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2001年02月28日(水)
左足,復活

ようやく左足の傷がふさがった。右足もあと1日もあれば,外傷は治りそうだ。
ようやくお風呂に楽に入れるようになりそうで嬉しい。
あとは左手と,ひざの内部のダメージ回復を待つばかり。
ずいぶんと良くなってきた気がする。

今日は電車に乗っていて,ひとのいざこざを見ていて不安になった。
会社に来てまずはレソキタンを2錠飲んで,ココロを落ち着けた。
あとはひたすら仕事に打ち込んで全て忘れた。

雨が降りそう。降り出す前に帰ろう。



2001年02月27日(火)
崩れ始めたバランス/不眠と夜中の覚醒と昼食抜き

バイク転倒事故から1週間と2日。ひざの擦過傷はずいぶんとよくなってきた。「(ひざにたまった)水もずいぶん少なくなりましたね〜」とのお医者さまのお言葉。このぶんだと,今週末にはひざのサポーターから開放されるかな。
ようやくお風呂に心おきなく入れる。
親指の脱臼も,だいぶ良くなってきた気がする。

その反動か,ココロのほうは不安感やうつうつがひどくなっているような気がする。身体が回復するのにあわせてココロも回復するわけではないけど,
なんかいっこうに良くならないココロ。
身体が回復するにつれて,現実が迫っているような気がして,
ココロに負担がかかってきてる。バランスが崩れ始めている。

記憶力がかなり衰えている。
昨日の晩,ピッキング対策の鍵について話していて,
今日会社で調べようと思っていた。
今朝,何度も思い出しては,すぐに忘れてしまった。
いろんなことを,同時に記憶できなくなっているのかな。

本当に,記憶力は悪くなった。聞いたそばから忘れていくようで怖い。
「なんでこれがここにあるのか」,思い出すのに記憶をたぐることがままある。
忘れるスピードが早まっている。

記憶力は,僕の唯一の武器だった。
人一倍,覚える能力が高かったから,子供の頃は,勉強はほとんど苦にならなかった。教科書をまるまる暗記していたから…。

最近までも,自分の記憶を頼りに,いろんな事実を比較して記事に盛り込んできた。だけど,うつ病になってからというもの,取材した内容を−−会った人のこともすべて忘れてしまう。
思い出せるのは,ほんの一握りだけだ。記憶が頼りなくなると,不安も強くなる。

失うものはあまり持ってないけど,これからは,どんどん自分の能力まで失っていってしまうのかな。そうだとしたら,悲しい。

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そういえば最近,夜に寝付けなかったり,夜中に目を覚ますことが多くなった。
ほとんど毎日,不眠か覚醒か,どっちかがやってくる。
不眠の時にはレソキタンを飲む。
覚醒はあまり長続きしないので,そのまま寝てしまう。

昼食はまた摂らなくなった。
結局,食べたのは二日間だけだったな。
もういらない。



2001年02月26日(月)
ただいま下降中

今朝はどうしてか,起こされたとき休日かと思ってしまうほど平日感がありませんでした。まだ寝ていたいなあ,と思ってそのまま11時まで爆睡。
昨日の晩,眠れなかったのが聞いていたのかもしれないな。
ああ,ほんと怠惰だなあ。

というわけで朝っぱらから気分は下降気味。バイク事故でケガをしていなければ,会社(の診療所)に行く必要もないんだけれども。
しかたない。ふわふわとただよっていくことにしよう。

会社。あいかわらず居心地はよくない。
一刻でも早く帰りたくなってきたので,とりあえずは診療所へ避難。
まるで保健室通いの小学生のよう。
傷はだいぶ治ってきたので,あとは痛めた内部の回復に時間を費やすことになりそう。とりあえず,はやく普通に歩けるようになりたい。

仕事する気力がないから,買い物に渋谷に行った。
渋谷は人がいっぱいいる。
そのうえ,最も嫌いなタイプの人間がごろごろしている。
用がなければ,一生来たくない。

今日は渋谷駅でレソキタンを2錠飲みました。
電車の中では叫び出しそうな気分。
何がイヤなのかわからないけど,逃げ出したくて仕方ない。そんな気分でした。



2001年02月25日(日)
うつうつ

午前中は好調だったのに,午後になってうつうつ状態に。
原因は隣家の叫び声。
隣家は2重窓にしてくれているけれど,突き抜けてくる声にこちらは対処方法がない。

午後は買い物に出て,おしゃかになったバイクのグローブやら,包帯をとめる紙テープやらを買いました。
駐車場の最上階から遠くを眺めたら少し気が楽になりました。

夜は鍋だったのですが,食べ過ぎて夜中になったら腸にガスがたまり苦しかった。
あと,寝る前にうつ病の本を読んだせいか,寝付けずにレソキタンを2錠飲んで眠りました。



2001年02月24日(土)
買い物

今日は昼に起床。だらだらしながら起きて雨の休日。
雨の日は,ちょっと時間がゆっくり流れている気がします。

借りたCDを返しにいって,それから駅前へ。
駐車場の関係であまり車で来たことはないのだけれど,なかなか楽しかった。
客層がおだやかだし,100円ショップは楽しかった。

夜は友達が来て一緒に鍋をやった。疲れていたのですぐに寝てしまったと思う。



2001年02月23日(金)
不安ふたたび/なんかもう疲れました

さっきレキソタンを2錠飲んだので,ちょっと眠いようなぼんやりするような感じがする。不安が強まったから?それとも,忘れていた現実をつきつけられた?

要は,今後の仕事のアサインの相談があったのだ。
やはりとは思うけれど,まだ仕事を本格的にできない。
そう思ったら,やっぱりまだ治ってはいないんだ,ということに突き当たって思考が袋小路。やっぱり休職しようかなあ…。

指の脱臼は2〜3週間。足は1カ月。
自分の誕生日あたりで指が治って,弟の誕生日あたりで足が治る,ってことか。
指は,しばらくは,包帯で固定しなければいけないみたい。
やはり完治には1カ月かかるんだろうな。バイクは1週間で直るのに。
そのぶん,お金がかかるけど。

昨日は久しぶりに取材して仕事をしたので,ちょっと忙しかった。
友人の引っ越しの件もあって,忙しかった。だから日記を書くのをパスした。
あと,自分と向き合う時間がなく,それで書くのも何か性に合わないので。

無気力だなあ…。このまま気体になってふわふわ漂ったら気持ちいいだろうなあ。

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鎮静剤+抗不安材のダブルアタックのせいか,
身体が全体的に重いような状態です。
なんか疲れてしまいました。怒りよりも,淋しい気持ちが強いです。

ビルの谷間から上を見上げても,切り取られた空しか見えない。
本当はずーっと広がってるはずの空は,不格好に切り裂かれてしまい,
その姿は悲しげだ。このビルからも,窓で切り取られた空の断片しか見えない。

虚無感。自分がここにいる存在理由が感じられないこと。
これから存在する理由が思い当たらないこと。
だけど,自分を存在させる役割だけが一人歩きしていく。
その狭間で生きていく存在に何の意味があるのだろう?

死にたいとは思わない。
けど,自分という存在を宙に舞う霧にして,大気に溶け込んでしまいたい。
存在を極限まで軽くして,薄めてしまいたい。

僕がいなくなっても,かわりはいくらでも探せるでしょ?



2001年02月21日(水)
すこし眠れない夜でした/慣れない昼食に身体が

身体は疲労しているのに,なかなか寝付くことができない夜でした。
最近,たまにこんなことがあります。夜中に目が覚めることも少なくありません。

昨日は指先の包帯がきつく感じられたこともあり,
起き出して包帯を巻き直して,
それから1階に降りてレソキタンを2錠飲みました。
それからはすぐに眠れたような気がします。

今朝はやはり起きられず,昼に会社に来ました。
今日も昼食を摂りました。薬,飲まなきゃいけませんから。
何か,不自然な食欲な気もします。

今日はかなり足が曲がるようになりました。
ただ,あいかわらず階段はつらいです。
長く歩くのも,少しばかり腰に来ます。おかげで筋肉痛です。

これから診療所に行って来ます。また気が向いたら書きます。では。

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2日続けて昼食を摂ったせいか,なんかお腹の調子が悪いです。
ちょっと痛い。慣れないことをするな,っていうことかもしれないです。

好きで食べてるわけじゃないんです。
食欲は(たまに)あったとしても,食事したい気持ちになれないんです。
会社の周りは,タバコ吸う人も多いから食事できるところが限られてくるのです。
あと,一人でゆっくりできませんから,べつにいいんです。

そういえば,痛みが自分のものとして戻ってきました。
転倒した日は,痛いという感覚が自分から切り離されたもののように思えていました。ああ,痛いんだなあ,というように,自分の痛みが直接ではなく,
ワンクッションおいて理解しているような感覚でした。

今の気持ちは,簡単にいうと,「あきらめ」かもしれません。

動かない身体。
壊れかけたココロ。
存在理由の軽さ。
続いていく空白の日常への怖れ。
失っていくものの数の多さ。

そうした気持ちが,あきらめとなってココロの奥底に沈殿して,
いつかしら僕の大半を支配するようになってしまったようです。



2001年02月20日(火)
一月ぶりに昼食

身体が栄養を欲しているのか,久しぶりに昼食を摂りました。
今年の平日は,1月15日しか昼食を摂っていないので,
1カ月ぶりということになります。
おにぎり2個と野菜ジュース。これでも体重はほとんど変わっていません。
基礎代謝量が落ちていたのでしょう。

膝はだいぶ良くなりました。
足に体重を掛けてもあまり痛まないし,少しなら曲げられます。
今日も会社の診療所で診てもらいました。
今日は整形外科の先生が来る日だったのですが,なんか乱暴な感じでイヤでした。

指の脱臼も,本当なら関節の袋状の部分を痛めてしまうのでもっと痛いはずだとか。でも,完全に外れていたんですけれどね。指の形,見ただけでわかるほど変形してたし,接骨の先生がはめてくれたときに,「あ,はまった」っていう感じがありましたから。

今日は足に負担をかけないように,バスを使って駅まで行きました。
なかなか快適。ただ支払いが面倒なので,プリペイドカードを買いました。
3000円分,買ったはいいけど使い切るでしょうか。
なんとなく,明日はかなりまともに歩ける気もしてきました。
まあ,余っても腐るもんじゃないんですけど。

仕事はほとんどないので,うつな気分を感じることはあまりないです。
身体が動かないから,っていうのは今の私にとって幸運です。
ココロが壊れても誰も気付かないけれど,身体なら一目瞭然だから。

電車が混雑する前に,帰ろうと思います。
21時くらいになると,厳しいんですよね。
酔っぱらった人も増えてきて,あまりいいことはないです。



2001年02月19日(月)
動かない右足

朝っぱらから医者へ。普段は20分で着く隣駅が,やけに遠い。
動かない右足ではしかたないが,1時間もかかった。
おかげで,診療開始とほぼ同時に着いたので時間的ロスはなくてすんだが。

会社は遠い。電車がこれほど使いにくい乗り物だとは思わなかった。
自分が弱者であることを実感する。親切な人は,あまりいなかった。
駅から乗ったタクシーの運転手さんが,ケガに配慮してゆっくり走ってくれたことくらいだ。

会社で膝を見てもらう。
レントゲン写真も撮った。幸い,靱帯や骨に異常はなかったようだ。
ただ,脱臼した左手親指の先は,専門医に明日詳しくみてもらうことになった。

今日はカウンセリングもあった。
いろいろ話をした。よくわからないけど,先生がだんだんわかってきたというので,いいことなんだろう。

ただ,手首にナイフをあててみたことは言わなかった。
あと,「壊れた心には,動かない身体がちょうどいい」と思ったけど,
それも言わなかった。

左手が使えず,キーボードがうちにくい…。



2001年02月17日(土)
転倒

バイクでコケた。

天気のいい土曜日。バイクでふらりと走りにいった。
20号で勝沼まで行って,帰りのルート選択を誤った。
大菩薩峠。雪がシャーベット状態で危険この上ない。
そこは乗り切ったけど油断して奥多摩周遊道路の出口あたりの直線で雪ですべった。たぶんフロントからすべった。
いったん左に,そのあと右側に反動で飛んだように思う。

左手親指の付け根を脱臼。両膝強打。バイクはフロントカウル右前方を中破。
身体はなんとか動いたし,バイクも問題なく動いたので,走って帰った。
半クラすると激痛だったので,街中はきつかった。
ただ,痛みは遠くに感じたし,乗り切れると冷静に判断していた。

おそらく転倒したのは16時ころ。バイク屋についたのは18時ころだった。
そこから自宅に連絡して迎えに来てもらった。
たまたま,自宅方面に友人が来ていたので,病院までつれていってもらった。

夜になって膝が痛んだ。



2001年02月16日(金)
眠りつづけて今/駅のホームのいちばんはじっこ

ぼんやりとしている。昨日のことがよく思い出せない。
帰る直前に,レソキタンを2錠飲んで,電車にのったら寝てしまって,
家に帰って食事して寝た。

今朝は猫が鳴くので布団に入れてしばらく寝ていた。ひたすら眠り続けて11時半。
のそのそと,ぼんやりと起き出す。猫と似たような生活。
いっそ猫になってしまいたい。

なんとなくレソキタンを2錠飲む。
あと3錠あるから,今週末は乗り切れるだろうと判断した。
月曜日は診療だから,また薬はチャージできる。
おかげで,なんか眠いようなぽーっとするような感じ。
目をつむったら眠ってしまいそうだ。

ねむっちゃおうかな…。

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駅のホームの一番はしっこは,ホームのどこともちがう景色が見える場所です。
走っていく電車と,走り去る電車が一番よく見えます。
そして,最も人気がない場所。
都会の中での解放感はこんなところにもあるのです。

今朝飲んだレキソタンのせいか,今日はずっと眠いです。
ぼんやり,ほんわりとした気分。起きたまま眠っているみたいです。
電話の音は,もうずっと遠くのほうでしか聞こえないみたいです。

くすりはあと三つ。一つは家,残り二つは手元にあります。
さっきから飲みたくてしょうがありません。
このまま眠ってしまいたいからでしょうか。よくわかりません。

昨日から何かおかしくなってきている感触があります。
昨日書いた日記は,人が読んだらおかしいとしか思えないような文章で,
今自分で読んでみてもやっぱりおかしな文章です。
でも,書いてて,読んでて落ち着くから不思議です。
人が書いたものだったら,絶対見ませんけれどもね。

明日は土曜日です。今週も早かった。何もしないで会社にいるのは退屈です。
でも,何もできないからしかたありません。
ぼんやり,境界を曖昧にしたまま,机に向かっているだけの物体になります。
そのほうが楽なんです。

猫はうつ病には決してなりません。先のことを憂えることがないからです。
過去のこと,先のこと,あまり関係ないのです。今が一番大切なんです。
だから笑ったような顔をして眠るのかもしれないです。

昔は優しい気持ちになれたこともありました。意識せずに自然に。
いまはだめです。
優しい気持ちのまえに,こわれた自分の判断基準が立ちふさがっています。
だから優しくなれません。

優しい行動をとることはできますがそれは単に形態反射に過ぎません。
自分が本当にそうしたいわけじゃないんです。
人から優しくないと見られるのがイヤでそうしているだけ。
優しくしないとけんかになって,よけいな気を遣わなければならないから,
いちばん楽な道を選んでるだけ。そういう気がします。

やはり今日もレキソタンを飲んでからかえることにします。
つらくはないけど,すごく淋しい気分です。だから薬に逃げて楽になります。

来週の月曜日は診察です。
でも,この3週間ばかりの出来事を全部話すとなると大変です。説明も面倒です。
だから,適当にするかもしれません。
とりあえず,薬の量は増やしてもらおうと思います。



2001年02月15日(木)
迷走する自分が嫌/どこ?

芳香剤が机の上にある。今朝,出勤途中に買ったやつ。
おかげで,昨日にくらべてイライラせずにすんでいる。
でも,ヤニ臭さを感じるたびに芳香剤を鼻面に突きつけてる自分って,
周りから見たら変だろうな。

でも,芳香剤もこれからはあまり必要なさそうだ。
となりの席のやつが,異動になったから。
彼はあまり記者として好きになれなかったので,異動してくれてよかった。
僕自身が異動できなかったのはちょっと残念だが,
うつ状態での異動はあまり良くないだろうから,今回は仕方ないと思ってる。
ひょっとしたら,っていう期待もあったんだけど。

昨日の晩,雪がちらついたせいで今朝起きたらうっすらと雪がつもっていた。
日陰のところに1センチもないくらい。どうりで寒いわけだ。
今日はなんとか8時半に起きて,午前中に会社に来た。
やることないからぼんやりしている。興味のわくこともないから,
ぼんやりするしかない。Web見るのも,もう飽きてきたし…。

あ,そうそう,昨日の夜はなんかイライラしていたので,
帰ってきてレソキタンを一錠飲みました。
たぶん,二日続けて状態のよろしくない電車(酔っぱらいと関係あり)に
乗ってしまったのが響いてる。
ああいうことできる人たちが嫌い。そういう人であふれている街も嫌い。

いたたまれない。どうしてこんな気分になるん?何か自分のコトバ,どっかに置き忘れてきちゃった気がします。それらしい言葉遣いしなきゃいけない。それらしく振る舞わなきゃいけない。これがあるべき姿だだからその姿にならなきゃいけないなれなきゃ意味がないでもそれは自分の姿とは違うああどうしてそうなったんでしょうかわからない。

だれとも話さなければ自分の形を決められずに済むし自分の形を演じ続ける必要もなく自分という存在の輪郭をあとかたもなく消してしまえるような気になるからそうしたくなるときが押し寄せてきてどうしたらいいのかわからない。

わたしのこころにさわらないでだってわたしにはなにもないものわたしのかたちをきていしないでわたしはあなたじゃないのわかるでしょうだってあなたとはまったくちがうそんざいでしょうゆがみをつくっているのはあなたほんとうはそういうこともわかっているくせにどうしてそうれいせいにふるまっていられるの。

知らない。僕は何も知らないし,何も知りたくない。演じているつもりもないし,そうなりたいと望むことは人として成長したいと願う心なんじゃないのか?弱みをさらけ出さずに,強くありたいと思うことは不自然だとは思わない。でなければ,一生人は子供のままで成長なんてできやしない。

しんじようとするこころとしんじられないきもちのはざまでゆれうごいていくことがいきていくことなのそうじゃないでしょうそんなじょうたいでずっといられるわけないだってほらもうほころびがみえているもうすぐこわれてしまうかもしれないもうこわれてしまっているかもしれないはじめからこわれていたのかもしれないそれをみないようにうまくおおいかくしてきただけじゃないのほんとうはそうおもっているのでしょうみとめたくないだけなんでしょうちがうのそうじゃないの。

自分が必死に積み上げてきたものまで道連れにできない。支えなきゃいけないものも,いっぱいある。認めたくないことだっていっぱいある。だけど,それを乗り越えなきゃいけないと思う。

なんでのりこえなきゃいけないのだれがそうきめたののりこえないとどうなるのそれでもなにもかわらないでしょうちがうの。のりこえたふりをしたいだけでしょほんとはちっともきずはいえていないくせにわかっているくせにただみとめたくないだけでそれをのりこえたとおもいたいだけなんでしょうだってそうでなければのりこえたなんておもうわけないもの。

プライドを捨てろというのか。自分が最もなりたくない人間に身を落とせというのか。これまで築き上げてきたものを無に帰せというのか。

その回答の一つは存在を無に帰すということ。

死にたくはないんだ。
でも,消えたいんだ。

誰かどうにかしてくれ。僕はどんどんこの世界からズレ始めている。どこかで止まらないと,どこかに行ってしまうかもしれない。

なんとなく,ココロが迷走している気がします。知らない間に,見えない檻に閉じこめられたように,あがいてもどうにもならないそんな気がします。どうしてでしょうか。街ですれ違う人たちも同じようなココロを持っているのでしょうか。僕が物事を気にしすぎなのでしょうか。考えすぎなのでしょうか。



2001年02月14日(水)
現実感が欠けていく?

今日は目覚めたら11時だった。
一度,8時くらいに彼女に起こされた記憶はあったけど,恐ろしく眠くて,
しばらく眠りを貪ってしまったらしい。なんか,社会人として失格だなあ。
まあ,それでも別にいいんだけど。

せっかくだから本屋によってから会社に行くことにした。
特に急ぎの仕事もないし,適当でいいや,とすごく投げやりな気分。
あまり現実感もない。

今日はそんなで一日が終わろうとしてる。
今日一番いやだったのは,隣のヤツがすごくヤニくさいこと。
芳香剤か消臭剤を買ってこようとコンビニにも寄ったけど,いいのがなかった。
隣りにいるだけでいらいらする。明日は絶対に買ってこよう。

あ,そうだ,今日は出がけにレソキタンを一錠飲みました。
なんとなく不安になりそうな気がして。
最近は,音とか匂いとかにすごく過敏な気がする。
それがすごくストレスになってるのがわかる。個室で仕事したいな…。

自宅で仕事するのもいまは無理だし。
隣の家の子供,というか,知的障害者の子供が叫び声あげる環境では落ち着いてられない。これもすごいストレス。真剣に,二重窓に変えようかな…。でもお金かかるしなあ…。

なんか自分のココロは鬱状態にあるほうが能弁で,
誰にとっても役に立たないこの文章を書いているときが一番落ち着く。
問題は会社でないと書くヒマがないってことだけど。
最近はストレス対策のためにヘッドフォンが手放せない。
どこかしこから,声や騒音やいらだちの声が飛んでくる。

てめえらがストレスにさらされるのは勝手だが,
こっちまで不快な気分にさせんじゃねえよ。そんな気分で自分も嫌な気分になる。

なんか現実との間に一枚ガラスがあって,
そのガラスを隔てて世界を見ているような気分。
自分は単にこの世界の構成物でしかなく,
存在自体が自分の外にあるような感じになる。
だから生きているというより,眺めているような気分になることが,
最近多くなった気がする。

「この街を抜けたら,どこに行くんだろう?」
そんなことを考えながら歩いた日もあった。
だけど,いまは何もないとしか思えない。
自分の周りには,もはや死んだ無機物しかないような,そんな気がする。
何も語りかけてこない。



2001年02月13日(火)
再インストールの一日

昨日の晩,ノートPCの調子が悪くなったので,今日は会社で再インストール作業。
これも業務のうちかどうか,微妙なところだけど,日本語入力ができない状態では仕事にならない。

昨日,眠れなかったので,今日は昼近くまで寝ていた。
休日のような気持ちで平日を迎えた。
なんとなく,不安というより,投げやりな気分だった。

単調作業は楽だけど,時間の無駄のようにも感じる。
昼から始めて,夜9時にようやく終わった。
今日はこんな感じで一日が終わりそうだ。

何もない日は平和だけど,ものたりない。
何かある日はココロが落ち着かない。
どちらでもいいけど,
なんか,
治りつつあるようで治っていない自分にいらだちを感じる。



2001年02月12日(月)
なんとなく気分の乗らない日

休みの最終日は,あまり楽しい気分になれない。
次の日が仕事だから,というよりも「終わり」の空気が町中に満ちているからだと思う。
特に落ち込む要因はなかったはずだけども,
何となく気分が上昇しない感じで目が覚めた。

昨日とうって変わって寒い曇りの日。なんとなく,寂しい気持ちになる。
今日は友人の引っ越しを手伝いに−−というより様子を見に行くつもりでいた。
散歩がてら歩いて行くことにした。徒歩で20分ほど。
決して遠いわけではない。ただ,曇りのせいなのか,いま一つ気分がのらない。

彼のアパートにつくと,家族総出で作業中だった。
とりあえず,近くのコンビニへお茶を買いに行く。
さすがに引っ越し中の6畳間に7人はきつい。

なんだかんだであっという間に荷物の開梱は終わり,
ご家族が風のように去っていった。その後,別の友人が来たりした。
CATV事業者の説明員が来るまで,なんとなくだらけた雰囲気で待っていた。
結局は,予約が忘れ去られていて,夕方6時過ぎまでそこにいた。
暇すぎてちょっとイライラした。

帰って食事して,猫と遊んだりして,12時前には床についた。
だけど,なぜか眠れなくて2時過ぎまで布団の中でうだうだしていた。
しかたなく,レキソタンを2錠飲んで,何とか眠りについた。
確かにその前から,なんか寡黙になってしまっていたけど…。
なんかいまいち,漠然としたモヤモヤに支配されてしまった一日だった。



2001年02月11日(日)
気分転換に家事労働

昨日,過去の日記やら読みふけって,朝の5時半まで起きていたせいで,
目が覚めたのはほとんど昼だった。
だらだらと起きて,猫たちに遅めの朝ご飯をあげる。
いい天気だ。
ただ,昨日はちょっと飲み過ぎたか,少し残っている気がする。

いい天気で特にやることもない。まずは布団を干そう。
ここしばらく干してないので,寝心地が悪くなってきていた。
昼から干しても,十分だろう。

新聞を読んで,着替える。けっこう暖かい。
よく見ると,部屋の中にうっすら綿ぼこり。
…まあ,時間もあるし,掃除機をかけてみようと思い立った。
上下2階の一軒家は,それなりに掃除のしがいがある広さになる。

掃除は一人の方がはかどるようだ。
きれいに一通り掃除機をかけて,ほこりのたまったところを雑巾拭く。
ついでだから食器も洗う。
流しの近辺を片づけて,引き出しや棚の中も簡単に整理する。
自分の部屋の本やプリンタの箱,古着(ぼろきれ)を天袋へ。
ついでに20世紀の遺産ともなってしまった,賞味期限切れのカップラーメンを廃棄処分にする。その後,こないだ買ってきたカップラーメンで簡単な昼食にする。

風呂を洗うついでに,洗濯もしてみた。
パジャマとか,けっこう気になっていたのだ。
一通り洗って干して午後3時。
ちょっと乾かないだろうけど,天気はもちそうだし,まあいいだろう。
一通り,家事をこなしたら気分は爽快だった。
ひとり暮らしのころは,毎週こういう生活をしていたなあ。
日記を読んで,そのときの気持ちがよみがえってきたのかもしれないな。

彼女からメールが入ったので,時間をあわせに牛乳パックを生協へ持っていく。
ついに,こないだの大雪で折れた車のポールを購入。
ちょうどイイ時間になったので,彼女を迎えに駅まで行った。
ちょっと疲れたけれども,充実した一日だった。



2001年02月10日(土)
彼女のいない土曜日

家族がいない休日は,静かだ。
少し寂しい気分でいるのも,嫌いじゃない。
以前,ひとり暮らしをしていた夜はもっと静かだった。
今は,ネコがいるぶんだけ,静かさの質が違う。

今日は彼女が実家へ戻っている。
本当なら僕も一緒に行くところだが,今回は遠慮させてもらった。
人といるとちょっと疲れるから。それに,たまにはこういうのもいいだろう。

僕は,自分の実家へ行った。車で10分程度の実家。
両親と弟の3人が,珍しく全員いる土曜日だった。
それぞれ,買い物や床屋などに行ったりはしていたが。
昼食をたかりにいったのだが,結局夕食までお世話になってしまった。
母は,あいかわらず押しが強い。

弟は,自分で言うのも何だが,僕によく似ている。
顔も,声も,体格も,性格も−−僕を丸くしたような性格。
自分の理想をそこに見ることがある。

さっき,友人から電話があって出てきた。
新しい彼の下宿は,予想以上に快適そうだった。
ひとり暮らし。
今は一人よりも,家族がいたほうがいい。そう思う。

静かな夜は,思い出が柔らかく感じられる。
何かに包まれているような,そんな感じになる。

一人も悪くない。
緩やかに過ぎていく時間も,たまにはあってもいい。
少し寂しくて,ゆるやかに時間に身をまかせて,今日を終えることにしよう。



2001年02月09日(金)
今日は大丈夫

昨日から気分が良い。自分の中にあった鬱屈した気分が嘘のように消えている。
以前の自分もこんな感じだったのかな。

昨日は人混みの展示会場の中を動き回って記事を書いて,遅くまで働いて,
酔っぱらいがいっぱい乗っている電車で帰ってきても元気だった。
そのせいで,ネコたちの「遊んで〜」攻撃に1時間以上も付き合って,
ねこじゃらしの振りすぎで腕が痛くなった。
レキソタンなんていらない,って感じだった。

このまま,この気分のまま日常を過ごせたらいいな,と思う。
今なら仕事も普通にこなせる気がする。
でもまだきっとダメだ。まだ下降曲線から上昇へと変わる変曲点くらい。
期待しすぎるとあとでつらい。

夕方になったら頭痛がしてきた。
ディスプレイをずっと眺めていたせいかもしれない。
昼過ぎまでは調子よかったのに,ちょっといらいらし始めてる。
自分の後ろ側をたまに人が通るのだけど,それがいちいち気に障る。
興味本位で覗かれているような気になるから。
用がないならうろちょろしないでくれ。

仕事が一段落したので,他の人の日記サイトを見たり,つらつらと考え事をしていた。
ちょっと気分が下降気味なせいか,
「なんでこんな因果な仕事に就いたんだろ…」なんてことを考えていた。

僕は人付き合いがいいほうではない。
初対面の人と気軽に話せるほうでもないし,どちらかというと出不精なほうだ。
友人も少ないし,それでいいと思ってる。
あまり記者向きの性格ではないと思う。

記者になろう,と思った理由もあまりほめられたもんではない。
「仕事は自分のペース」,「原稿なんて聞いてきたことを書くだけで楽勝」,
「なんかマスコミってかっこいい」,「給料高い」
…文章にしてみるとすごく不純だな。

大学,大学院と通って,研究室と折り合いが悪かったこともあり,
「こんなやつらと一生会わずにすむところ」に行きたいという後ろ向きな選択でもあった。実はいま,そういう人を相手に仕事していたりするんだけれど。

きっとほっておくと,誰とも話さない人間になるのが怖くて,
その対極にいる“記者”という職業に飛び込んだところもある。
なんとか自分の内向きに働くちからを,外向きに逸らそうと,
ココロのどこかが判断したのかもしれない。
いまも,あせりみたいなもの−−沈黙に耐えられなくて何とか話題を見つけて,
その場をしのぐことが多い。

不安定な足場の上で,なんとかバランスを取りながら人間関係を作り上げてきた。
だからくずすのは,けっこうたやすい。

記者は多くの人とふれあうけれど,多くの人とすれ違うだけの職業でもある。
名刺は山のようにあるけれど,友達はいない。友達になったら記事を書けない。



2001年02月08日(木)
かくも遠き幕張

今日はNET&COMという展示会。場所は幕張である。
幕張は本当に遠い。9時半にメッセ集合ということで自宅を7時半に出た。
こんなに早起きしたのは久しぶりだ。

通勤ラッシュにもまれること自体久しぶりで,
正直こんな時間には乗りたくないほど込んでいた。
しかも,珍しく早起きしたせいか腹の調子が悪い。
幕張に行く間に,何度も差し込むような腹痛が来た。

今回の展示会の規模は,話によれば過去最大らしいのだが,どうもショボイ。
なんか規模は去年より小さいんじゃないかな?
人はそこそこ入っていたようだけど,個人的にはイマイチだった。

午前にノルマの分を書いて,午後には追加で何本か記事を書いた。
そしたらもう夕方で,気が付けば会場も閉まっていた。
一日外に出てないので天気はよくわからない。
たぶん,今はもう暗くなっているだろう。

このまま会社に戻るかどうかは未定。ま,そのまま帰ってもいいかな。
まわりの動向に会わせることにしよう。
今日は珍しく精力的に働くことができた。早起きはいいかもしれない。



2001年02月07日(水)
仕事したほうが楽かも

今日は昼頃に会社に来た。ずっとしゃべることができなかった。
でも夕方過ぎに記事のことで後輩と同期と話をしたら気が楽になった。

今日はそういうわけで少し元気になった。

明日は幕張までいかないといけない。
でも,朝,きっと起きれない気がする。
それでもいいか,って思う。できる範囲でやろう。

今日はレキソタンを飲まずにすみそうだ。



2001年02月06日(火)
眠り

ひどい一日だった。
起きてはみたものの布団にくるまって出られない。
出たくない。会社に行きたくない,取材はイヤだ…。で,時間切れ。
結局,会社に行くことはできなかった。

障子を開けて空を見る。少し雲が多いけど,青空が見える。
雲がゆっくり流れていく。どうして僕はこんなところにとどまっているんだろう。
そんなことを考えながら時間が過ぎていった。

起きて下に行く。
いちおう,会社に電話しなければいけないし,薬ものんどかないと,
もっと憂鬱な気分になるかもしれない。
デプロメールとレキソタン1錠づつ。牛乳で飲み込む。
会社に電話して,今日は体調悪いと伝言。
編集長がいなかったので後で電話すると言っておいた。結局,電話しなかったが。

ネコを見ながら自分の姿を思う。自分がいなくなったら,どうなるんだろう。
そんなことばっかりが頭を支配する。でも,それだけはダメだと理性が働く。
その繰り返しで判断力が鈍ってくる。
果物ナイフを手にとって,刃の付いてない背のほうを手首に当ててみる。
そして,引く。どんどん,そっちに近づいてるのかもしれない。

その後,しばらく眠り続ける。気が付くと4時近い。
もう一度下におりて,ぼんやりする。
もう一度ナイフを手にとって,手首にあててみる。
吸い付けられるような感覚がある。
これが「魔が差した」とか「気の迷い」というんだろうか。
ナイフを置いて,レキソタンを1錠飲んだ。

結局,その日はほとんど彼女と口をきくことができなかった。
10時半くらいに布団に入ったら,あんなに眠ったにもかかわらず,
すぐに眠ってしまったようだった。

今日は,レキソタンを1回1錠,合計3錠飲んだ。
やはり1回2錠にしたほうがいいかもしれない。



2001年02月05日(月)
月曜日という憂鬱の始まり

夜中に目が覚めた。それまで夢を見ていたような気がする。
何時間か分からないけど,朝までうつらうつらしていた。
そういうときの時間は長いようで短い。
そして,やけに音が大きく聞こえる気がする。

7時半に起きた。目覚ましが鳴って,彼女が起きて30分後。
どうしても,自発的に起きるまでに時間がかかる。
どうせ楽しいことなんてないって思うから。
ただ,今起きれば,家族の顔が見られると思って起きた。
一人で起きて抜け殻のような家の中を歩くよりずっといい。
めずらしいねってびっくりされたけど。

でも,家を出たのは10時。CDを録音してたりしてだらだらとしていた。
会社に行ったって別にいいことない。そう思うとなかなか足が動かなかった。
家を出てからずっとヘッドホンを外さず,
何も見ないように聞かないようにしていった。

仕事。あいかわらずいっぱい。でも元気なときの半分以下。
どうしてそんなに働けたんだろう?今の自分にはしんじられない。

午後に薬をもらいにいった。「レキソタンがなくなりました」といったらすぐにくれた。いろいろ聞かれるかと思っていたので拍子抜けした。でも,よかった。これで来週までは持つと思う。今週のりきれば,何とかなる…かな。

いま,もうすぐ7時。今日はまだ薬飲んでない。先週は,平日は毎日飲んでた。今日は,我慢した。残り少ないし。ずっとヘッドホンで耳をふさいで何もきこえないようにして自分のココロにも何も届かないようにして完全に切りはなす。そうしなければココロがもたない。叫び出しそうになる。逃げ出しそうになる。

勝手に僕の役割を規定しないでくれ。

なんか思考と文章が稚拙だ。退行している?自分を形作っている輪郭がぼやけている気がする。身体の表面から自分がじわりじわりとしみ出していくような…。そんな感じがする。

薬を飲み始めた最初の頃は,デプロメール−−抗うつ剤は,なんとなく効いている感じがあった。ただ,ココロのどこかで叫んでる自分の声が小さくなるような…あるいは,ココロを水面にのったボートに例えると,その揺れ方が小さくなるような感じがあった。劇的な効果,というよりじんわり効く薬という感じ(抗うつ剤は,一般にそういうもんらしい)だった。最近はよくわからない。でも,薬をやめたらもっとひどくなるんだろう。

抗不安剤のレキソタン。今日はできれば飲みたくない。ここしばらく平日はずっと飲んでる気がする。電車に乗ったり,会社に来ると憂鬱感が強くなる。人と会うと疲れる。話するのも疲れる。やっぱりダメなのかもしれない。薬の変わりに,大嫌いなタバコを無性に吸いたくなるときがある。

終わりが見えない。今週が終わっても来週。今年が終わっても来年。いつまでも終わらない。それが自分を不安にさせる。自分で自分を終わらせることだけはしない。それだけは避けたい。



2001年02月04日(日)
久々に訪れた立川はもはや異境

日曜日は買い物に行くのが恒例行事になっている。
家にこもっているとつまらないし,かといってどこかに出かけるわけでもない,
という結論から導き出される消極的な結論である。

今日は買い物に行く前に,CDを借りにツタヤに寄った。
だいたい2時ごろに出たのだが,駐車場は満杯。
予想通り,借りたいCDはすべて貸し出し中。
ラブ・サイケデリコとコナンのサントラを借りたかったのだが…
まあしょうがないか。

その後,立川の「HARD OFF」に。
目的は特にないが,ジャンク品を見るのは結構好きだ。
久方ぶりに五日市街道を通ってみると,街道沿いの景色が変わっている。
そういや,1年近くこの道を使った記憶がない。
西国分寺に住んでいたときは,結構使ったんだけれども。

立川のHARD OFFをぶらりと見て,北上。
自分の頭の中では,北側に立川駅があるはずだったのだが,本当は南。
モノレール沿いに走って,新青梅街道まで出て気が付いた。
地理感覚が狂ってしまったようだ。

Uターンして立川へ戻る。ま,特に用があったわけではないのだが,
立川駅自体久しぶりなので,北口あたりに車を回してみる。
元伊勢丹のビルにビッグカメラができたとかいっていたので,寄ってみた。
まあ,使えないこともないけど,車でのアクセスには向かないな。
ざっと見て,西国分寺駅のLEGAに寄って帰ってきた。

帰ったらもう6時半くらいだった。
あっという間に一日が終わってしまった感じがする。
明日は月曜日。また仕事…。そういえば薬(レソキタン)が切れかかっていた。
月曜日についでにもらってこよう。



2001年02月03日(土)
走り続けることはできるのかな(バイクに乗って)

晴れて暖かい休日は久しぶりだ。
ここしばらく,休日は雪ばっかりだったような気がする。
起きて外に出たら久方ぶりにバイクに乗りたくなった。
年末から一回もエンジンに火を入れていないので,
ここらで乗らないと調子が悪くなりそうだ。

車を出してバイクと入れ替える。2台あるので,入れ替えはそれなりに疲れる。
だけど,バイクと触れたとき,自分の中に培われてきた闘争本能のようなものが再び動き出すカンジがした。

20時間バイクに乗りっぱなしで名古屋から長野を経由して東京に帰ってきたこと,
クリスマスの極寒の中,中央高速を走ったこと,
雪の長野から恵那を抜けて名古屋へと戻ったこと
−−いろんな(無茶した)ことが頭をよぎる。
あのころは,歩くよりもバイクに乗ってる時間のほうが長かったな。

久しぶりにバイクに日の光を浴びせる。
チェーンにオイルをさして,軽く各部に給油してやる。
シートとかカウルなんかも軽く水拭きして,きれいにしてやると
何か自分が嬉しくなってくる。

1台のエンジンは,意外にも簡単にかかった。
もう1台はちょっとかかりにくかったが,
それでもチョークを引いてやると一発でかかった。
マフラーから白い煙が吹き出し,あたりにガソリンの匂いが立ちこめる。
近所迷惑なので,ちょっとだけにしてすぐにエンジンを切った。

その後,寿命の来たメットを買い換えに行こうと思い立った。
ただ,その前にアクセルが渋いのが気になったので,ばらして給油。
ついでにもう1台もアクセルに給油。すごく軽くなって気持ちがいい。
彼女に手伝ってもらったので,面倒な作業もラクだった。
あと,話し相手がいたので楽しかった。
自分のやってることを人に見てもらえるのは,うれしい。

田無のドライバーズ・スタンドへ行く。
メットはバイクの色に合わせて赤にしょうかと検討したが,結局,前と同じ黒に。
安売りしていたのもあるが,なんか赤のメットがなじまない。
そういや10年,メットはずっと黒だったな。
夏,死にそうに暑くなるんだけど…。まあいいや。



2001年02月02日(金)
今日はお嬢の誕生日

今日は,お嬢の誕生日。
彼女はいろいろ奇妙な縁あって今に至るが,今の僕にとっては妹のような存在。
彼女も昨年はじめくらいから,うつ病を発症して治療を続けている。

こういうときメールは便利だと思う。
久方ぶりの連絡でも,携帯メールならあまり唐突感がないから。
会社からメールを入れたら,すぐに返事が返ってきた。
実家ではなく,町田の友人のところにころがりこんでいるらしい。

昼休みに,電話をしてみた。
久しぶりだったので緊張したが思ったより気軽に話せてよかった。
僕がうつ病になったことは,今回初めてメールで明かしたのだが,
彼女はそれ以前から知っていた。家族がいろいろと相談していたらしい。
知らないところで苦労をかけてしまっていたな…。

お嬢と話をしたおかげで,かなり気分が良くなった。
だけど,お互いに相手のうつ状態を引っ張り出さないように気を遣っているあたり,うつ病患者の会話だなあ,と思った。
こういう性格だから,うつ病になるんやなあ。

その後は仕事のプレッシャーがきつくなって,
今日も飲むまいと思っていたけど結局夕方にレキソタンを2錠飲んだ。

外から見ればたいしたことないプレッシャーだけど,
絶望的なほどやりきれなくなって,
編集長に「僕はもうだめです」メールを出した。
その後,編集長がいろいろ相談にのってくれたので,かなり気分は楽になった。

ほんと,人に迷惑を掛けてばかりだ。
自己嫌悪が背筋をはい上がってきて,首筋からココロへと浸食する。
こんな不完全なココロなら,完全に壊れてしまえばいいのに,とも思う。



2001年02月01日(木)
久しぶりの記事でも書き出せば案外書けるものだ(1pだけだけど)

今日は午前中に取材があったため,
「どうにかしてさぼれないかな〜」とか思いながら起きた。
午前8時半。普通の社会人から見たら撲殺されかねないほど怠惰である。

電車に乗ったら,総武線の人身事故の影響で中央線が少し遅れていた。
先日,大久保駅で,落ちたヒトを助けようとして二人が巻き込まれて死んだ事件があったばかりだ。今日もヒトが死んだか大けがをしたのか。
人身事故というコトバの軽さと,事実の大きさのギャップは,
当事者以外はたぶんわからないのだと思う。

以前,四ツ谷駅で酔っぱらいのおっさんが,走り去る電車に何故か(腹が立ったのか?)ケリを入れようとして巻き込まれそうになったのを助けたことがある。
あのときは幸運にも,僕もそのおっさんもケガなくて済んだが,
仮に僕まで巻き込まれるような状況なら,僕はあっさり見捨てると思う。
そこまでお人好しになれない。

ともあれ,電車の遅れは微々たるものだったので取材には間に合った。
取材は,もう一人別の編集部の記者がいたおかげで,
プレッシャーが分散されるので楽だった。

ところが昼過ぎ,まだ執筆していない原稿,2月のNET&COM(展示会)の取材担当のコト,これからのこと−−を考えていたら鬱々とした気分が押し寄せてきてどうしようもなくなってきた。「今日は飲むまい」と決めたレキソタンを,2錠飲んでココロを落ち着けることにした。

レキソタンの効き目は,正直わかりづらい。
「効いてる〜」という感じがしないから。
以前,4錠いっぺんに飲んだときはさすがに足に来たので,
効果があるのはわかってるんだけども。
自分としては,1錠では?で,2錠でなんとなく効いてる?,4錠でふらふら,
という感じである。そういえば,3錠飲んだことはないな。

飲むと若干眠くなるときもあるが,今日はなんとか原稿執筆までテンションを高めることができた。おかげで初稿がいま僕の机の上にある。
書く前は,「どうやって原稿を書けばいいのか…」と,
地図なしで見知らぬ土地に迷い込んだような気分だったが,
書き始めれば意外にも書けるものだ。
これまでの経験が自分の中に「原稿執筆プログラム」みたいな回路を作り上げているんだろう。
ある程度,パターン化された原稿は脊髄反射でも書けるかもしれない。

そういえば今日も昼食を取っていない。
だが,いまのところ体重変化ほぼゼロなので問題はなさそうだ。
もともと食事する量自体が少ないことも関係しているんだろう。
ま,禁煙してから5キロ太ってしまったので,
そのラインまでは落ちても問題ないだろう。

ただ,貧血には気を付けないとまずいな。
最近,たまにふらつくのはそのせいだろう。
以前のように鉄剤を取る必要があるかもしれない。

今日−−正確には夕方からは比較的調子が良いようだ。
レキソタンのおかげか。原稿を書き上げて心理的に楽になったせいか。
ただ,まだヒトと積極的に話をするのは疲れるので避けたい。
今日も早めに帰宅しよう。