておきたい個所がいくつかある。
バイクのパーツを見に近くのショップへ。けどあまり収穫はなかった。
他の店をまわって買い物をして帰ってきた。

整備は正直やりたかったけれど,あまりの暑さに逃避。
夕方に気合いを入れて動き出す。今日はワイヤーの給油くらいでいい。
アクセルワイヤーのカバーが前回の転倒で破損していた。
ビニールテープで巻いてあったのをはがして給油。
クラッチワイヤーも給油。

蚊に食われながらなんとか整備を終えた。
結局,夕立は来なかった。



2001年07月14日(土)
オトウト

あまりの暑さで動けない午前中。すべての力を熱に奪われていく感触がする。
今年一番の夏の暑い日。
明日から弟は大阪で暮らすことになる。

散髪してその足で実家に寄った。弟はいつもどおり。家族もいつもどおり。
あまり転勤のイメージはわかない。
ただ,少し母の背が小さく見えた。

帰りに車で駅まで送った。今度会うのは,お盆の頃だろう。



2001年07月12日(木)
アタリマエのコト

目覚めて7時。久しぶりにまともな時間。そのせいで食欲がない。
暑さも加わって,とっとと家から脱出する。
1本早い電車で会社へ。誰もいないオフィスは快適だ。

今日は眠いこと以外は快調な一日。
レキソタンも飲まずに済んでる。
私にとって,久しぶりの日常。当たり前のこと。アタリマエのコト。

なのに不意に胸を引き裂きたくなる衝動にかられるのは何故だろう。



2001年07月11日(水)
バランスの結果は

昨日は楽しく飲めて12時帰宅。
こんどまた7月末に飲みに行こうというので,嬉しさ倍増計画。
思えば楽しい飲み会ってすごく久しぶりだ。

けっこう寝たわりには起き抜けが悪く,今朝もだらだらとまどろんでいた。
パキシルとアルコールの組み合わせのせいなんだろうか。
起きられないというより,起きるという概念が頭から抜け落ちている。

起きられないのと結構密接に関係してるのは,夏休み。
もうすぐ待望の夏休み。気分はすでに夏休み。

毎年7月末に1週間ほど取って,伊豆か長野へバイクでツーリングにいく。
今年は両方に行く。去年はどこにも行かなかったから2倍行く。
レプリカで走る高原は楽しいだろうな。
今年は一眼レフもあるし,写真を撮るのも楽しみだ。

そして夏休みが終われば,3カ月間の休職。
これも一種の夏休み。
人生という中での。

症状はよくなってきた。
空が青く,緑がきれいだと思えるようになった。
夏の日差しも,夜を渡る涼しい風も,今は心地よく感じられる。
それは生きているという実感。

だけど“消えたい”という思いは,ココロに深く根を張り巡らせたままだ。
生死は表裏一体の関係。
生きる力が強くなれば,この思いは消えるだろうか。
それともバランスを崩して自らが消えるだろうか。
その結果はいつわかるんだろう。



2001年07月10日(火)
ネコいろいろ

昨晩は飼い猫が夜泣きしたために大変だった(らしい)。
自分はよく寝ていたのでよく分からないけれど。
最近,毎日のように夜泣きするのは,やはり子供と同じで愛情不足からくるもんなんだろうか?

今日はネコの当たり日だった。
3時過ぎに昼食で外に出たとき,近くの店の前で大きなネコがいたのでかまってもらった。
飼い猫(その2)とおなじくらいでかい。でも野太い声だった。
もう一匹は,ビルの谷間で暑さにうだってゴロゴロしてた。

今日はこれから先輩と飲みに行く。すごく久しぶりなので楽しみだ。



2001年07月09日(月)
…眠い

バイクの整備で頭と手先をつかったせいか,昨晩はほとんど眠れなかった。
あるいは寝過ぎの反動か。
2時間くらいうとうとして起きてしまった。朝4:30。
しかたないから散歩してCD焼いて過ごした。朝はすずしくて気持ちいい。

しかし反動が来た。
電車に乗って爆睡,会社に来てぼんやり,取材から戻ってうつらうつらと。
今日はまったく調子が悪い。気分は悪くないが。
とっとと帰って,さくっと寝ることにしよう。



2001年07月08日(日)
整備

昼過ぎまで爆睡。
涼しい朝のうちにバイクの整備をしようというもくろみは最初から挫折した。

2時過ぎから暑い中,意を決して整備に入る。
いったん整備にはいれば,あとは黙々と集中できるもの。
2台,おおがかりに整備したので8時までかかってしまった。
しかもまだワイヤーの給油などが終わっていない。
遠出する前に完璧に仕上げておきたい。

整備で頭を使いすぎたせいか,夜はまったく眠れなかった。



2001年07月07日(土)
雨ふらなかった

七夕は雨の得意日。
天気予報も雨で絶対雨だと思ってたけど,思いがけずいい天気だった。
バイクの整備したかったので,買い物ついでにバイク用品を見に行った。

ほんとは整備するつもりでいたけれど,実家から電話があり整備をやめにして実家に行った。
大阪に行った弟から午前中に連絡があったから,よらなければなんないかなあと思っていたし仕方ない。

両親はやはり弟がいなくて寂しいらしく,来訪を喜んでくれた。
スイカはおいしかった。



2001年07月06日(金)
役立たず

目覚める気力も失せたのか。朝,まともな時間に起きることができない。
深い眠りに入ったまま,眠り続けることが増えた。

最近は朝に必ずレキソタン×2錠を飲んでから出かける。
とてもじゃないけど薬無しで外に出る気になれない。

今日は夕方に鬱の波がやってきて,さらにレキソタン×2錠を追加した。
どうしてこう,自分の感情をコントロールするのに,
こんな苦労をしなければいけないんだろう。

まったく仕事のできない役立たず。たぶん今月はこうして過ごす。
何もできないんじゃない。何もしたくないだけ。

ふと,昔の自分を思い出す。
バイクさえあればどこまででも行けると信じてた。
何があっても乗り切れる自信があった。
信じてたからこそどこにでも出かけていった。
そして,それは何にもかえがたい時間だった。

今の自分はどうだろう。
信じられるものはなく
頼れるものもなく
向かっていく目標もかすんで見えない。
ただ目の前にあるのは「消えたい」という思いだけ。
ただ惰性に従って毎日を生きる壊れた歯車。

砕け散った過去というジグソーパズルのピースをかきあつめても
決して昔と同じ絵は作れない。



2001年07月05日(木)
一日が長い

今朝も起きられず9時。レキソタン×2錠で一日が始まる。

全く手元に仕事がないと,ほんと一日が長い。
こういうときに発表会や説明会でもあればいいのだが,あいにく今週はめぼしいネタがない。
しかたなくWebをふらふらと巡回したりして一日をつぶす。

時間があるのだから,何か建設的な作業でもすればいいんだが,それが面倒で何もやる気にならない。
まわりから行動を監視されているようで落ち着いて何かできるわけでもない。

あと2週間。何をして過ごそうか…。



2001年07月04日(水)
力が抜けて

35度を超える夏の暑さは耐え難い。子供の頃は,そんな気温を見た記憶がない。

休職を決めてからすべてに力が抜けた。いい意味でも悪い意味でも。
解放感に近いものと,諦めに近いもの,その両方が胸に去来する。

まだ現実感がわかない。
いや,現実感はもうとっくに失って自分の元にはない。
流れていくだけの存在になりさがってる。

少しずつ,身の回りの整理を始めようと思う。



2001年07月03日(火)
ある夏の一日

目覚めて午前11時。日差しはすでに真夏で暑い。
シャワーを浴びて,のたりのたりと出社の準備をする。
すでに,自分の中の糸は切れてる。

それなりに仕事。やることはいろいろあるので,可もなく不可もなく仕事をこなす。
今日はFOMA端末に触れる機会があり,かなり面白い一日ではあった。
次世代は,屋内ではかなり厳しい。2GHz帯の特性か。
現時点では,PDC基地局の4割くらいの数のFOMA基地局があるらしい(23区)。
端末としては,かなりよくできている。TV電話もおもしろい。
問題は建物の影などに入ったときの不安定さ。
音は悪くないがPHSには劣る。高音が強調され,当初のcdmaOneを彷彿させる。

もうひとつ。YahooのADSLにようやく正式申し込みができた。
自宅にいる時間が長くなるだろうから,これはありがたい。
願わくば,8月には開通してほしいものだ。



2001年07月02日(月)
休職しよう

7月の日差しは夏の日差し。朝から気温は急上昇。容赦なく体力を奪う。
どれだけ眠っても,身体の芯には疲れがこびりついて取れない。

今日は診療日。いつもより早くカウンセリングが始まって,いろいろ話して
休職したいと告げた。先生は休職に関して特に言わなかったけれど,
1カ月でまた様子を見たら,というアドバイスをくれた。
でも,正直,もう仕事はしたくない。眠りについてすべて忘れたい。

編集長と相談するのはこれからだ。また追記する。

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話をしてきた。3カ月,休職したいと伝えた。
あまりどうこうせず,事務的に話をした。
ちょっと淋しい感じがした。




2001年07月01日(日)
眠り男

死んだように眠り続けて真夏の朝。
10時過ぎからまどろみながら,たわいもない思考にココロを漂わす。
ゆらり,ゆらりと。

昼前に起きて掃除して汗をかく。
食事してシャワーを浴びるつもりが,そのまま2時間近く眠ってしまった。
暑さが体力を消耗させているのか。ネコもそこかしこで伸びきっている。

夕方にバイク屋へ任意保険の更新に出かけ,買い物をして帰ってきた。
たまに,目に飛び込んでくる何気ない景色が,ココロを浸食して縛り付ける。
それは記憶の断片か。