「静かな大地」を遠く離れて
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2002年04月04日(木) Gの誘惑1999 夕焼けコレクター

#「ギリシアの誘惑1999 G−Who極私的な旅日記」の再録です。




  1999.3.26「夕焼けコレクター」

朝、まだ暗いうちに目覚める。時差の関係。
しばらく身支度をしたり、今後の予定を考えたり。
本を読むにはまだボーッとしていてキツい。。
まだ柔らかい状態の脳に刺激が過ぎるのだ。
自宅でも起き抜けにテレビをつけて、うっかりワイドショーのドギツイ事件ネ
タが飛び込んできたりすると、ひどく後悔することがある。

きょうは独立記念日。
パレードでも見物するか、雨なら博物館系か…。窓の外が明るくなってくる。
カーテンを開けると・・・雲ひとつない快晴!昨夜の「オプティミスト修行」
の心がけが良かったのか、二日目にして早くもギリシアの信じ難いまでの青い
空を見ることができた。すぐに出かけることにする。

フロントのお兄さんに聞くと今日はナショナル・ホリデー。
インディペンデンス・デーか?と聞くと、似たようなもんだと答えた。そのも
のズバリではないらしい。思うにインディペンデンスというのは、アメリカが
イギリスに隷属していたような形から独立した時のことを言うのかもしれない。
ギリシアの場合は、オスマントルコから独立したとは言え、国家としては老舗
も老舗。アメリカなんかと一緒にされたくないのかも。

外は心地よい早朝の空気。
その中で沢山の警官や兵士がパレードの警備の準備に当たっていた。ひとまず
サンドイッチ屋で朝食を済ませる。パンも中身も美味い。人通りは段々増えて
くるがパレードはなかなか始まらない。キオスクで英字新聞を買って、見出し
をみる。NAT0軍がセルビアを攻撃している…というので正しいだろうか?
戦争だ。
ギリシアから見れば、旧ユーゴスラビアは目と鼻の先だ。何せここは世界の火
薬庫・バルカン半島である。8年前に欧州を回ったのも湾岸戦争の最中だった。

警官や観光客、市民とともにパレードを待つ。
昨日も思ったがアテネの町にはハトがやたらにいる。みんなたくましい。あと
野良犬もたくさんいる。 ヤツらが妙に大きい犬ばかりなのが目につく。大型犬
とはいわないまでも、中型犬くらいのいい身体をした犬が、わが物顔に街を闊
歩している。一体これだけの犬が、どこから沸いて出るのだろう?
街全体が野良犬をたくさん養えるというのは、幸福な街の証のような気がする。

通りは、昨日と打って変わって陽射しが強い。
きっとかなり日焼けするだろう。
そこここで犬たちが、気持ち良さそうに寝そべっている。
街全体がまぶしいくらい。負け惜しみじゃなく、昨日が雨でよかった。いきなり
快晴のギリシアから入ったら、こんなに陽光の存在感を知覚できなかっただろう。

シンタグマ広場前を各国の旗を立てたVIP車が行き交う。
ようやく軍楽隊のマーチとともにパレードがはじまった。「手前にパイン・ツリ
ーの街路樹ひっかけの、道路越しにギリシア風建築」という構図のフレームの前
を、ミサイル弾頭搬送車や戦車が通過するという、テレビ的なアングルに陣取っ
て見物する。兵士や車両が通過するたびに、市民から拍手が起こるのが新鮮。
近代国家というのは軍隊を「頼もしい」と思う心情を含んだシステムなのだ。
つい自衛隊のことと、今世紀前半の日本軍について考えたりしてしまう。

各部隊の後尾にウェットスーツと丸刈りの潜水部隊が、元気よく手を振り上げて
行進しているのが、何となくユーモラスで可笑しい。ギリシアは海の国なのだ、
と思う。お目当ての(?)女性兵士の部隊の行進もしっかり見届けた上で、パレ
ードの終わりとともに昼食へ。
街の通りの名前や配置も、少しずつ飲み込めてきた。
プラカという、土産物屋や観光客相手のカフェが多い界隈。
つい気に入ったデザインのTシャツを買う。そのあとオープン・エアのカフェテ
リアで食事。カチッとしたレストランではなく、こういう店をさがした。この界
隈には集中してあるようだ。バリ島のカフェ・エグザイルスやワルンを思い出す。

バラエティ豊かな前菜盛りあわせと鳥肉のスヴラキとサラダとパン。野菜食いィ
の僕にはにはたまらんものがある。グリーク・サラダという、トマトとキューカ
ンバーを主体にしてオリーブオイルをたっぷりかけたサラダは、ほとんど僕が休
日にスーパーへ買い物に行って自分で作るのと同じだ。やはりこの国の食事は僕
にとても合っている。うれしい。
こんな観光客相手の店でも、材料はずっしりと本物の味だ。

食事のあと、すでにアクロポリスの中腹まで来ていることに気づいて、このまま
なだれこむことにする。崖になっていてグルリと周囲を歩く。頭上に巨大な石の
建造物が見えているのだが、崖に阻まれてなかなか行き着けない。
(いまこれ書いててデ・ジャ・ヴュ!ギリシアに既視感!)
小さな民家の密集する狭い道をすり抜けて登りつめていく。白壁と朱色の家。ま
たしても那覇の首里城と周囲の家並みを連想する。だんだんとアテネの街並みも
遠望できる。坂の町を歩く楽しみだ。

実際、那覇のコンクリート建築と良く似た建物が沢山ある。
屋上の空間を使うことへの情熱も共通しているようだ。俯瞰で見ると、空に向か
って開かれた造りをしている。そこにベンチとかテーブルを置いてある家も多い。
坂の小道を歩いていると、仮にそのへんの家の門や屋根の上にシーサーがいたと
しても違和感がないくらいだ。

また不埒なしょうもない悪戯を思いつく。
国際通りの土産物屋あたりで売っている、小さなシーサーを沢山買ってきて、ア
テネの街のそこここに置いて歩くのだ。それを、しばらくして訪れる日本の友人
に見つけさせる。沖縄とギリシア双方の文化を冒涜するとんでもないゲーム。

ナショナル・ホリデーの影響でパルテノン神殿には入れず。
まあ今日は来るつもりじゃなかったので、それもよし。そばの丘の上に人だかり
がしている岩場があった。高い場所マニアなので早速登る。この場所はいい。
大理石のボコボコした頂上に、沢山の観光客が集まっている。
周囲はアテネの俯瞰パノラマ。
昨日雨の中を這いずり回った街を神の目線から見る。

ジャケットにネクタイ姿で、ハンティング帽のジイさんが、日焼けした顔で、そ
のあたりを駆け回る孫を見ている。孫が無邪気に高い崖の淵に近づくと大きな声
で叱る。欧州のどこの国から来たのだろう、若い男女のグループも多い。身体を
日に焼いている男もいる。眼下手前にはアゴラの広場の遺跡があって、足元には
小さな花が咲きはじめている。黄色、赤、白、薄紫・・・。
春の風が気持ちいい。さっきの男の子がこっちを見て笑う。

否応なく、「幸福」とか「人生」の定義を考えてしまう場所かもしれない。いま
の僕と変わらない年齢のナツキさんが、御嬢さんの手を引いてこの丘に来たりし
たのだろうか・・・とまた要らん想像をする。ジョン・レノンのような子育て。
ボイジャーたる娘さんも随分と遠くへ飛んでいっているが。

ふと柄にもなく、自分もいつか子供を育てることになることを想う。それこそま
さに「幸福」や「人生」の定義を、否応なく自分に問う行為だろう。ナツキさん
の場合は、ギリシアに来たことと子供ができたことと、どんなタイミングだった
のだろうか?本当にに余計なお世話なのだが・・・。

沢木耕太郎「深夜特急」にもギリシア滞在の記述がある。
遺跡で妙な中年男に出くわして難しい話をふっかけられるのではなかったか。
そのあとパトラスの港からイタリアへ渡る船で「飛光よ」のくだりになる。
旅は老いてしまった・・・という辺り、数年前文庫になった時に読んだのだが、
大沢たかおのテレビと記憶がゴッチャになっている。それ以降の欧州のくだりは、
何か精彩を欠いていてあまり印象に残っていない。

ギリシアに来てしまうと何事かに「完」マークが出てしまうというような面があ
るのだろうか?ナツキさんもがんばって日本に帰国した後しばらく沈んだようだ。

さてアテネには、もう一つ大きなランドマークがある。アクロポリスからアテネ
の街を見渡してもひときわ高く奇観を呈しているリカベトスの丘だ。あちらの方
が高いと聞いては、高所マニアの血が騒ぐ。きょうはボーッとしているつもりだ
ったのに、好天に誘惑されて歩きモードに入ってしまった。ちょうど街の中に、
函館山が浮かんでいるような感じのリカベトスの丘を目指す。

普通の人は歩こうと思う距離ではない。
しかもケーブルカーを使わずに足で登る。かなりの行程。
ギリシアまで来てやることじゃないかもしれない。
ハイキングなら日本でもいい。でも日本にいても、人の歩かないようなところを思
いつきで歩いたりするのが好きな人間だから、同じ習慣を異国でも守るという態度
は、それはそれで悪くないな、と思い直す。
さすがに登り応えのある丘で、標高は200mそこそこだが勾配がきつい。登りき
ると汗だくで息絶え絶え。情けない。健脚と心肺機能にだけはずっと自信を持って
いたい。北海道に春が来たら、山でも歩き回ろう。

リカベトスからの眺めはアクロポリス以上の大パノラマ。
当たり前だがアクロポリスも見える。風景のアクセント。
そしてその奥に遠くエーゲ海!
まだ春先の水蒸気を含んだ空なので、空気遠近法が働く。
明日サントリニへ行く船が出るピレウスの港のあたりか、巨大な船が沖の方に何艘
も停泊しているシルエットが見える。

丘を降りて街に戻って夕暮れのカフェで休んだあと、思いついてもう一回アクロポ
リスの丘に戻った。夕景を見ようというわけだ。
風が肌寒くなっているが、観光客はまだ沢山いる。陽が西の山へ沈みかけたとき、
教会の鐘の音が鳴り響く。オレンジ色の太陽が少しずつ、最後は急速に山に隠れる。
雲一つない広い空。夕映え。残照のあざやかな朱色から、藍色に暗くなった東の空
まで、色のグラデーションを楽しむ。

こういう時の自分内ルールとして、寒かろうが空腹だろうが寂しかろうが、一番星を
発見するまで空を見つづける…というのがある。
いろんな場所でやってきた「夕焼けコレクター」ごっこ。
これでアテネの空も登録できるぞ!
ギリシアの一番星を待つうちに、だんだん冷えてくる。
それより何よりも、そんな「もの好き」は自分くらいだろうと思ったのが浅薄で、周
囲は俄かにカップルの巣と化した。

さすがにいたたまれなくて、立ち去ろうかと思いかけた時、西の空の真ん中くらい、
スミレ色のゾーンに一番星!
惑星の金星か木星だろうか、それともシリウスとか…、それこそ池澤御大なら何食わ
ぬ顔で即答するのだろうなぁ。金星ならばヴィーナス、ギリシアではアフロディーテ。
木星ならばジュピター、ギリシアではゼウス。星の名前はギリシア神話から名付けら
れている。惑星探査機の比喩がまた思い起こされる。

明日はいよいよ船に乗って、サントリニ島だ。


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