DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
明日で53歳になります。自分の青春時代を振り返ってみようかなと思います。振り返るには長すぎるので、ずっとそれを書くわけではないけれど、思い出すままに書いてみようかな?と思います。福島での10代の時の事や、魏桜拳法菊地塾で菊地信弘先生のもとで空手をやっていた時の事や、極真会館福島県北支部で三瓶啓ニ師範のもとで稽古していた時の事や、極真会館城西支部阿佐ヶ谷道場で黒澤浩樹先生のもとで稽古をしていた時の事や、城南支部時代の時の事などを書いてみようかと思っています。今振り返って考えてみれば、後世に名を残すような伝説レベルの人達と一緒に稽古したりプライベートでも一緒に食事をしたり遊びに行ったりさせてもらったので、稽古やトレーニングで凄いと思った事や自分に影響を与えて頂いた事など書いてみようと思います、
次男は優しい子です。私に「ママに〜なこと言っちゃダメだよ。ママは気にしてるからね。」とと2人でいる時に話してくれたり、私と妻が上手くいくように仲を取り持ってくれたりします。次男がいないと家の中は会話が少なくなります。次男が菅野家のムードメーカーになっています。次男が家にいなくなったら寂しいです。
私は子供の頃に父と母が喧嘩しているのを見るのがとても辛くて悲しかったです。父と母の喧嘩は、父がほぼ一方的にの場合が多かったのですが、それは子どもとしては本当に辛くて悲しかったです。だから私は妻と喧嘩はしないように心がけています。今は長男と次男の兄弟喧嘩を見るのがとても悲しいです。長男は次男より3学年上なので、言葉でも力でも次男は敵いません。でも次男だって悔しいから言い返します。長男は言葉でヒートアップすると次男に暴力をふるいます。対等な力での喧嘩なら私も最後の最後まで行かないように見守りますが、力が違う者の喧嘩は止めに入ります。長男にも言い分はあるのでしょうが、やはり自分より弱い者を屈服させるために暴力を振るう事は許せないので、長男を叱る事になります。兄弟仲良くして欲しいと心から願っています。
「沢村忠に真空を飛ばせた男」を読んでいます。戦後の日本の情景や格闘技や興行と言うものがどう発展して来たのか?などが描かれています。ムエタイと言う格闘技に初めて日本の空手が挑戦したのが極真空手なのですが、そのへんも描かれています。私は単行本を読んでいますが、文庫本も上下巻で発売しているので、是非おすすめです。
妻と結婚して16年が経ちました。ささやかながら帰りにケーキを買って帰りお祝いをしました。結婚して16年だから一緒に住んで17年で付き合ってから17年3ヶ月と言う事になります。長かったと言えば長かったけど、短かったと言えば短かった感じがします。お互いの関係はだいぶ変わってしまいました。付き合う前と、付き合ってからと、一緒に住んでからと、子供が生まれてからと言う感じで4段階で関係が変わって行ったと思います。お互い歳を取ったと言う事もあるかもしれません。でもその時々に楽しみがありました。今でも妻を思う気持ちは変わっていません。好きだと言う気持も増えて行っています。妻の事は尊敬していますし感謝もしています。自分の人生が楽しいのも妻のおかげです。これから子供達が大人になったら、またお互いの関係も変わって行くと思います。その時には2人でまた楽しく一緒に飲んだり、2人でどこかに出かけたり出来たら良いなと、そんな未来を夢見ています。なにはともあれ17年も人とはだいぶ変わっている僕と一緒にいてくれてありがとう!と思っています。
明日が私と妻の16回目の結婚記念日なのですが、妻が私の大好きなアップルパイを作ってくれました。最高に美味しかったです!本当にありがとう!
今日は妻がトレーニングをしたいと言うので、大森道場へ行きトレーニングを指導してあげました。そのあと私と次男と妻で上野のアメ横に買物に行きました。大トロと中トロと鮭とタラコを買いました。食べ歩きも出来ますし、いろいろ見て歩くだけでも楽しめると思います。
呪術廻戦の第3シーズン死滅回遊編を毎週楽しみに見ています。禪院真希がとてもカッコ良かったです。多勢の相手に1人で乗り込んで行く姿は本当にカッコイイです。本当に強い人は1人で戦いに行きます。戦うのにセコンドなんかいらないと思います。そんな強さを持った人を私はカッコイイと思います。
何故、そんなに強くなりたいのか?それは自分が弱かった時に強くなりたいと思ったからです。そしてその時に思った理想の強さに自分は未だなれていないから、それを今も追いかけていると言う感じです。たぶん自分のこの強くなりたいと言う気持は満たされる事はないのだと思います。だからずっと追いかけ続けたいと思います。強くなりたいと追いかけ続けているおじいちゃんになりたいと思います。
毎日の稽古やトレーニングを頑張っている理由をけっこう聞かれるので、少し深く考えてみようと思います。その1番の理由は強くなりたいと言う事なのですが、もっと言えば自分がなりたいと思っている理想の自分になりたいと言う事なのだと思います。それは52歳になってもちゃんとこうなりたいと言う理想を持って、それに向かって頑張っていると言う事なのだと思いますが、ある一方では、まだまだ理想の自分になれていないと言う事なのだと思い思います。理想を持って生きていけば毎日が充実するだろうし、自分の生き方に満足するだろうと思います。その理想はその人によって何でも良いと思います。肉体的に強くなりたいと言う人もいれば、お金持ちになって高級車に乗る事が理想の自分だと言う人もいるだろうと思います。生活出来るだけのお金を稼いで趣味をやったり、仲間達と毎日楽しく生きる事が理想の自分だと言う人もいるでしょう。そして、どんな理想だろうとそれを人に否定される筋合いはありません。自分が思う理想に向かって生きて行けば良いと思います。でも、もし今の自分が理想を持っていなくて毎日を惰性で生きていたり、理想とは違う生き方をしているとしたら、やはりそれは死ぬ時に後悔するのではないか?と思います。私は理想の自分になりたいと本気で思って生きています。本気で頑張っています。もしなれなかったとしても悔いはありません。今までの自分の人生の努力が無駄だったとも思いません。自分はそれに向かって本気で頑張って、その夢なかばで死んだのだと、きっと納得出来るだろうと思います。そんな生き方を人生の最後まで歩んで生きたいと思います。
子供の頃の思い出を書いておきたいと思います。私の母は東京の中野で生まれ育った人なので他の家のお母さんと言葉遣いも違う少し垢抜けていた感じがしていました。もちろん育った場所ですから東京の事に詳しく、いろんな話を聞かせてもらいました。映画と音楽と文学が好きで、たくさんよい作品見せてもらったり聴かせてもらったりしました。衝撃を受けたのは、映画では、ベンハー、奇跡の人、サウンド・オブ・ミュージック、ロミオとジュリエット、アドベンチャーファミリー、ジョーイ、風と共に去りぬ、シェーン、がんばれベアーズ特訓中、音楽ではビートルズとカーペンターズとサイモン&ガーファンクル、文学では風と共に去りぬ、ロミオとジュリエット、リチャード三世、演劇も何度か見せてもらいました。仲代達矢さんのリチャード三世は鮮明に覚えています。東京にも良く遊びに行きました。上野のアメ横と秋葉原でWALKMANを買ってもらったのはハッキリと覚えています。あと後楽園ゆうえんちと上野動物園と国立科学博物館でやっていた恐竜博を見たのもハッキリと覚えています。あとは特急の中に当時は食堂車があって、そこで食べたビーフシチューがおしゃれで豪華でとても美味しかったです。あとプラスチックのパックのお茶や冷凍みかんや甘栗や駅弁も最高にテンションが上がりました。駅ビルにあるレストラン聚楽のビーフステーキとクリームソーダも最高に美味しかったです。もし何でも願いが叶うなら、あのビーフシチューとビーフステーキとクリームソーダを食べてみたいです。こうやって考えるとなかなか恵まれた環境に自分はいた事に気が付きます。本当に本当に両親には感謝しています。
日曜日に長男の新しいギターが家に届きました。半分は今まで貯めた自分のお小遣いで半分は私の両親がお金を出してくれました。そのギターは春から通う学校で使うようにするそうです。長男はワインレッドのギターにしました。私も自分の本当に大切な物は赤を選びます。10代の時に乗っていたバイクはワインレッドのZEPHYRでした。スカジャンもワインレッドです。自転車も赤を好んで乗っていました。好きな色も少しは遺伝するのかな?と思いました。ここ最近の長男は誰に何を言われなくてもずっとギターを弾いています。第二次ブームが来たんじゃないかってくらい、ずっとギターを弾いています。夢に向かって頑張っている姿を見ることが出来て、私もとても幸せな気分になっています。もうそれだけで十分だと思っています。あとは自分の行きたい所まで頑張ってくれればそれで良いです。でも欲を言うなら頂点目指して頑張って欲しいと思います。
昨日は流石に10時前には寝てしまいました。そして今日はいつも通り6時に起きて仕事に行き、いつも通りトレーニングをし、いつも通り指導をしました。子供達は疲れが取れていないようで、稽古を休んだ子も数名いました。夜ご飯の時に妻に「疲れが残ったりはしないの?」と聞かれましたが、やはり若い頃に朝から晩まで稽古稽古に明け暮れていたおかげで人より気力も体力も鍛えられているので大丈夫なのだと思います。もちろん勉強をした方がいろんな可能性は広がると思いますが、自分は頭が良くない、自分は勉強が出来ない、と思うのなら身体をしっかり鍛え、気力を鍛え、根性を付けておけば、人がやりたがらないキツイ仕事や人が働きたくない時間に働く仕事や寝る時間を削って働く仕事だって出来ます。自分が馬鹿だと思うなら、無理をせずに、自分にあっている違う事を頑張れば良いと思います。
ずっと楽しみにしていただいた冬合宿が終わってしまいました。岩井海岸へ合宿に来るのは6年ぶりでした。泊まりで行う合宿も2年ぶりなので、とても楽しみにしていました。あらためて岩井の海は良いなと思いました。みんなで岩井海岸を散歩しました。約10年ほど合宿でお世話になっていた「かごや」 さんに行ってみました。もう使われていませんでした。廣田さん、琥白、瞭、陽生、真白は何度も行ってる場所でしたので半分廃墟になってしまっていた、かごやさんを見て懐かしくあり淋しくもありだったと思います。夜は廣田さん深野さんと極真空手の動画を見たり、お互いが極真空手を知ったきっかけわ空手を始めたきっかけや思い出に残っている大会や試合の話をしました。とても楽しかったです。電車移動という初めての試みでしたが、電車の車中もなかなか楽しいもので、あっという間にしか感じませんでした。子供達は千葉でしか販売していないMAXコーヒーを飲みまくっていました。みんな楽しんでくれていました。電車移動と言う方法も上手く行きました。これからも頑張って泊まりの合宿を冬と夏に行って行きたいと思います。今回の合宿に私の長男と次男も参加しました。長男は泊まりでの合宿だったからか?久しぶりに自分から合宿に参加したいと言って来ました。長男はギターの高専高校に行く事が決まりました。これから大きく人生が変わって行くだろうと思います。なので私と長男と次男の3人で写真を撮影させてもらいました。こんな事は私はあまりしないのですが、なんとなくこの合宿が3人で来る最後の合宿になるような気がしました。海をバックに道着を着て正拳突きと回し蹴りなんていう写真を撮れるのも今しかないと思い、3人で写真を撮らせてもらいました。とても良い思い出が出来ました。
私の運営する極真会館東京城南京浜支部の2026年冬合宿が始まります。22名の生徒が参加してくれました。今回は電車で岩井駅まで行きました。約3時間の道程でしたが、一般部の生徒と班長の活躍で無事に岩井駅に着く事が出来ました。稽古も順調に行えましたし、道場生ともたくさん話が出来ました。
明日からの合宿の準備をしながら少し緊張しています。3年ぶりの泊まりの合宿なので、事故なく合宿を終える事が出来るか?良い稽古を行えるか?などなど考えるとなかなか寝付けませんでした。
2026年が始まったと思ったら、もう1月の半分が終わりです。今日は神棚の榊と米と水と塩を変え道場の発展と週末の合宿の成功を祈願しました。時が過ぎるスピードに翻弄されないように、目標をもって自分の足でしっかりと前に進んで行きたいと思っています。
昨日、次男が空手の稽古をダラダラやっていたので、「お前は勉強は出来ない、走るのも遅い、泳ぐのも遅い、それで空手も駄目だったら、人に勝てる物は何もないじゃないか?!」と説教をしました。その時、次男は黙っていました。それがあったからか?は分かりませんが、次男がLINEで動画を送って来ました。その動画は「友達に絶対負けない事は、面白さ」と言う言葉と音楽と共に次男が変顔をしている写真でした。私は笑ってしまうとともに涙が出てきました。親としては何かを真剣に一生懸命に頑張って欲しいと思うあまりに、厳しい言葉で、次男が人より劣っていることばかりを指摘してしまいました。本当に酷い事を言ってしまったと思います。次男は学校の勉強やスポーツではないけれど、たくさん良いと所があるのに、それを見てあげていなかった事に気付かされました。私は次男にLINEで「ありがとうと」と送りました。私は52歳で、人に物を教えるようになって30年になり、人の親になって15年経つけれど、間違う事ばかりだなと思います。人には、その人その人にちゃんと良い所があります。それを見つけてあげて褒めてあげる事が出来る人間にならなければいけないと思いました。次男は、お風呂を沸かしたり料理をしたり、家の手伝いを良くしてくれます。次男は料理を作るのがとても上手です。日曜日は自分のお小遣いでタラを買って来て、自分でさばいて鍋を作ってくれました。お世辞ではなく本当に美味しかったです。そして1番は次男はいつも面白い事をして家族に笑いをくれます。そんな次男を私はとても愛おしく思っています。
昨日の帰り、私はまいばすけっとに寄るというと次男は先に帰るというので、途中で道を別れました。その後すぐ長男が後から私に声をかけて来ました。長男は春から行く学校に行ってプレ授業を受けたそうです。DTMと言うパソコンを使って曲を制作する授業とギターの授業を受けた事や一緒に授業を受けた人と仲良くなった事などを話してくれました。授業を受けたメンバーでは自分がダントツにギターが上手かったと言っていました。最近は長男とあまり長く話す事がなかったので嬉しかったです。いよいよ夢に向かって進んで行くんだなと感じました。次男は家に帰ってから買って来たタラを自分でさばいて鍋を作ってくれました。次男は身長が159.8センチになったそうです。身体は大きくてもまだ私に懐いてくれていて本当に可愛いい子だなと思います。その次男もあと3年もしたら親離れしてしまうのだろうと思うと少し寂しく思います。もちろん2人が順調に成長している事に喜びもありますが、もっともっと子供でいて欲しかったなという気持もあります。子供は本当に可愛いいです。あと少しの子育てを楽しもうと思います。
トレーニングをしたあとに次男と2人で上野に行きました。昨日も上野に行きインド料理を食べ私の財布に付けるコンチョをアメ横で買ったのですが、今日はねぎしで牛タンを食べてから国立科学博物館に行き、帰りにアメ横に行き次男が自分のお小遣いでタラを買いました。帰宅してから次男はタラを自分でさばいて鍋を作ってくれました。とても美味しかったです。
私が毎日行っている事は柔軟体操とウエイトトレーニングと型と瞑想と呼吸法です。それを毎日行う事で心も身体も気も健康を保つ事が出来ています。その他に毎日、30分入浴するようにしています。それから毎日、必ず摂っている物はお酢、アスコルビン酸、プロテイン、生野菜だったのですが、それに加えて今年からクレアチンとDHAとEPAとセサミンを摂るようにしました。クレアチンはなかなか凄い効果があって、筋力・パフォーマンス向上、筋肉量の増加、疲労回復、脳機能のサポートをする効果があります。50歳を過ぎると筋力も筋量も落ちて行ってしまうので、それを防ぐためにも摂るようにしました。DHAは、脳の健康、血液サラサラ効果、生活習慣病の予防、体内で作れない必須脂肪酸を摂る事が出来ます。20歳の時はみんな若々しかったけれど、これが30代40代と進むにつれて、健康に気を付けている人とそうではない人は、どんどん差が付いて来てしまいます。50歳を過ぎたらもっともっと差が付いて来ると思うので、いろいろな事に気を付けて頑張ろうと思います。
道場の稽古始めでした。19名の生徒が参加しました。良いスタートを切れたと思います。その後の新年会もとても楽しかったです。話した事のないご父兄様ともいろいろ話をすることが出来ました。道場とご父兄様と生徒達と皆が一丸となって、今年1年頑張って行こうと思います。極真会館の中でなくてはならない道場と言う存在になりたいですし、東京城南京浜支部の選手はみんな個性があってカッコイイ組手をすると言われるような支部になるよう頑張って指導して行きたいと思います。
「トレーニング好きだね!」「何を目指しているの?」「どうなりたいの?」「あんまり頑張らない方が良いよ。」「筋肉つけすぎじゃない?」「筋肉と強さは関係ないんじゃない?」その言葉は私を本当に心配したり、私の事を本当に思って言ってくれている言葉もあると思いますので真摯な気持で聞くようにしています。そして真剣にその問いに答えるなら、それは強くなりたいからやっているだけです。強くなりたいから柔軟体操をしているし強くなりたいから基本稽古をしているし、強くなりたいから部位鍛錬をしているし、強くなりたいから組手をしているし、強くなりたいから型をやるように、強くなりたいからウエイトトレーニングをやっているのです。これからも強くなりたいからいろんな事をやって行きます。強くなりたいと言う気持は死ぬまでなくならないと思っています。
お正月休みに実家にいて、両親がとても幸せそうでした。私が子供の頃は父は自営業だったせいか、いつもイライラしていました。母は父の顔色をいつも伺って気を使っていました。それでもいつも父は怒っていました。母は本当に大変だったろうと思います。でも今は父も穏やかになって、母とテレビを見ながら話したり、私に話しかけてくれたりしました。母は変わらずパワフルで自分で運転して買物に行ったりしていました。次男が泊まった時も私の通う小学校に散歩に行ったりしていました。父と母がかるく言い合いになった時も母の方が強くなっていました。父も母もお互いに歳を取りいい感じになったんだなと思います。母が毎日幸せにしていると言っていたのを聞いて、とても嬉しかったです。父はもう20年ぐらい糖尿病を患っていますが、母が食事に気を使っていて、いろいろ口やかましく父に言うので、それ以上悪くならずにいます。父と母には健康に長生きして欲しいと思います。
食べる物にはけっこう気を使っていますが、今年は寝る事にも気を使って行きたいと思います。健康と長生きには睡眠はとても大切なようです。今までの睡眠時間は5時間でしたが、これからは最低でも7時間は睡眠時間をとるようにしたいと思います。私は6時10分に起きるので、12時10分には寝るようにして、足りない1時間は昼寝をするようにしたいと思います。あと20年は健康に働きたいので頑張ろうと思います。
もう自分は52歳なんだなとしみじみ考えさせられます。気持はまだまだ若いのですが、身体はやはり人と同じ52歳のようです。白髪も増えて来ましたし、無理をすると身体のあちこちが痛くなってしまいます。トレーニングもやり過ぎると筋肉痛が酷くなってしまいます。お正月実家に帰った時も母にトレーニングのしすぎに注意するように言われました。何度も何かに救われて来た命なので、この命を大切にしなければいけないと思います。この命を大切にするという事はこの身体を大切にしなければいけないので、少し食べる量を減らして運動する量を減らしたいと思います。
今日から朝の仕事と冬季短期集中セミナーが始まりました。ビシッと朝起きて気持ちを入れて家を出ました。休み中、毎日美味しい物を食べてお酒を飲んでいたので体重が95キロから99キロまで増えてしまいました。今年の仕事や道場の運営などの目標は書いたのですが、自分の具体的な目標を決めていなかったので、それを書こうと思います。今年は体重を90キロを切って腹筋を割りたいと思います。お盆休みまでに目標を達成したいと思います。頑張りたいと思います。
第57回全日本空手道選手権大会が行われた日本空手道会館がある辰巳駅から東京駅へ行き新幹線で福島に向かい、親友が迎えに来てくれた車に乗り実家で着替え、親友と2人で飲みに行った日から、本当にあっという間に過ぎて行った7日間でした。友達との忘年会も最高に楽しかったです。妻の実家で妻の両親や妻の姉と妹の家族で食事をし、私の大好きな牧場のジャージーでアイスを食べ、菅野家のお墓にお墓参りをし、私が通った福島県立福島農蚕高校に32年ぶりに行きまし親友と飯坂温泉に朝風呂に行き、喜多方ラーメンを食べました。若い頃は実家に帰っても毎日友達と飲んでいましたが、今回は7日間のうち5日は両親と食事をしました。朝とお昼ご飯も両親と食事をしたので、いろんな話をする事が出来ました。毎日美味しい物を食べさせてもらいました。本当に親というものはありがたいものです。私も52歳ですが、父と母にとっては何歳になっても子供は子供のままなんだなと思います。妻や子供達も大切にして頂き本当に感謝しています。親友とは、お互いが死んだ時の事を話しました。思いを託されたと思っているので、その日が来ては欲しくないけれど、その日がもし来た時のためにちゃんと胸に刻んでおこうと思います。
今日は朝起きて福島での最後のトレーニングに行き、そのあと私が4年間17歳から20歳まで通った福島県立福島農蚕高校に行って来ました。現在は明成高校と言う名前になってしまいましたが、32年経っても名前以外は何も変わっていませんでした。福島県立福島商業高校を1ヶ月も通わないうちに退学になり、いろんなところで働きましたが、どれも長続きせず、空手を始めても道場に行ったり行かなかったりの私が人生の起死回生と思い、選んだ道が高校入学でした。この高校がなかったら今の私はありません。高校の中をいろいろ歩いていて、いろんな思い出が頭を巡ります。忘れていた事もどんどん思い出して行きます。52歳になった自分が卒業32年後に、またその場所に立ち1人で思い出に浸りながら涙を流しているとは、当時の馬鹿だった私は考えてもいなかったと思います。本当にいろんな事がありました。同じような馬鹿がたくさん集まって来る学校だったたので、毎日がエキサイティングで毎日がイベントのような感じでした。本当に楽しかったです!そのぶん先生や先輩、同輩、後輩にはたくさん迷惑をかけたと思います。校門であらためて「ありがとうございました。」と挨拶して帰って来ました。明日は朝一で東京へ向かいます。次男と二人で帰るので少し気持ちは楽です。
親友と飯坂温泉の伊勢屋に朝風呂に入りに行き、帰りに喜多方ラーメン「喜鈴」でラーメンを食べました。今の流行りは二郎系や家系やとんこつですが、やはり私はシンプルな醤油ラーメンをたまに食べたくなります。やはり生まれ育った場所の味という物は美味しいものです。私は20歳で上京したので東京に住んでいる時間の方が長いのですが、不思議なものでやはり私はどこまで行っても福島人なんだろうと思います。三つ子の魂百までも、と言う事なのかもしれません。そのあと黒岩のジムで腕と肩のトレーニングをし、家に帰ってから少し散歩をしました。夜は両親とご飯を食べました。若い頃は友達と毎晩飲んでいましたが、両親も歳を取ったので、両親といる時間も大切にするようになりました。
あけましておめでとうございます。2026年が始まりました。私は自分が生きている毎日が特別な1日で大切な1日だと思っていますが、やはり年に終わりがあり、年に始まりがあるから、気持を改めて何かを始めたり、家族や親しい人と集まったり出来るので、1日や1ヶ月や1年を区切る事はとても良い事だと思います。今日は妻の実家に行き、妻の両親とお姉さんと妹とその家族で食事をしました。そしてトレーニングもしました。今年初のトレーニングは背中のトレーニングでした。私の今年の抱負は、生徒達と向き合って、その人その人にあった指導をして行くこと、誰かの目標を達成するお手伝いをして行くこと、出来る努力をしっかりとやること、お金をかけない宣伝に力を入れて道場生を増やすこと、人に感謝の気持を常に持ってそれをちゃんと言葉に出して伝えること、人に思いやりの気持を持つこと、そんな事を念頭において活動して行きたいと思っています。
kanno
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