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入院20日目、術後19日目、明日は無事に退院する事が出来そうです。長かったような短かったような感じです。入院するために家を出て病院までの事はけっこう鮮明に覚えているのですが、病院に入ってからの事は、これと言って思い出せる事はありません。家族にTV電話した事ぐらいしか覚えていません。手術日の事はよく覚えています。6時に起きて点滴が始まり、朝ごはんは食べる事は出来なくて9時には水分も取れなくなり、12時過ぎぐらいからバタバタし始め7階の病室からエレベーターで4階に行き、13時ピッタリに手術室の前に付いた事、手術室の前でいろんな事の確認を受けた事、手術室に入る時に「自分はしっかり生ききった。今までの人生に悔いはない、この手術に向けてもやれる事はしっかりやった。あとは先生と神様に全てを委ねよう。」そう思い、手術室に自分の足で入り、手術台に寝て麻酔の点滴をされて意識が無くなる前に妻と長男と次男と極真空手の事を考えました。次の瞬間には手術が終わり看護師さんに意識確認をされていました。「生きていたんだ。」と思ったあとは頭がぼーっとして何も考えられないような感じでした。それから19日、本当に長かったような短かったようなです。今、1つ確実に言える事はもうこの20日間をやり直したくはないと言う事です。そのぐらい大変な毎日でした。手術後の痛みもそうですが、自分の身体が元に戻るのか?と言う不安や、どうにもならないもどかしさや、痛みを人に訴えなくてはならない屈辱や自分の恥ずかしい部分を人に見せなくてはならない屈辱、自分の弱さを見せつけられた屈辱、夜の寂しさ、とにかくいろんな事がありました。人生最大の苦痛を味わいました。その中で人の優しさやに触れ自分という人間は沢山の人のおかげで生かされている事を感じました。妻と長男と次男の存在の大きさも感じました。妻と長男と次男の存在があったからこの試練を乗り越える事が出来ました。本当に本当に痛くて苦しい時、妻と長男と次男の顔を思い出し歯を食いしばって頑張る事が出来ました。今回の事で見える景色も感じ方も考え方も人に対する思いも大きく変わったと思います。だから本当に本当に貴重な体験だったとは思います。でもやはりもう1度この20日をやり直しと言われたら、それはもう無理です。そのぐらい大変でした。明日は家でご飯を食べる事が出来ます。本当に本当に楽しみです。妻の手料理とビールとワインで乾杯です。今日は朝起きてウォーキング20分と体操と呼吸法をやり、朝食後にリハビリをし、昼食後にストレッチと筋トレとウォーキング30分、夕食後に筋トレをしました。最後に今回の入院で180度考えが変わった事は苦しい時には苦しいと言って良い、辛い時は辛いと言って良いと言う事です。頑張れない時は頑張らなくて良いです。誰かに話を聞いてもらったり、手を貸してもらったりして助けてもらえば良いと思います。弱い人ほど人に助けてもらう権利があると私は思います。それは恥ずかしい事ではありません。きっと誰かが助けてくれるはずです。そして今、元気な人は弱っている人や困っている人に進んで手を貸してあげて欲しいと思います。助けてあげようとして手を貸して、その手を振り払う人もいるかも知れませんが、だからと言ってそれで損をするわけでも恥をかくわけでもはありません。おせっかいだったか?と笑えば良いと思います。でもこりずにまた手を貸してあげて欲しいと思います。世の中にはルールがあります。公共のルールは公共のためにあるもので、誰かのためにあるものではありません。そんな時に自分がどう判断してどう行動して良いか?分からい時もあると思います。そんな時は、その自分の行動が会社員としてとか、先生としてとか、社長としてとか、その自分の立場で考えるのではなく、人としてどう判断して行動すれば良いのか?を考えれば良いと思います。もしかしたらその事でバカを見る事になるかもしれません。でも人が人を思う愛情や感謝の気持がないような判断をして行動をする事が1番やってはいけない事なのではないか?と私は思います。私もいっぱいいっぱいで手を貸してあげる事が出来ない事もあるかもしれません。でも貸してあげる手があれば必ず、その手は人に差し伸べます。だから何か悩みがあれば話して欲しいと思います。これから急に変われるか?は分かりません。でも変わる努力は必ずします。
kanno
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